ヒロインを探せ
『竜と摩天楼』それは私が前世でプレイした乙女ゲームのタイトル。
舞台は魔法と科学が両立するヨーロッパ風の王国。入学式から始まるこのゲームで、王立学院の新入生であるヒロインは、一年間で様々な攻略対象たちと出会い、楽しいとき、苦しいときを分かち合いながら成長し、攻略対象の心を救っていく。
ヒロイン……確かデフォルトネームは『エリンシア・コード』。ゆるくウェーブのかかったヴァイオレットの豊かな髪を持ち、可憐という形容がとても似合う女の子だったと思う。性格も温厚でありながら芯があって、その上、平民でありながら王立学院に特待生入学出来るほどの頭の良さと、成績上位をキープ出来るほどの勤勉さを持っていた。
そうそう、かわいいしめっちゃデキるので、このゲームファンからは聖母なんてあだ名がつけられてたっけね。まあ大体の乙女ゲームにおいて主人公のヒロインは有能だったように思うけど。
わがまま俺様系キャラだった王子(攻略対象)がエリンシアの柔らかさに触れて周囲の人々との関係を良いものに改めたり、気弱すぎる同級生(実は天才科学者、攻略対象)に自信を持たせたり、周囲を拒絶する一匹狼を懐柔して彼の人生を一変させたり……あ、最後のはルノのことね。
とにかく、プレイヤーの写し鏡役でもあるヒロイン・エリンシアは、とても才のある人物としてゲームの中で描かれていた印象を私は持っている。
「ふぅ……緊張する……」
息を吐くと隣にいたヒャエカが不思議そうな顔で「何が?」と聞いてきた。
「いやぁ、王立学院の入学式にゲストとして呼ばれるなんてと思って。しかも挨拶なんて。荷が重いよ。これ学生には伝えてないんだってさ?」
「だーいじょぶだって。いつもはちゃらんぽらーんしてるのに人前に出るとしゃっきりするじゃない、ウルティ」
「ちゃらんぽらんって。まあそれもそうだねぇ」
背丈30センチくらいの小さなヒャエカが笑うのにつられて私も口角をあげる。
さて、知識の振り返りはここまでとして。ここはどこかというと、王立学院の講堂の舞台袖。私は学長の挨拶が終わるのを待っていた。
ことの発端は一月ほど前。王立学院の学長から新入生に向けての挨拶をしてくれと頼まれたのだ。
『きっと神竜が姿を現すとなるとびっくり、いや、気の引き締まる思いで学園生活送ろうという気持ちになってくれると期待していまして』とは学長の言葉。なんやかんやあって十年ほどの付き合いになるけど、相変わらず意地悪い、いや訂正、茶目っ気のあるおじ様だなあと思いつつ、了承したのだった。
ヒャエカは私の付き添いで来てくれている。彼女は水の精霊で、同じく湖のほとりに暮らす私の幼なじみだ。
「まあまあ、ちゃんとお務めは果たしますよ」
ルノを預ける以上、学園内部もちょいちょい見ていきたいしね。
壇上で挨拶をしていた学長が舞台を降りる。ここからは私の出番だ。ヒャエカに軽く手を振って、私は舞台へ右足を踏み出す。
学生たちからはどよめきが上がるのが分かった。神竜ウルティケイアをはじめて見る子が多いからかもしれない。聞き耳を立てつつ、皆が落ち着くのを待つ。
「え……神竜様だよな……? でも」
「ルノルクス様以外の守護者じゃないかしら」
「いやルノルクス様しかいないはずだ。でも、人間のお姿をしている……?」
自慢じゃないけど私、地獄耳なので、生徒たちの声を拾ってようやくざわめきの理由を知った。
「神竜たるもの、人の姿になるのは容易いことです。これも私の姿だから、頭の片隅にでも」
そうだった。いつものドラゴン形態じゃないからみんな余計にびっくりしてたんだ。
ウルティケイアはドラゴン形態と人間形態を持つ。普段はドラゴンの姿なんだけど、人間形態で行動するときもある。けどあんまりこの姿で、特に今回みたいな大勢の前に出ないから、自分の姿の説明をすっかり忘れてた。
「神竜の前である。控えなさい」
と、講堂内に響き渡る毅然とした声。これはルノだ。慌てて頭を下げだす新入生たち。
ルノいるんだ。いや、気配でいるのは分かってたんだけど。ドラゴンいるところに必ずいる必要もないと言ってるのに。まあいいか。
「顔をあげなさい。今日ここに入学式を迎えられた新入生の諸君、ご入学おめでとう」
挨拶をしながら、新入生たちを見つめる。
さて。ここからが勝負である。
今回挨拶に来るにあたり、自分の中で大きなミッションを設定していた。
練習しただけあって口上に淀みはない。目を皿のようにしながら新入生たちの顔一人一人を見ていく。
(どこだ……)
ミッションとは、ヒロイン・エリンシアをこの目で見ておくこと。
ゲーム内でのルノルクス・ケイヘルの生い立ちは、私が手を打ったことで大きく変わり、ゲームの時とは育ちも性格も変わっている。
しかし、この世界にはヒロイン、エリンシアがいるはずだ。
エリンシアと出会うことでルノの人生に何かしらの何かが起こり、その結果ウルティケイアの人生(いや、竜生か)が何やかんやでゲームのものと同じになる……なんてことにはなりたくない。そのためにも、エリンシアをこの目で確かめたいと思ったのだ。
今年の新入生は、男の子は赤ネクタイ、女の子は赤リボンをしているので、それらをしてる子を見る。眉間にしわが寄らない程度にほどほどに凝視する……あ、攻略対象の科学者くん発見。ゲームと変わらない顔と髪型だ。
ところが。
(あれ……新入生全員見たはずなんだけど、エリンシアっぽい子がいない? え、えっ、ええっ)
「結びにあたり、新入生諸君に重ねてお祝いするとともに、学長をはじめ、諸先生方には、末永いお力添えとご指導をお願いいたしまして、私からの挨拶とさせていただきます」
挨拶も最後の一文になる。拍手の中一礼しつつ、私の頭の中はハテナマークでいっぱいだった。
私の目が節穴なだけかもだけど。あとで名簿見れないかなあ。




