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偏差値は戦である  作者: 受験孔明
第一部 転生と初戦〜中学受験編
13/25

第13話「出願戦略」

第十三話 出願戦略


 机の上に紙が並んでいた。


 願書。


 学校案内。


 受験票。


 偏差値表。


 塾でもらった併願パターン。


 母が何度も書き直したカレンダー。


 森岡悠真は、その全てを見ていた。


 問題集ではない。


 模試でもない。


 受験そのものだった。


 カレンダーには赤い文字が並んでいる。


 2月1日。


 2月2日。


 2月3日。


 三日間。


 その中に五校の名前が書かれていた。


 午前。


 午後。


 午前。


 午後。


 そして三日目。


 悠真は静かに眺める。


(多いな)


 最初の感想はそれだった。


 だが。


 孔明は首を振る。


「少ない」


「は?」


「戦として見れば少ない」


 悠真は苦笑した。


 受験を戦として見る人間など普通はいない。


 だが今の自分は違った。


 十二話の夜。


 絶望した。


 壁を見た。


 勝てないかもしれないと思った。


 だからこそ。


 初めて見えるものがあった。


 学力だけではない。


 受験全体の構造だった。


 母が資料を見ながら言う。


「本当にこれでいいのかな」


 小さな声。


 何度目か分からない確認。


「二月一日の午後まで受ける?」


「受ける」


 悠真は即答した。


 母は少し驚く。


 以前なら迷っていた。


 だが今は違う。


「なんで?」


「一つ欲しいから」


 母は黙る。


 意味は分かっている。


 合格。


 たった一つ。


 それだけで精神状態は変わる。


 二月一日。


 第一志望で落ちたとしても。


 午後で合格があれば戦える。


 逆に。


 全敗なら崩れる。


 それが受験だった。


(精神も戦力だ)


 孔明が言う。


 悠真は頷いた。


 以前は考えなかった。


 点数だけ。


 偏差値だけ。


 それだけ見ていた。


 だが今は違う。


 人間も資源だった。


 体力も。


 集中力も。


 感情も。


 全てが戦力になる。


 母が言う。


「第一志望がダメだったら?」


 空気が少し重くなる。


 悠真は視線を落とした。


 第一志望。


 その学校だけは特別だった。


 自由な校風。


 難問。


 憧れ。


 だが。


 十二話までの悠真なら。


 そこで思考が止まっていた。


 今は違う。


 孔明が言う。


(感情を除け)


 悠真は息を吐く。


「次を取る」


 短い答えだった。


 母は少しだけ表情を変える。


「そんな簡単に切り替えられる?」


「分からない」


 悠真は正直に答えた。


「でも切り替えないと終わる」


 それは自分自身への言葉でもあった。


 受験は一校では終わらない。


 三日間続く。


 負けても。


 勝っても。


 次の戦場へ行かなければならない。


 母は資料をめくる。


「二日の午前は挑戦校」


「うん」


「かなり難しいよ」


「知ってる」


「じゃあなんで?」


 悠真は過去問を指差した。


「相性」


 母が首を傾げる。


「偏差値は上だよ?」


「でも相性は悪くない」


 算数。


 理科。


 社会。


 国語。


 問題の癖。


 時間配分。


 配点。


 得点源。


 全部が違う。


 偏差値だけでは測れない。


 それを初めて理解していた。


 孔明が言う。


「数字だけを見る者は敗れる」


 悠真は少しだけ笑った。


 心太がソファで本を読んでいる。


 聞いていないようで聞いている。


「兄ちゃん」


「ん?」


「全部行きたい学校なの?」


 その質問で空気が止まった。


 母も動きを止める。


 悠真は言葉に詰まる。


 全部行きたい学校なのか。


 違う。


 だが。


 全部意味のある学校だった。


「全部」


 悠真は考えながら答える。


「行く可能性がある学校」


 心太は頷いた。


「ふーん」


 それだけだった。


 だが。


 その問いは残った。


 受験は。


 合格する戦いだけではない。


 選ぶ戦いでもある。


 母が静かに言う。


「本当はね」


 悠真は顔を上げる。


「第一志望に受かってくれたら、それでいいんだけどね」


 本音だった。


 母の。


 そして。


 悠真自身の。


 その学校に受かれば。


 全部報われる。


 努力も。


 悔しさも。


 涙も。


 だが。


 孔明は言った。


「一つに全てを賭けるな」


 悠真はカレンダーを見る。


 三日間。


 五校。


 それは弱気ではない。


 保険でもない。


 勝率を上げるための配置だった。


「第一志望は全力で行く」


 悠真が言う。


 母は黙って聞く。


「でも」


「そこだけで終わらせない」


 静かな声だった。


「午後で取る」


「二日目で修正する」


「三日目で確保する」


 受験生の言葉ではなかった。


 指揮官の言葉だった。


 母はしばらく黙っていた。


 そして。


 小さく頷く。


「分かった」


 その一言には覚悟があった。


 親もまた戦っている。


 弁当。


 移動。


 ホテル。


 体調管理。


 結果発表。


 全部。


 子どもだけの戦いではない。


 夜。


 自室。


 悠真はノートを開いた。


 白いページ。


 大きく書く。


 ――戦場設計


 その下に並べる。


 二月一日午前 最大出力


 二月一日午後 合格確保


 二月二日午前 修正戦


 二月二日午後 安全確保


 二月三日午前 最終防衛


 書くたびに頭が整理される。


 そして最後に。


 もう一行。


 結果に引きずられない


 合格しても浮かれない


 不合格でも止まらない


 ペンが止まる。


 少し考える。


 そして。


 ゆっくり書いた。


 ――戦場を誤るな


 その文字を見て。


 悠真は少しだけ笑った。


「分かってるよ」


 誰に言ったのか。


 自分にも分からない。


 だが。


 頭の奥で孔明が静かに笑った気がした。


 受験まで、あと少し。


 以前の悠真は問題だけを見ていた。


 今は違う。


 戦場全体が見えている。


 見えているから怖い。


 だが。


 見えているから戦える。


 三日間の戦は。


 もう始まっていた。


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