(元)悪役ドラゴンは心穏やかに暮らしたい
久しぶりに読み返していたら自分が続きを読みたくなりました。間は相当開きましたが、よろしくお願いいたします。
国のはずれ、深い深い森の奥。透き通ったこの湖のほとりで、今日も私は平日の昼間からごーろごろ。
「午後は何しよっかなー。見回りするでしょ、トレーニングするでしょ、寝るでしょ……代わり映えしないわー。どっか出かけたいなぁ。また王都のお菓子たべたーい」
地面の上でばたばた。周囲の木々はゆっさゆさ。小屋はみっしみし。……自分の体重結構あるってことを再確認されられた気が。
いやでも私、でぶではないよね! ドラゴンだから体の大きさが元々大きく出来てるわけだし、しょうがないよね! 適正体重だよね!? 大丈夫、飛べるし! ね?
……はあ。見回りがてら運動してこよ。
後ろ足で立ちあがって首と翼を伸ばす。ばさばさと翼の動きをチェック。よしオッケー。天気・風向き・風速も良好。いざ大空へ!
「ウルティ。調子はどう?」
なんかテノールのイケボが聞こえた。ここの入り口の方から。……気にしない。ほっといて飛び立つのだ、私よ。ちょうどいい風来てるし。
「無視しないでよウルティ。君の好きなお菓子屋の焼き菓子と飴も持ってきたんだ。お昼食べたらすぐに帰るから。少しだけ、いいでしょ」
ちろりと声の方を見る。亜麻色した頭の彼と目が合うと微笑まれた。ちくしょうイケメンめ。
あのさ。言い飽きた台詞だけど、いいよね。
「なんで今日も帰ってきちゃうかなぁぁ!」
私の咆哮にも似た叫びは鳥たちが慌てて飛び立つほどに森を揺らしたのだった。
* * * * * *
話は変わるが、私にはいわゆる前世の記憶というものがある。取り立てて言うこともない、日本で暮らす平平凡凡な女子大生だった。
同級生が合コンだの彼氏だのどうのこうの言っているのを横目に、バイトに打ち込んでいた。花の女子大生、だなんて言葉が世間様にはあったけど、私には花なんてなかった……と思う。生活費をバイトで補うためなかなか毎日忙しかったのもあって、堅実をモットーに日々を過ごしていた。
ところが忙しくもなんだかんだ人生を謳歌していた矢先、突然に私の人生は終わった。
え、なんで車こっち向かってくんの、なんて思って、次に目が覚めた時には白い空間にいた。服もさっきまで着ていたジーンズにパーカーじゃなくて白いワンピースにチェンジしていて、足が透けていた。
「すみません、あなたはまだ死ぬ運命ではなかったのです」
パニックになる私の前に現れたのは頭に金の輪っかを浮かせた金髪の幼女。
怒涛の展開ラッシュにめまいを起こしながら話を聞いてみると、なんでもその幼女は私が住んでいた町の魂回収担当の天使で、番地を間違えて八十歳まで生きる予定の私の魂を回収してしまったそうだ。本当なら事故から生還したはずで、魂を戻そうとしたけど完全に体との結びつきが切れた魂は元の身体に返せないと、幼女は目を腫らし時々息を詰まらせながら私に語った。
絶句したままでいると、「わたくしからも謝罪を」と上から女の人の声が降ってきた。見上げても光があるだけだったけど天使ちゃんが跪きながら「神様です、そのままで」とのことで、なんとなく正座して声を聴いた。
『お詫びをしたい。すぐに元いた世界に転生させたいが一番人気の世界のため転生待ちが大量におり、順番待ちスキップしても二年はかかる。数ある神々が見ている世界の中ですぐに転生できる世界が一つだけあるが、それは魔法の世界で、元いたところとは違うが、もしそこに転生したいのだったら、数々の特典を付けて転生させる』簡単に神様の話をまとめるとこんな感じだった。
話を聞き終わるころには私も落ち着いてきていて。そして悩んだ。元いた世界もいいけど早く人生復帰したい。頭を抱えて唸る私に、神様はこう付け加えた。
