エピローグ
徐々に意識が覚醒していく感覚。
「やあ、お帰り。二年間、お疲れ様」
目を開けば、いつかと同じ姿であいつは――――神は立っていた。
「ありがとう。君のおかげで――――」
神が何かを言っている途中で、俺は神を思いきり殴りつける。
神はなんの抵抗も見せずに殴られ、吹き飛ばされる。
「殴った俺が言うのもなんだが、あんた殴れるんだな」
「まあ、そういう権能は持っているけれどね。今はあえて殴られた」
「そう言う趣味が?」
「違うからね!? 空気読んで殴られたの!!」
「分かってるよ。……んで、素直に殴られたってことは、俺がなんで殴ったのか理解はしてるんだろ?」
「まあね。ずっと見てたからさ」
神は立ち上がると、殴られた頬を擦る。
「『大罪の刻印』のことだろう? 言い訳はしない。あれは僕が彼女に与えた呪いだ」
「分かってるようで何よりだ。んで? なんで俺に言わなかった? 魔王の正体にしても、あの世界のことにしてもだ。一通り、納得のいく説明ができるんだろうな?」
「安心して。全部話すよ。話したうえで、納得するかどうかは、君次第だけど」
そう言って、神は椅子に座る。
俺も最初の時と同じようにベッドに腰かける。
「まず、異世界のことを説明しなかったのは時間が無かったからだ。君がちゃんと現状を認識できる精神状態にした後に、君の覚悟を見極めて、その上で状況説明をしなくちゃいけなかったのだからね。あの世界は結構改竄が進んでいたから、あまり悠長にもしていられなかったんだ。僕も、焦っていたんだ」
「そうか。なら、その点については言及しない」
「ありがとう。次に、改竄者に関してだけど、その正体は僕にも分からなかった。そもそも、あの世界で認知されていないとは思わなかった。けど、調べてみれば理由は簡単だった」
「どんな理由が?」
「世界を読みなおしてみたら、改竄者は君のいた国とは別の国に召喚されていた。だから、君の国では認知されなかったんだ」
「なるほどな……。だから、何も情報が無かったのか。んで、別の国に召喚した理由ってのは?」
「あの改竄者は、喰らったモノの生命力や歴史、時間など、そのものに蓄積された情報を糧にその数を増やしていたんだ」
「喰ったものの全部をエネルギーに変えるわけか……」
どうりで、人を喰うには過剰な咬合力をしていると思った。あれは建物とかを喰うためのものだったのか。
「つまり、あの改竄者は、人そのものでは無く、文明を喰らっていたってこと。だから、君が見たコールタの街は跡形もなく消え去っていたってわけ」
「なるほどな。やっと納得がいった。つまり、どっかの国の文明を食い尽くしまくって、力を溜めてから俺……っていうよりも、アミエイラと戦おうとしていたって訳か」
「そういうことだね」
であれば、あの数も頷けると言うものだ。国一つ分、下手をすれば、二つ三つ分の文明を食い尽くしたのだ。本当に、良く勝てたものだと思う。
と、そう言えば、まだ一つ疑問が残っていたのだった。
「そう言えば、魔王に噛まれたとき、他の人は苦しんで死んでいったのに、俺だけは何ともなかったんだが……それはなんでなんだ?」
そう。街の皆は、噛まれた後、噛まれた痛みとはまた別の苦しみを見せて死んでいった。傷口から赤い線が広がり、その線が蝕んでいくかのような光景であった。
けれど、俺にはなにも無かった。赤い線は少ししか引かれず、苦しみもなにも無かった。
「それは簡単な話だよ。良くも悪くも、君はあの世界の住人じゃない。あの世界の住人を壊すための呪いも、あの世界の住人では無い君にはまったくもって意味の無い代物だったのさ」
「そうか……」
あの世界の住人ではないと言う言葉に若干心を抉られるけれど、これで、とりあえず俺の中で引っかかっていたことは全部聞けた。その上で、納得もできた。
けど、まだ納得できていないこともある。これだけは、どうしても聞かなくてはいけない。
「それじゃあ、最後だ。何でアミエイラに『大罪の刻印』なんてもんを与えたんだ?」
そう、アミエイラの『大罪の刻印』のことだ。なぜ、『大罪の刻印』なんて厄介なものを与えたのか。ことと次第によっては、もう一発殴る必要がある。
俺の質問に、神は苦々し気な表情をして言った。
