73:エルフの村
「まあ!本当に、聞いていた通りだわ!森の王フェンリルが、三頭もおられるわ!」
村への滞在の挨拶が終わると、私たちはエルフの長のお宅に招かれた。
人口八十人ほどの、とても小さな村。子供は産まれ難い種族との事で、子どもは少ない。
お家は土をニメートルくらい盛ったマウンドの上に、トゥルッリみたいな円錐形の屋根に、白い土壁の円柱の建物が四つ建っている。
木の家じゃないのは、何軒もの家を建てれる程木を森から切り倒すのは、木を伐採しすぎだからだって。
建物の一つは玄関。一つは風呂、トイレ。一つは台所。最後の一つは二階建てで、一階は子ども部屋であり、客間。その時々に合わせて変わる部屋みたい。で、二階が夫婦の部屋となっているそうだ。
建物は短い通路で繋がっていて、真ん中は坪庭みたいな感じになっているっぽい。
土台であるマウンドは、馬などの家畜小屋や飼料庫になっているそうだ。
これがエルフさん達の標準的なお宅らしい。とても洗練されていて、住みやすそうなお家だわ。
「知らせた通りでしょ?
優さんに、フェンリルが三頭付き従っているって」
そんなエルフさんのお宅の台所で、私たちはお話をしている。
「ええ!ええ!何という重畳なのかしら!」
エルフさん達、ハイエルフさん達は、フェンリルを森の王と呼んで敬っているのだそうだ。
「素晴らしい毛並みに、堂々たる魁梧な体つき。
人の子の下にあっても、健やかなるお暮らしの程が良く分かるわね!」
「はい、フェンリルの事を良く理解して、とても大切に扱われていますよ」
「怪我をしていないか?病気に罹っていないか?も、とても注意してみているわ」
「そう、そう。
……。うん、良い気をしているわ。森と、森の生き物を大事にしている気だわ。人の子で、こんな気を放つ者がいるなんて。
貴女なら、狩りの制限がなくても安心ね」
「我らエルフと近い気を放つ人の子など、これまで会うた事がないな」
アレクサンドリーヌさんの従姉弟であり、村の長、エグランティーヌさん。エグランティーヌさんの旦那さんで、シルヴェストルさん。
お二人は、色々と興奮していらっしゃるが……。理由がイマイチ分からない。
「長、好ましき者でしょう?」
「ええ、そうね!友好の茶を与えましょう」
そう言って、エグランティーヌさんは手ずから新しい飲み物を用意して下さった。
それはココアの様な、ホットチョコレートの様な……。あるいは、そのどちらもの様な香りの黒っぽい飲み物。
「さあ、どうぞ。湖の底で育まれた豆の飲み物で、“ドゥウリー”。良く混ぜて飲んで下さい」
「あの、友好のお茶にはどんな意味があるんですか?」
「ドゥウリーは、私たちエルフの大切な飲み物。そして外部出身で、森の仲間と認めた者と飲み交わす飲み物なのよ」
森の仲間が良く分からないけど、外部の者にそう出す物ではないようだ。有難く頂こう。
「ありがとうございます。頂きます」
「頂きます」
「“イタダキマス”……。良い言葉ね。口にする物への、深い感謝が籠もっているのが伝わって来たわ」
「そうなんですか?私の故郷の食前の言葉にもなっていて、命を頂くから頂きますなど、色々説のある言葉なんです」
「成程。本当に、とても良い言葉だわ」
脂肪分が多い飲み物を、撹拌と冷ます為にかき混ぜながら色々お話を伺った。
エルフには男尊女卑といった風習はなく、長には森と森の生き物の声が正確に聞き取れる者が選ばれる事。
その声を叶える繊細な魔法は女性が得意な事が多く、母系社会である事など、色々教えて頂いた。
勿論、ドゥウリーを頂きながら。それにしても、この飲み物。知っている様な気がするなあ……?