「転生先候補は、あなたのお好きなゲーム『竜と摩天楼』です。ゲームの世界と言ってもあなたがいた世界と同じように一つの独立した世界です。したがってゲームの展開から変わりえますし、登場人物に転生させないことも可能です」
これが決定打だった。実のところ元の世界にしがみつく理由もなかったので、私は考えが収束するのを待って、舞台に立つ前みたいに何回か深呼吸をしてから一気に宣言した。
「『竜と摩天楼』の世界に行きます。その代わり絶対に登場人物でないこと、魔法を使える身であること、健康体で寿命が長いこと、衣食住に困らない生活ができること、それなりに整った容姿にすること、以上は必ずお願いします」
『竜と摩天楼』は私がはまっていた乙女ゲームだ。
舞台となるのはドラゴンを国の象徴として崇めるケイテアシュテート国。古代から国を支えた魔法と化石燃料の発見で近代から急激に発展した科学が混在し、時に対立しながらも共存の道を探る時代を背景に、王立学院に入学した主人公がクラスメートと恋愛するストーリーといったところか。続編やCDドラマ、グッズも作られてそれなりに売れたゲームだった。
あの世界を離れるのも申し訳ない。でも身寄りがなかった私。少数のバイト仲間と同級生しかいなかった。
だから、いっそ仕切り直そうかと。
魔法が使えるあの世界も面白そうだし、頑張って魔法修行してゲームの舞台となる学び舎でイケメンたちがきゃっきゃうふふしてるのを見るのもいいかもと思ったのだ。
そして、分かりましたという声を聴いたのを最後に、また私の意識は途切れたのだった。
* * * * * *
こうして私は国の象徴たるドラゴン、ウルティケイア として爆誕。
女神へのお願い含め前世のことは生まれてから五年ほど経って思い出した。
それまで何も思わず見ていた黒いうろこの顔だったけど、記憶を戻してからしばらくは「なんでよりにもよってウルティケイアに、ってかドラゴンに!?」と思いながら泉に映る自分を見ていたり、ため息をついてうなだれたら鋭い爪を持った前足が見えたりして。そこでもまたため息をついて……しばらくはそんな調子だった。
神様には健康体で魔法が使えるようにとは言ったけど、確かに人間にしてくれとは言ってなかったんだよなぁ。
しかもウルティケイアはゲームに出てくるキャラだ。登場『人物』ではないから一応は希望通りって判断になるんだろうけど。
でも今は、自分がドラゴンになったことは受け入れている。希望通り多種多様な魔法が使えるし、元気はありあまるほどにあるし、暮らしには困らないし。住処である広い森をパトロールしながら動物や妖精たちと話すのもいいし、そしてなによりも空を飛ぶのが楽しい。
びっくりはしたけど、なんだかんだドラゴンであることに不満は現在ない。
ただ、疑問はいっぱいだ。私は疑問の一つ、つまり横にいる少年に意識を向ける。
「んで、どーしてルノは毎日毎日昼休みになるたび帰ってくるわけ?」
「学校にいても姦しいのばっかりで嫌」
「またそんなこと言って……」
また女子学生に絡まれてんのかね。自分にその気がないならテキトーにあしらえば良いんだけど、ちっちゃいころから私とばっかりいた彼にはそれも苦手なのかな。頑張れ、イケメンにスルースキルは必要だよ。多分。
うつ伏せに寝っころがる私にもたれかかって淡々とサンドイッチを食べる彼は ルノルクス・ケイヘル という。
王立学院に通う十六歳の魔法使い。私に仕える『竜の守り人』。ちょっと線の細いクールな美人さんで、ゲーム内では攻略対象キャラ。……もう一度言う、ゲームの攻略対象キャラ。
前世でプレイしたゲーム内では、難易度高いキャラの筆頭がルノルクスだった。表情筋が死滅してんのかってほど無表情で選択肢が合ってたかどうか判断しづらい。バッドエンドではウルティケイアに食われて死んでしまう。ハッピーエンドルートにやっとこさ入っても、選択肢が出てくる回数が多いうえほぼノーミスでなきゃダメ。私は途中で自力クリアをあきらめて攻略方法を検索した。そんなこんなでハッピーエンドを迎えても、その中身は『ヒロインとともに国外追放』と頭を抱えたくなるようなメリーバッドエンド。
