29 第一皇子からの密命
(皇帝の執務室に侵入し、父上の日記を盗み出せって? 本気なの?)
私は厳封され、寮の私室に届けられた文の内容に背筋が凍った。いつものように係の皆に相談出来る内容ではない。こんな物を送り付けてくるのはただ一人……。ブラコンを拗らせたジェラルド様だ――
「真剣な顔してどうした?」
「モニカ、表情が固まっているわよ?」
「ん? 何かあったのか?」
「あ、いえ、少し考え事を……」
やはり言えない。この優しい先輩方を巻き込めない。一番年嵩のトムさんは、ドロテアを辺境の修道院まで送り届ける任務で出張していて、今課内にいない。
(一人で判断するしかないわ)
これは犯罪だ。無視するなりユリアン様にご報告すべき案件のはずだが……。ユリアン様にもご報告出来ない理由があった。
「今日もユリアン様の執務室に辿り着く前にあの御方に捕まると思いますので、ユリアン様によろしくお伝えください。行って参ります」
「頑張ってねー」
「「了解」」
今日は自らジェラルド様の執務室に向かうのだが、心配をかけないようにこう言っておいた。
「来たか、モニカ・クラウスティン」
「来たくはありませんでしたが、ユリアン様の人生に関わると言われたなら、来ないわけには参りません。卑怯ですね」
「何とでも言うが良い。お前の戯言など痛くも痒くもない。まあ、くだらない話をダラダラお前とする気はないからな。単刀直入に言う――」
そう、こんな話に乗る気はなかったが、聞いてみないと分からない事が多すぎた。思わず息を止めてジェラルド様の言葉を待つ。
「お前も、この国の第二王子の仮面の下、本当のタブーに気づいたのではないか?」
ドストレートに尋ねてきた。嫌な予感が当たってしまった。これは本当にレーヴァンダール帝国のタブーだ。口に出して良いものだろうか……。
言い淀む私に、ジェラルド様が挑発するように手のひらを上に向け、その指先をクイクイと折り曲げる。
私は短く息を吐き、レーヴァンダール帝国のタブーと予想していた事を口にした。
「ジェラルド様と、ユリアン様は似過ぎています。確かにジェラルド様はお身体が弱かったためか、よく知る者であればお二人の違いにすぐ気づくと思われます。が、知らぬ者が見れば、ご兄弟というより、同じ人物――いえ、ハッキリ申し上げます。双子だと思われるでしょう」
一つも面白くないのだが、ジェラルド様は楽しげに拍手をしてきた。
「ハッキリ言ったな。悪くない」
「色々と経験しましたので。遠回しに柔らかに語る貴族的な表現の良さも、歯に衣着せぬ直接的な表現の良さも、どちらも身に染みて感じて来ましたから」
「そうか、ならば私もハッキリ言おう。お前でさえそう思ったのだから、私だって自分がユリアンと双子ではないかと考えてきた。それが真実なら、この国を揺るがす事になるな」
帝国では双子は忌み嫌われる。貴族だろうが、平民だろうが、双子の男児は家督相続の争いの火種となるからだ。
帝国法上の建前は、同じ時に命を宿した赤子は先に生まれた方を長子、次に生まれた子を次子と定め、無益な争いを避けているが、現実は違う。
育てる過程で入れ違いがあっただの、いくらでも争う理由は作れるのだ。片割れを他所にやっても、そこで恨みを募らせ、争いに発展する可能性はいつまでも消えない。
それが皇族であれば、より事は重大だ。国を二分する争いとなる。
だから、一昔前のレーヴァンダール帝国では、同じ日に産まれた男児のうち、最後に生まれた者もしくは弱く生まれた方を殺す風習があった。それを現皇帝レオナルド様が法改正し規制しようとしているが、未だ改正まで進んでいない。
古い時代を知る物からすれば、自分の身内に悪習が及ばない内は、風習というものは残したいらしい。
「伊達に首席だったわけではなさそうだな」
「お褒めに預かり光栄です」
ジェラルド様がなさんとする事の一部は分かった。
第一皇子殿下は、自分とユリアン様が双子の兄弟だと考え、真実を知ろうとお考えなのだ。
「ユリアンも、きっと感づいているだろう」
「そうかもしれません。私に過去の出来事をお話くださる前に、“私以外の皇族に関わる部分も憶測もあるから、今モニカに全てを話す事は出来ないよ”とおっしゃっていましたから」
ジェラルド様の表情が柔らかくなる。本当にユリアン様を大事に想われている事が伝わってきた。
邪険にするあまり、見落としていた事がある。ココはドロテアの顔を引っ掻いた事もあったが、ジェラルド様を威嚇した事はない。ユリアン様を見つけた時の様に駆け寄ったりする事もないから、違う人間と分かっているのだろう。
今も大人しく興味がなさそうに、隣で毛繕いをしながら私たちの話を聞いているだけだ。
(ココはジェラルド様を、最初から悪い人認定はしていなかったんだね)
私もだが、目の前の御方も少しココを見習った方が良い。互いに威嚇し合うのが馬鹿らしくなった。そう考えると、ジェラルド様を無下に扱う事がますます出来なくなってしまう。
「ならば話は早いな。ユリアンを本当に想い、お前が心からユリアンを支えるに値するのなら、私について来い」
この御方、ご自身も陛下の執務室に行くつもりだ。罪を私だけに負わせる気は無いのだ。そうなれば、私に拒否権はあるのだろうか? ユリアン様の事を想うこの御方に、ついて行くしかないではないか。
(まさか、ジェラルド様は……)
それ以上先は、無理矢理考えないようにした――
「父上は御公務で外か? 中で待たせてもらうぞ?」
兵に有無を言わさず、ジェラルド様は皇帝陛下の執務室にズカズカ入って行く。私もその後を御付きの官僚のフリをしてついて行った。
「父上はあの書棚に日記を仕舞っている。幼い頃、体調が良くはしゃいでいた私は、前触れなしにここを訪れたんだ。その時、確かに父上の字で日記に双子と書かれているのを見た。慌てた父上が書棚に仕舞ったのを、今でも鮮明に覚えている」
「あの鍵を私が開ければ良いのですね……」
「お前の下衆な芸当が役に立つな」
通常、学園の学生は教育課程の中で基本的な魔法しか身につけない。鍵解除は専門職か怪しい家業の者しか扱わないので、この歳で扱える私に対しては最適な憎まれ口だろう。
だが、私は苛められたからこそ自分に出来る対応を考え、伸び伸びと自由に使える魔法を伸ばした。鍵解除を使えるようになった事を、今ではより誇りに思っている。なぜなら――
「第二皇子係でなら、役に立つスキルです」
「ハハッ。そうだったな」
初めてジェラルド様が嘲笑ではなく、普通に私に笑いかけてくれた――。




