8.荒野
時差あり二話連続投稿の二話目です。
※2020/05/13加筆修正いたしました。
城の最上部は四方を見渡せるようになっていた。日は傾きかけ、春にしては風が冷たかった。
王子に遠眼鏡を渡され、唾を飲み込み呼吸を整えながら覗き込んだ。
「……っ!」
予想していた風景とは遥かにかけ離れた光景が広がっていた。見間違えかと思い、別の方向も見たが、どの方角も似たような光景だった。何もない…荒野があるだけだった。
草木は枯れているようで、どこを見ても茶色い。
昔両親と見た風景とは明らかに違った。幼い頃に両親と見たときはには所々緑があったはずだ。もちろん同じ時期だ。それなのに何もないのだ。
「何があったのですか?日照りですか?飢饉ですか?何故…何故作付けされていないのですか?その準備もされていません。今していないのなら収穫に間に合わなくなってしまいます」
「種にするはずだったものも税として徴収されたからです」
斜め後ろにいる王子が静かに答えた。その声はとても冷たく聞こえ、どんな表情をしているのか怖くて見られなかった。
「っ…国民は何を食べているのですか?食べ物はあるのですか?」
「現在連合国軍が食糧を配布してくれております」
元将軍がはぐらかすように言った。
「今まではどうしていたのでしょうか……」
「……」
全員沈黙した。振り返って皆を見てみるが口を閉ざしている。目を合わす事もしてくれない。
(何故答えてくれないの。気遣う必要ないのに。私のためを思うのなら教えて!)
「先ほどの話の中で北領では税が低いという話が出ていました。他の領では高いという事ですよね?」
「王女様……」
(そうよ。ただの簒奪であの男がきちんと国を治めていたなら連合国軍なんて大それたものが来るはずないわ。王子はあの時、民を虐げる悪辣な王族と言っていたじゃない!)
自分自身に怒りがこみ上げてきた。
「私は塔で助けを待っていただけ。自分では何もせず、ただひたすら誰かが助けてくれるのを待っていたの。民がどんな酷いめに会っているかも知ろうとせず。彼女達・・・侍女達に聞けば分かったのに。自分が一番不幸だと思って悲劇に浸っていたの。こんな、こんな馬鹿げたことってあるかしら!」
「エレオノーラ王女、しかしそれは――」
「本当に仕方ないことでしょうか。こんな憐れな女が王になってはいけないわ。もしそんな女が王となったら国民が可哀想よ」
一気に感情が押し寄せてきた。何がなんだか分からなくなってしまった。血が上ったり血の気が引いたり、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。胸もとても苦しくなった。
その時視界がぐらりと揺らぎ、空だけが見えるようになった。どうやら足を踏み外し倒れこんだようだ。
(あっ……)
体勢を立て直せず一瞬死を覚悟したが、即座に王子が抱きとめてくれたので難を逃れた。
「大丈夫ですか?…少し休みましょう」
王子はとても悲しげな顔で言った。眉は下がり目も細まっている。
有無を言わさず抱き上げられる。体はいつの間にか震えていた。今自分はどんな顔をしているのだろうか。
「部屋に戻りましょう。よろしいですね?」
黙って頷いた。抱きかかえられたまま階段を下り、そのまま部屋に向かった。
部屋の前に着くと王子が下ろしてくれた。もう体の震えは収まっており歩くことが出来た。王子の部下が戸を開けてくれ、部屋の中に入ると元宰相と侍女達が何か話をしていた。
「エレオノーラ様お戻りでしたか!実は――」
元宰相はこちらに振り向き、何か言おうとしたのだがやめてしまった。侍女達も気まずそうに下を向く。
(あなた達も私に気を遣うのね。それはとても有り難いのだけど……)
不甲斐なく思っていると隣にいた王子が口を開いた。
「何かあるのなら私が先に聞いて王女に伝えるか判断しましょう。王女はまだ体調がよろしくないですし、精神的にも負担がかかっているようです」
「そうですか。では――」
元宰相が承諾しようとしたがそれを遮った。
「皆さんが私の事を思ってくださるのは嬉しいのですが、私は知りたいのです。今、皆さんが話そうとしたことも、私が塔にいた間に何がが起こったのかも。お願いです。どうか教えてください」
王子は隣から前に移動し、片手で頭をかきながら言った。
「…駄目です。」
「何故です?私が頼りないからですか?」
王子に必死に訴える。
「貴女は今、とても感傷的になっています。そんな人が冷静でいられる話でしょうか。彼らの表情からしていい話ではないでしょうからね」
「ですが!」
