28 ブラコンの第一皇子
――カツカツカツカツ――
今朝もユリアン様の元へ向かう私の真正面から、ユリアン様、否、あの御方がやって来る。
「そろそろいい加減にしてくださいませんか?」
「それはこちらのセリフ。いつまで官僚をしているつもりだ。尻尾を巻いて、さっさと辞めればいいものを!」
どちらも引こうとせず、バチバチと私とジェラルド様の間に火花が散る。周囲にいた官僚や衛兵が冷や冷やした様子で私たちを眺めている。
(ジェラルド様は焦っているのだろう。私の試用期間が終われば、官僚をクビにすることは難しいから)
政治色に左右されないため、官僚はある程度一定の地位が守られる。“古きよきレーヴァンダール帝国の就業体系に守られた城勤め”と揶揄されるのもこのためだ。
しかし、試用期間であれば話は別。正採用されなければそれまでだ。
このように、最近私はユリアン様の執務室に行く前に、ジェラルド様に捕まっている。
「私が直々お前の考課をしようと言うのだ。光栄に思うが良い」
相手も私が大人しく言うことを聞かないと察したのか、こうしてわざわざ私に張り付いて、一日中観察されるのだ。ご公務をなさってはどうかと言えば、「皇子課の新人職員指導も立派な公務」だとか、「ユリアンと私が正反対の評価を言えば、クビになる確率は半々だ。今までのお前の悪評を聞いてきた者たちはどう考えるだろうな?」などと脅してきたりもする。
本当にペラである。いくら身体が弱く、口ばかりが達者になったと考えるようにしてもカチンとくる。
「だが、こうして無駄に言い合っていても不毛だ。今日は少し、建設的な会話をしよう」
まあ、そういうところはドロテアと違って好感が持てるところではある。命令と言われればそれまでなので、大人しくジェラルド様の執務室で対話に応じる事にした。何かあれば、すぐユリアン様や係の皆が来てくれるだろう。むしろ、こないという事は、私に一人でやってみなさいと言っているのと同義だ。
「お前はいつ、ユリアンを好きになったのだ?」
ストレート過ぎて身内の方に大変答えづらいが、真摯にお答えすべきだろう。
「ボルダン伯爵家主催の狩りの時命を狙われ、森の中にあるコテージに逃げ込み二人で話をした時からです」
「フン。最近ではないか。まあ、身を潜めていたとは聞いている。その時何があったのだ?」
「ユリアン様は子どもの頃私と出会った際、自分に似ていて嫌な女だと思ったそうです」
「ああ、ユリアンは嫌な男ではないが、お前に関しては納得だな」
いちいち癪に障る事を言う。
「ただ、その後、学園でセオドア・ヴェントゥル様と私が楽しげに話し、笑っているのを見て……、その……私の笑顔が良かったと……」
なぜ、私がこんな話を好いた人の身内に暴露しなくてはならないのだろう。恐ろしく苦行だ。勝手に説明する事もユリアン様に申し訳ない。
「ほう。たかだか一目惚れというやつではないか。一瞬なら、忘れるのも容易かろうに」
「いえ、それから私をずっと見ていたようです。ユリアン様が学園を卒業し私が苛めに遭ってからは、第二皇子係の人を私につけ、見守ってくれていたと後に聞きました」
「ユリアンとセオドアが、お前の身の潔白を卒業パーティーで証明したことは私もモーガンから聞いた。そこに関しては、私の大切な者たちの話を信用するしかないと考えるようにはし始めたがな――」
ジェラルド様の表情と纏う空気がピリリとする。
「私はなぁ、お前にも問題があったのではないかと思っている。やられる側にも問題があったのではないか?」
「確かにそうですね。そう思われても当然です。ドロテアの真意に気づかず、策に嵌ったと自分でも情けなく思いました。解決方法も色々あったかと存じます」
「ハハッ。本当に滑稽だ。学年首席だろうが公爵令嬢だろうが、お前が成り上がりの伯爵家の女にしてやられたのは事実だ」
