竜胆勇美
入部試験受験者が集まった砕球部寮近くの廊下にて。
「風紀委員だ。喧嘩は止めてもらおうか」
突然現れた黒髪の少女は、腕に通された腕章を誇示するかのようにぐっと身体の前に出した。
「猪勢、何をしている?」
「ちっ、真面目ちゃんが来ちまったぜ……竜胆、そんなおっかない顔するなって。俺はただ列からはみ出したやつを弾いてやったんだよ、風紀委員としてな」
「そういうふうには……見えないんだが」
竜胆と呼ばれた少女は、その鋭い眼差しでぐるっとあたりを見回してから答える。
「我々がきちんとしなければ他の生徒たちに示しがつかない。何度も喧嘩騒ぎを起こされては困るぞ」
「へいへい、俺が悪かったよ。でも、お前にも分かるだろ? 砕球やってると、ついかっかしちまうんだ。それに、これから昇格の掛かった大事な試験なんだよ。アドレナリン出まくってんのさ。そんじゃあな」
猪勢は「ほら並べえ! 並べえ!」と連れを従えて仕事に戻る。
竜胆と呼ばれた少女は「騒がせてすまない」と周りで見ていた生徒たちに頭を下げた後、剛羽たちに近付いてきた。
「久しぶりだな、剛羽」
「ああ、勇美。びっくりした。そう言えば、勇美もここに通ってたんだっけな」
とそこで、耀がすっと剛羽に寄ってきて耳打ちする。
「あなたの知り合い?」
「闘王行く前に、同じチームでやってたんだ」
竜胆勇美。元チームメイトの他に砕球留学する前の小学校で同じクラスだったりと、親交のあった少女だ。
「風歌といい勇美といい、すごい偶然だな」
「聞いて驚け剛羽、優那先輩も一緒だぞ」
「ん、そうみたいだな……」
「それにしても編入早々、もう女子生徒を侍らせているとは……まあ、それはいいんだ。別にいいんだ。しかしだな」
勇美はいじけた子どものようにそっぽを向いて小声で続ける。
「帰ってきたのなら、一言挨拶してくれてもいいではないか」
「すまん……その、なんだ。俺、闘王から戻ってきたわけだし」
「そんなこと気にするな。しかし、ふふ……剛羽がそういうことを気にするとは」
幼馴染みの意外な一面に、勇美は笑いを噛み殺す。
「悪かったな、小心者で」
「なに、謝ることでもないさ。ともかく、剛羽が帰ってきて怒るやつはいない。もちろん、私も嬉しいよ」
爽やかな笑みを浮かべる勇美。
その笑顔に、しばらく見ない間に少女らしくなったな、と剛羽は思った。
「勇美、変わったな」
「そ、そうか?」
頬を染めて前髪を弄くり始める風紀部の少女。
「小学生の頃は喧嘩番――」
「――わあ! その話は止そう! わざわざ掘り返さないでくれないか……恥かしい」
意地の悪い笑みを浮かべる剛羽に、勇美は顔を赤らめて抗議する。
最後に会ってから六年の年月が経過したが、二人の見えない絆のようなものは深い。
「さてと、そろそろ私も仕事に戻るよ。今日は砕球部の助っ人を頼まれているんだ」
「……助っ人?」
「剛羽、入部試験受けるのだろう? 頑張ってくれ」
「あ、おう」
そう言って、勇美は剛羽とハイタッチした後、腰を抜かしてぺたんと座ったままの風歌のもとへ行く。
「風歌、怪我はないか?」
「はい、大丈夫です。ごめんなさい、竜胆先輩……一人で来るなって言われてたのに」
「無事ならそれでいいさ」
しゅんとなる風歌の頭を、勇美は優しく撫でる。
そして今度は「今回の件について謝罪させてほしい」と耀と誠人に頭を下げた。
「あのゴリラには首輪でも繋いでおけ」「まったく、躾くらいちゃんとしなさいよね」
二人は口をへの字に曲げて文句を垂れる。
どうやら、誠人たちの中では猪勢は動物扱いらしい。
「善処する。では」
軽く手を振ってから勇美は、砕球部入部試験受験者の列の整理に向かう。
それを見送っていると、耀がずいっと視界に入ってきた。
「あなた、女の子には困っていないみたいね」
「敢えて言っておくけどな、男の友達もちゃんといるぞ」
剛羽とこそこそ話をしていた耀は「ふ~ん」と流した後に、風歌に視線を送る。
「あの子、あなたの妹さんなんでしょ……可愛いわね~」
「俺は風歌より可愛いやつを知らない」
「うわ、兄バカ。ちょっと声掛けてみようかしら」
「おい待て。なにするつもりだ」
「風歌ちゃん、って言ったかしら? あたしは神動耀、高一よ。よろしくね」
「あ、こちらこそ、よろしくお願いします」
兄の制止を振り切った耀の握手に、風歌はおずおずと応じた。
初対面でぐいぐいくるタイプは苦手なようだ。
「風歌ちゃん、今日はどうしてここに? あれ、その制服って中等部のよね?」
「あの、その…………」
耀から逃げるように、風歌は目を伏せて口籠った。
見かねた剛羽が「恐がってるだろ」と盾になるように陣取る。
「なんですか、他人のこといじめてるみたいに言わないで頂戴。そんなつもりはないです」
「ないです、じゃねえよ。風歌が嫌がってるのが分からないのか? ……泣かせたら承知しねえぞ」
