入部試験に向けて
「はぁ、はぁ、はぁ……あたし、なんで……こんなに、走らされてるのよ?」
息を咳切らしながら、耀は大粒の汗を流す。
彼女は一時間以上もノンストップの全速力で。
延々続く山道を麓から一般寮のある頂上まで走り続けていた。
ふと自分の上着に視線を落とすと、ぐっしょり濡れた白色の体操着の下に着た、スポーツ用のブラジャーが透けているのが分かる。
「あいつ、まさかこれが狙い? クールぶってても所詮は男ってことね……勉強になるわ」
「――三十キロを一時間か……ギリ合格ってところだな。ほら、汗掻いたろ飲め飲め」
ようやく走り終えて、一般寮脇の空き地で仰向けに寝っ転がっている耀に、剛羽はスポーツドリンクをふわっと投げ渡す。
耀は、受け取った飲みかけのボトルをまじまじと見た後、そのまま投げ返してきた。
「飲んどけよ。さっきから何も飲んでないだろ? 身体に悪いぞ」
「し、試験で敵になるかもしれないあなたからは受け取れないです。な、何か盛られてるかもしれないし、それだけだし!」
なにも盛られていないことは分かっていたが。
耀はそれっぽい言い訳をしてみる。しかし。
「ん」
目の前でボトルを呷ってみせた剛羽は、あろうことか少女にもう一度ボトルを放ってきた。飲んでも平気だと証明したつもりなのだろう。
「何も入ってないぞ。それとも、回し飲みとか嫌なタイプか?」
「さ、参考までに聞いておきますけど、男女で回し飲みはするのかしら?」
「普通にするだろ。何だよ、その質問」
「そ、そう……まぁあ、余裕のよっちゃんですけど」
耀は明後日の方を向きながら、開け口にかぶりつく。
角度的に見えないが、ランニングで上気した頬がさらに紅くなった。
「ランニングは基本だからな。明日もやるぞ」
「一緒に練習するんじゃなかったの?」
「俺と神動じゃ、ペースが合わない。それに、俺はもう朝に五十キロ走ったからいいんだ」
「朝から!? すごいスタミナね……」
「ほら、休憩は終わりだ。次、《心力》の練習するぞ」
剛羽は耀に手を貸して起こす。
「じゃあ《心力》を発動させてくれ。こんなふうに」
足を開いてゆったりと構え、胸のあたりにある鎧臓という器官を意識する。
鎧臓。心臓を覆うように存在し、《心力》を生成する器官だ。
意識してから一秒も経たずに、全身が満遍なく白色のオーラに包まれた。
「白いオーラ、初めて見たわ」
「俺の《心力》は異型なんだ。まあ、その話はどうでもいい。今俺がやってるのは力を練ること、それを器用に扱うこと。この二つの基礎練習だ。鎧臓から全身に力を送るようなイメージだな。丈夫な戦用複体をつくることにも繋がるぞ」
オーラを解いた剛羽はお前もやってみろと促す。
「神動の《心力》、赤型だよな? だったら、《心力》十秒発動、三分休憩を一セットで五セットやるか」
「ん? ええ、じゅ、十秒発動すればいいのね。OK、OK」
「……まさか《心力》の基本練習、知らないのか?」
「せ、せっかくの機会ですから詳しく聞きましょうか。おさらいよ、おさらい」
こいつ知らないなと溜息を洩らしてから、剛羽は懇切丁寧に教える。
「《心力》ってのには赤とか青とか何種類か色が、つまりタイプがあるだろ? そのタイプによって得手不得手がある。だから、基本練習からやり方がそれぞれ違うんだ。例えば神動の赤型だったら、十秒出すのが限界ってくらい全力のオーラを出すのが基礎トレだな。十秒出し続けるだけでも辛い、ってくらいの力を出すんだ」
「ちょ、ちょっと待って!」
待って待ってと両手でジェスチャーをした後、耀は自室に向けて走り出す。
「メモ帳取ってくるわ!」
それからすぐに戻って来た耀に《心力》のトレーニング方法についてさわりの部分だけ教唆した後、さっそく実践に移る。
「じゃあ十秒発動してくれ。最初から全力で行けよ」
「任せなさい。行くわよ」
精神を統一して鎧臓を意識する。しかし。
「……あれ?」
力が起きる気配を感じない。内側で塞き止められてしまっている感覚だ。
「ちょっと、やっぱりなみたいな顔するのやめなさい!」
「幼稚園児でもできるやつはできるぞ」
「ど、どういう意味よ! 見てなさい、今すぐぎゃふんと言わせてやるんだから! ふんぬぅうううう~」
「なんか、顔だけ紅くなってきてるぞ?」
耀は云々唸ってばかりで、一向にオーラが出てこない。
「やっぱ此間言ったこと撤回するぜ。お前、強くない」
「ぅ、ひっく……なんで出ないのよぉ」
「お……おい、泣くなって」
剛羽は耀と決闘をした時に、彼女からとんでもない才能と同時に土台の不安定さを感じていたが、予想以上に基礎能力は重症らしい。
いつ暴発・故障してもおかしくない超火力砲といったところだろうか。
剛羽はこの生徒をコーチするのは中々骨が折れそうだと、一つ溜息を付いた。
「これはコーチし甲斐があるな」




