001
第二章になります。よろしくお願いいたします。
ぼちぼち投稿していきます。
どうしてこうなったのか、俺には分からない。
ただ、気が付いたらこの場に居て、すでに巻き込まれていたのだ。
「貴様、何者だ!」
「突然湧いて出てきたぞ! 妖術師か!?」
「アスガレトの者か! 答えろ!」
一方から聞こえてくる怒声に、どう答えた者かと考えていると――
「貴様、何奴! ミルドランドの隠し玉か!」
「切り捨てい、切り捨てい! ミルドランドの騎士王ごと切り捨ててしまえ!」
「待て、敵も困惑しているぞ! 迂闊に手を出すな!」
――もう一方も怒声を放ってくる。
ちょっと待ってくれ。俺の耳は二つしかなくて、その上聖徳太子でも無いから十人以上の声を聞き分けることもできない。頼むから、一人ずつ話してくれ。
そう心中で思っていても、二者の怒声は増すばかり。
「あ、あのー」
「ええい、まどろっこしい! 拙者が斬り捨ててくれるわ!」
「待て! 様子を見よ!」
「すいませーん」
「敵の妖術師なのか!? くっ、ここで仕留めねば、先の戦に関わるか!」
「いや、王の身を優先せよ! 王を守るのだ!」
「話聞いてくださーい」
「ええい、もうよいわ!」
「最早、思案するのも時間の無駄だ!」
「「もろとも叩き斬ってくれる!!」」
「お前ら話聞く気ありますかねぇ!?」
最後に何故か意気投合した答えを出した両者に、俺は心境そのままを叫んだ。
気付いたら戦場に居て、気付いたら敵対している二つの集団の間に居て、気付いたら斬られそうになっている。
俺はこうなった原因である男に向けて叫んだ。
「あんのクソ神がぁぁぁぁぁぁあああああああああああッ!!」
時を遡ること少し前。俺は、部屋の一室で自称神|(笑)と向き合っていた。
「さてさて、次なる物語だけれど、前の世界とは得て非なる世界だ」
「と言うと?」
「前の世界はよくあるファンタジー世界。けれど、今回の世界は、そうじゃない。時代背景は似ているけれど、魔法や魑魅魍魎が一切存在しない世界だ」
「もっとわかりやすく頼む」
「君の世界の中世ヨーロッパの時代背景のまま、戦争が起こっている世界だ」
なるほど。つまり、大砲やら銃器やらが無い時代の戦争が起きている世界ってことか?剣とか弓とかで戦うあれだな? うん、良く分かった。
「ふんわりとしか理解してないなぁ。君、勉強大丈夫かい?」
「ダメだと思う」
「僕は君の将来が心配です……」
「現在進行形で俺の将来が危機なんだ。歴史なんて憶えててもあまり意味ないっつうの」
「うっ……巻き込んでしまっている僕としては何も言えない……」
まあ、巻き込まれてしまったのは仕方がないから、それについて文句を言うことは無いけれど。
「ありがとねぇ。お兄さんポイント一ポイント上げよう」
「少なっ、そんでもっていらなっ」
「百ポイント貯まったらお兄さんが添い寝してあげよう」
「その理論で言ったら、俺はあんたに会った当初から百ポイント貯まっていたことになるんだが?」
「あれはサービスだよ」
「いらねぇサービスだなぁ……」
割引券とかくれるんならいっぱい貯めるんだけどなぁ。添い寝じゃあいらねぇや。
「んで、話し戻すけど、今回は魔物とかそう言う類は出てこないんだな?」
「出てこないよ」
「そいつは良かった。流石に、アミエイラの手助け無しで魔物と戦うなんて御免だぜ」
「まあ、向こうにも《刻印の者》はいるからね。その人に協力を仰ぐと良いよ」
「うまく巡り合えたらな。……って、あんたに《刻印の者》が誰だか教えてもらえばいいだけじゃんか」
「それは僕にも分からない。僕は、適性がある者に刻印を送ったけれど、その人物が誰なのかまでは知らないんだ」
「はぁ……情報がしっかりまとまらねぇなぁ……」
「めんぼくない……」
まあ、俺の味方をしてくれる人がいるかもしれないと思うだけで、少しは気が楽だけどな。
ともあれ、またもや手探りで始めなくちゃいけないらしい。刻印レーダーとかあれば良いのに。もしくは刻印アンテナ。
「残念ながらそんな便利なものは無いんだよねぇ……」
「知ってた。お前にはアナログな手段しかないことはもうとっくの昔に知ってた」
最新でダウジングとか言いだしそうだしな。
「流石にダウジングは無いよ! いや、現物はあるけど、手段としては無いよ! でも一応鞄に入れておくね!」
「バカ、やめろ! 荷物を増やすんじゃねぇ!」
荷物は必要最低限で良いんだよ! 無駄に増やせば無駄に疲れるだけなんだから!