「『大罪の刻印』のことは、正直僕も予想外だった。僕が与えようとしたのは『大罪』ではなく『美徳』の方だ。僕は、アミエイラに、『傲慢』ではなく『謙譲』を与えようとした」
「傲慢と、謙譲?」
なんだよそれ。そんなのまったく正反対じゃないか。
「なんで、そんな正反対のものがアミエイラに?」
「僕は、確かに彼女に『謙譲』を送った。それが彼女に一番ふさわしかったからだ。だけど、実際に彼女が受け取ったのは『傲慢』だった。気付いた時にはもう手遅れで、彼女には謝罪することしかできなかった……」
「……お前からしても予想外の事態だったってことか?」
「恥ずかしながら、そうなるね」
そう言って、神は目を伏せる。
神の不手際ならまだしも、神にとっても予想外の事態となれば、致し方ないことだろう。けれど、それで納得できるかと言われれば別だ。
こいつがもっとしっかりしていればアミエイラが辛い思いをする必要は無かったのだろ思ってしまう。
「そう思ってしまうのもしかたないよ。実際、僕の油断が招いたことだ。君のその思いは間違いではないよ」
「……そういや、心読めるんだっけな……」
久しぶりの設定過ぎて忘れてたわ。
「設定って言わないでくれるかな!? せめて権能と言ってほしい!」
どっちでもいい。
「酷い! 僕にとっては大切なところなんだけど!?」
「俺にはどうでもいいところだからな。……そういやあ、一つ訊いていいか?」
「どうでもいいって、仮にも権能なんだけど……まあ、いいよ。うん。気にしない。それで! なにかな?」
「無理矢理テンション変えたな……まあいいや。訊きたいことってのは、その……俺は、またあの世界に行けるのか?」
「無理だよ」
「即答かよ……」
「ああ。変に期待を持たせると悪いと思ってね」
とか言って、さっきのこと根に持ってそうだけどな。
「持ってないよ」
真顔で言うから嘘くさい。
まあいいや。……うん。なんとなく、そうなんじゃないかと思ってたし。
「一応補足で言っておくけれど、君があの世界に入れたのは、改竄者がいたからだ。外からの異物がいたから、それを修正する君が外から入ることができた。その異物がなくなったから、君はこっちに戻ってきた。簡単に言えば、修正者にとって改竄者は、対になる存在なんだ。改竄者が世界から消えれば、修正者もその世界から消えてしまう」
「つまり、俺は改竄者がいなくちゃあの世界には入れないってことだろ?」
「ああ。けれど、改竄者はその限りじゃない」
「だろうな。じゃなきゃ、俺が来る前からあの世界にいられるわけないからな」
修正者は改竄者がいなければ世界に入れないが、改竄者は修正者がいなくても世界に入れる。
まるで、ウイルスとクスリみたいだ。
ウイルスは勝手に入れるが、クスリは摂取しなくちゃいけない。それに、クスリは過ぎれば毒だ。ウイルスがいないのに投与し続けても毒にしかならない。
「ふふっ、言い得て妙だね。確かに、その関係のほうが分かりやすい」
俺の例えに、神は笑みを漏らす。
「それならなにか? お前が医者で俺が治療薬ってか? 随分なやぶ医者と違法治療薬だな。腹壊さねぇか?」
「お腹だけならいいけどね。まあ、今回は僕らでもなんとかなったから、大丈夫じゃない? 認可も下りるかも」
「下りるかよ。俺はもう御免だね。両腕無くしてまで戦った、ん……だから……」
そこで俺はあることに気付く。
さっき神を殴れたときに気付くべきだったのだが、俺の腕が元に戻っているのだ。加えて言えば、俺の服装はあの日ここに来た時の格好だ。近くにあった鏡を見てみれば、顔も幾分か幼くなっていた。
「ここに戻ってきた時点で、君の時間は巻き戻ってる。だから、その姿なんだ」
「なるほどな……」
随分久しぶりに自分の制服姿を見たが、こんなに似合ってなかったか? なんだか、違和感がある。
「まあ、それだけあの世界に馴染んじまったってことかね……」
ま、二年もいればそうもなるか。
しかし、この制服姿にもすぐになれるだろう。
なにせ、これからはまた毎日着るんだから。
俺たちは世界を救って万々歳。もろ手を挙げてのハッピーエンドってわけだ。
長いようで短かったな。そう思うと、感慨深いものがある。
なにせ、俺が世界を救ったんだぜ? 二年前には救おうとは思ってても、救えるなんて思ってなかったからな。やり遂げられて良かったよ本当に。
