コーチの件について
一般寮、剛羽が去った後の耀の部屋にて。
「やっぱり、闘王にいただけのことはあるわね……ま、まあ、所詮都落ちだけどね――は!」
と、誰に言うわけでもなく言い訳をしていると。
先程のことを思い出したのか。
陽が暮れて薄暗くなった自室で、耀は枕を抱えたままベッド上をローリングする。
「っ~~~~~~」
一頻り悶絶した後、ぎゅっと枕を強く抱きしめる。
負けて悔しい。本気で勝てると思っていたのだ。
(もしあたしが勝ったら)
「コーチ、してくれたかな……」
ぼそっとそんなことを呟く。
自分は砕球を始めて間もない。
だからこそ、初衣のおかげで編入することができた九十九学園に、あの闘王学園からすごい選手がやってくると聞いた時、名門帰りのその人から色々なことを教えてもらおうと思っていたのだ。
「……ん?」
とそこで。
くんくんと、耀はベッドの近くにある窓から部屋に立ち込めてきた臭いを嗅ぐ。
「げほ、げほ、焦げ臭いわね……なんなの」
開けっ放しだった窓から顔を出して外を覗くと。
ぶわっと階下から立ち上ってきた臭いに、むせ返りそうになる。臭いの元は真下の部屋のようだ。
耀は急いで部屋を飛び出し、現場に向かう。確かすぐ下の部屋は共同のキッチンだったはずだが……。
「……あなた、なにをしているの?」
耀が腕を組んだまま呆れた顔で声を掛けたのは、エプロン姿の剛羽だ。
「なにって……ごふっ、げふっ……豚肉焼いてるんだよ。がはっ……生じゃ食べられないだろ?」
「そういうことを聞いたのではありません。とりあえず、換気扇回しなさい。それと残念だけど、そのお肉は廃棄よ。そのお肉、焼け過ぎたわ……それと」
耀はすたすたとキッチンに入ってきて、菜箸と豚肉のトレイをひったくる。
「蓮くん、あなたは食器の準備をしてください。調理はあたしがやりますから」
「あ、マジで? じゃあ、頼んだわ。そこにある肉、全部焼いちゃっていいから」
「全部は……少し多過ぎない? いくらなんでも一人で――」
「俺と、神動の分だよ。一緒に食べようぜ」
「え、いいの……?」
(いやいやいやいや! ちょっと待ちなさい耀! も、もしかして一服盛られてるかもしれないわ)
「あ、もしかして肉より魚肉派だったか? 魚も買ってあるぜ」
「いいえ、そういわけじゃ……ないけれど……」
耀は手にしたトレイに規則正しく並べられた豚肉に目を落とす。
時刻は夜七時。もう夕飯の時間だ。
なんだか急にお腹が空いてきた。今日は朝の決闘後ずっと寝込んでいたため、昼ご飯を食べていないので余計である。
ここで断るのは賢明ではない。
この寮での食事は朝食以外は各自用意なので、耀はこれから山を下りて食料を調達しなければならないからだ。
「どうした、涎出てるぞ?」
「じゅるっ――は! こ、これは違います! 違いますが……その、お言葉に甘えさせてもらってもいいんですからね!?」
「えっと……すまん、日本語でOKだぞ?」
「あたしも! 一緒に! 食べます!」
「ん、食べよう。ていうか、食べたいなら最初からそう言えよな……」
溜息混じりに言った剛羽からふんと顔を逸らした耀がてきぱきと肉をフライパンに載せていく。すごく手慣れた感じだ。
「神動、料理できるんだな」
「これくらいは料理のうちに入らないわ」
「……神動」
「今度はなに? 料理中なんだからそんなに話し掛けてこられると――」
「明日から入部試験まで一緒に練習しようぜ?」
「え、いいの?」
「勝った方がなんでも命令できるってやつだよ。さっき言い忘れたからさ」
耀の手の中から菜箸がぽろりと転がり落ちる。
だって、剛羽と一緒に練習することが決闘を仕掛けた理由だから。
「あと、決闘のとき悪く言ってすまなかった。神動、強いんだな」
「……な、なによ急に優しくしないでよ。ま、まあ、ようやくこのあたしの強さがお分かりなって? そ、それと頼まれたからには引き受けますよ勿論? 言っておきますけど、別にやりたくてやってるわけじゃないんですからね!」
「いや、命令だからお前の意思とか関係ないぞ?」
「むぅ、やな奴! そんなんじゃ友達できないわよ!」
また急に子供っぽくなる耀。
何はともあれ、こうして翌日から剛羽と耀の二人による入部試験に向けての特訓が始まった。