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第七十二話 空の王

前回までのあらすじ!


ドラ子が本気を出したぞ!

 前部甲板を逃げ回る。

 狭い出口からは江戸の喧噪のような数の魔術兵どもが溢れてきている。数から察するに、どうやらリリィが下層に閉じ込めた魔術兵らも別ルートで追いついてきたらしい。

 どいつもこいつも殺気立ち、「殺せ」だの「犯せ」だの剣呑な言葉を口々に吐き散らしている。

 橙色や水色の魔術弾が飛び交う中、おれたちは砲塔の裏に回り込んで身をすくめた。


「斬撃疾ばしが使えりゃなァ」


 出口から溢れ出し続けている有象無象を、操舵室ごとぶった斬ってやれるのに。


「身体を鍛えてください。一日二発まで撃てるようにしましょう」

「そんな今さら……」


 よりにもよって重要機材もねえ甲板だ。やつらときたら、ここぞとばかりに容赦なく魔導銃を撃ちまくりやがる。

 おれは砲塔の側面から顔を出し、魔術兵らの動きに注視しているリリィの背中に視線をやった。

 懸衣に乱れも汚れもねえが、それ以外の部分。うなじや後頭部が焦げてやがる。

 こいつ、さっき逃げるときにおれを庇ってやがったな……。


 顔を押さえてため息をつく。

 よほどの大ポカでもしねえ限りは、迫る魔術弾の飛来など回避できる自信がある。なぜならほとんどのやつは、殺気と同じ射線上に弾丸を放つからだ。

 それをこいつに言ったところで、たぶんおれを庇うことはやめねえんだろうなァ……。盟約で縛るのは簡単だが、はてさて……。


「来ますよ」

「おう」


 呼吸を整え、殺気を探りながら充分に距離をつめさせる。やつらの武器は魔導銃だ。間合いを考えれば、ぎりぎりまで引きつけねばならない。

 なぁに、やつらのど真ん中に斬り込みゃあ、また同士討ちを恐れて魔導銃から(くみ)しやすい大剣に持ち替えるだろうよ。

 まあ、その後あの人数をどうするかまでは考えちゃいねえが。


 足音は大型魔導機関(エンジン)のうなりに掻き消されて聞こえない。おれは聴覚から意識を外して、殺気を探る。

 五歩、四歩。恐る恐る近づいてきてやがる。

 三歩、二歩。息を吸い、止めた。

 一歩。低く、体勢を低く。


「ああぁぁぁ!」


 大剣を持ち上げた魔術兵が砲塔の角を曲がるなり、勢いよくおれたちの()()場所へと振り下ろした。

 遅え――!

 膝下よりも低く、おれは甲板を滑るように飛び出し、すれ違い様に魔術兵の喉もとを裂いた。


「……ッ!?」


 次ィ!

 そのままの体勢で無数にある足を狙い、菊一文字則宗を静かに薙ぐ。骨ではなく、腱を断つように優しく。剛剣ではなく、柔らかに流れる風のように静かに。


「リリィ、しっかりついてこいよ!」


 背後の女に声をかけた瞬間、甲板に魔術兵らの血液が飛び散った。


「は、速ええ……っ」

「やめ、ひ――っ」


 魔術兵どもの視線が下がると同時、今度は跳躍し、目の前の首を掻く。頸動脈を押さえて恐怖に引き攣った顔の魔術兵の肩を蹴り、さらに跳躍。

 軍用飛空挺が進むほどに勢いを増して流れる風に乗り、一息にやつらの中心部へと着地。同時に全身を横に一回転させ、全方位を出鱈目に薙ぎ払う。

 パシュっと血煙が空に流れた。


 十――!

