#3 2001年 7月20日 『アスファルト』
入学式のことは、やっぱり忘れられないかな。
僕の座る席は彼女の隣で、入学して一番最初に話しかけてくれたのも彼女だった。
クラスの皆が徐々に打ち解け始めた後も、その子は変わらず話しかけてくれた。
嬉しかった。ただ純粋に、彼女と仲良くなれることが嬉しかった。
やがて花の香りも風に溶けて、僕らの毎日に夏がやってくる。
朝。いつも一緒にいることが当たり前になっていた僕と彼女は、いつも通りの場所に集まり、並んで学校へと歩き出す。
こんな日常が楽しかった。
まだ小学1年生だった僕が幸せだと思えるほどには、充実した日々を送っていたと思う。
…駄目だな、どうしても過去ばかりを振り返ってしまう。
彼女は、何にでも興味を持つ人だった。
とにかく幸せを見つけるのが得意な人だった。
道端に転がっている石にさえ、彼女は愛する心を持っていた。
雲の無い青空を眺めては笑い、木々のざわめきにすら耳を傾け、そうしていつも幸せを感じていた。
そんな彼女に、僕は小さな憧れを抱いていたのかもしれない。
彼女の隣にいたかった。
いつも彼女の隣で、幸せそうなその横顔を見つめていたかった。
彼女と出会って、僕は好きという気持ちを知ってしまったんだ。
それは、相変わらずの茹だるような暑い日で。
気温は30℃を越えていたと思う。
流れ落ちた汗が一瞬で蒸発してしまうようなアスファルトの上を彼女とふたりで歩いていた。
背丈も同じくらい。
お互い汗をだらだらと流しながら学校へと向かっていた時。
吹き抜ける夏の風にわずかな涼しさを感じていた彼女が、僕の顔を覗き込んできた。
その表情は、まるでイタズラを仕掛ける猫のようにも見える。
「ね、わたしのヒミツ教えてあげる」
そう言って、僕の手を握ってきた彼女。
心臓が大きく強く鳴ったあの感覚は、今でもはっきりと思い出せる。
遅刻するよ、なんて真面目に言ってみたけど、そんなこと内心どうでもよかった。
また何か面白いものを見つけたのかな。
一瞬にして、苦しくなってしまうほどの大きな好奇心で僕の心は満たされた。
彼女の秘密を知ることができる。
もう少しだけ、僕は彼女の隣にいられるんだ。
そんな思いだけは、僕のなかで確信に近かった。