37.色んな愛
王の視点です。
いずれアレクセイは帰ってしまうが、遠い場所にいても自分を思ってくれるのなら寂しくない。自分に大丈夫だと何度も言い聞かせた。
「…あの男達の亡骸はどうしたのでしょうか」
何を話そうか考えた結果、この話しか浮かばなかった。最悪である。
「すでに燃やしてあります」
「教えてくださりありがとうございます」
昔のように処刑後、頭部を晒したりはしないようだ。
「…急にどうしましたか?」
アレクセイは眉間に皺を寄せ、少し心配するように言った。
「すみません。気分の悪くなる事を聞いてしまいましたね」
「エレオノーラと二人きりの時は何をしていても楽しいですが、出来れば別の話がいいですね…」
そう言われたものの別の話が浮かばなかった。もっと話したい何かがあったと思うが、具体的には何も出でなかった。ただアレクセイの側にいたかっただけだった。
「…はい。では、ご家族はどんな方達ですか?」
「どんな…、両親と兄は私と比べたら穏やかな性格ですね。見た目は兄も私も父親似です。いざ聞かれるとなかなか答えにくいですね。難しい…」
「すみません。どんな話をしたらいいのか分からなくて…」
ずっと人と接する事なく過ごしてきたので当然ながら侍女以外と会話する機会がなかった。話題が何も浮かんでこない。浮かんでも国をどうするかしか出てこなかった。
「どんな本を読んだのですか?インク等の話からすると推理小説なども読んだのでしょうか?」
アレクセイは自分が話しやすいように本の話題を振ってくれた。一人で話してしまいそうなので、アレクセイが興味を持ちそうな話をしなければと思う。
「ええ、様々な捜査方法があるようなので驚きました。指紋の他にも耳の形や唇の皺などからも個人が特定出来るのだそうです。足の裏も手と同様に人それぞれ違うそうですよ」
「ほう…」
どうやらあまり興味をひけなかったようだ。
自分はアレクセイが興味を持ちそうな話を何も知らないのだ。
「すみません…何も面白い話を出来なくて…折角、本の話題を振ってくれたのに…」
自分は申し訳なくて下を向くと、綺麗なドレスを身に纏った自分の下半身が見えた。綺麗すぎて未だに自分が着て良いのだろうかと思う。しかし先ほどアレクセイが言った姿勢等の話から考えるに、下手な格好をすると相手に侮られる可能性があるのかもしれない。まずは見た目から、中身は後からついてくる、ついていかせる。
「えっ?いやそんな…俺も何を話したらいいのか分からなくて、エレオノーラに話を振ってしまった。しかも話を振ったのに上手く相槌が出来なかった」
「アレクセイでもそうなるのですか?」
「エレオノーラは俺のことを過大評価している。それはとても嬉しいが、いつか期待を裏切ってしまうのではないかと不安になってくる」
アレクセイはため息を吐きながらも笑顔で言った。
「すみません…私にはとても立派な人に見えるのです。格好つけなくてもきっと…」
「自ら首を絞めてしまったようだな…」
アレクセイは困った顔で苦笑をもらした。そんな顔にさせてしまう自分に嫌気がさす。
「すみません…」
「何やら謝らせてばかりだな。そんな事言わせたい訳じゃないんだが…」
「…あっ!髪飾り楽しみにしていますね!」
昨晩の食事の時に髪飾りの話をしたのを思い出した。
「ああ、実物を見ていないが、絶対に似合うと思う」
「しかし頂いてもいいのでしょうか。お金はどこから出るのですか?」
もし高価な物だったら、いや廉価であろうと王族が贈答するのだから国費なのではないだろうかと不安がよぎった。
「個人的な贈り物なので自費だな。趣味の大会でもぎ取ったから金だ。何の問題もないだろう」
「大会…。そういえば、ご趣味はなんですか?」
アレクセイが少し得意気に言った。技術を競う大会があってそこで優秀な成績を収めたのだろう。
アレクセイは多趣味と言っていたから自分が見聞きしたことがない物もやっているのかもしれない。
「趣味?馬術や、剣術、槍術、体術に…あ、エレオノーラは馬に乗ったことあるのか?」
「馬…乗ったことないですね。父に乗せてくれとせがんだら、もう少し大きくなってからと言われました」
父が馬に乗るのを見てとても格好良かったので、自分も乗りたがったのだ。父と馬に乗るのはもう叶うことのない夢になってしまった。
「今度お乗せしよう。気難しい奴だが乗せてくれるだろう」