「これで、俺もお役御免か……」
「すまないけど、まだお役御免じゃないよ?」
「え?」
俺の言葉に、ノータイムでそう返してくる神。
神は、恐らく俺が救った世界を本棚に戻したあと、テーブルの上に置かれている本を手に取る。その数――――六冊。
「言ったろ? 『美徳』と『大罪』だって」
そう言った男に、俺は嫌な予感を覚える。
「ま、まさか……」
「そう、『七つの美徳』と『七つの大罪』だ。僕は七つの世界に七つの美徳を送った。結局、失敗に終わったけどね。まあ、それは置いておいてだ。七つ送ったうちの一つの世界を君が救った。これで残りは?」
「六つ……」
「そういうこと」
神の言葉に、俺は溜息を一つ吐く。
ああ、薄っすら分かってたよ。一筋縄じゃ行かないってことはさ。
「そう言えば、言ってないことがあったね。『大罪の刻印』のことをなぜ教えなかったか。それはね、教えてしまえば、君は両方を救おうとするだろう? 僕は、君には両方救ってほしいと思うけれど、優先順位は世界の方だ。刻印の者は二の次だ。だから教えなかった」
「……じゃあ、なんで教えた? 適当にはぐらかせばよかっただろ」
「それでは成果をあげた君に対して不誠実だ。僕は今の君には正直でありたいと思う。……君に話した理由は、君が両方を救ったからだ。あの刻印は、世界を修復すれば無くなるというものではない」
「え、じゃあなんでアミエイラから刻印が消えたんだ?」
「あれは、呪いであり、誓約だ。彼女自身が呪いに課した誓約を履行できなければ、あの呪いは一生消えない」
「そういうことだったのか……」
つまりは、あの瞬間、アミエイラは誓約を履行できたということだ。どんな誓約を立てていたのかは知らないけれど、履行できて良かったと思う。
「君は、僕の予想をはるかに超えたハッピーエンドを見せてくれた。だからこそ、君がこの後も、両方を救ってくれると確信したんだ。だから、話した。それに、一度救えたんだ、二度目三度目も救えるだろ?」
「……無茶言うなバカ」
今回はかなりギリギリの戦いだった。俺が死んでればそれで終わりだった。正直に言えば、運が良かったとしか言いようがない。
それを一度救ったなら二度目も救えるだ? 冗談言うな。こちとら平平凡凡な一般人だぞ?
「一般人はこんなものに巻き込まれないと思うけれど?」
「巻き込んだ張本人が言うな」
ともあれ、こんなまぐれが何度も続くと思えない。今回は運が味方してくれたが、次回もそうだとは限らない。それに、こんな博打は二度とごめんだ。
……だけど、それでも頭をよぎるのは、悲しそうなアミエイラの顔と、最後のアミエイラの笑顔だ。
……俺が、救えたんだよな……。
そうだ。俺が救えたことは、確かなのだ。アミエイラを、世界を……。
他の世界でもアミエイラのような思いをしている人がいるかもしれない。それを聞いて俺は見捨てられるのか? ああ、この質問は正確じゃないな。どうせ答えは決まってるんだ。質問すら意味がない。
バッドエンドに続こうとしている物語があるなら、俺はそれを見捨てることができない。まだ結末が決まってないから、誰かがその結末を決めようとしてるから、俺は物語りを守るんだ。
最後はみんな笑顔で大団円。そんな終わり方が最高だと思ったから、最後まで抗ったんだ。
それに、俺たちにしかできないことなんだろ? だったら、やってやるよ。
俺と、刻印の者で、世界を救ってやる。
そんでもって、刻印の者も一緒に救ってやる。最後は一緒に笑って、ハッピーエンドを迎えてやる。
だから、やることは変わらねぇ。俺は世界を救うだけだ。
「それで、どうだい? 救ってくれるかい? 残り六つの世界を」
神は意地の悪い笑みを浮かべて見る。
まったく、答えなんて、分かってるくせに。
「いいぜ、救ってやるよ。やることは変わらねぇんだ。雑魚は雑魚なりに、考えて考えて考えて、足掻いて足掻いて足掻きまくってやる。そんでもって、何度でも世界を救って、何度でも言ってやる。俺は――――」
そうだ。この思いは変わらねえ。俺は、これだけは見失わねえ。だって、俺が世界を救う前から思ってることだから。
ニヤリと勝気に笑って目の前の男を見る。
「バッドエンドが、大嫌いでね!」
さあ、それじゃあ行くとしようか。次の物語へ!