「ウルティ、怖い顔してる。どうしたの?」
「……あっ。ごめん」
ルノの声に我に返る。彼に顔を向ければマドレーヌを差し出されたので素直にあーんしてもらう。
「おいしい」
「良かった」
ルノはそう言ってまた笑った。心配をかけてしまったかもしれない。駄目だね、前世でプレイしたゲームのことは極力考えないと決めたのにさ。自分のためにも、なによりルノのためにも。ルノはゲームのルノとは違うのだから。
今のルノはゲームのルノルクスと違って表情筋がある。他の人間に比べれば口数多くないし表情に乏しいんだろうけど、微笑むことはよくあるしたまには馬鹿笑いすることだってある。
ルノと出会ったのは彼が五歳の時。ちびっこなのにどこか疲れた様な、全てに絶望した様な表情をしたルノを見たその瞬間に私は、彼をゲームのような過酷な生い立ちにはさせないし、国外追放にも捕食されるようなことにもさせない心に固く決めた。
つまり、ルノルクスの良き『おかん』になろう。そう私は強く強く決心したのだ。
ゲームのルノルクスはこれまたゲームでのウルティケイアと仲が悪く、おまけに彼女に虐げられていた。ルノルクスの性格がゆがんだのは間違いなくウルティケイアが原因だった。
だから、ウルティケイアとして生まれた私として出来ること、それはこの世界でルノルクスが幸せを掴む助けをすること。私はそう考えた。なんせ、ゲーム中では薄幸の美少年もいいとこだったからね。
……それに例のハッピーエンドでは、ウルティケイアってルノルクスに殺されるし。こういうこと言うのもなんだけど、自分のためにもルノルクスの救済は急務だったわけでして。
ちびルノと打ち解けるまでには結構時間を要したけど、私なりに頑張った結果が現在それなりに出たようだ。笑顔が見られるだけでなく、ゲームでは学校が苦痛そうだったけど今のルノは学校に友達がいるそうで学校の話も私によくするし。
性格も、天然がちょっと入ってるけどゲーム中に比べれば明るいし柔らかいし。その他にもゲームとの差異が見られたりして、おかんを目指した私には涙が出るほどうれしい。今のルノがゲームのルノルクスだったら、絶対一番のお気に入りキャラだったと思う。親ばかだって? 知ってる。
「午後の授業は何?」
「物理学と実践魔法。今日は昨日より早く帰ってこられるはず」
「分かった。あと毎日言ってることだけど、昼休み帰ってくるのは控えなね。せっかく友達もいるんだからその子たちとご飯食べなさいな。分かった?」
「たまにはいいかもしれないけど、ずっとは嫌だ」
「またそんなこと言ってえぇぇ!」
何度目になるか分からない注意をすれば、ルノは「……だって僕はさ」と私の首に手を回す。経験上次の展開が思い出されて反射的に固まる自分の体。
さて。疑問がちょっと、というのはルノのことだ。ウルティケイアがDVしなかったことでルノの性格が明るくなったのはいい。ゲームと似た世界であって同じでないとあの時神様も言っていたし。問題なのは。
「ウルティと離れると寂しいじゃないか」
私の首筋に口づけるルノ。何度これをやられてもこの間は体ががちがちに固まってしまう。何でかって? イケメンにちゅーされたら誰だって恥ずかしいんでない!?
私とルノは家族だ。この欧米的な国ではキスハグを家族同士でもやる。でも、ルノの態度は時々、家族同士のものか? と不安になるのだ。マザコン? それはそれでいい(良くないかもしれないけど)。でも、なんか、違う気もして。
……ルノ。まさか君は私を恋愛対象と見てはいないでしょうね!? 私のおかん的ポジション計画、どっかで盛大に間違えた!?