 確実に殺せた数ではない。今回ばかりは動きを奪った人数だ。


「こ、こいつ――ッ」

「何人殺せば気が済むんだッ!」


 阿呆め。のんきに口を利いている暇があったら、剣でも振りゃあいいものを。

 歪な笑みが漏れた。


「わ、嗤ってやがる……!」


 おれは再び甲板を蹴って、一本突きで同時に二人の魔術兵を貫いた。


「こ、これが、サムライとかいう人種なのか!?」


 人種じゃねえ。職業だ、莫迦野郎。

 だが、気分がいい。ああ、気分がいい。やつらの驚く様ときたら傑作だ。と、本来なら言いてえところだが、正直なとこかぁ~なり拙い。


 糞ったれめ。(らち)もねえ。

 跳躍したときに視認した人数は、想定を遙かに上回るものだった。今回ばかりは歪な笑みも、残念ながらただの虚栄(はったり)に過ぎない。


 薙ぎ払われた大剣の刃をかいくぐり、深く踏み込むと同時に喉を貫き、引き抜く動作に連動させて柄で背後の魔術兵の鼻面を叩く。


「うがっ!?」


 手首を反して首を撫で斬り、おれは視線を回した。

 リリィの姿が見えねえ。おれが深く踏み込みすぎたためか、それともリリィがついてこられなくなっちまったか。

 甲板から艇内へと戻る入口は、まだ遠い。

 どうする? リリィは銀竜だ。最悪追い詰められて甲板から落ちたとしても、銀竜体になれば問題はない。

 ここは別行動をするべきだ。


 ……と、わかっちゃいるのに、魔術弾で汚れたリリィの後ろ姿が妙に脳裏に浮かびやがる。へらへら笑いながら、人を庇いやがって。


「……しゃあねえなァ……」


 おれは踵を返し、目の前の魔術兵の胴体部を強引に薙ぎ払った。今度は剛剣だ。


「ぬ――ッらあ!」


 刃で肉を斬り、骨を断ち、ずれた上半身を蹴り飛ばすと、魔術兵で埋め尽くされていた甲板に細い路が開いた。

 臓物臭が風に乗って流れてゆく。


「くたばりたくねえやつぁ、路を開けろィ」


 敵とはいえ仏を蹴飛ばすにゃ、ちと抵抗もあるが、死は無惨であればあるほどいい。戦意を挫くことができる。効果は一瞬だろうが、ないよりゃ遙かにいい。

 ったく、リリィのやつ。余計な手間を取らせやがって。

 砲塔方面へと走り出したおれの視界で、光の粒子が散った。


「んぁ!?」


 まぬけな声が喉から出た直後、光が爆発し、凄まじい衝撃波を巻き起こした。


「ぎぁ!?」

「な――ぎゃ!」

「ひっ、ひぃぃぃぃぃっ!」


 無数の。十数名もの魔術兵らが吹っ飛ばされ、同時に宙を舞い、甲板を転がった。だが、そいつはまだ運がいい。ついてないやつは風に流され、吸い込まれるように森へと落ちていく。

 いや、いやいや。森へ落ちたやつこそ、運が良かったのかもしれない。なぜなら。


 王者、吼える。


 ――ガアアアアアァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 空間をびりびりと震動させ、甲板を鋭い爪でつかんで握りつぶし、空をつかむ巨大な翼を大きく広げて。

 ありとあらゆる生物の頂点に立つ絶対王者、銀竜が威嚇の咆吼を上げたのだ。続いて鋭い歯をがちがちと打ち鳴らして火花を散らし、喉を激しく鳴らす。


「あ……あ……」

「そ、んな……」

「ひっ、あ……」


 それだけだ。だが、ただそれだけで魔術兵らは膝を折った。

 艇内に逃げ込んだやつは、まだ勇気があったのだろう。大半の魔術兵は己の死を間近に感じ取り、涙を溜め、武器をその場に取り落として崩れ落ちていた。


 わかってはいたはずだ。己らが愚かにも何者を追っていたかを。けれども、実際に相対した魔術兵は現実を見る。

 矮小なる人間ごときが、このような怪物に勝てるわけがないのだと。


 空色の瞳がおれへと向けられる。



ドラ子の雑感


ちまちまちまちま、めんどくさくなってきました。

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