第216話 報告
その後、城の中がいつまで経っても変化がない事に違和感を覚えた兵たちが、玉座の間に着いて驚きの声を上げた。
王城内にいた人間全てが死んでいたことが不思議に思えたが、契約の締結で折り合わず、戦闘になり相打ちになったのではないかという結論になったらしい。
しかし、その結論には無理があるのだが、生き残りがいない以上そうとしか考えられなかったのかもしれない。
そして、爆発によって全ての王族の死亡も確認された事により、ハンソー王国は崩壊した。
残された国民や兵は、ティノの思っていたように同盟を結んでいたルディチ王国に助けを求めて来た。
「……一体何が起きたんだ?」
このような事が起こるとは思っていなかった王のマルコは、今起きている事に戸惑っていた。
ティノは、隠密行動をしている事はアドリアーノにしか伝えていないため、何が起きたのか分かっていないのだ。
元ハンソー軍の総大将を名乗る者が、代表してマルコの元へハンソーの地の平定を懇願して来た事でマルコは現在困惑していた。
「マルコ様! こちらとしても労せず領土拡大が出来る訳ですし、断る理由はないのでは?」
アドリアーノも何の報告も受けていないが、これほどルディチにとって運のいい事が起こるのは、ティノが密かに動いたのだろうと思っていた。
しかし、良いのか悪いのか、マルコは純粋な面が強いため、こういった裏の汚い事は知る必要がないとティノに言われている事から、アドリアーノも申し訳ないもわざわざこの事をマルコに伝えるつもりはない。
内心はどうあれ、アドリアーノは平然とした顔で、ハンソーの地をルディチ王国の傘下に加える事をマルコに提案した。
「そうだね。これよりハンソーをルディチ王国の傘下とし、平定する事とする!」
断る理由もないので、マルコはその提案をあっさりと受けて、ハンソーの平定に乗り出す事にした。
マルコたちルディチ軍の助力もあり、内乱はもう治まった状態のだったため、市民からの抵抗もなくこれまでハンソーだった町はルディチ王国へと編入されて行った。
「……やっぱりお前が動いていたんだな?」
ルディチ王国宰相のアドリアーノの部屋に、夜にもかかわらず一人の来訪者が現れる。
「まあな……」
アポもなく警備があるにも関わらず、ここまで誰にも気づかれず平然と侵入してきた事に若干引きながら問いかけて来たアドリアーノに対して、ティノは平然と答えた。
「何でハンソーを潰したんだ? まだ帝国と直接対決に持ち込むには早くないか?」
アドリアーノの言う通り、ハンソーとルディチの両方に気を配らせた状態のまま、対帝国の軍備を整える時間を稼いだ方が良いように思える。
ハンソーを潰すにしても、まだ早いと考えるのは仕方がない事だ。
「あそこの王はとことん無能だった。王族全員を人質を取られたからとはいえ、契約を交わしてイーヴォたちを逃がす所だった」
「…………確かにあんな奴らを野放しにされたら最悪だ。こちらとしてもそんな事になったら腹立たしいが、当事者になったら俺も同じ事をするかもしれんな……」
可能性の話として、マルコが同じ状況に追い込まれたとしたら、アドリアーノはマルコの子供たちを切り捨てる事など出来ない。
他に何を言われようとも、ハンソーのサンド王と同じ行動を取る可能性が高い。
「この国にはまだマルコ夫婦以外王族なんていないだろ? それにサンド王はまだ子供を作れる可能性もあった。また内乱を起こすかもしれないような奴を野放しにするよりも、血の涙を流して子供たちを諦める方が、多くの国民の命を預かる王として正しい行動だろ?」
サンド王は年齢的にはまだ40代前半だった。
内乱によって多くの国民が死んでいるのにもかかわらず、その犯人を追い込んでおいて逃がすような事はその死を無駄にするようなものだ。
王族の命と国民の命、格差があるこの世界では同等と思えないかもしれないが、市民に近いティノの心情からしたらサンド王の選択は間違いでしかない。
「……ハンソーの事はもういい。これからどうするんだ? 帝国はいつ攻めてくるか分からないぞ……」
少し早まったが、ハンソーが無くなった事は仕方がない。
それよりも今後の事が気になったアドリアーノは、ティノに助言を求めた。
相手は複数の国を吸収して膨れ上がった大国。
宰相と言っても、元々勝ち目が薄い戦いに挑む事に策など浮かんでこない。
「お前は軍備を整える事に集中すればいい」
アドリアーノの問いかけにティノはすんなりと答えを返した。
「……お前はどうするんだ?」
ティノの答えに疑問が浮かび、アドリアーノはまた問いかけた。
今までも帝国との事を考えて、もちろん軍備を増強するよう努めてきたが、それだけでは勝機が見えてこない。
それなのにもかかわらず、ティノは平然と答えたからだ。
「少し早まったのは俺のせいだからな……。その分俺が苦労すればいいだけの話だ」
そう言うと、ティノは扉を開けて部屋から出て行こうとした。
「それでこの国……いや、マルコ様は勝ち残れるのか?」
アドリアーノとしては、この国がこの大陸の覇者になる事が理想だが、相手が相手だ。
最悪マルコが生き残ればこの国の事は二の次でも良いとさえ思っている。
「あぁ……、マルコ夫婦は何としてでも生き残させるつもりだ」
そう言うと、ティノにしては珍しく思いつめたような表情で部屋から出て行ったのだった。




