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第六十八話 異邦人

前回までのあらすじ!


ドラ子の腹が満たされたぞ!

 砂漠の夜はやたらと冷え込む。

 ナタクら野盗団はアリアーナ神殿国家を目指して、まだ涼しいうちに南へと旅立った。それを見送り、おれが野盗団の洞穴で分けてもらった食料や水を革袋に放り込んでいると、リリィが魔導銃を持ってやってきた。

 アラドニアの魔術兵から、ナタクが盗んできたものだ。


「なんだ、おまえさん。そんなもんもらったのかい?」

「……え? あ、はい。なんか木箱にあったので、こっそりもらいました」


 人はそれを盗んだと言う。


「……」

「……」


 まあ、散々人を斬ってる身だ。細けえことを言うつもりはねえ。そも、盗品だしな。ついでに言やぁ、その前の持ち主もろくなもんじゃあない。

 しばし考える素振りを見せた後、リリィがおれに魔導銃を差し出してきた。


「ちょっと撃ってみていただけませんか?」

「おお?」


 魔導機関技術(エンジンテクノロジー)とやらに触れてみるのも悪くねえ。斬撃疾ばし以外の遠距離攻撃手段もあるに越したことはない。


 おれは魔導銃を受け取ると、洞穴の外に出た。

 砂漠の夜だ。松明がなきゃ、ろくすっぽ前も見えやしねえ。くっきりはっきり見えるもんと言やぁ、空に浮かぶ月と星くらいのもんだ。

 瞳を細め、数歩先にある岩に銃口を向ける。


「あれを撃ってみるかね」

「どうぞどうぞ」


 銃器は正直あまり扱い慣れちゃいねえもんだが、一応の使い方くらいは知っている。

 幕末に学んだ知識だが、おれに至ってはついぞ使うことはなかった。


「……ん~?」


 単純な機構の安全装置らしき留め金を外し、引き金に指をかける。

 こんなもんは菊一文字則宗に比べりゃ玩具にゃ違いねえが、それでも新たな力を手にするってのぁ、ちょいと胸が躍るってもんだ。


 岩に照準を合わせ、おれは引き金を絞った。

 かちん、と渇いた音だけが響く。当然、岩は無事だ。というか、魔術弾とやらも飛び出しちゃいねえ。


「…………壊れてんじゃねえか? それとも弾切れってやつかィ?」

「ああ、やっぱり」


 リリィが伸ばした手に、魔導銃を放り投げる。


「なんだよ、やっぱりって」

「レアルガルド大陸に限らないことなのですが、本来であればこの世界の生物は大なり小なり魔素を発生させています」

「そりゃもう聞いたよ。おれにはそれがねえんだろ?」


 リリィが少し困ったように肩をすくめた。


「正確には観測不能なくらいに微量なのだと思っていました」

「……思っていました?」

「ええ。驚くべきことに、オキタからは一切魔素の発生がありません。まるでほら、そこに転がってる渇いた岩や、死んでしまっている生き物みたいに」


 おれは顔をしかめる。


「な~んだよぅ」

「たとえばこの世界で魔術を使えない、ど平民。えっと、ナタクさんやアリッサさんでさえ魔導銃の引き金を引けば、多少なり炎が出るものなのです。といっても、小さな小さなものですが」


