第八十四話 最後の晩餐
前回までのあらすじ!
天狗だ、コレ。
ぽり、ぽり。
女性体に戻ったリリィが、音を立てながら緑色の渇いた豆を食べている。
「う~ん。まぁまぁですね、これ」
「そうかィ? おれぁ結構好きだぜ。酒が飲みたくなる」
「嫌いではありません」
ぽり、ぽり。
向かいで正座をして、渇いた豆ののった皿と口の間で、せわしなく手を動かして。
赤い懸衣の袖を片手で押さえながらなのは好印象だ。阿呆みたいに口ン中に詰め込んで、頬をぱんぱんに膨らませてなければの話だが。
おれは笑いながら言ってやった。
「取りゃあしねえから、そんなに急ぐな。全部食っていいぜ。おれぁもう腹いっぱいだ」
「あ、ふぁい。ふぁいがとうございまふ」
木の実や果実、豆類はともかく、虫を潰して丸めたらしき団子にはさすがに辟易させられたが、それでもどうにか腹は満たされた。
冷たい石牢の中――。
岩山の崖をくりぬいて造られた、天狗――もとい、ハルピア族の牢だ。岩山の高所にあるためか、鉄格子を抜けてくる風がちょいと冷たい。
結局のところ、爺天狗の「今さら死など厭わぬわ! 殺れぃ!」という号令により、無数のハルピア族どもが動きだし、おれが捕らえられてしまった。つまり人質を取ったはずのおれが人質にされ、リリィもやむなく投降したってわけだ。なんとも間の抜けた話だ。
おれは自らの掌に視線を落とした。拳を握り込み、ゆっくりと開く。
栄養が肉体に行き渡るまで、まだ少しかかる。
ごぐっと喉を鳴らして口の中の豆を一気に呑み込み、リリィがふぅと一息ついた。
「ご馳走様でした」
目の前に残っている食い物といやぁ、異臭を放っている虫団子だけだ。さすがにこれは食えねえ。ハルピアは鳥人間だから虫も食うのだろうが、リリィはともかくとして、あいにくこちとら人間だ。
リリィが長い両足を投げ出して、冷たい岩肌の壁に背中を預けた。
「先ほどは本気で言っているのかと思いましたよ」
「んあ? ああ、ハルピアの爺様を殺さなかったことかい。あの場でおれが爺様を殺っちまったら、もう逃げの目も消えるからなァ。人質が効かなかった時点で、もう詰んでたよ」
おれはため息交じりに肩をすくめる。
「はあ」
「それに捕まえられりゃ、こうして食いもんにもありつけるってもんよ。絵図通りってやつだろうよ」
リリィがなんとも言えねえ味のある表情で、もう一度「はあ」と呟いた。その後、居住まいを正し、困ったように眉をひそめる。
「強がりはご自由に。ですが、この鉄格子もまた魔法で強化されています。もちろん竜化はできませんし、ノリスケさんも持って行かれちゃいましたから斬り飛ばすこともできません。それにハルピアのお爺ちゃんに――」
リリィが目をくわっと見開き、突然大声で叫ぶ。
「おどれらの処刑は日没前じゃあッ!! ……って言われちゃいましたし」
口真似顔真似までするリリィに、おれはあくびを返した。
「あの爺様、おっかねえなァ」
「そりゃあんなことしたら誰だって怒りますよ」
リリィの言葉に、ざんばら髪を掻き毟る。
「だよなァ」
おれはもう悪人しか斬らねえと心に誓っている。
イグニスベルごと斬撃疾ばしに巻き込んだ竜騎兵たちは、くだらねえ事情でおれを殺そうとしてきやがったから殺した。当然の報いだ。
だが、ここのハルピア族は違う。ありゃあどう考えたって喧嘩を売ったのはおれたちの側だ。鳥と間違えてとっ捕まえちまったんだからなァ。仲間が突然わけわかんねえまま襲われ拉致されりゃ、誰だって怒るさ。
「迷いの森のときと同じで、できれば殺さずに逃げ出してえところだねェ」
「あのときはライラさんがいましたから、どうにか先手が打てましたけど」
ダークエルフの娘か。さすがに期待はできねえ。
