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めぐり逢う月と暁  作者: 我亦恋
前編
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1/22

1 夢をみる朝

夢を見るのは、小さい頃からだった。


 草の匂い。


 陽の光。


 誰かの笑う声。


 そして――


『ずっと一緒にいようね』


 小さな女の子が笑っている。


 向かいにいる男の子は寂しそう笑った。


『…そうですね』


 そこで、いつも夢は途切れる。



「月奈ー、起きてるかー!」


 勢いのいい声に、神谷月奈(かみやるな)は布団をかぶった。


「起きてるってば……」


 返事をすると、廊下の向こうで兄が笑う気配がする。


「今日もギリギリじゃん」


「お兄ちゃんがうるさいからでしょ」


「人のせいにすんなー」


 いつもの朝だった。


 夢の余韻だけが、少し胸に残っている。



 制服に着替えて玄関を出ると、家の前に人影があった。


「おう、朔夜!」


 朝陽(あさひ)が気軽に声を上げる。


 東雲朔夜(しののめさくや)は軽く笑った。


「おはよう」


 その声は穏やかで、自然だった。


 朝陽はそのまま隣に並ぶ。


「昨日の試合見た?」


「最後だけ」


「そこが一番大事なんだけど」


「だから見た」


 そんなやり取りをしながら、二人は歩き出す。


 月奈もその後ろについていった。


 誰かが「一緒に行こう」と言うわけじゃない。


 小さい頃から、なんとなくこうだった。


 近所に住んでいる朔夜は、よく神谷家に遊びに来ていた。


 朝陽とゲームをして、気づけば月奈も混ざっていて。


 それが当たり前だった。



「そういえば朔夜」


 朝陽が思い出したように振り返る。


「美術部で月奈、ちゃんとやってる?」


「お兄ちゃんやめて」


 月奈が即座に突っ込む。


 朝陽は笑った。


「いや、先輩としてどうなのかなって」


 朔夜は少しだけ月奈を見る。


 その視線に、月奈は思わず目を逸らした。


「……普通」


「普通だって」


「何その微妙な言い方」


「神谷すぐサボろうとするから」


「してない!」


 朝陽が吹き出す。


 いつもの会話。


 なのに、月奈は少しだけ息が詰まる。


 朔夜と二人きりになると、最近は落ち着かない


 昔は自然に懐いていたが。


 だから三人でいるくらいが、ちょうどいい。



 校門が見えてきた頃、後ろから声が飛んだ。


「月奈ー!」


 振り返ると、中村光希(なかむらみつき)が大きく手を振っていた。


 ショートカットの髪を揺らしながら、こちらへ駆けてくる。


「おはよ。今日眠そうじゃん」


「また変な夢見てた」


「あー、いつもの?」


 光希は軽い調子で言う。


 月奈が昔からよく夢を見ることを、彼女は知っていた。


「また平安時代みたいなやつ?」


「平安時代かは知らないけど……」


「絶対そっち系だって。着物率高すぎ」


 光希はケラケラ笑う。


 その横で、朝陽も笑った。


「月奈、昔からだよな。寝言もすごかったし」


「やめて」


「なんか『あき……』とか言ってた」


 その瞬間。


 月奈の胸が、妙にざわついた。


 隣で、朔夜の足がほんの少しだけ止まる。


 でも、それも一瞬だった。


「ほら、遅れる」


 朔夜はそれだけ言って、先に歩き出す。


 その背中を見ながら、月奈は小さく眉を寄せた。


(……今、なんで)


 分からない。


 でも、胸の奥が少しだけ苦しかった。





放課後の美術室は、少しだけ世界が違う。


 窓から差し込む夕方の光。


 絵の具の匂い。


 紙を擦る音。


 静かなのに、不思議と落ち着く場所だった。



「月奈、またぼーっとしてる」


 向かいから飛んできた声に、月奈は顔を上げた。


 光希が呆れた顔でこちらを見ている。


「してないし」


「してた。手が止まってた」


「考え事」


「それをぼーっとしてるって言うの」


 光希は笑いながら、自分のスケッチブックを閉じた。


 面倒見がよくて、はっきり物を言う。


 でも押しつけがましくない。


 月奈にとって、かなり居心地のいい相手だった。



「神谷」


 不意に名前を呼ばれて、肩が揺れる。


 振り返ると、東雲朔夜が立っていた。


「……なに」


「そこ、影おかしい」


 そう言って、月奈のデッサンを指差す。


 月奈は少しむっとした。


「分かってるし。今直そうとしてた」


「そう」


 それだけ言って、朔夜は自分の席へ戻っていく。


 月奈は思わず、その背中を睨んだ。


「なにあれ」


 光希が吹き出す。


「東雲先輩、月奈にはちょっと厳しいよね」


「そうなの!」


「でもちゃんと見てくれてるじゃん」


「別に頼んでないし……」


 口ではそう言いながら、月奈はさっき指摘された部分を消しゴムで直す。


 確かに影がおかしかった。


 悔しい。



 少し離れた席で、朔夜は黙々と木炭を動かしている。


 無駄のない手つきだった。


 静かなのに、妙に目を引く。



 帰る頃には、外はすっかり夕焼けになっていた。


「朝陽先輩今日遅いんだっけ?」


 光希が靴を履きながら聞く。


「バレー部、試合前だからね」


「あー、言ってたね」


 つまり今日は、帰りが三人じゃない。


 その事実に気づいて、月奈は少しだけ落ち着かなくなった


 光希はそんな月奈を見て、ふっと笑う。


「じゃ、私こっちだから」


「え、待って」


「ん?」


「……いや」


 引き止める理由が思いつかない。


 光希は全部分かってるみたいな顔で笑った。


「また明日ね、月奈」


 軽く手を振って、去っていく。


 残されたのは、二人。



 沈黙が落ちる。


 気まずいわけじゃない。


 でも、落ち着かない。


 朔夜は隣を歩きながら、ふと口を開いた。


「最近、また夢見てる?」


 月奈の足が止まりかける。


「……なんで知ってるの」


「昔から言ってた」


「そうだっけ」


「そうだよ」


 静かな声だった。




 月奈は無意識に、朔夜の横顔を見る。


 夕焼けが、黒縁眼鏡のレンズに反射していた。


 その奥の目が、一瞬だけ見える。


 胸がざわつく。


 知らないはずなのに。


 その横顔が、妙に心に残った。

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