アレクセイは自分の気持ちを汲み取ってくれたのか、とても嬉しい提案をしてくれた。やはり馬にも個性があるようだ。
「よろしいのですか?とても楽しみです。気に入って貰えるようにしないと…」
馬どころか塔を出てからも人間しか見ていないので、他の動物が見られるなんて喜ばしい事だ。塔にいた頃は窓辺に来た鳥や、何処から入って来たのか分からない虫や爬虫類を見たぐらいだった。犬や猫も絵で見た記憶しかない。馬はヒヒーンと鳴くのを知っているが、犬や猫はどんな鳴き声なのだろう。
「俺が隣にいれば大丈夫だろう。あいつは賢いから良い人だと分かれば乗せてくれるだろう」
「そうなんですね。…何という名前ですか?」
「アイズベルク…氷山という意味だ」
当然ながら見た事はないが、氷山とは氷河の末端が海に落ちて流れ出た、海中に浮かぶ巨大な氷の塊だったと思う。
「白い馬なんですか?」
「いや、青毛…全身黒い馬だが、額だけ白いんだ。子どもの頃に他にももしかしたら白い部分があるんじゃないかと思い撫で回していたら懐かれたんだ」
白い馬ではなく黒い馬なのか。アレクセイの髪色のような毛色なのだろうか。馬は白か茶色い生き物だと思っていた。他にも様々な色の馬がいるのだろうか。
「そろそろ乗ってやらないと厩務担当から文句を言われそうだ」
「多分寂しがっているのでしょう。私に構わずどうかアイズベルクさんの所に行ってあげてください」
子どもの頃から一緒なのなら家族みたいなものだろう。動物だってそう思うのではないだろうか。
「んーどうだろう。存分に走れなくて怒っているのだろう。狭いところでなら走らせているが、広い場所や道路となると、何処に行くか分からないから人を乗せないといけない」
「なおの事行ってあげないといけませんよ」
家族に会えないのと自由に走り回れないのとで不機嫌になっているのかもしれない。
「じゃあ後で顔を出しておくか…。ところでエレオノーラ、何時まで丁寧語なんだ?俺がやめたらエレオノーラも普通に話してくれると思ったんだがな」
アレクセイはニヤリと少し悪い顔で笑った。
「な、名前は呼び捨てじゃないですか。話し言葉も指定されなきゃいけないんですか?」
アレクセイと話すのは丁寧語に慣れてしまったので、今更直せる気がしない。
「指定って…宰相殿と将軍殿、侍女達とは敬語じゃないだろう。後、リーザと話す時もそうだったな。ご両親同士はどうやって話していたんだ?」
確かに彼ら彼女らと話す時は普通に話している。
「…普通に話していました」
「対等と思っているから丁寧語や敬語などはやめてほしいんだ」
「わ、分かったわ」
アレクセイは今まで見た笑顔で一番柔らかく笑った。思わずその表情に引き込まれた。
「…ほ、他の人とも普通に話そうと思うわ。父もそうしていたからいいわよね」
「余程礼を欠かなければ官も気にしないだろう」
親しくしすぎても他の官から贔屓していると思われるだろうし、あまり接しなさすぎると無関心だと思われる。適度な距離は必要だろう。
「腹が減ったな…そろそろ食事の時間だから陣営に戻るか。ではまた後で」
「はい。あ、ええ」
自分が言い直したらアレクセイにくくっと笑われてしまった。まだ慣れない。慣れそうにない。
「あ、そうだわ。後で私の寝室も見に来るかしら?」
「…エレオノーラ、絶対に他の男にそんな事言うなよ。いや、男も女も関係なくだ。絶対に言わないでくれ」
アレクセイは呆れたような顔で言った。変な言い方をしてしまったらしい。
「え?駄目なの?」
「駄目だ!」
アレクセイが去った後、少ししてから侍女達が食事を運んで来てくれた。どうせならアレクセイと一緒に食事がしたかったが、アレクセイも他にも仕事があるだろうから仕方がない。頭を切り換えていこうと思った。
温かいものが食べられて本当に嬉しい。国民もきちんと食事出来ているだろうか。国民は十分に食糧が行き渡り、医療団も入ったと聞いた。農作業も再開した。着実に復興へ向かっている。
(私は何が出来るかしら…。これは嘆願書のために動いた人のおかげ、連合国軍のおかげよ。私は何も出来なかった。でも今から何かする事は出来る)
世間では自分が宰相や将軍に指示して彼らが動いたとなっているが実際は違う。
(…今の市井には娯楽って何があるのかしら?たまに何か楽しめる物があれば励みになるのではないかしら?)
