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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第一章

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09.よく眠れた朝は


目が覚めたら翌日の朝だった。

ふわぁぁあんと大きくあくびをして、ナナミーはゆっくりと体を起こす。


丸一日眠っていたようだ。


眠る前はとても悲しい気持ちだった気がするが、よく眠って起きたら、気分は爽やかだった。

『今日から仕事に行かなくてもいい』と気がついたら、嬉しくてドキドキしてきた。


『借りていたこの部屋を退去して、森に帰って、これからは自堕落生活を満喫しよう』

そう考えたら急にやる気にあふれ出す。


ぐっすり眠って頭の中もスッキリしてるし、気持ちも晴れて元気になった。

つがいなんかが何だというのだ。



ナナミーは冷蔵庫からイチゴを取り出して、モグ……モグ……と食べ始めた。


イチゴは、ヒヨクの屋敷の使用人が、市場でナナミーが買った野菜と共に持って来てくれたものだった。

最高品質の美味しさに、ここ数日少しずつ大事に食べていたイチゴだ。これだけは食べ切っておきたかった。


イチゴを食べ終わると、必要な荷物だけ持って「何でも屋さん」に向かった。


何でも屋さんは費用は高いが、重い物を運ぶ時や面倒くさい作業がある時に役に立つ。

何でも屋さんで、引っ越しのための部屋の片付け依頼と、森への荷物の運送依頼の手続きを終えた。

不動産屋に行くのが面倒なので、部屋の解約手続きもついでにお願いしておく。


ナナミーは、動きは遅いが事務作業は得意だ。

あっという間にこの街を去る準備は整った。後は森に帰るだけでいい。


『急ぐ用事なんてないし、寄り道しながらのんびり帰ろう』


睡眠時間24時間取れた日というのは、なんて気持ちがいいのだろう。

鬼畜上司ヒヨクの部下になってから、休日に丸一日眠るような贅沢な時間の使い方は出来なくなっていた。

普段残業が多いので、休日に一週間ぶんの買い出しに行かなくてはいけないからだ。


ナマケモノ族は少食なので、週に一度の買い物で十分だけど、買い物だけで終わってしまう休日だ。

ずっと休んだ気がしていなかった。

ナマケモノ族として情けない。




のんびりと歩いていると、つがい認定協会の前を通りかかり、ふと足を止める。


「つがい認定協会」の看板を見たら、ご機嫌だった気持ちが沈んでいった。


ヒヨクの鬼畜な上司ぶりにずっと反発していた。

ヒヨクのアザ模様と似たアザ模様を持っているけど、「運命のつがいだと絶対に名乗り出たりしない!」と固く心に誓ってもいた。


なのにヒヨクの真の運命のつがいがナナミーではなく、他の女性だったと知った今、心がザワついて寂しい気持ちになるのはなぜだろう。


ナナミー自身の運命のつがいが誰か分かれば、この気持ちも収まるだろうか。

――名乗り出るかは別として。



一度森に帰ったら、この先森から出る事はないだろう。

たとえモヤモヤする気持ちがあっても、このまま誰のつがいなのか分からないままに、ナナミーは人生を終えるに違いない。


『せっかくここを通りかかったんだし……運命の相手が誰なのかだけでも確認してみようかな……?』と思いつく。


ナナミーはつがい認定協会に立ち寄る事にして、扉を押して協会の中に入った。




扉を開けると目の前に受付窓口があった。

窓口前には、用件記入の用紙が置いてある。

――だけど窓口には誰もいない。


ナナミーは用紙を一枚手に取って、じっくりと目を通す。


・種族名、名前、ご住所、連絡先

・アザの登録

・つがい認定検査

・つがい証発行

・つがいについてのご相談


用紙にはたくさんの記入事項があって、専門用語も使われていて、なかなかややこしい。ナナミーには問題ないだけど、『苦手な人も多いだろうな』と用紙を見ながら考える。