「ですがじゃありません。皆、貴女の事を心配しているのです。貴女は昨日まで死の危機に瀕していたんですよ?本来は静養していなければならないんです。それなのに…」
「すみません…。どうしても今知りたいのです。知らなくてはいけないんです」
「はぁ、貴女は美しい顔に似合わず頑固なようだ。」
どうやら王子は諦めてくれたようだ。
「いいですか。何を聞いても取り乱さない。分かりましたね?」
「善処いたします」
王子に促されるまま椅子に腰掛けた。続いて王子の合図を受け元宰相と侍女達が話し出した。
「私が彼女達にエレオノーラ様の侍女は三人だけかと聞いたのです」
「前は五人ほどいたのですが…」
「元からいたのはダニエラさんと私の二人で後から一人、リンダが手伝いに入ってくれていると。」
「そこで、何故人数が減ったのかと聞いたのです」
「そうね。前は…あの塔に入ってすぐは五人が当番制で来ていたわ」
ダニエラとアンナの他に今のリンダと同じ年頃ぐらいの侍女が三人いた。
「はい……それは…、やはりよしましょう。この話はすべきではありません!」
アンナは大きな声を出した。顔もこわばっている。
「…ねぇ、彼女達は故郷に帰ったと言っていなかったかしら?」
「ええ、そうお伝えしました」
ダニエラは厳しい顔つきになった。
沈黙のあとリンダが話し出した。
「…故郷には帰ってきていません。私と同じ故郷に城で働いていた人がいました。彼女が一度帰省した際に言っていたんです。とても大事な方のお世話を任されていると。王様達ならそう言うでしょうから皆でおかしいと噂しておりました」
リンダはそう言うと一度目をつぶり一呼吸置いた後、再び目を開いて続けた。
「私は同郷のお姉さん、血は繋がっていないのですが、親しくしてくれていたので・・・を探すために侍女になりました。どこに行ってしまったのか知りたかったのです。ですが、城の中を探しても見つかりませんでした」
「彼女達は…王女様を塔から脱出させようと試みていたのですが、計画がばれてしまい……」
アンナは途中で言うのを止め涙を流しだした。
「そんな…。リーザもマリーナもスザンナも…。そんな……」
「そうでしたか…」
王子が悲しげに言った。
皆、優しく親切であった。実の妹のように、娘のように接してくれた。彼女達は今頃故郷で幸せに暮らしているだろうとなんの疑問も持たずに生活していた。
(なんて馬鹿だったのかしら…彼女達の優しい嘘を信じて……)
王子は私の背に大きな暖かな手を置き、落ち着かせようとしてくれている。
「私は本当に何にも知らなかったのですね。知ろうともしなかった…」
「これから知っていけばいいでしょう。現に貴女は知ろうとしているじゃないですか」
王子が優しく言った。
出入り口付近にいた元将軍がゆっくり近づいてきた。
「知らないのが罪というのでしたら、我々もあの男達の企みに気付けなかった。本来ならばいち早く危険を察知しお守りせねばならなかったんです。正直あの者を侮っておりました。そんな度胸はないと。…陛下が倒れるまで冗談とさえ思っていたのです」
深い後悔の念が窺えた。顔の傷や手の麻痺など負っていることからして、あの卑劣な男達と戦ったのだろう。傷を見る度に思い出すのかもしれない。
「そんな、それはあの男が…」
彼は十年間ずっと戦い続けていたのだろう。それに比べて自分の十年間はどうだっただろうか。
「私は、私は…私のせいで一体どれだけの人が犠牲になったのでしょう。私なんか、私なんか――」
「そこまでです!それ以上言うのは許可出来ません。しっかりしてください。先ほど何を聞いても取り乱さないと約束しましたよね?」
王子は険しい顔で諭すように言った。
「はい…」
「過去の事はどう頑張っても変えられません。前を向きましょう。未来ならば自分で作っていけます」
「ええ……」
「もう二度と彼女達のような人を出さないように、皆が安心して暮らせる豊かな国を作っていきましょう。もちろん我が国から、いや、私も力を貸します」
「はい…ありがとうございます」
王子がその場をまとめてくれ、解散となった。
自分のせいで侍女達が死んだ。三人も死なせてしまった。もしかしたら、もっといるのかもしれない。国民もそうだ。満足に食事出来ず飢えて死んでいった。自分は三食食べられていたのは侍女達の分を分けてくれていたのかもしれない。あの砂糖菓子のように。
この後、熱を出し寝込んでしまった。
そろそろ王子の部下達の名前が出て来ます。
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