娯楽とはなんだろうか。人によって違うので悩んでしまう。自分の娯楽はなんだろうかと思ったが、読書しか浮かばなかった。
(アレクセイの趣味をもう少し聞けばよかったわね。大会を見るのも十分楽しめるのではないかしら?でも怪我をするようなのは良くないわよね)
「陛下、また何か考えておいでですか?」
ダニエラが眉を下げ心配そうな顔になっていた。
「ええ、娯楽って何があるのだろうと思ったの。何か楽しみがあった方が頑張れるじゃない?だから何か楽しそうな物ないかしらって考えていたの」
「娯楽ですか…以前は世界中を回る旅芸人一座が来ておりましたよ」
「ええ、来ておりましたね。劇をしたり、曲芸をしたり、吟遊詩人も来ておりましたね」
ダニエラとアンナが以前あった娯楽について教えてくれた。
リンダと自分は見たことがないので互いに顔を見合わせてしまった。他の侍女達は見たことがあるらしい。
「国境封鎖されていたので入って来られなかったのでしょうね。あの男は贅沢や娯楽を禁止したので国内の劇団も解散してしまったそうです」
アンナがやや渋い顔をして言った。
「劇…役者が必要よね。当然顔が良い方がいいわよね…」
「あ!」
クラリッサが自分が言わんとしている事に気付いたのか声を上げた。
「あの男らの愛人達は役者にしましょう」
「良い考えだと思ったのだけど、どうかしら?」
「はぁ…」
午後一番で司法大臣と将軍がやって来たので早速聞いてみた。しかし、あまりいい表情をしなかった。侍女達はそんな彼らを睨み付けるでもなくじっと見ている。
「…こちらが処刑された者達の名です」
変な思いつきをする変な王だと思われただろうか。将軍に話を流されてしまった。とは言え、元々自分が頼んでいたので話を聞く。
「ええ、ありがとう。司法大臣が逃がした人の名は入っているの?」
「それはこちらでございます。前将軍が逃がした人の名も入っております」
逃がせたのは母数からするとごく僅かだ。司法大臣が就任してから二年半ほどだからこれでも多いのかもしれない。そもそもの数が多すぎる。本当に些細な事で処刑されたのかもしれない。後で領主達にもこの名簿を見せようと思う。
「逃がした人の行き先と選考基準は?」
「選考基準は…その時の運としか言えません。逃がした人達は北西領か東領におります。私は北西領の領主の三男です。たまたま前将軍が逃がした人物と出会い、自分も何か力になれればと思い、出身地を母の故郷である中央領にして潜入いたしました」
「そうだったのね…。逃がした先に東領があるのは何故かしら?」
北西領より王都に接している東領の方が逃げ込みやすかったのだろうか。死んだと装っていたようだから追手も来ないだろう。
「東領領主家の血筋の者と大学時代に友人だったので頼りました」
司法大臣の友人は東領領主を伯父に持つ人物だそうだ。
「報告ありがとう。友人にもお礼を言わないといけないわね」
「友人も喜ぶでしょう」
司法大臣は少しだけ口角を上げた。
「…あの、東領は女学校がないと聞いたのだけど、女性差別ってあるのかしら?」
「ちょうど女学校が廃止された時、大学在学中だったのですが、友人はとても驚いておりました。理由を聞いても分からないとしか言っておりませんでした」
「そう、ありがとう…で、捕らえられている者への処罰だけど、さっきのはどうかしら?」
唸りながら司法大臣は顔をしかめた。眉間に皺を寄せ、口をへの字にしている。それを侍女達はじっと見つめている。
「多分愛人達は重労働が出来ないでしょう?それに言い方は悪いけど相手に媚びる事が出来るのだったら観客を喜ばす事も出来るんじゃないかしら?元劇団関係者を探して鍛えて貰いましょうよ」
「私は面白そうだと思いますよ」
先ほど話を流した将軍がのってきてくれた。
「…分かりました。他の者と話し合ってみます」
司法大臣は一応話し合う姿勢を見せてくれた。侍女達は微笑んでいる。
「本当?よろしく頼むわね」
自分は笑顔で司法大臣を送り出した。将軍には執務室に残って貰った。お節介かと思ったが将軍の婚約者について聞くためだ。
「将軍、貴方に聞きたいのだけど…」
将軍は居住まいを正した。顔も今までの表情とは違う。少し身構えているようだ。
「婚約者とはどうなったの?」
「…ああ、その話でしたか。十年間会っておりません。前職から生きているとの情報を貰いましたが、会いに行っておりません」
将軍は拍子抜けした表情の後、すぐに困った笑顔になった。顔だけ見ていればとても優しげで武人だと思わないかもしれない。
「…会いに行かないの?」
「もう、別の人生を歩んでいるでしょうから、今更会いに行っても困らせるだけでしょう」
将軍は困り笑顔のままだ。
「待っているかもしれないじゃない。どっちにしろ挨拶をしに行くだけでも…ね?」
侍女達も将軍を心配そうに見ている。将軍は悲しそうな顔になってしまった。
「会いたいけど会えなくなってしまった人が多い中、無事だったなんて奇跡じゃない…」
「ええ…。そうです、そうですね…」
これ以上言うと将軍を責めてしまうような気がしたので謝罪して将軍を帰した。
言わない方がよかったかもしれない。しかし、自分はどうしても会って欲しかった。生きているのならば、どんな形でも会って話をして欲しかった。ずっと行方不明だったのだから互いに無事を知れたら感激すると思うのだ。
(生きていてくれるだけで、それだけで嬉しいと思うの…)
遠くに行ってしまった人達の笑顔が浮かんだ。
またアイズベルクさんは登場しますのでお楽しみに(?)
暑くなってきましたが体調管理にお気を付けください。評価&ブクマをしていただけると有り難いです。
※予告なく加筆修正をする場合がございますので、予めご了承ください。