俺はなんとか神がダウジングを入れないように食い止めた。神はがっかりしたような顔をしていたけれど、気にしない。
「荷物は前回と同じで良い。ただ、剣は少し重くしてくれ。前のは軽すぎて振りづらい」
「分かったよ」
そう言って、神は虚空から剣を取り出すと、俺が初めに使っていた剣と交換する。って言うか、俺に強力な剣をくれればいいんでね? そうすりゃあ戦力も上がるわけだし、俺の身の危険も減るわけだし。
「それは出来ないよ。僕が君にそれを渡してしまえば、その武器は最早神器として扱われてしまう。世界のバランスを崩すようなことはできないんだ。なにせ――」
「それも改竄行為になるから、か?」
「そういうこと」
神の言葉を奪って言ってやると、神は満足げに頷いた。
まあ、分かってはいたことですけどね。
神は、物語に干渉してはいけない。だからこそ、神では無い俺が改竄者を打倒すべく異世界に送り込まれているわけなのだ。俺を送り込むだけで許容量ギリギリなのに、俺以上の力を持つモノを持ち込んでしまえば、その時点で物語崩壊しかねない。
「さてと、それじゃあ情報を整理しよう。舞台は、戦火渦巻く数多の王が台頭する世界。君はこの世界に送り込まれた改竄者を打倒して、物語を救う。そして――」
「呪いを一身に受けた《刻印の者》の呪いも解く、だな?」
「そうだね。けど、それは二の次だ。一番は改竄者の打倒だ」
「分かってるよ。そこは間違えない。けど、俺は例え一パーセントでも救えると思ったら救うからな」
「それで物語が救われるなら、僕に文句は無いよ。それに、僕としても救ってほしいと思うからね」
「まあ、原因はあんただからな」
「それを言われると弱いなぁ……」
苦い顔をする神は放っておいて、俺は立ち上がる。
神は、立ち上がった俺に荷物を渡す。
「今回の刻印は《憤怒》だよ」
と言うことは、象徴はユニコーン、ドラゴン、狼、猿、か……。
「君、変なところで物知りだよね」
「この手の話は中二の頃に調べてなぁ……」
「あぁ、そう言うのに興味があるお年頃だもんね」
「いや、俺じゃなくて涼香……幼馴染がな。調べて教えてくれって言われて、図書館とネットを駆使して調べたんだわ。あの時は大変だった……」
涼香は興味が出たモノを片っ端から調べろと言って来たので、最終的には七つの大罪と全く関係の無いものまで調べさせられた。ソロモン七十二の悪魔を調べるのは大変だった……。
「ん、どうした?」
俺の言葉を聞いた神は一瞬呆けたような顔になった後、少しばかり呆れたような顔になったのだ。
「いや、何でもないよ」
「そうか?」
少しだけ気にはなったけれど、大したことではないだろう。
「それじゃあ、行くわ」
俺は例の如くパンパンに膨らんでいる鞄を背負い、剣を腰のベルトに括り付けた。
聞くことは聞けた。であれば、あとは行くだけだ。
「ああ、よろしく頼むよ」
そう言うと、神は一冊の本を手に取り、ページを開く。
「いってらっしゃい。物語を、頼んだよ」