おれたちの行き先をあいつが知っているわけがないし、おれたちもまたライラの居場所を知らない。そも、おれたちはライラを置き去りにしてきたのだから、合わせる顔もねえや。
「あ、あのう――」
突然格子の向こう側から聞こえてきた声に、おれとリリィが視線を向けた。
「あンだよォ?」
もちろんライラじゃあないし、助けでもない。
先ほどの一件で銀竜体のリリィが、左手で握りしめていた気の弱そうなハルピアの青年だ。あいかわらず、おどおどしてやがる。
他のハルピアどもは黒髪黒目に黒の羽根だが、こいつはどうも髪も瞳も羽根でさえも、青色がかっている。濃紺色に近い。
「い、一応、ぼ、僕がここで見張りとして立っているわけで、そ、そんなところで、その、脱獄の相談するなんて、ちょっとなんか……ですね……」
「だったら消えてくださいます?」
珍しくリリィが不快そうな顔で吐き捨てた。
ハルピアの青年はびくりと肩を震わせ、蚊の鳴くような声で呟く。
「そ、そういうわけには……見張り……ですし……」
「なら黙っていてください。口を閉ざして、目と耳も閉ざして、ついでに鼻も」
青年がぶるぶると首を左右に振った。
「そ、そんな~……い、い、息ができませぇ~ん……」
「でしたらそのまま窒息すればいいと思いま――あん!」
なおも口を開こうとするリリィの銀色の後頭部に、おれは軽く手刀を落とす。
「やめてやれよぅ。――おまえさんも本気に取りなさんなよ、青年」
「は、はぃ~……ぅぅ……ありがとうございます……。……人間さん、優しい……」
なんで泣いてんだ、こいつ。あの爺様と足して均等に分けりゃ、ちょうどまともな性格になるんじゃあないだろうか。
「おまえさん、名前は?」
「うう、ティ、ティルスと申します」
格子越しに捕まえて人質にするのぁ簡単だが、あの爺様や他のハルピアどもの性格じゃあ、たぶん気にせずに殺しにかかってくるだろうなァ。
「ハルピア族の処刑方法ってどんなだィ?」
ティルスが怪訝な顔つきをした。
おれは遠い瞳で静かに囁く。
「いやね、できれば楽に死にてえなァって思ってよぅ。覚悟を決めておきてえのさ。みっともなく泣き喚いたりせずに済むように……な」
もちろん方便だ。格子の外にさえ出られりゃ、リリィを竜化させておさらばだ。没収された菊一文字則宗は、夜に寝静まった頃にでも盗りに来ればいい。どうせ半分は鳥だ。梟でもあるめえし、大概が鳥目だろ。
だから日没前に処刑をしようとしているのだと思う。
「頼むよ。武士の情けってやつだ」
「……え、ええ……。ハルピア族の処刑は……その……一族の男衆、つ、つまり戦士によって執り行われます。じゅ、順番に……一人ずつ、牢から出されて……」
一人ずつかよ。めんどくせえな。リリィを竜化させてとんずらってのは難しくなった。
おれは自らの手で己の頸部をとんとんと叩く。
「斬首かィ?」
「……私刑です……。……簡単には……殺さなくて……、……寄って集って、皮を剥いで、目玉をくりぬいて……」
寄って集って!? 思ったよか酷いね!
あんの糞爺が考えそうなことだ。
「た、ただし、ハルピア族の戦士は誇り高き存在……ですので……、あ、あなたの武器は返却されるかと……思います……。……その、たぶん……」
おれとリリィが一瞬目配せをして、同時に口もとにあくどい笑みを浮かべた。
菊一文字則宗さえありゃあ、大概のことはどうとでもなる。維新の始まったあの混沌の時代でさえ、あの愛刀とともに切り抜けてこられたのだから。
が、日没前、死火山の噴火口からなる処刑広場に連れ出されたおれは、白目を剥くことになった。
ドラ子の雑感
ティルスがいるからお尻触れない!
お尻っ!! 触れないっっっ!! ばかっ!!




