第九十一話 不覚
前回までのあらすじ!
銀竜式蘇生法……。
程なくして、ティルスの瞳が開いた。
顔色こそひどく青白いが、残念ながらそいつぁ最初っからだ。もっとも、エリクシルを使って強引に傷口を塞いだためか、一層精気のない顔をしちゃあいるが。
ま、生きてるのぁたしかだ。
そいつを見届けりゃ、もうここに用はねえ。少々遠回りに過ぎたが、十分に腹も満たされた。あの糞爺が来る前には立ち去りてえところだ。
「リリィ」
「はい」
リリィがすくと立ち上がる。
あいかわらず、おれの考えていることだけは正確に見抜きやがる。
おれが立ち上がると、ティルスがあわてて上半身を起こした。片羽根になっちまってるのが、見ていてちょいと痛々しい。
「……オキタさん……!」
牢の入口をくぐろうと屈んだところを呼び止められ、おれは仕方なく振り返った。
「念のために言うが、手ぇ抜いたわけじゃあねえぞ。おまえさんはさっきまで確実に死んでいた」
「ええ。わかってます」
ふと気づく。
ティルスの話し方が変わっている。ついさっきまではおどおどしていて、言葉を出すことさえ躊躇うような素振りであったのに、今は堂々としたもんだ。
一度の死合で肝が据わったか。珍しくもねえ話だ。
「……まだ寝とけ。エリクシルで傷を塞いだだけじゃあ、活力までは戻らねえ。食欲が湧いたら食え。そうすりゃすぐに戻る」
「羽根以外は、ですが」
リリィが付け加えた。
ティルスが眉をひそめて、己の羽根に視線をやった。
「あ……」
右の羽根は完治しているが、左の羽根はもう存在していない。心の臓を断ったときに、付け根から落としちまったからだ。
もっとも、わざと、あえてのことだ。
ティルスはしばらく呆然としていた。
この行為がティルスにとって正しかったのかは正直わからない。もしかしたら戦士でも侍でもなかったティルスにとっては、生きてく上での重荷をただ背負わせちまっただけなのかもしれない。
だが――。
ティルスは笑った。餓鬼みてえに無邪気にだ。
そうしておれではなく、同じく腰を浮かせていたライラへと向けて言った。
「ライラさん、貴女がかつて語った通りの人ですね。優しく厳しい。一筋縄ではいかなさそうです」
「まあね。だからあたしは方々の眷属を走り回ってんだからさ」
そうして笑い合う。
「なぁ~んのことだよぅ? ――おう、ライラ。おまえさん、なんかこいつに吹き込んでたのかァ?」
「いずれ常闇の眷属を統べる王になるって言っただけさ」
おれは心底嫌そうに顔をねじ曲げて吐き捨てる。
「やめろやめろィ。ちゃんと断っただろうがよ」
「あたしも、あきらめないって言っただろ?」
褐色肌のダークエルフが、挑戦的な目つきでおれを睨む。
邪気が含まれていないだけに恐ろしい話だ。
「……やれやれ。リリィ、おまえさんからもなんとか言ってくれよ」
助けを求めると、リリィは後ろ手を組んで身体を少し反って伸ばしながら、然も当然のように瞳を細めた。
「ご随意に。望むと望まずにかかわらずオキタが王になられた場合でも、わたしがすることは同じです。どこまでも付き従うだけのことですので。……ああ、もちろんお腹が空いて野垂れ死ぬようでしたら、不肖このシルバースノウリリィ、不本意ながら魔素の吸収を断って、地獄の道行きにもお付き合いをさせていただきます」
にっこり笑って。
反するおれは、頭を抱えた。
「後半の言葉はいらねえだろ……。不安になんだろうがよ……」
「現在状況から可能性を考えるなら、おそらく半々くらいであり得る未来です。食に困ることのない王になるのを、自ら断るのですから」
「ちょっと待て! それ以外の可能性も加味しろィ!」
王か餓死の二択なんざ、冗談じゃねえや。
だがライラは口もとに意地悪な笑みを浮かべて。
「風精の噂で聞いたよ、オキタ。飛空挺を墜としてリザードマン族を従えたってね」
「阿呆、ありゃあ、おれに従ったわけじゃあねえ。やつらぁ古竜信仰だから、リリィに従ってんだっつの」
リリィが首を傾げる。
「同じことでは? リザードマンのマスターがわたしで、わたしのマスターがオキタですから」
否定したいところだが、考えてみりゃ違わねえな……。
大名の親玉が将軍だが、大名配下の武家にとっても将軍は将軍だ。
「ダークエルフ族はあんたに従うよ。今はあたし一人だけど、アラドニアから仲間を救った暁には、あたしが必ず意見をまとめてみせるから」
おれは眉根を寄せ、唇をねじ曲げて吐き捨てた。
「嫌だねェ。おれぁただアラドニアをぶっ倒す仲間を集めてえだけだ。眷属だと? くだらねえ。光も常闇も両方だ。そんなめんどくせえもん背負わせんじゃねえよ」
おれとライラが睨み合う。
埒もねえと立ち去りかけたおれに、ティルスが背中から声をかえてきた。
「ハルピア族も貴方に従います」
「……あのなァ!」
もう一度振り返ったおれに、ティルスが深々と頭を下げた。
「右の羽根を残してくださってありがとうございます。これは僕がハルピア族の王である誇りです」
「あ、ああ」
誇り。すなわち矜持だ。だとするなら、やはり左も残すべきだった。
どう言い繕うべきか、そんなことを考えてざんばら髪を掻いたおれに、ティルスは予想を裏切る言葉を続けた。
「そして左の羽根を奪ってくださってありがとうございます。この疵は戦士の証として、誇りに思います」
あんぐりと口を開く。
隣でリリィがくすくすと笑っていた。釣られたのか、ライラもだ。ばつが悪くなったおれは、毒気を抜かれて格子に手をつき、額を置いた。
「王よ、僕は貴方のような戦士になりたい」
しばらく、そうして。
おれは長いため息をついた。
「常闇の王にはならねえ。だからオキタでいい。だが、アラドニアを崩す仲間は欲しい。……感謝なんざいらねえから手を貸せ、ティルス」
ここいらが落としどころだ。
どのみち、おれとリリィだけでは、黑竜はおろかアラドニア崩しさえ手に余る。軍用飛空挺を主力とする軍事国家アラドニアを潰すには、多くの空駆ける仲間が必要だ。
セレスティの竜騎兵どもは、黑竜戦ならいざ知らず、アラドニア崩しには手を貸してくれそうにない。ハルピア族の協力が仰げるのであれば実にありがたい話でもある。
もっとも、都合の良すぎる話ではあるが。
ライラやティルスがどんな顔をしているのかはわからない。だが、やつらが再び口を開く前に、おれはリリィの手をつかんで牢を出た。
「それとよ、ティルス。失望させて悪ィが、おれぁ戦士じゃあねえ。……侍だ」
竜に乗った侍。竜騎侍だ。
リリィを竜化させ、おれはその背中に跳び乗る。銀竜シルバースノウリリィが大きな翼で空をつかんだ瞬間、ティルスの声が追ってきた。
「ならば僕は侍になります! あなたを超える侍に!」
凄まじい勢いで上昇してゆく間、不覚にもおれの頬はわずかに緩んじまっていた。
まったくもって、不覚だ。
ドラ子の雑感
なんか嬉しそう……♪
※またしばらくの間、更新速度が落ちます。
期間は一ヶ月ほどになりそうです。
申し訳ありません。