「へえ、あなたが他人に優しくするなんて珍しいこともあるものね。練習してるときは一切容赦してくれなかったくせに。今日で地球は滅びるのかしら?」
「おいおい、俺はいつだって愛に溢れてるだろ。勘違いされちゃ敵わないな」
「なんですって?」
「なんだよ?」
「け、喧嘩はやめてくだしゃい――あっ!? ……やめてください」
慌てて間に入ってきた風歌は目を瞑り、早口で続ける。
「わたし、砕球部の試験を受けに来たんです! なので! 一生懸命頑張るので、喧嘩はやめてください!」
必死に空回っている少女を見て我に帰ったのか、剛羽と耀は言い合いをやめた。
「へえ、風歌、砕球やり始めたのか?」
「うん、オペレーター志望だよ」
えへへと頭を掻く風歌。
まさか戦場に立つつもりだろうかと心配していた剛羽は、ほっと胸を撫で下ろす。
「でも、なんでオペレーターの試験を?」
「小学生の頃、お兄ちゃんたちがプレーしているの観て……わたしも何かできないかなと思いまして」
風歌は元々身体が弱かったため、剛羽が闘王に行くまで入退院を繰り返す生活を送っていた。
そんな彼女が、選手をサポートする形で砕球に関わってくれるのは素直に嬉しい。
「フィールドプレイヤーは厳しいですけど、オペレーターならできるかもしれないと思って勉強を始めたんです」
「オペレーター志望は俺たちフィールドプレイヤー志望のサポートするのが試験だったよな? もし同じチームになったら頼んだ、風歌」
「うん、頑張るね、お兄ちゃん!」
剛羽に頭を撫でられながら、風歌は笑顔でぴっと敬礼のポーズを決めた。
その仕草に耀はぽっと頬を染める。
どうやらさっそく、年下の少女に落とされたらしく。
「風歌ちゃんのこと泣かせたら、このあたしが許さないわよ」
などと言ってくる。
「こっちのセリフだ。風歌を泣かせるやつは誰だろうと全力で排除してやる」
とアレな発言で耀をドン引きさせたところで。
剛羽は先程からずっと黙ったままの眼鏡な少年に声を掛ける。
「どうした、達花。緊張してるのか?」
とは言わない。彼がそういう理由で閉口していないことは分かるから。
だから、剛羽は何も言わずに誠人の横に立った。
剛羽なりの優しさなのかもしれない。
すると、誠人はぽつりぽつりと話し出す。
「さっき言い掛けたが……僕は今年で……は……8回目の受験だ。小6のときに受けた、秋の入部試験からずっと落ちてる」
九十九学園砕球部は、他校から編入を希望する砕球戦士や有望な小学生を集めるために、九月にも入部試験を実施している。
四月の入部試験は、その前の九月の試験でダメだったが、どうしてもここの砕球部に入りたいという者たちが多く受けるものらしい。
砕球部に入れるかどうかは分からなくても、わざわざ九十九学園に入学、編入してくる砕球戦士も多いのだ。
ここにはそれだけの価値が――豪奢な選手寮や十分な練習施設を初めとする十分な環境が整っている。九十九学園が所属するコミュニティ彩玉の中では屈指だろう。
以上の理由から、誠人が先程言ったように受験者の数は毎年増えていくわけで、既に7回も落ちている彼が合格する可能性は……。
「――そう、じゃあ今年は絶対受かりましょうね」
「俺と達花はともかく、お前はどうだかな」
「あなた、誰に物を言ってるのか分かって? あたしが落ちるわけないでしょ」
「なら、口じゃなくて結果で証明してみろよ」
「上等だわ。後で吠え面かかせてやるんだから」
また火花を散らし始める二人を余所に、誠人は驚きの表情で固まっていた。
「いや、でもさ……」
七回も不合格を頂戴している自分を嘲笑することもなく、今年は受かろうと言ってくれたことが信じられない。
お前が受かるわけないだろと周りからは散々馬鹿にされてきたが、冷やかしではなく本気で絶対受かろうと言われたのは初めてだ。
嬉しくて泣きそうになったので、誠人は剛羽たちに背を向けて目頭を押さえる。
「なによ、自信ないの?」
「ま、まさか! 僕は達花誠人だぞ! 中学では三年間学級委員だぞ!」
その言葉にまったく説得力はないが、剛羽たちに気持ちは伝わったようだ。
「達花、受験者の数とか何回落ちたとか、そういうのは全然関係ない。だから」
「今年こそ受かりましょ」
剛羽と耀がすっと差し出した拳に、誠人が拳をぶつけて応える。
「っ……当然だ」
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……きゅ、急に脇汗が出てきた。緊張してるのか自分!?
竜胆勇美
性別:女
誕生日:5月29日
年齢:15歳(高校1年生)
身長:165cm
ポジション:球砕手・動手
好きなもの:風紀、強い女性、子ども
作者コメント:初期設定でリーゼントだった風紀女子キャラ。って、どんだけ迷走してるんだよ!?個人的に真面目キャラ大好きです。が、書き始めた頃は、誠人と口調がかぶってたいへんでした(片方デリートしようか迷った笑)。堅苦しい感じに書こうと思ってたんですけど、なんだか爽やかなやつに。同性にモテそう。