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08.無職ナナミー


「今持ってる仕事を急いで片付けたら、しばらく隣国へ行ってくる」と宣言した通り、ヒヨクは素早く手持ちの仕事を片付けて、隣国へ渡った。


しばらくの間、仕事は休むらしい。


一般的に、つがい絡みの用事は何よりも優先されるものなので、ヒヨクはなんの問題もなく会社の休みを取れたようだ。


――全く羨ましい限りだ。


鬼畜上司ヒヨクが早く旅立ちたいと急かすので、遅くまでの残業と共に、仕事に追われる日々を送っていたナナミーは、寝不足で疲れがたまっていた。

 

だけど社畜ナナミーには休みはない。


仕事を片付けて嬉々として旅に出たヒヨクに対して、ナナミーは疲れが溜まった体で、今日もノロノロと仕事に向かう。






「ヒヨク様がお休みの間、ヒヨク様の代理を任されたシャーリーよ。よろしくお願いするわね」


就業前の部署の中で、皆を集めて挨拶をしているのは、ヒヨク不在の間、代理上司となったシャチ族の女性のシャーリーだ。



一筋の乱れもなく髪をまとめ、細身で背が高くキツめの顔立ちをした代理上司のシャーリーは、見るからに神経質そうで気難しそうな女性だった。


こういったタイプの人に、ナナミーは昔からよく怒られる。

ナナミーはシャーリーを見た瞬間に、怒られる未来を察知して、目につけられないよう、気配を消して静かにみんなの後ろに立っていた。



―――気配を消したはずだった。

なのに秒で目をつけられてしまう。


ナナミーは代理上司シャーリーに、鋭い目を向けられながら問われる。


「あなた、なんだか動きが遅そうね。この部署で仕事はちゃんと出来ているのかしら?

先に言っておくわ。私はヒヨク様とは違うわよ。使えない者や仕事の遅い者はどんどん切り捨てていくつもりよ。

だからあなたもそのつもりで、根性入れて頑張っていくことね。それが出来ないなら、今すぐお辞めなさい」



シャーリーの威圧的な話し方に、ナナミーはすでに怒られている気分になる。

鬼畜上司ヒヨクにも「お前は動きが遅いんだよ」とよく怒られているが、それでもヒヨクはナナミーの能力を認めてくれていた。

だから「いつか辞めてやる」と思いながらも、今まで仕事を続けてこれたのだ。


だけど代理上司シャーリーからは、「ナマケモノ族のくせに」という下級種族への侮蔑の思いがダダ漏れだ。


弱小種族は敵意に敏感だ。

―――逃げるしかない。


ナナミーは、代理上司シャーリーから受けた忠告を、そのまましっかりと受け止めた。


「あの〜私動きが遅いし根性がないので、今すぐ辞めようと思います」


そう迷いなく答えた。


ナナミーの人生の中で、根性を入れて頑張った事など一度もない。

「努力する」とか「根性入れる」とかは、怠惰を誇るナマケモノ族には無理な話だ。チャレンジする前に棄権するのが正解だろう。


ナナミーは、「みなさんお世話になりました」とベコリと頭を下げて、机の中の私物を持って会社を後にした。


「あいつ動くの遅いけど、辞める決断は早いよな……」と誰かの呟く声など聞こえないふりをする。


―――こうして社畜ナナミーは、無職ナナミーとなった。








家への帰り道、連日の残業続きで身体が重かった。


ナナミーの借りている部屋は、会社からとても近いが、ナナミーにとっては決して近いとは思えない距離だ。

さっき出社のために歩いて来た道を、会社に着いて一息入れる暇なく、また戻っていく足取りが重かった。


衝動的に仕事を辞めてしまったが、後悔はなかった。

疲れ切った身体は重いが、ナナミーはどこかホッとしていた。



ノロノロと歩きながら考える。


『そのうちヒヨク様は、運命のつがいを連れて帰って来るんだろうな』


決してヒヨクに想いを寄せていた訳ではない。

だけど彼は、ずっと自分の運命のつがいだと思い込んでいた人だ。


―――でもそれは間違いで、ヒヨクとナナミーは、鬼畜上司と社畜部下というだけの関係だった。


決してヒヨクの運命のつがいじゃなかった事を悲しく思っている訳ではない。

だけどつがいを見つけて幸せそうにするヒヨクの近くにいたいとは思えない。


―――森に帰って、一人孤独に自堕落生活を送る方がよっぽど幸せな人生に思える。


『決して!絶対に!あの鬼畜上司なんかを好きだった訳じゃないけど!』と、ナナミーは自分に言い聞かせる。





部屋に戻って、ナナミーはそのままベッドに倒れ込み、布団の中に潜り込んだ。


目をつむると、身体がジワジワとベッドに沈み込むような感覚に包まれた。

『疲れた………』と心から思う。


そしてふと昨夜最後に見たヒヨクを思い出す。


遅くまで残業して、やっと仕事が片付いた時、ヒヨクは珍しく機嫌が良くて嬉しそうだった。


あのままヒヨクは隣国へ旅に出たのだろうか。

今頃、運命のつがいと出会っているのだろうか。

いつもは気難しい顔しか見せないが、運命のつがいには、あの機嫌の良い顔を見せて嬉しそうにするのだろうか。


そこまで考えて思い直す。


彼はただの鬼畜上司だ。

仕事を辞めた今は、上司ですらなくなった。

今は、かつて上司だった人―――それだけの人だ。

彼はもうナナミーにとっては過去の人で、二度と顔を合わせる事もない人だ。


これ以上は何も考えないでおこう。

今はもう何も考えたくない。


とりあえずこの身体の疲れが取れるまで、思う存分眠ってから、また先を考えよう。


疲れて思考がまとまらなくなってきて、ナナミーはゆっくりと眠りに落ちていった。



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