 リリィは右手の親指と人差し指を近づけて、おれに見せつけてきた。


「火打ち石の火花みてえなもんかい?」

「はい。ところが、オキタにはそれすらないんです。不思議ですね。まるで別の世界からやってきた、異邦人みたいに思えます」

「ぴんとこねえなァ。海さえ渡りゃ、日本もあると思うがねェ」


 リリィが少し戸惑うように、唇に指をあてる。


「……わたしはむしろ、この世界のどこを探しても、日本なんて国は存在しないような気がします」

「言ってる意味がわかんねえや」

「わたしもよくわかりません」


 それは、闇夜でも判別できるほどの苦い笑みだった。そうして女は躊躇いがちに小さく呟く。


「でも、突然いなくなったりしないでくださいね」


 そこにいつもの無邪気さはない。

 懸衣の帯の下で手を重ね、リリィは静かに頭を下げる。

 おれは――。


「やめろィ。もともと帰る場所なんざねえっつってんだろうが。おれが好きだった江戸や新撰組は、もうとっくに滅んじまってるんだからよ」


 おれはそれを不快に思った。

 どうやらおれは、リリィにこんなつまらねえ表情をさせちまうことが心底嫌だったらしい。

 たぶん。よくわかんねえが、たぶんそうだ。


「今さら帰れなんざ言われても困る。おまえさんこそ覚悟しとけ。アラドニアをとっちめて黑竜ぶっ殺して黑竜病を治すまでは、ず~っとつきまとってやるからよ」


 リリィが複雑そうな表情をして、小さくうなずく。

 期限をつけたことがご不満だったようだ。だが、これ以上はおれが保ちそうにねえ。

 さっきからやたらと顔が熱い。まったく。餓鬼じゃあるめえし、砂漠の闇に感謝しなきゃなんねえとは。

 おれは話題を変えようと、リリィの手の中の魔導銃を指さした。


「ところで魔素たっぷりのおまえさんがそいつをぶっ放しゃ、どうなんだ?」

「あ、どうなるんでしょう? やってみます?」

「おう。見せてみろい」


 これでなんも飛び出さなかった日にゃあ、魔導銃がぶっ壊れてたってことだ。そうなりゃリリィの立てた仮説も笑い話で終わる。

 それでいい。それがいい。


「かかっ、いっちょ派手にやってみな」


 屁みてえな火が出るなら、それはそれで笑える。なぁに、今以上に悪いことにはならねえさ。

 笑って、こいつの気が晴れるならそれがいい。


「では、と」


 リリィが魔導銃をかまえ、野盗団の洞穴がある岩山へと照準を合わせた。


「撃ちますよ~っ」

「おう」


 リリィが引き金を絞――った瞬間、おれの目は巨大な赤い閃光に眩んだ。


 お、おおおおおっ!? え、ちょッ!?


 炎と熱が銃口を押し広げながら爆発的に溢れ出し、溶岩の大河となって岩山を呑み込み、それ以降はもはや何が起こったかわからなかった。

 視力を奪った閃光のみならず、空間を震わせ耳をつんざく轟音。止め処なく広がる異臭に、おれたちを吹っ飛ばす衝撃的な熱波。


 正直言おう。おれは腰を抜かした。だが、それはリリィも同じだ。

 しばらくの間、リリィは半分ほど熔解した魔導銃を両手で握りしめたまま、呆然とした表情で口を開けていた。

 そしておれはと言えば、腰を抜かして砂上にへたり込んだまま、ようやく取り戻した視力でその光景を眺めていた。


 ないのだ。どこにも。岩山が。

 夜を引き裂く赤い光を放つ、溶岩溜まりがあるだけで。


「……」

「……あわ、あわわわわ……っ」


 地形変わってんじゃねえかっ!! つか、そんな些細なことよりもだ!


「……あ……あぁ……! ああああぁぁぁぁっ! おれの……食いもんたち……がぁぁ……っ!!」

「わた、わたしの……お弁当……っ」


 消し飛んだ。水も、食料も。ナタクたち野盗団にもらった物資のすべてが。

 今より悪い状況にはならない? いやほんと、悪いを通り越して最悪だ!


「あ、あああああああああああああああああああああああああっ!!」

「はわ、はわあああああああああああああああああぁぁぁぁんっ!!」


 おれが奇声を発しながらリリィの肩をつかんでがくがくと前後に揺すると、リリィが凄まじい形相で泣き出した。

 こうしておれたちは肩を落とし、東の空へと旅立つのだった。


ドラ子の雑感


………………魔導銃、嫌い……。

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