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 義兄が行ってしまい、私は跪いたまま石像のように動かないウィリアムと共に取り残された。待って、これ如何すれば良いの?こんな状態で置いていかないで!

 しかし、とっくに居なくなった義兄に私の心の声が届くはずもなく。義兄の背中を見送っていた私は、愕然として顔を俯けた。


 ウィリアムと目が合う。彼は変わらず真っ赤な顔で、でも真っ直ぐに私を見上げていた。背の高いウィリアムに見上げられるのは非常に稀だ。手を取られているのが、何だか大型犬に『お手』をしているように思えてくる。幻の犬耳が見える。


「ええと……ウィリアム、ひとまず立ってもらえないかしら?」


 ワンコの幻を払拭しようと提案してみたのだが、ウィリアムは鋭く首を横に振った。その間も私から視線を逸らさず、見つめられている。


「お返事を頂くまでは、ここを離れません」

「でも、私の一存でお返事する訳にはいかないわ」

「国王陛下と王妃様、俺の両親、貴族院と教会には既に根回し済みです。側妃様は黙らせました。国外から横槍が入らないように調整もしてあります。あとはノエリア様のお返事を頂くだけとなっております」

「……そうなのね」


 一旦返事は保留にしようとした私の目論見は、早くも崩れ去った。両陛下と公爵家だけでなく、貴族院や教会まで固められている。側妃や国外には何をしたの?がっつり外堀を埋め立て地ならしされて、小石ほどの障害も見当たらない。


 優秀な公爵家長男の本気を感じ取り、私は軽く身震いした。ウィリアムは敵に回したらダメな人だ。そしておそらく、義兄も諸々に手を貸している。義兄も敵に回したら怖い人だ。


 あ、これ断れないやつ。


「ウィリアム、お話お受けし──」

「待った!いや、お待ちくださいノエリア様」


 お断りは出来ないと判断し、了承の返事をしようとした私にウィリアムが待ったをかける。口調が崩れるのも珍しい。初っ端で吃って噛んだ以降は、冷静沈着に話を進めていたように見えたが、ウィリアムはまだ緊張しているようだ。

 私も実は緊張で胃が痛い。身体の芯まで叩き込まれた淑女教育のお陰で、なんとか体裁を保っているだけだ。


「その──王族の責務とか、公爵家との関係とかは関係なく、俺個人と、け、結婚してやっても良いかどうかをお考えください。ここまでしておいて何を言ってるんだとお思いでしょうが」

「そうね。断られる可能性を片っ端から潰しておいて、何を言ってるのかしらね。公爵家としてはこの縁組みで、王家との繋がりを得たいのでしょう?再び機会が巡ってきたのに、逃す手はないわ。そのために、私が断れない状況にしてから話を持って来たのでしょう?」

「違います!」

「そうなの?スノウとの縁組みは断られたから、今回は断られないように外堀から埋めたんじゃないの?」

「う、っぐ、それは……」


 反論出来ないようで、言葉に詰まるウィリアム。下を向いてしまった彼に同情する。可哀想に。


「貴方って馬鹿ね。スノウが相手の時にそうしておけば、逃げられずに済んだのに」

「いや、スノウ王女との縁組みは、断られて良かったので」

「何言ってるのよ。スノウが好きなくせに」

「…………は?」


 終始上擦っていたウィリアムの声が、ここに来て急に低く落ちる。機嫌も急降下したようで、表情まで抜け落ちた。


「誰が、誰を好きだと?」

「あら、気づいてないとでも?貴方はずっとスノウのことが好きでしょう。なのに本命には振られて、家のために私と結婚しなきゃいけないなんて、お気の毒ね」


 私と妹の生まれ順が変更されて、1番のとばっちりはウィリアムだ。スノウとの結婚を諦められなくて、公爵家の長男だというのに未だ婚約者を決めずにいたのだろうに。スノウは隣国に嫁ぐことが決まったから、いい加減片思いは諦めて余った私を引き取り、公爵家を盛り立てろとでも言われたのだろう。


「片思いは辛かったわね」

「あ、ああ、確かに片思いは辛かったですが」

「分かるわ。私も一生片思いだもの」

「……どなたか想う男性が、いらっしゃるのですか」

「……ええ。でも良いの。愛されたいなんて望まないわ」


 王族なのだから、政略結婚は義務だ。相手がキール王子のような最低男でも、最終的には国のためにと受け入れるしかない。

 だが私は幸せだ。キール王子との婚約は白紙に戻り、替わってウィリアムに求婚されている。ウィリアムとは旧知の仲で、人となりはもちろん、家格も能力も申し分ない。愛情はなくとも友情は築けているはずだし、夫婦になっても協力し助け合っていけるに違いない。


 だから、ウィリアムにも私を愛して欲しいなんて贅沢だ。


「ノエリア様。どなたに心を寄せておられるのか、お教えください」

「教えられないわ」

「何故ですか?相手は既婚者ですか、それとも身分が違いすぎるとか?」

「黙秘するわ」

「知られたら拙い相手なのですか?まさか殿下じゃないですよね!?」

「どうしてお義兄様が出てくるのよ!もう、別に誰だって良いでしょ!」

「良くないです!教えてください!」


 ああもう、しつこい!

 ウィリアムは膝を付いたまま私ににじり寄ってきて、私の手も握ったまま離さず、何がなんでも聞き出してやるとの気迫を漂わせている。気圧されそうになりながらも、私は精一杯王女の威厳を保ちつつ、反発した。


「嫌だって言ってるでしょ!何故そんなに気にするのよ、ああ、もしかしてその人と浮気されるんじゃないかって思ってるの?絶対にそんな事にはならないから安心してちょうだい!だから聞かないで!」

「嫌です、気になります!」

「だからどうしてよ!」

「俺が貴女を好きだからですよ!!」


 ……うん?今有り得ない言葉の羅列が聞こえた気がする。私、ウィリアムが好き過ぎて、幻聴が聞こえるようになったのかな?



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