まじまじと用紙を眺めていると、一人の女性がそっと扉を開けて入ってきた。


小柄だと言われるナナミーよりも小柄な女性だった。髪の毛がツンツンしている彼女は、ハリネズミ族かもしれない。


女性は警戒するようにナナミーを見て、ナナミーが手に持つ用紙を見て、彼女も用紙を一枚手に取った。

じいいいいっと用紙を眺めた後、女性は諦めたように顔を上げて、オズオズとナナミーに問いかけた。



「あの……私、書類を書くのが苦手で……。すみませんが教えてもらえませんか?」と尋ねられて、「いいですよ。今日はどうしましたか?」とナナミーはにこやかに答える。


仕事では、ずっと高圧的な態度の同僚達に囲まれていた。物の頼み方さえも知らない野郎どもだ。

「こんなややこしい書類なんてやってられるかよ。おいナナミー、これ頼むわ」と、押し付けてくるような無礼な者達ばかりだった。


だからナナミーより弱そうな子が丁寧にものを頼むなら、快く引き受けたくもなる。ナナミーは事務作業が得意だし、何も問題ない。






「えーと、では次はここに記入してください。ハリエットさんの持つアザの登録ですね。……ふんふん、ゾウ族のゾーマ氏のアザ模様に似てる気がする、と。

……あ、この欄に『ゾーマ氏』と記入してください」


やっぱりハリネズミ族だったハリエットに、ナナミーは親切丁寧に書類の記入箇所を説明していく。


記入箇所を「ここですよ」と教えてあげる度に、「ありがとうございます」と答えてくれるハリエットは、強い種族の無礼な者達とはやっぱり違う。

字を書くのも苦手そうなハリエットのペースに合わせて、ナナミーは用紙の記入に最後まで付き合ってあげた。


全てを記入し終えたハリエットが、ふうと息をつく。


「ありがとうございます。あなたのおかげで、無事つがい検証の手続き記入が終わりました。

……背中のアザは鏡越しにしか見れないし、つがいの証のアザじゃないかもしれないけど……。アザ模様がずっと気になっていて。

結果がどうあれ調べてもらおうと、今日思い立って来たのです。でもあなたがいなかったら、この用紙を見ただけで諦めて帰るところでした」


ハリエットはそう話すと、にっこりと微笑んだ。


鏡越しにしか見えない、ハリエットの背中のアザ。

ナナミーも、鏡越しにしか見えない左のお尻にアザを持つ。


『見えやすい場所にアザがあったなら、つがい雑誌などに載ってる情報を見て、自分でもある程度検証する事が出来るのに』と思った事は何度もある。

きっとハリエットも、長い間もどかしい思いをしてきたに違いない。何度も鏡越しにアザを確認して、やっと心を決めてここに来たのだろう。


ナナミーはハリエットの気持ちが分かる気がして、親しみを込めた笑顔を見せて言葉をかける。


「ここに来られるまで、とても悩まれたのですね。お役に立てて良かったです。

また検証日時などは、認定協会の方から追って連絡が入る手順になっています。お帰りお気をつけて」


「本当にありがとうございます。「窓口受付係の方はとても親切な方だった」って、みんなにも話しておきますね。あなたがいれば、きっと悩んでる子も名乗り出やすくなると思います」


「あ、いえいえ――」と答えながら、「あれ?」とナナミーは気がつく。


ナナミーは、つがい認定協会の窓口受付係ではない。どうやらこの協会のスタッフと間違われていたようだ。


違和感に気がついて、ナナミーが「私は協会の窓口受付係じゃないですよ」とハリエットに声をかけた時には、扉は閉まっていた。


「行っちゃった……」と閉まった扉を眺めていたら、背中から誰かに声をかけられた。





「はい、君合格。今日から君は、つがい認定協会の受付係だ」


ナナミーが「え?」と振り向くと、明らかに最強種族の大柄な男が立っていた。



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