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神獣の後継者の秘密  作者: 雅樹
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 ヴェルガの背の上から目の前の光景を蒼麟は唖然としながら見ていた。相手の天使は攻撃をしつつ彼女に近づこうとあらゆる手を使ってくるが、ヴェルガは広範囲攻撃であるブレスと尾撃だけで相手を近づけさせず、相手のリズムをうまい具合に崩させていた。特にブレスは絶対零度の効果があるため触れるものを一瞬のうちに凍りつかせ、天使の体の一部も凍りついている場所がある。

 

 「くそっ!卑怯だぞ、氷絶の!」

 《黙れ。そしてさっさと帰れ。》

 「その子を連れてくまで帰れるかよっ!」

 《なら、氷漬けにしてくれるわ。》

 

 またブレスを吐くが、天使は紙一重でそれを避け逃げ回る。空間が全体的に氷に覆われて行くが、植物などは精霊達が守っているのか傷ついてはいない。また、激しく動くヴェルガの上にいる蒼麟だったが、酷い揺れに襲われることはなく、寒さにも悩まされることなく背の上に座っていた。周囲にいる精霊達が守ってくれているためそのような状況なのだが、何故だがずっと彼女は言葉に出来ない不安に悩まされていた。

 

 (ドラゴンさんも精霊さん達も守ってくれてるからここは安全なはずなのに……。)

 

 不安は消えることなく残り続け、焦りが生まれるが、どうしてそんな風に感じるのかが分からなかった。

 

 「いつまで遊んでいるつもりなんだい、ミカ。」

 

 近くではっきりと聞こえた良く通る声。同時に今まで感じていた不安が恐怖へと変わった瞬間だった。

 

 「ジール!来てくれたのかっ!」

 《何っ!?》

 

 動きを止めながら正反対の反応を見せる二人。そんな二人を見ながらゆっくりと蒼麟が振り向くと、そこにはプラチナブロンドの髪を揺らし、モノクル越しに蒼麟を空中から見下ろすジールと呼ばれた天使がいた。

 本能的に逃げようと体を動かそうとした蒼麟だったが、次の瞬間、背後からの強い衝撃に壁に吹き飛ばされた。

 

 「うぁっ…。」

 

 壁を覆っていた蔦を木精が成長を促してその量を一瞬のうちに増やすことでクッション材として蒼麟を受け止めたが、勢いを殺せず、背中の酷い痛みと壁にぶつかったときの全身の鈍い痛みが彼女を苦しめ、呻き声を漏らす。うまく上がらない瞼を懸命に上げ、自分を飛ばした正体を確認すると先程までヴェルガと対峙していた天使が今まで彼女がいたところにおり、蹴りを放ったのだと相手の体勢から察した。

 

 《貴様ぁっ!》

 「動くな、氷絶のドラゴンよ。あの子供が死ぬぞ?」

 《ぐっ…。》

 

 いつの間にか背後にいた二人に攻撃を繰り出そうとしたヴェルガだったが、ジールが蒼麟に向け、手を向けており、その手の内にエネルギーが集まっているのが分かる。下手に動けば本気で殺すつもりなのが分かったが、彼女を捕らえに来たと言っていたミカと呼ばれた天使との言葉との矛盾を感じた。

 

 「やっとこ氷絶の背後に回れたぜ。ありがとな、ジール。…そうそう氷絶の。あんたの疑問に答えてやるよ。別に肉体は興味ねぇんだよ。欲しいのはあの子の魂 。だから、別に怪我させても問題ないってこと。だから、動けなくさせれば一番手っ取り早いじゃん?」

 

 考えが表情か雰囲気に出ていたのかミカはそう答えながらゆっくりと蒼麟へと近づいていく。なんとかならないかと周囲の精霊達の反応を見るがこちらも蒼麟を人質に取られているうえに下位の精霊しかいないため天使の攻撃を防ぐ術がないのだ。

 





 自分がヴェルガの枷になっているのだと蒼麟も理解できていた。なんとかしなければと思うが、体は悲鳴をあげ、動かすこともままならない状態であり、意識が保っていられるのも痛みによってなのは間違いない。

 

 (嫌だ…自分のせいで…。)

 

 今の状態が生前と重なる。子供が他と違ったせいで不幸になってしまった両親。自分が無力なせいで守ってくれていたヴェルガが精霊達が動けない今の現状が。自分の不甲斐なさが心に刃となって突き刺さる。悔しくて涙が溢れる。自分さえここにいなければ…。

 まるでそんな想いに反応するかのようにまた体の奥底で何かが大きく揺らめき、額が熱を帯びる。そして、ある言葉が頭の中に浮かび上がった。

 蒼麟の異変に近づいていたミカも離れたところにいたヴェルガとジールも気づいた。倒れていた彼女の周りを突如発生した力が渦をまきながら彼女を包んでいく。その力に反応するように額には見たこともない紋章が現れ、蒼白い光を放っている。

 

 《まさか、無意識に“アレ”を使う気か…。》

 

 無意識に呟かれたヴェルガの言葉をいち早くジールは理解した。

 

 「ミカ!今すぐその子を捕まえろ!逃げられる前にっ!」

 「はっ!?」

 

 言われている意味が分からずも慌てて蒼麟に手をのばそうとするが、彼女の周りの力の奔流がそれを阻む。舌打ちをしながら自分の力をぶつけるようにまた手をのばすと少しずつであるが近づくことができた。

 

 「よし、これなら…。」

 「…我が身に宿りし力よ…外界との道を繋げよ…。わが力…もって…この身を…。」

 

 淡々と感情のこもっていない蒼麟とはまったく違う別の“声”が彼女の口から言葉を紡ぎだす。ギョッとするミカに対してジールは同じように己の力を纏いながらこちらに突っ込んでくると蒼麟へと手をのばす。

 だが、最後の言葉を呟くとその身はその場から消え去り、天使二人の手は空を掴む。

 

 「くそっ!!」

 

 悔しそうな声をあげる天使を見逃すほど、ヴェルガは優しくなかった。蒼麟が消えたこと、彼女の口から聞こえた“男の声”で動揺はしたが、こちらに背を向けたままの敵を放置することはない。

 

 《消えろ。》

 「はっ!?やめっ…。」

 

 我に返った天使達だったが油断していたためブレスによって簡単に氷漬けにされ、次いでくり出された鋭い尾撃により粉々により砕け散る。蒼麟に怪我を負わせ、殺そうとした相手にかける情けなど微塵もヴェルガには存在しない。

 しかし、粉々にしたことで少しはスッキリとしたが、蒼麟がいなくなったということ、彼女の変化を彩麒に伝えるという作業が残っている。スッキリしたはずなのだが、彼のところに行かねばならぬと思うとなぜだかどっと疲れが押し寄せてくる。しかし、事態は急を要するためヴェルガは久々に外へと飛び出していった。



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