その通り。だが――
「ですが――」
「なんだ。言ってみろ……」
「あの娘のお陰で私は官僚となり、ユリアン様のお側に居る事が出来ました。何もなければ普通に公爵家に一番都合の良いお相手の方と今頃婚約し、婚姻の準備を進めていたでしょう」
私は想いの丈を話し続ける。ユリアン様が人生をかけ支える御方に、私の気持ちを知って欲しい。そしてこの御方は、ただユリアン様を案じているだけなのだ。
「第二王子係の皆さんや、モーガンさんとの出会いもありませんでしたし、平民の同級生の友となる事は無かったでしょう」
「それはそうだな……」
素直に認めるところは認めるという姿勢は良いと思う。理解していても、感情が伴わなかったりするものなのに。やはりあの娘よりやり易い。
(何とかジェラルド様にはご理解いただきたい……)
「その時、不遇だと思ったとしても、失敗したと思ったとしても、未来は自分の行動次第で変わります。ハッキリ言って、今の私は幸せです」
「ほう? ユリアンが私を皇帝に即位させ、生涯影となっても私を支えようとしている事は知っているのだろう?」
そこを突いてきても、もう私は揺るがない。
「はい。当然伺っております。そのユリアン様を、私は官僚として生涯支えるとお伝えしました」
一時の静寂――私はユリアン様のご家族にも、想いを伝えてしまった――
「抜かす……。喋り過ぎて疲れたな。少し休む……」
「では、モーガンさんを呼んで来ます」
「……」
ジェラルド様が黙り込んでしまったので私は退室し、直ぐモーガンさんの居る皇子課へと向かった。
やはり、モニカ・クラウスティンは生意気で嫌な女だった。私をユリアンの影武者呼ばわりした挙句、暴言を吐きまくったのだ。ユリアンもモーガンも人を見る目がない。
だが、どんなに諭しても、ユリアンの気持ちは固かった。私がモニカ・クラウスティンに接触した後、あの温厚なユリアンが私を叱ったのだ。あり得ない。
「声を荒げ申し訳ございません。しかし兄上、私はモニカを愛しているのです」
「女など、私がいくらでも探してやるよ」
ユリアンが悲しそうな顔で微笑む。
「モニカ以外の女性に興味はないのです。御理解ください」
「ジェラルド様、愛する人とは替えが効く物ではないのです」
モーガンまでユリアンの言葉に追随する始末。そんな縛られる様な色恋など、私には理解できない。
(ユリアン……。なぜ分かってくれないのだ……。こうなったら、この城からモニカ・クラウスティンを追い出すしかない)
どうしても私は、ユリアンには幸せになってもらいたいのだ……。その日以降、隠しもせず堂々とモニカ・クラウスティンの元を訪れたが、中々化けの皮を剥がさない。そして、今し方……。
『ユリアン様を、私は官僚として生涯支えるとお伝えしました』
『私は早く大きくなりたいです。大きくなって、兄上を支えます』
幼い頃のユリアンと、目の前の憎い女の姿が何故か重なった――
(なっ!! ユリアンと重なったということは、私とあの女が重なってしまったようなものではないかっ!! ――絶対にただでは退かぬっ。ユリアンのためにも……)
こうなったら、あの女がユリアンを支えるに相応しいか試す。私もこの国の皇子だ。一応帝国の民であるあの女を慈しむ心を持ち、公正な判断をしようではないか。
勿論愛する弟の側に居させる女は、それに見合った試練をクリアしてもらわねばならないが。
私はモニカ・クラウスティンに、皇族の秘密を探らせる事にした。失敗しても、邪魔な女が一人消えるだけ。最悪、私が責を負えばモニカ・クラウスティンと私だけの処分で済む。成功すれば、その暁には……。
(私は卑怯者だな。自分が恐ろしくて出来なかった事を、他人に……、しかも女にさせようとしている……)