俺は本に手を触れる。直後、意識が遠のいていく。俺は、遠のいていく意識に抗うことなく、身を任せた。
そして、物語は冒頭に戻る。
「待て! 双方一旦待たれい!! お願いだから待って!!」
俺に――と言うか、お互いにとっての敵プラス俺――斬りかかろうとする両者に、俺は精一杯の待ったをかける。最後情けなくなったのは気にしない。
俺の精一杯の待ったを聞いて、一旦は動きを止めてくれる両者。そのことに、内心でほっと肩を撫で下ろす。
しかし、安堵している場合では無い。どうにかして、この場をうまく乗り切らねばならない。
「えっと、俺は今完全に部外者なのでこの場を離脱したいなぁ……なんて……」
「あからさまに怪しいだろうが貴様!」
「虚空からなんの前触れも無しに現れたのだぞ!? 怪しい上に得体が知れないだろうが!! 捨て置けるか!!」
「ですよね、知ってました!!」
俺だって立場が違えばそう思う。って言うか、今これどういう状況? 誰か説明してくれない?
「あ、あのぉ……つかぬことお伺いしますが、これって今、どういう状況なんですかね?」
俺は誰にともなく訊ねてみる。
「余の陣地を、奴らが奇襲してきたのだ。そこに汝が突然湧いて来たのだ」
すると、片方の集団――白い騎士甲冑に身を包んだ集団の後方から答えが返ってきた。
声の方を見れば、集団が左右に別れ、その間から馬に乗って一人の人物が前に出てきた。
他の騎士とは違ったデザインの白の騎士甲冑に身を包んでおり、その顔を兜が覆っているために相手の顔は分からない。
「王よ! 前にできてはいけませぬ! おさがりください!」
王と呼ばれた人物に、一人の騎士が焦ったように進言する。
て言うか、俺ってば王様の陣地に急にやってきたわけね。そりゃあ両者ともに警戒するわ。
「良い。この者が出てきた時点で、奴らの奇襲は失敗だ。直に援軍が来よう」
「ですが、万が一もございます! お下がりください!」
「いや、王が下がる必要はありますまい。ここは私が下がりますゆえ」
「汝、何をしれっと下がろうとしている。待つが良い」
シット! しれっと会話に混ざって退場しようとしたのに! なんか心なしか周囲の視線が痛いけど気にしない。気にしたら負け。
「な、なんでございやしょう?」
三下風に手をもみもみゴマすりながら訊ねる。
「そのうすら寒い態度を止めよ。叩き斬るぞ」
「はい、なんでございましょうか!」
怖いなこの人! 遊びが無い! 会話に遊びが無いよ! この態度一つで叩き斬られたらたまったもんじゃないよ!
ピンと背筋を伸ばして訊ねれば、王は満足したのか一つご機嫌に鼻を鳴らす。
「汝の素性が明らかになるまで、その身を余の方で預かろう」
な・ぜ・そ・う・な・っ・た!! 分からない! あの人の頭の中でどういう結論に至ったのかまったくわからない!
「お断り申し上げた場合は……」
「叩き斬る」
「ですよね!」
実質俺に選択肢が無い。
おのれクソ神め! 面倒なところに転移させやがって! 後で一発殴ってやる!
