貴也の事情
貴也の事を意識した途端、今頃になって緊張してきた。
熱くなった顔を押さえていると、着替えをすませた玲子が入ってきた。
「翠くん、貴也はお風呂に入ったの?」
「はい。あの玲子さん、できているご飯、運ぶのお願いします」
「いつも本当にありがとうね」
玲子は、翠が作った卵焼きとみそ汁、シャケの塩焼きを一緒にリビングのテーブルに並べていった。
「でも、びっくりしたわ。貴也ったらいきなり来るから」
玲子がふうっと息を吐きだす。
翠は一瞬、どきりとしたことがばれないように小さく息をついた。
「あ……、貴也くんのおかずが足りない……」
ぽつりと呟くと玲子が手をひらひらと振った。
「いらないわよ。連絡もなしにいきなり来るんだもの。お米だけ出しておけばいいわ」
「そんな。あの、僕のお魚、貴也くんにあげてください」
「そんなのダメよ。私の分を食べてもらうわ」
二人で言い合っていると、背後から声がした。
「うわー、朝からおいしそう」
振り向くと父のジャージを着た貴也が立っていた。
翠の心臓がドキッと跳ねる。貴也の後ろから父が現れた。
「おはよう。みんな揃ったし、いただきますしてから話を聞こうか」
テーブルを囲んで四人は座った。
「いただきます」
父が手を合わせたのを聞いて、翠も手を合わせた。
「いっただきまーす」
貴也は元気よく言うとご飯を食べ始めた。玲子が自分の魚を貴也に譲る。
「貴也くん、こっちに住むことにしたの?」
父の問いかけに、貴也はごくんとご飯を飲み込んで頷いた。
「はい。いいっすか?」
「もちろんいいに決まってるよ。僕は最初から貴也くんも一緒に住むものと思っていたからさ。翠だって喜ぶと思うし」
一体何の話をしているのか翠は焦った。
「た、貴也くんは……お父さんと暮らすんじゃ……」
「俺も高校が近いし、そっちの方がいいかなって思っていたんだけどさ。父さんの再婚相手の女の子が五歳で甘えたい年頃なんだろうな。俺がいたら父さんを独り占めできないと思ったのか、嫉妬して泣くんだよ」
「あら、可愛いじゃない」
玲子がクスクス笑っている。
「それで、ちょっと遠慮して家に帰るのを遅くしたら、鍵が開いてなくって。合鍵も忘れて出たもんだから、困っちゃってさ。こっちへ来ちゃった」
「貴也……」
玲子が呆れたように息子を睨んだ。貴也はへらへら笑っている。
翠は同じ十五歳の話とは思えず、どぎまぎしてしまった。
鍵が開いてないって、それって朝帰りしたって事?
貴也は自分とは逆のタイプで背も高いし、ただのジャージ姿なのに箸を持つ手が綺麗で、写真よりかなりカッコいい。
翠は思わずぼんやりと見つめてしまい、ハッと我に返った。それから急いでご飯を食べ始める。
「ご、ごちそうさまっ」
「えっ、翠くんもう終わったの?」
玲子と父が驚く。
「あ、あの、用事を思い出して」
「ああ、そうか、分かったぞ!」
「え?」
父が納得したという顔で翠に言った。
「これから貴也くんも一緒に暮らすんだから、あれを用意しなくちゃな。な、翠」
「あれってなんですか?」
貴也が玉子焼きを箸でつまもうとして父の方を見た。
「まあ、楽しみにしておいてよ」
父がにやにやしている。翠は、お父さん余計な事言わないでよ、と思いながら、食器を片付けるために立ち上がった。
台所に行って汚れたお皿を洗っていく。
申し訳ないが、後の片づけは玲子に頼もうと思った。
そそくさと部屋に戻るとバタンとドアを閉めて息を吐いた。
「はあ……。どうしよう……」
頭を抱えるようにしてベッドに座った。
父が再婚の話をした時もびっくりしたが、その相手に同級生の息子がいたことの方がよほど驚いた。
思い出すだけで顔が熱くなる。
「ううう……」
玲子さんの子どもが女の子だったらよかったのに。
あんなにかっこいいなんてまずいよ。
翠がそう思うのは、自分の恋愛対象が女子じゃなくって男子だからだ。




