ep.1 プロローグ
1986年1月
国鉄の駅構内、新幹線のプラットフォームは人でごった返していた。
アナウンスの声と、発車ベルの音が頭の上で混じり合う。
「耕作! こっちがあたしの親友の涼子。美人さんやろ。なんかあったら助けてもらうんやで」
人ごみのざわめきの中でも順子の声だけは、はっきりと耳に飛び込んでくる。
俺の名前を呼ぶ調子も、いつもと同じ明るさだ。
「この子のこと、頼むね」
順子は、涼子の方を向いて笑顔で話しかける。
「わかった」
涼子は、ふわっと笑って答えた。
明るめの髪を耳にかける仕草が落ち着いていて大人っぽい。
白いマフラーに縁取られた横顔を見て、順子が言うとおり確かに美人だな。と俺は思った。
「順子さん……。俺は子供か!」
俺は思わず笑いながら返した。
「俺もう18やで。いつまでも子供とちゃうわ。順子さんこそ大変やろけど、頑張って」
口では強がってみせるけど、胸のあたりがじわじわと落ち着かない。
「そかそか……もう18か。けど……やっぱし……あたしは自分の事より、あんたの事の方が心配やわ」
順子はそう言うと、涼子の肩をトントンと軽く叩いてから新幹線の中へと歩き出した。
カツ、カツ、とヒールの音が冷えたホームの床に響く。白い息がそのたびにふわりと揺れた。
「涼子、いま彼氏いてんの? よかったら耕作の彼女になってやってよ。ちょっとタッパ足りんけど、まあまあ男前やろ。涼子が彼女になってくれたら、あたしは安心して旅立てるわ」
いきなり何を言い出すんや、と心の中でツッコみながらも、俺は涼子の顔をまともに見られなかった。頬がじんわり熱くなる。
歩きながら振り返りもせずに笑う順子の背中を、俺はぼんやり目で追っていた。
涼子は「りょうかい」と、口元を上げ悪戯っぽく微笑んで小さく手を振る。
その笑い方が、どこか順子に似ている気がした。
発車のベルが耳をつんざくように鳴り響く。
順子が「涼子、成人おめでとう。これもらって」と、小さな箱を彼女の手に滑り込ませるのが見えた。
白い箱が涼子の手の中で心もち揺れる。
「耕作〜! コレ受け取れ!」
順子が振り向き鍵の束を放り投げた。
空中でチリンと硬い金属音が鳴る。
その一瞬だけ周りのざわめきが遠のいた気がした。
左手でキャッチすると同時にプシューッと重い音を立てて扉が閉まった。
冷たい風が足もとをさっと撫でていく。
ゆっくりと新幹線が走り出す。
レールの継ぎ目を踏む低い音が足もとから伝わってきた。
窓ガラスの向こうの順子は弾けるような満面の笑顔で手を振っていた。
俺は無理矢理に笑顔を作り右手を挙げてその姿を追う。
左手で鍵の束をぐっと握りしめた。
冷たい金属の感触だけがやけに現実味を持っていた。




