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めぐり逢う月と暁  作者: 我亦恋
前編
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1 夢をみる朝

夢を見るのは、小さい頃からだった。


 草の匂い。


 陽の光。


 誰かの笑う声。


 そして――


『ずっと一緒にいようね』


 小さな女の子が笑っている。


 向かいにいる男の子は寂しそうに笑った。


『…そうですね』


 そこで、いつも夢は途切れる。


◇


「月奈ー、起きてるかー!」


 勢いのいい声に、神谷月奈(かみやるな)は布団をかぶった。


「起きてるってば……」


 返事をすると、廊下の向こうで兄が笑う気配がする。


「今日もギリギリじゃん」


「お兄ちゃんがうるさいからでしょ」


「人のせいにすんなー」


 いつもの朝だった。


 夢の余韻だけが、少し胸に残っている。


 制服に着替えて玄関を出ると、家の前に人影があった。


「おう、朔夜!」


 兄の朝陽(あさひ)が気軽に声を上げる。


 朝陽は三年生でバレー部。朔夜とは昔からの友達だった。


 東雲朔夜(しののめさくや)は軽く笑った。


「おはよう」


 その声は穏やかで、自然だった。


 朝陽はそのまま隣に並ぶ。


「昨日の試合見た?」


「最後だけ」


「そこが一番大事なんだけど」


「だから見た」


 そんなやり取りをしながら、二人は歩き出す。


 月奈もその後ろについていった。


 誰かが「一緒に行こう」と言うわけじゃない。


 小さい頃から、なんとなくこうだった。


 近所に住んでいる朔夜は、よく神谷家に遊びに来ていた。


 朝陽とゲームをして、気づけば月奈も混ざっていて。


 それが当たり前だった。


「そういえば朔夜」


 朝陽が思い出したように振り返る。


「美術部で月奈、ちゃんとやってる?」


「お兄ちゃんやめて」


 月奈が即座に突っ込む。


 朝陽は笑った。


「いや、先輩としてどうなのかなって」


 朔夜は少しだけ月奈を見る。


 その視線に、月奈は思わず目を逸らした。


「……普通」


「普通だって」


「何その微妙な言い方」


「神谷すぐサボろうとするから」


「してません!」


 朝陽が吹き出す。


 いつもの会話。


 なのに、月奈は少しだけ息が詰まる。


 朔夜と二人きりになると、最近は落ち着かない


 昔は自然に懐いていたが。


 だから三人でいるくらいが、ちょうどいい。


 校門が見えてきた頃、後ろから声が飛んだ。


「月奈ー!」


 振り返ると、中村光希(なかむらみつき)が大きく手を振っていた。


 ショートカットの髪を揺らしながら、こちらへ駆けてくる。


「おはよ。今日眠そうじゃん」


「また変な夢見てた」


「あー、いつもの?」


 光希は軽い調子で言う。


 月奈が昔からよく夢を見ることを、彼女は知っていた。


「また平安時代みたいなやつ?」


「平安時代かは知らないけど……」


「絶対そっち系だって。着物率高すぎ」


 光希はケラケラ笑う。


 その横で、朝陽も笑った。


「月奈、昔からだよな。寝言もすごかったし」


「やめて」


「なんか『あき……』とか言ってた」


 その瞬間。


 月奈の胸が、妙にざわついた。


 隣で、朔夜の足がほんの少しだけ止まる。


 でも、それも一瞬だった。


「ほら、遅れる」


 朔夜はそれだけ言って、先に歩き出す。


 その背中を見ながら、月奈は小さく眉を寄せた。


(……今、なんで)


 分からない。


 でも、胸の奥が少しだけ苦しかった。


◇ ◇ ◇


放課後の美術室は、少しだけ世界が違う。


 窓から差し込む夕方の光。


 絵の具の匂い。


 紙を擦る音。


 静かなのに、不思議と落ち着く場所だった。


「月奈、またぼーっとしてる」


 向かいから飛んできた声に、月奈は顔を上げた。


 光希が呆れた顔でこちらを見ている。


「してないし」


「してた。手が止まってた」


「考え事」


「それをぼーっとしてるって言うの」


 光希は笑いながら、自分のスケッチブックを閉じた。


 面倒見がよくて、はっきり物を言う。


 でも押しつけがましくない。


 月奈にとって、かなり居心地のいい相手だった。


「神谷」


 不意に名前を呼ばれて、肩が揺れる。


 振り返ると、東雲朔夜が立っていた。


「……なんですか」


「そこ、影おかしい」


 そう言って、月奈のデッサンを指差す。


 月奈は少しむっとした。


「分かってるし。今直そうとしてたんです」


「そう」


 それだけ言って、朔夜は自分の席へ戻っていく。


 月奈は思わず、その背中を睨んだ。


「なにあれ」


 光希が吹き出す。


「東雲先輩、月奈にはちょっと厳しいよね」


「そうなの!」


「でもちゃんと見てくれてるじゃん」


「別に頼んでないし……」


 口ではそう言いながら、月奈はさっき指摘された部分を消しゴムで直す。


 確かに影がおかしかった。


 悔しい。


 少し離れた席で、朔夜は黙々と木炭を動かしている。


 無駄のない手つきだった。


 静かなのに、妙に目を引く。


 帰る頃には、外はすっかり夕焼けになっていた。


「朝陽先輩今日遅いんだっけ?」


 光希が靴を履きながら聞く。


「バレー部、試合前だからね」


「あー、言ってたね」


 つまり今日は、帰りが三人じゃない。


 その事実に気づいて、月奈は少しだけ落ち着かなくなった


 光希はそんな月奈を見て、ふっと笑う。


「じゃ、私こっちだから」


「え、待って」


「ん?」


「……いや」


 引き止める理由が思いつかない。


 光希は全部分かってるみたいな顔で笑った。


「また明日ね、月奈」


 軽く手を振って、去っていく。


 残されたのは、二人。


 沈黙が落ちる。


 気まずいわけじゃない。


 でも、落ち着かない。


 朔夜は隣を歩きながら、ふと口を開いた。


「最近、また夢見てる?」


 月奈の足が止まりかける。


「……なんで知ってるんですか!」


「昔から言ってた」


「そうでしたっけ?」


「そうだよ」


 静かな声だった。


 月奈は無意識に、朔夜の横顔を見る。


 夕焼けが、黒縁眼鏡のレンズに反射していた。


 その奥の目が、一瞬だけ見える。


 胸がざわつく。


 見慣れているはずの横顔が、知らない誰かと重なった。

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