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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第一章

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10.つがい認定協会受付窓口係


ナナミーは、目の前に立つ男を見つめた。

体は大きいが、優しそうな人だ。

雰囲気がどこかベアゴーに似ている。


じいいいっと男を見つめていると、男が「おや?」というように片眉をあげた。


「君はナマケモノ族……かな?なのに僕を見ても怖がらないんだね。きっとこの仕事に向いてるよ。君、合格」



面接も受けていないのに、面接に受かっていた。

ナナミーは、「いえ、私はもう仕事なんてしないで、これから森に帰って、自堕落な人生を送るところなんです」と言おうとしたが、口を開く前に男に言葉を重ねられた。


「僕はつがい認定協会の責任者の、サイ族のサイモンだ。ここのスタッフは大型種族の者ばかりだから、小型種族の者は怖がって仕事をすぐ辞めちゃうすんだよ。

つがい検証の申し込みに来る人は、小型種族の者が多いんだ。検証に積極的になってもらえるように、受付係は優しそうな小型種族の人に担ってほしいんだけど、なかなか良い人材がいなくてね……。

さっきの君の案内、完璧だったよ。頭もいいし、勇気もあるなんて、願ってもない人材だ。今日からここで働かないか?」



ナナミーはサイモンの言葉にドキッとする。


「勇気がある」なんて初めての褒め言葉だ。

今までいた部署では、「仕事は出来るのにな」と言われる事はあっても、「お前は本当に弱いよな」「もっと速く動けよ」としか言われた事がない。


『ここ、良い職場かも……』と、ナナミーの心がグラリと動く。


―――いやいやいや。

ナナミーの部屋はすでに引き払ったし、引っ越し手続きも済んでいる。今この街に、ナナミーの居場所はすでにない。


「私、この街には住む場所もないですし、」

「あ。うち寮あるよ。家賃要らないし、三食の食事とおやつ付きだよ。ノー残業な仕事だし、就業時間は10時から17時、お昼も12時から15時まで3時間の休憩だ。

仕事内容は、この受付窓口に来た人の対応だ。あまり人は来ないし、受付窓口に座ってるだけの事も多いから少し退屈な仕事かもしれないが……大事な人を迎える仕事だ。給料はなるべく譲歩しよう。

どうだろう、引き受けてくれないだろうか?」


「頑張ります」


ナナミーは「お断りします」と続けようとした言葉を、「頑張ります」に変えた。


ただ窓口に座ってるだけの退屈な仕事だなんて……!

三食付きなら買い物に行く必要もないし、お昼休憩が三時間もあるならお昼寝もできる。

――なんて魅力的な仕事なんだろう。


それにおじさま世代の上司のサイモンは、強靭なサイ族らしくなくて、とても優しそうな紳士だ。どこか、棒付きキャンディをくれた、アルパカ族の上司アルッチにも似ている。

きっと良い上司に違いない。



こうして無職ナナミーは、思いがけずつがい認定協会の受付窓口係となった。








つがい認定協会の受付窓口係の仕事は最高だ。


つがい登録する人も、つがい検査を受ける人も、滅多に訪れるものではない。

受付窓口係の仕事は、ただぼんやりと開かない扉を眺めて座っているだけで一日は過ぎていく。


ここのスタッフは大型種族の男の人が多いが、お役所仕事らしく物静かな者達ばかりだ。年齢層も高く、おじいちゃん世代が多い。


受付窓口で、椅子に座ったまま大人しく扉を眺めているだけのナナミーを、おじいちゃんスタッフは可愛がってくれる。


「ほら、人参をあげよう。ワシの畑で収穫した物だ。美味いぞ」

「ナナミーちゃん、蒸したジャガイモ食べるかい?」


そう言ってオヤツをたびたび差し入れしてくれる。


ナナミーはモグ……モグ……と、扉を眺めながらオヤツを食べているだけでよかった。

控えめに言っても、最高の職場だ。



「そういえば私のつがいが誰なのかを調べるためにここに来たんだった……」とたまに思い出す事はあるが、ここはつがい認定協会だ。

いまやスタッフの一員であるナナミーは、調べようと思えばすぐにでも資料を調べる事が出来る。


なんなら差し入れのブドウをモグ……モグ……と食べている今でさえも。


それに「いつでも調べられる」と思ったら、「じゃあいつでもいいや」と思ってしまうのが、ナマケモノ族の習性だ。


そのうち。

いつか本気で知りたいと思った時に調べればいい。


そう考えてナナミーは、今日も自分のつがいの調査を放置する。







「あ。ハリエットさん、こんにちは」

「こんにちは、ナナミーさん」


ハリネズミ族のハリエットは、あれからたびたびナナミーに会いに来てくれる。


ハリエットは、「あの日親切丁寧に困っている自分を助けてくれたから」とナナミーを慕ってくれていた。



「ハリエットちゃん、残念だったね。反対向きだったけど、ゾーマさんのつがい模様とそっくりだったのにね」


「そうね、まさか模様が反対向きだなんて思わなかったわ。間違いに気付かなかったのは、鏡越しに見てたからね、きっと」


少し恥ずかしそうにふふふと笑うハリエットは、ゾウ族のゾーマの運命のつがいではなかった。

確かにそっくりだったが、アザの模様はゾーマと鏡写し状態で、反対向きだったのだ。


検証結果が伝えられた時、ハリエットは少し残念そうな様子を見せたものの、すぐにスッキリとした顔に変わった。

長年思い悩んでいた事が解決して心が晴れたと、晴々とした笑顔を見せていた。



ナナミーは、二人のアザ持ちの男達を思い出す。


チーター族のチレッグと、ピューマ族のヒュー。

――鬼畜上司に劣らず、傲慢な鬼畜野郎どもだった。


だけどナナミーが「誰の運命のつがいなのか」くらいは知るべきだと思っている。

――無礼なヤツらだ。誰のつがいであっても名乗り出る事はないだろうが。


だけど調べるのは今日でなくてもいいだろう。



鏡越しに見えたハリエットの背中のアザは、鏡写しのアザで、ゾウ族のゾーマのつがいの証ではなかった。


という事は。


鏡越しに見えるナナミーの左のお尻のアザも、つがいの証ではない可能性がある。

走るチーターの模様にも、走るピューマ族の模様にも似てるアザだが、鏡写しだったかも。


そうなればナナミーのアザは、誰のつがいも表していない。


だったら今日調べる必要はない。

いつかそのうち。

そのうち調べたくなった時でいいだろう。


――とりあえず今日は解決という事で、今日は何もせずにのんびりしよう。




ナマケモノ族らしい判断をして、ナナミーもハリエットに晴々とした笑顔を向けた。




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