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最終話 流れの果てに

 慶応3年12月下旬――。

 会津城下六之丁角の牢屋敷を一人の男が訪れた。

「梶原……様?」

 平馬はゆっくりと姿勢を正した。

 若き会津藩家老――梶原平馬。『両平馬』と称されたのも今や昔。片や会津藩の将来を担い、片や囚人として牢につながれる身。時の流れは、あまりにも残酷であった。

 この時期の梶原は、藩主・松平容保の命で江戸に詰めていた。

「俺とお前の間だ。仰々しくするな」

 梶原は、木格子を挟んで腰を下ろした。

「国元で騒ぎがあったとの報せを受けて急ぎ駆け付けたが、来てみればお前が牢につながれているというではないか。何があった?」

 平馬は、目をつむったまま何も語ろうとしない。

「まさか、お前も?」

 平馬は、かっと目を見開いた。

「そこまで落ちぶれていない!」

「ならばなぜ?」

「……己の心に従ったまでのこと」

 言い切って再び目をつむると、それ以降、平馬が口を開くことはなかった。梶原もこれ以上の詮索をやめた。

「世の中は大きく動いている。必ずお前の力が必要になる。いや、俺にはお前の助けが必要だ。必ずその時は来る。俺はに江戸に戻るが、くれぐれも浅慮だけは慎んでくれ」

 言い終えた梶原は立ち上がり、平馬を見下ろしながら再び口を開いた。

「お前に会いたいという者を連れてきた。牢番は、しばし外させる」

 言い残した梶原がその場を後にすると、入れ替わりで人影が現れる。ゆっくりと足を運ぶその気配を平馬は知っている。平馬はゆっくりと目を開けた。

「……柚羽……」

 自然と言葉が漏れだした。柚羽はゆっくりと平馬の前に腰を下ろした。

「息災か?」

「……はい。父上の所業によりお家はお取り潰しになるとのことで、今は頼母様の計らいで頼母様のお屋敷でお預かりとなっています」

 伏し目のまま柚羽は答えた。二人を沈黙が包んだ。

「……すまない。清四郎を……お前の夫を俺は……」

 平馬はゆっくり頭を下げた。下を向く柚羽の視界に平馬の頭が入り込む。この時、初めて柚羽は平馬の姿を目にした。

「……よいのです。私の方こそ……」

 柚羽も頭を下げた。そして二人は同時に頭を上げた。あの日以来、初めて二人の視線が交差した。柚羽の目に涙が滲む。

「平馬様がお亡くなりになったとの虚言を確かめることなく受け入れ、その結果あのようなことになり、平馬様に合わせる顔がないと考えておりました。でも……平馬様にお会いたいという気持ちに嘘はつけませんでした」

 涙が柚羽の頬をつたった。再び目をつむる平馬。しばらくすると、ほんのわずかに口元が緩む。目を開けた平馬は、ゆっくりと口を開いた。

「会津武士であれば藩の命令に従うべきだった。藩に命を差し出せといわれたなら、何も言わずにそうすべきだったのかもしれない。ただ、できなかった。……心に従った」

 柚羽の瞳がわずかに動く。平馬は続けた。

「時代の激流の片隅にできた小さな渦の中で、あれこれ考えて、考えて、考えすぎて、頭の中の混乱の渦が限界に達した時、ふとすべてが無になった。頭も心も。その時、なぜか急にこう思えた。心に従おうと。そう思った瞬間に楽になった」

「……『心』……とは?」

 柚羽はかすかな声で尋ねた。

「そなたに会いたい。会うまでは死ねない。それだけだ……」

 落ち着き、小さいながらも強い平馬の言葉だった。これを聞いた途端、柚羽の涙はあふれ出し、柚羽は両手で口を押さえた。

「……一緒ですね」

 涙で濡れた顔に笑顔を見せながら、柚羽は答えた。そして、深々と頭を下げて立ち上がった。

 立ち去ろうとする柚羽に平馬が声を掛けた。

「一緒に寺子屋をやらないか?」

「はい!」

 振り向いた柚羽は、満面の笑みで答えた。


 その後、赦免を受けた平馬……。

 それ以降、会津城下で平馬、柚羽、平馬の母の姿を見た者はいない……。

 ただ――時代の流れは、さらに激しく渦を巻いていく。

 完


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