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小話3誰かの話

 誰かの視点です。


 最近我は機嫌が悪い。何故なら主が顔を見せないからだ。今までは毎日のように顔を見に来ていたのにこの地に来てから顔を見せなくなった。先日、主の気配がしたので我に乗りに来たのかと思い喜んだら、主は我に顔を見せずに帰ってしまった。ぬか喜びとはまさにこのことである。

 他の者達は走らせて貰っているのに我はほとんど走らせて貰えていない。不満が溜まる一方である。ついつい給仕に対しても当たりが強くなってしまい相手を怖がらせてしまうようだ。


「黒いのさんも他の人を背に乗せればいいのですよ」


 茶色いのが言った。


「うんうん、私達のようにご主人でなくても乗せてあげなきゃ駄目よ」


 まだらが言った。牝馬である。紅一点と言うらしい。


「ええ、お二人の言う通りです」


 くつしたが言った。くつしたが何なのかは分からないが、人間がそう呼んでいるので我もそう呼んでいる。


「ふん!我は主しか乗せん!だいたい怖がっている者が我に乗れると思うのか?」


 くつした達を睨みつける。届いたら噛みついてやった。


「怖がらせているから怖がるのです。人間とは臆病な生き物ですからね。優しくしてあげませんと」

「軟弱者め」


 我はフンと鼻をならした。この程度で怖がるなんて弱すぎる。我に乗るのに相応しくない。


「また、そういう事言って…。ご主人にも嫌われちゃうわよ」

「そうそう!」

「む…」


 まだらと茶色いのに言われた。

 それはない…とは言い切れない。実際何日も顔を見せに来ない。我の事を忘れてしまったのだろうか。それとも新しい馬を見つけたのだろうか。そう思ったらイライラしてきた。


「主!何故我に会いに来ない!!どこぞの馬の骨と会っているのかっ!!!」


 我が嘶いたらわらわらと人間達が集まって来て何かを言っている。


「ほら、黒いのさんが大声出すから人間が来ちゃったじゃないですか」

「や~ね~自制の出来ない牡馬は」

「呆れて何も言えませんね」


 三頭に言われた。失礼な奴らめ。


「何だと!!」


 我は再び嘶いた。人間達は大慌てだ。この程度で慌てふためくとはなんて軟弱な人間達なのだ。


「あー!また怖がらせてる」

「恐怖で相手を支配しようとするなんて最低ね」

「身に染みついた立ち振る舞いはなかなか直せませんからね。仕方ないですよ」


 また三頭に言われた。


「黙れ!!」


 人間達が大勢で我を宥めようと触ったり食べ物を持って来たりしたが、その程度で収まる怒りではないのだ。

 この間ちらりと見かけた牝馬は実に美しかった。主か彼女に会えればこの怒りも鎮まるだろう。彼女と共にいた人間もなかなか見所のある人間だった。主にその人間を乗せてやってくれと言われたら乗せなくもない。

 軟弱な人間達は我を放牧地に入れた。ここの放牧地は小さくて全力で走れないので、余計に苛立つのだ。ここに来てから本当に退屈である。

 一応、我は軟弱な人間達のために走ってやった。我はこんなにも優しいのに怖がらせているだのと言われたくない。

 何周もぐるぐると走ると大分飽きてきた。怒りが収まった訳ではないが、腹が減ってきたので部屋に戻ろうと思う。


「ん…?……あ、あれは!!」


 紛うことなく彼女である。我は再び彼女と会えたのである。

 我は柵を破壊する。以前から脆そうな所を把握していたのだ。こんな脆弱な柵ならば壊すのは容易い。何やら人間達が騒がしいが我は急いで彼女の元へ駆けて行った。


「そこの美しい馬よ。我の名はアイズベルクと申す。そなたの名はなんと言うのだ?」

「私?私はネーヴェよ。雪って意味なんですって。素敵でしょう?」

「ほう、良い名だな。我の名は氷山という意味だそうだ。少し似ているな」

「うふふ、本当ね。格好いい名前だわ。…貴方とても強いのね」

「うむ、我は強いぞ」

「ずっとそういう馬を探していたの」

「我もそなたのような美しい馬を探していた」

「運命ね」

「ああ」




 先日彼女に種を授けたが、その後人間達に離ればなれにされてしまった。主も最初は我と彼女の仲を引き剥がそうとしたが、彼女と共にいた人間に何か言ったら手を止めてくれた。あの者は良い人間である。