「めんっどくっさぁ。なにうだうだやってんの?」
俺が心中で神を殴ることを決めていると、白とは敵対している、赤の騎士甲冑に身を包んだ集団から人が一人出てくる。
その者は、赤い鎧にこれまた血のように赤い髪。そして勝気そうな目をした少女であった。
手にした槍を、風切り音を上げながら振り回し、好戦的な目でこちらを――と言うか、俺を見ている。
「さっきも誰かが言ってたっしょ? こいつが何者か知らないけど、騎士王ごと斬っちまえば良いんだよ。なにちんたら状況見てるわけ?」
「いや、状況考えたら撤退した方が良いだろう……」
「あん? 騎士王の言葉が真実とは限らねぇだろ? それになぁ――」
俺の言葉に丁寧に返すと、少女は力強く一歩踏み込みながら、凄絶な笑みを浮かべ言った。
「――頭獲りゃぁそれで終いなんだよ!!」
直後、爆発的なまでの加速を持って少女が迫る。
俺は即座に鞄を投げ捨て、剣を抜き放つ。
素振りも何もしてないけどやるしかねぇ!!
上段から振り下ろされる槍を剣を軽く当てることでいなし、初撃を凌ぐ。素振りもしてないんだ、剣を振り回すのではなく、最低限の動作だけでいなすくらいしかできない。
「へぇ!!」
少女が喜色を含んだ声を上げる。
二撃目。体を回転させ、槍の石突を横薙ぎにする。こめかみを狙った当たれば必殺となる一撃。
俺はそれを、少しだけ身を屈めて避ける。……あ、髪の毛数本千切れた!!
「てめぇ! 俺の髪の毛巻き込みやがったな!! 将来禿げたらどうするつもりだ!!」
「スキンヘッドにしな!! そうすりゃあ、ヘアスタイルで押し切れる!!」
「スキンヘッドはヘアスタイルじゃねぇ!! ありゃあただの禿げだ!!」
くだらないことを言い合いながらも、少女は攻撃の手を緩めてはくれない。
回転を利用した連撃を、俺は最小限の動きでいなしていく。
くそっ!! 剣を振れねぇから攻撃に転じられねぇ!!
怒涛の攻撃を、俺は最小限の動きでいなすしかない。卓越した技術を持った者ならば、それだけでも相手のペースを乱したり出来るけれど、平々凡々な俺には無理だ。護りに入るだけで精一杯だ。
まあ、剣だけで戦うなら、な?
突き出された槍を剣で反らし、穂先が俺の後ろまで流れたところで、槍を引き戻される前に柄を脇の下に通して挟み込み、左手でしっかりと握りしめて固定する。
「てめぇ……!」
ぎろりと睨み付けてくる少女。
「悪いが、お前よりも強い槍使いを知ってるんだ」
そう言い放った後、槍をこちら側に引きつつ前に踏み出された足を払う。
「――しまっ!」
焦って態勢を立て直そうとするが、もう遅い。
剣を逆手に持ち変えて、柄で鳩尾を強く打ち付ける。
「がはっ――! て、めぇ……」
悪態を付きながらも、しかし、徐々に身体から力が抜けていく。槍から完全に手を放し、俺の方にもたれ掛かってくる少女。
俺は、持っていた槍を放り捨てると、少女を肩に担ぎあげて剣を鞘に収める。
そこで俺は気付く。
あ、俺の立場が決まっちまったかもしれん。
俺は、騎士王と呼ばれる王に身の預かると言われた。その言葉を言われた後に、少女と戦ってしまった。対外的に見れば、俺がどちらに付くのかを決めてしまったと思われる。
やっべー、やっちまった……。
俺はまだ、どちらが善か悪かを知らない。どちらに付くのが良いのかを知らない。事前情報は、この世界のちょっとした情報だけだ。
どうしまひょ……。
俺が思案を巡らせていると、俺の後ろから威風堂々とした声が上がる。
「貴様らの将は余の食客が打倒した! 投降するならば命は奪わん!! ここで果てるか、生きて命を繋ぐか!! 好きな方を選ぶがよい!!」
てめぇ何言っちゃってくれてんのぉ!? 食客ってあれだろ!? 王様が力ある戦士を迎え入れるときのあれだろ!? なに勝手に決めちゃってくれてんの!?
俺は驚愕をしながら騎士王を見る。
兜を被っているというのに、その顔は笑っているような気がした。
 