「分かった!ココア!スパイスで分かりずらかったけど、脂肪分を除く技術が出来る前のココアなのかな?」
空気を読んで、エグランティーヌさんとシルヴェストルさんの間にいたシルバー。それに、私の左右にいたクーとルーがびくっとしてしまった。
いや、ユリシーズさん始め、皆がか……。
「驚かせてすみません。この飲み物、故郷にあったココアっていう飲み物の、古い飲まれ方かもって思って……。つい叫んじゃいました」
「ここあ?」
私は古い時代のココアと、現在のココアとチョコレートの事をお話した。
「この飲みが地球と同じココアなら、ですが。加工の時に脂肪分を分離出来れば、もっと飲みやすくなると思います」
「それは良いわね。体にも良い飲み物なのだけど、この油が混ざり難くて、ちょっと飲み難いのが欠点なのよね」
「“ちょこれぇと”も気になるな」
一度だけ、カカオ豆からチョコレートを作った事はある。が、ココアは作った事がない。
カカオから、油分を分離して加工するとココアが。ココアバターを足して加工すると、チョコレートになったはずだが……。
「ちょっと自信がありませんが、やってみますね」
「ありがとう。楽しみだわ」
◇
「実が熟すと、湖底にある木から外れて浮いて来るんですか?」
「水棲樹の一種か」
「ええ、そう。この実が生るのは、水棲樹よ。この大陸では、大カロング山の周辺の湖の湖底にしかない種類の木なの」
この世界のカカオの木が、まさか湖底で育つ木だとは思わなかったわ。実は水中で熟成まで終わっていて、いくらか楽なのはありがたいけどね!
焙煎した豆から殻を剥き、石臼と石の玉でカカオを挽き続ける。その内、粉末になったカカオから油が染み出して、色が変わって来た。
挽く作業はエグランティーヌさんが魔力でして下さっていている。この作業が大変なので、とても有難い。
すり鉢で挽くより、かなり細かく挽けているのも有難いな。
「全体に色が変わりましたね。これでペーストの半分から油を搾りましょう」
すり潰したカカオを半分に分け、一方から油を搾る。こちらはこれで乾燥させれば、ココアになるのかな?
ココアは作った事がないし、ちゃんとした作り方を知らないんだよな……。
搾った油は、油を搾っていないペーストに加え、砂糖も加えて続きの作業をする。
湯煎しながらかき混ぜ、トロトロになれば取り敢えず型に流して冷やし固めてみる。
チョコレートは温度管理が重要なはずだけど、そんな本格的なのは作った事がない。一度だけ、手作りキットで作った事があるだけだ。
でも、たぶん、これでチョコレートにはなるはず。職人さんが作った物とは雲泥の差だが。素人が曖昧な作り方で作るのだ。仕方あるまい。
乾燥させた方は、ココアっぽい色になった。チョコレートも固まり、ピックで端を剥がせば型から何とか剥がれた。
「頂きます」
「頂きます」
「イタダイマス」
「イタダキマス」✕四人
「あ、かなりココアに近くなったかも。
チョコレートはかなりビターだけど、滑らかさは申し分ないな」
「ここあ、美味いな。ちょこれぇとは……」
「優ーーっ、ニガいの。これ、イヤーっ」
「!飲みやすくなったわ!」
「ああ!砂糖が入っていて、甘みもあって美味だな」
「ちょこれぇと、私は好きだわ。不思議な食べ物ね。ただ、砂糖は入れなくても良いかしら?」
エグランティーヌさん、かなりの強者!
「……。口当たりは良いが……、うーん……」
春、雪消になってこの村を出る迄に、ココアとチョコレートは美味しい物を完成させようとなった。
フィリベールくんが嵌らずほっとしたのも束の間。普段、人の食べ物は滅多に気にしないクーとルーとシルバーが凄く気にしたんだ。
どんなに気にしても、絶対にあげないからね!死んじゃう事もある食べ物だから、これは駄目だから!
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