 しかし、久しぶりに主が来たのにその後また来なくなってしまった。忙しいのかもしれないが、顔を見せるぐらいして欲しい。少し足を伸ばせばいいのに、それをしてくれない。何やらまた苛立ってきた。


「主よ!何故来ない!!」

「わあっ!驚かさないでくださいよ!」

「そうですよ。静かになったと思っていたら突然騒ぎ出すなんて、情緒不安定ですね」

「美味しくないお薬飲まされちゃうわよ」

「そんな物、吐き出してやるわ!!」


 我の嘶きで軟弱な人間達が集まって来た。またこそこそと話をしている。


「フン、何を企もうが我には効かぬぞ」


 我が徹底抗戦の構えを固めようとしていたら、遠くから足音が聞こえてきた。


「あ、主!来てくれたのか!」


 主は我の首元を撫でてくれた。


「主よ、何処に行くのだ?」


 主は優しい表情で何かを言った。


「む、何かを頼まれたぞ。主の望みならば出来る限り叶えよう」


 主が我の体毛を手入れしてくれ、鞍を背に乗せた。やはり何処かに行くらしい。


「わーい!みんなでお出かけですよ!」

「久しぶりね!」

「遠くに行くのでしょうか」


 三頭も一緒のようだ。いつも主と共にいる人間達もいる。一人、気が抜けたような顔をしている奴がいるが、悪い奴ではないので主の側にいるのを許している。

 皆でこの場所から出発すると、来るときに見た荒廃した風景が広がる。この地は今までで一番荒れている。人間も建物も大地も全て目も当てられないほど酷いのだ。おそらく主はここの者達を助けに来たのだろう。流石、我の主である。

 まだまだ走り足りないが、主は我を止まらせた。何かを確認しているようだ。確認し終えたのか、主は我を高い場所に移動させた。主は我から降り、再び何かを確認している。


「わ!ここの草、美味しいですよ!」

「本当ね!」


 茶色いのとまだらが言った。


「うむ、どれ。我も食してみるか」

「悪くはないですね」


 皆で草を食んだ。間食にはちょうどいいだろう。


「ちょっと!私の所まで食べないでよ!」

「わーごめんなさいぃ」


 実に騒がしい奴らである。

 主が確認し終え、同じ道を通って最近の寝床に戻った。




 翌朝、主はまた我の元へやって来た。全身の体毛を梳かしてくれた。鬣と尻尾も丁寧に梳かしてくれた。その間、主は我に語りかけていた。いつもより優しい声であった。


「主よ、どうしたのだ?」


 我が問いかけると、主は我の首を撫でてくれた。その顔は我に心配かけまいと笑っていたが、目は悲しげであった。互いに幼少の頃から共に過ごしてきたが、主のそんな顔は初めて見た。


(主に一体何が……)




