第六十九話 空戦離脱
前回までのあらすじ!
また飢えた!
どうする!? どうするよ、これっ!?
焦げ付いた空の臭気。断続的に響き続ける砲撃音。空間を割って飛来する無数の砲弾。
『側方、一隻追加されました!』
「前方飛空挺の陰に入れ!」
リリィから届く念話にも、返すおれの声にも余裕はない。
銀竜シルバースノウリリィは大空で翼をたたみ、全身を斜めに傾けながら急降下してゆく。おれの全身を叩く風の壁が分厚く変化した。
風を受け流すために羽織を背後へと流し、痩せぎすの肉体を露わにする。
さすがに寒いだの暑いだのと言っている場合じゃねえ。
『後方初撃、被弾します!』
「糞!」
抜き身の菊一文字則宗で後方から飛来した砲弾を斬り上げて迎撃し、四方から飛来する砲弾をかいくぐるように屈み込む。
空――。
ルナイス山脈よりも遙か東。人がまだ手つかずの土地。すなわち辺境と呼ばれる森の上空にいた。
五隻のアラドニア軍用飛空挺に囲まれながら。
正直に言う。おれはやつらの網を甘く見ていた。情報の網も、アラドニアと呼ばれる軍事国家の持つ力の網もだ。
ちょび髭伯爵の対アリアーナ前線基地を襲撃してから三日。まさかたったの三日たらずで、空を高速で行くおれたちが捕捉されちまうとは。
『考えられる可能性としてはゲイル伯爵でしょうね。わたしがワイバーンではなく古竜だと知られたことで、行き先に予測を立てられたのだと思います』
「あンのちょび髭野郎ッ、頭まで切れやがる!」
孤立無援で軍事大国であるアラドニアと戦うおれたちが手っ取り早く空飛ぶ仲間を集めるとするならば、リリィが古竜種であることを利用しない手はない。つまり古竜信仰の国、竜騎国家セレスティを目指すということだ。
おれたちがセレスティのある東へ進路を取っていたことと、ちょび髭野郎にリリィの正体を知られたことで、行き先を把握されたということだ。
あとは周辺基地から軍用飛空挺を飛び立たせ、空路にて待ち伏せといったところか。
『く……っ!』
「今度会ったら微塵にしてやるッ!」
錐揉み状態で後方から迫る砲弾を躱し、前方上空に浮かぶ軍用飛空挺の船底に貼り付くため、リリィは翼で空をつかんで急上昇する。
「行け行け行け行け!」
『はいっ!』
本来なら貼り付き次第、斬撃疾ばしで沈めちまいてえところだが、そいつを一度使えば己の体力的に残る四隻には手が出せなくなっちまう。
それに、味方の船に向けて砲弾を撃つほどは、やつらも愚かではないはずだ。だとするなら敵の腹とも言うべき船底は、おれたちにとっての安全地帯ということになる。
もっとも、正直なところ同士討ちしてくれたほうが遙かにありがたいが。
当然そううまくいくはずもなく、当初の予測通り、砲撃は止んだ。
おれたちは同時に息を吐き、空気を貪るように吸った。
「リリィ、どうにか振り切れねえか?」
『難しいと思います。亜音速まで加速しようとしても、六隻分の砲弾が絶え間なく四方から放たれる現状では回避せざるを得ません。回避のたびに減速していては、いずれ捉まる可能性は非常に高いです』
う~む。む?
「…………おい、増えてねえかィ?」
『たった今、右手方向より一隻追加されました』
おれは額を押さえてうめく。
「……勘弁してくれ……」
『あと――』
銀竜シルバースノウリリィの空色一色の瞳が、貼り付いた真上の軍用飛空挺へと向けられた。
『徐々にですが高度を下げられています』
「燃料切れかね?」
『だとよいのですが、おそらくわたしたちを船底と森の大地で磨り潰す気ではないかと』
そういや、森の地面が徐々に迫ってきている。
そんなことをすれば軍用飛空挺のほうとてただでは済まないだろうが、おれたちはすでに数隻の飛空挺を沈めている。そうも言ってはいられないといったところか。
ま、爵位持ちの魔術師が乗っていねえだけ、まだましってもんさ。
おれはため息交じりに呟く。
「……レーゼがいりゃあなァ」
雷どっかんで数隻は沈めてくれそうなもんだが。
なにげなく呟いた言葉に、リリィが小さくうめいた。
『…………申し訳ありません……』
おれは銀竜の鱗に覆われた長い首を右手で撫でる。
「な~んで謝るんだよ。おまえさんだからここまでこられたんだ。ルナイス山脈で他のやつに拾われてたら、おれはもうとっくに草葉の陰だ」
リリィの足が森の大樹に引っかかり、体勢を崩しかけて立て直す。森で暮らす多くの鳥たちが一斉に飛び立った。
しゃあねえ。あんまり気は進まねえが。
「リリィ、軍用飛空挺の船底開閉口をこじ開けられるか?」
『開閉口を? 白兵戦をするつもりですか?』
「しゃあねえだろ。一〇〇人程度なら、まぁなんとかなんだろ」
『……六〇〇ですよ。六隻分ですから』
「三〇〇だ。三隻減らしたあとは、おまえさんの加速力に期待する」
『追加がこないといいですね』
「まったくだ……」
『わたしの尾へ移動してください』
おれは納刀しながらリリィの背を走り、揺れる尾へと両手両足でしがみつく。
だが、これは意外と骨だ。脚力はともかく、腕力に自信のないおれとしては今にも振り落とされそうで恐ろしい。
『……ッ……ひ! へ、変なところ触らないでくださいねっ!』
「莫迦っ、どこが変なところかわかんねえよっ!」
『ち、近いですっ! 極めて近いんですっ! すっごく!』
さっきから大樹の葉が何度も痩せぎすの身体に触れている。葉だからまだいいようなものの、この速度で枝がぶつかった日にゃあ吹っ飛ばされちまう。
「もおおおおっ、いいから早くしろィ!」
『あぁん、盟約を承りましたぁぁぁ!』
リリィが船底開閉口の隙間に、前足の爪を突き入れる。
その反動で高度が一気に下がり、おれの眼前に大樹の幹が迫った。
「~~ッ!?」
頼りの菊一文字則宗は納刀済み。
あ、だめだこれ。逝ってきまぁ~す。
『この――っ』
リリィが後ろ足で大樹の幹を蹴り飛ばす。
一瞬で木片と化した大樹の欠片を全身で感じた直後、軍用飛空挺の巨大な船底開閉口がリリィによって力尽くで引っ剥がされた。
『えいっ!』
銀竜シルバースノウリリィの上体が開閉口へとねじ込まれると同時に、光の粒子を飛散させる。
軍用飛空挺が森の木々でその船底を完全に擦りつけた頃、おれはうつ伏せに倒れ込んだ女性体リリィの臀部に顔を埋めてしがみついた状態で考えていた。
ああ。こりゃたしかに極めて近えや、と。
ドラ子の雑感
……お尻、すきなのかな……。




