母親
「――どうぞ」
ノックの返事を確認してから、剛羽はゆっくりとドアを引いて「神動耀」の名札が貼られた室内に足を踏み入れる。
誠人たちと一度見舞いに来ているので、今回で二回目だ。因みに、誠人たちにも耀の寿命のことは知らされている。
部屋に入ると、まず視界に飛び込んできたのは、剛羽と同じ濃青色の髪を持つ女性だった。
「あら、剛羽じゃない」
「え、母さん……?」
剛羽は予想外な人物との遭遇に目を丸くした。
蓮玲成。剛羽と風歌の母で、この病院で働く看護師だ。
「もお、忘れちゃったの? お母さん、ここで働いてるのよ?」
「いや、流石にそれは忘れてないって……」
問題は何故玲成がここにいるかということだ。
それだけではない。
「えっと、そちらの方は……?」
剛羽は玲成の前、耀のいるベッドのすぐ傍で車椅子に座っている女性に視線を向ける。
腰にまで届きそうな綺麗な黒髪は目を引き、ピンと伸びた背筋を初めとするその佇まいからどことなく気品を感じる女性だ。
「初めまして、神動花恋です。いつも耀がお世話になってます」
玲成に車椅子を動かしてもらいながら。
花恋と名乗った女性は美しい所作で頭を下げた。
外国人風な気品のある耀とは対極な存在に見えるが……。
「神動のお母さん、ですか?」
「はい。耀からは毎日のように剛羽くんのことを聞いてますよ。自分の練習もあるのに、耀のコーチまでしてくださって……感謝してもし切れません」
「ちょっと、ママぁ!」「あはははは……」
耀と剛羽は頬を紅く染める。
他人の親にそんなことを言われると妙に恥ずかしい。
「今日は一人なのね。どういう風の吹き回しかしら?」
布団で顔を半分隠していた耀は身体を起こしながらそう言った。
一見普段通りに見えるが、身体を起こす動きは緩慢でいつもの余裕がない。
尊大。高慢。不遜。横柄。
そんな自信家そうな雰囲気は影を潜めており、今の彼女はどこか儚げだ。
「ちょっと顔出しにきただけだよ。優那先輩たちは代表決定戦が近いから練習してる」
九十九との個人戦に勝利した剛羽は、耀と誠人、それから風歌を引き連れて優那のチームに移籍した。幽霊部員を含めて総勢6名しかいないチームだが、今は一週間後から始まる九十九学園代表決定戦に向けて猛練習中である。
九十九のチームや風紀科を倒し、全国大会予選への出場権を勝ち取ることが耀への最高のプレゼントだと、誠人たちは燃えている。
「そう……あたしもすぐに合流しますから、もう少し待っててくださいね」
「おい、なに言ってるんだ。その身体じゃ無理に決まってるだろ」
「無理ですって? それを決めるのは蓮くん、あなたじゃないわ。このあたしよ」
耀は胸に手を当てて、力強い眼差しを向けてきた。
「そんな暗い顔しないで。あたしなら大丈夫って言ってるのよ?」
「神動がよくても……」
剛羽はさり気なく耀の母である花恋に視線を送る。
「耀。お母さん、試合観に行くからね。楽しみにしてるわ」
「え、ほんとに!? やった、ありがとう!」
(……は?)
「いや、ちょっと待ってくだ――」
二人のやり取りの軽さに思わず口を挟もうとした剛羽は、玲成に肩を叩かれたことで閉口した。ゆるゆると首を振った玲成を見て、何故だか途中で言うのをやめてしまったのだ。
「剛羽くん、ちょっといいですか?」
結局、本当に顔を出す程度で部屋を出た剛羽の背中に、花恋が声を掛ける。
剛羽は花恋の入院している個室に案内された。