 昼になり、主がやって来たがいつもの格好ではなかった。主に手綱を引かれて歩いて行くと、小さな人間の雌がいた。彼女を見た主はとても嬉しそうにしていた。


「そうか、主も番(つが)いをみつけたのだな。人間にしては美しいではないか。少々体が小さいのが気になるが、もっと食べれば大きくなるだろう」


 どうやら主の番いは鈍臭いようだ。何回も我に乗ろうと試みていたが乗れていない。我は優しいので、膝を折って乗りやすいようにすると、漸く彼女は我に乗れたのだ。

 主も我に乗ったので我は歩きだした。いつもの三頭と三頭の主も一緒である。


「今日もお出かけですね!」

「天気が良くて何よりです」

「昨日と同じ場所かしら?」

「うむ、おそらくそうだろう」


 主は我を駆け足にさせた。主の番いを気遣っているのだろう。我は思いきり走りたかったが、今日は何とも弱そうな人間が乗っているので仕方ない。

 少し駆けていると昨日の場所に着いた。丘の上には主達と我だけが上がった。


「えー、黒いのさんだけが美味しい草食べられるんですか?」

「うるさいわね。空気読みなさいよ!」

「茶色さんは食べ物にしか興味ないですからね…」


 丘の上では主達は何かを話していた。すぐには帰らなさそうだったので我はごろんと横になった。腹は減ってなかったので、草は食べない。

 主達は最初は楽しげに見えたが、徐々に雲行きが怪しくなっていき主の番いが泣き出した。主は何かを言って主の番いを抱きしめていた。


(…別れか。そうか別れる前に来たのか……)


 喧嘩であればもっと声を荒げるだろうし、抱きしめたりしないだろう。


(番いになるのに別れなければならぬとは人間はよく分からんな…。我も人間の都合でネーヴェと離されれているからな。気持ちは分かるぞ)


 暫くすると主達は前を向いていた。たまに何かを話していた。声色から愛を語らっているのではないと思うが、悪い雰囲気ではないので放っておく。険悪な空気になったら我が嘶きでもすれば気が逸れていいだろうが、そうではないので静かに寝たふりをする。

 太陽が沈んで暗くなってきた頃に主が立ち上がったので、我も立ち上がり主達の近くに行く。

 行きと同じように身を低くして主の番いを乗せ、その後で立ち上がりに主を乗せる。そして昨日と同じように最近の寝床に戻った。

 我から降りた主の番いは我を撫でた。


「主の番いよ。主はまたそなたに会いに来るぞ。我もそなたとネーヴェに会いに来よう」




 翌日、我は最近つけていなかった重い馬具をつけさせられた。我がつけたのなら主も重い服を着ているのだろう。


「…私は残るみたいね」

「えーお別れですかー?」

「今生の別れではないでしょう。お元気で」


 まだらは馬具をつけていないのでここに残るようだ。


「ぼーくーたーちーがー」

「我々がいるから寂しくないでしょう。そうでしょう」

「……フンッ」


 数日前に来た馬達だ。昔会ったような気がするが、あまり覚えていない。間延びしたしゃべり方をする変な奴と繰り返す奴と無口な奴だ。


「…まだらと仲良くしてやってくれ」

「もーちーろー」

「もちろんですよ。ですよ」

「……」

「ええ、よろしくね…」


 まだらよ、悪い奴らではないだろうから頑張るのだ。

 我と茶色いのとくつしたが、部屋から出され広い場所に並べられた。主はまだいないようだ。何やら人が集まって来ている。主の見送りだろう。見送りならば主の番いもいるのだろうと思い探してみるが、主の番いはまだ来ていないようだ。


(……何故いないのだ?)


 主がやって来た。やはり重い服を着ていた。主は白い毛の小さい人間とネーヴェの主と話をしている。


(ネーヴェは…いないようだな……)


 我はがっかりした。少し希望を持ってしまった我自身にもがっかりした。人間はそんなに気が利かないのは知っているだろう。

 我が落ち込んでいると場の空気が変わった。人間達が見ている方を我も見てみると、主の番いがいた。


(おお、主の番いよ。その格好の方が似合っておるぞ。我が言うのだから間違いない)


 主と主の番いは少し会話をしただけで別れてしまった。主は我の背に乗り、後ろを向かせた。道に繋がる方向だ。


「主よそれでよいのか?」


 主は振り返ったようだが、人間のでかいのが声をかけると主は我を歩かせた。鞍があるが背中から主の悲しみが伝わってきた。




 アイズベルクの視点でした。茶色いのはミハイル、まだらはアルトゥール、くつしたはドナートの馬です。

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 ※予告なく加筆修正をする場合がございますので、予めご了承ください。

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