第六十三話 飛空挺内中央部下層
前回までのあらすじ!
潜入がばれたぞ!
脳天に迫った橙色の弾丸を屈んで躱すと同時に抜刀する。
舌打ちをした。
二発目、炎をまとう弾丸を斬って払い、ブーツの中の足指で大地をつかむ。蹴ろうとした瞬間、冷気を感じてとっさに身をひねった。
ひゅっと風を切る音だけが、耳もとを通過する。
なん――だァ?
「氷弾です! 透明ですから気をつけて!」
「透明!?」
んなもん、こんな薄闇じゃあ迎撃のしようがねえ。
「一時撤退しましょう!」
言うや否や、リリィが壁に張り巡らされていた野太い管を片手でへし折った。瞬間、折れ曲がった管から蒸気が大量に噴出する。
視界が真っ白に包まれた。
「ぐ、くそ! あの女、冷却水の放熱パイプを――ッ!」
「かまわん、撃て撃て撃て! 絶対に逃がすなッ!」
立ち籠める蒸気に紛れ、おれたちは走り出す。
リリィは隣を走りながらも、古竜種の腕力で次々と管を折り曲げてゆく。
「よいしょ! えい!」
いくつかの魔術弾は金属の管にあたって弾かれるが、それでも依然として弾丸は横殴りの雨あられだ。
脇腹を擦るように通過した氷弾に、思わず変な声が漏れる。
「うひぃ! なぁ~んで偽物だってわかっちまったんだァ?」
「知りませんよ! ゲイルかルシアの知り合いでもいたんじゃないですか!」
頭を下げ、身を小さくしてしばらく走り続けると、魔術弾がようやく止んだ。どうやらリリィが出鱈目に折り曲げた管によって、やつらの足止めができたようだ。だが、やつらは大剣を背負っていた。壊す覚悟があるなら、そう長くは保つまい。
隠れるか? いや、袋の鼠だ。時間が経過するほど状況は悪くなる。
走る、走る、走る。
しばらく行くと、直進する通路と右に折れている通路があった。
「大型魔導機関の重量から考えれば、飛空挺の中央部下層に位置されていると思います。わたしたちは現在後部下層をさらに後方に向かって走っていますから、右に行くべきかと」
おれの返事を待つこともなく、リリィは直進通路の管を折り曲げ始めた。
「何してんだァ? んなことすりゃあ、おれたちが右に曲がったことがばれちまうだろ」
リリィは壁に足をついて、管を折り曲げ引き千切る。いかにも、進路を妨害しているかのように見せかけて。
「ご安心ください。ちゃんと右方向の管も通り過ぎた後に曲げます」
頭の切れる女だ。口調も変わっている。初めてこいつの背中に乗って軍用飛空挺を堕としたときのように。
ふだんはちょいと抜けている分、危急の際にこういった行動を迅速に取れるこいつには驚かされる。
分析力、状況判断力、見た目、どれをとっても一流だ。ちょいと性格が珍妙な方向にねじ曲がっちまってることを除けばだが。
「リリィ、もういい。行くぞ」
「はい」
背後から足音が近づいてきている。だが、立ち籠めた蒸気のおかげで、あちらさんはまだおれたちを捕捉できていないようだ。
おれたちは右方向の通路を走り出す。むろん、管をへし折りながらだ。
「よいしょー!」
なんか生き生きした表情をしてやがるな。壊すのが好きそうだ。
魔術兵どもが気の毒だね。
重要機関ではないとはいえ、ここまでぶっ壊されりゃ空飛ぶ船も水上を行くだけで精一杯だろう。もっとも、大型魔導機関をぶっ壊されりゃ、浮いてるだけの鉄屑に早変わりだが。
しばらく走ると、また通路が左右に分かれていた。
「右だなァ」
「行きましょう」
左は後部下層。そこに用はない。目指すは大型魔導機関のみ。
中央部下層を目指し、破壊を繰り返しながら走る。
「扉です!」
「はいよ」
鉄の扉を菊一文字則宗で斬って蹴り開けたおれたちの目の前には、薄闇に支配された広大な空間があった。
目を剥き、見上げる。
「……これか……っ」
「おそらく」
大名屋敷がすっぽりと入るほどの空間には、あまりにも巨大な、黒くそそり立つ不気味な絡繰りが、おれたちを威圧するように鎮座していたんだ。
「……こいつが大型魔導機関……でけえな……」
「……わたしも初めて見ましたが……なんだか重苦しいですね……」
軍用飛空挺の心の臓。今は沈黙しているけれど。
物見櫓程度の太さ長さではない。ちょっとした城だ。しかもすべて金属製ときたもんだ。
大型魔導機関からはいくつもの管が伸び、円形の持ち手のついた開閉装置らしきものや、おれにゃとんと理解できねえ計器類がびっしりと貼り付いている。
そこへと伸びる金属を網目状にした足場を走り、おれたちは大型魔導機関へと近づいてゆく。
「こんなもんを破壊するって、どうすりゃいいんだ。菊一文字則宗でちょいと撫でたところで、決定的に破壊できるとは思えねえ」
「斬撃疾ばしは使えませんか?」
「あれを撃つと脱力状態になっちまうからなァ。こっから無事に逃げることを考えりゃ、余力は残しておきてえ」
大型魔導機関の前で立ち止まり、おれは途方に暮れた。
「糞ったれ。レーゼみてえな神力がありゃあなァ」
あの雷を落とす技がありゃあ、こんなもん一瞬でぶっ壊せるのによ。
「わたしが竜化しましょうか? 女性体では表面破壊が精一杯ですが、銀竜体であれば短時間でも力尽くで抉るくらいのことはできると思います」
やりたくてたまらなそうな顔をしてやがる。
が――。
「……いや、そりゃ最終手段だねェ。おまえさん、今はアラドニアの連中にはワイバーンだと思われてるんだろ。わざわざ古竜種銀竜族だと報せちまうのは、危険を増やすだけだ」
銀竜の血液はエリクシルだ。権力者ってやつはいつの世も、不老や不死といったものに憧憬を抱く。金も飯も女も持ってるやつぁ、なまじ苦しみを知らねえから、無限に生きたいなどという莫迦げたことを願うのさ。
もっとも、エリクシルは治療薬であって不老不死の妙薬ではないがね。
「わたしのため、ですか?」
「そうだよ? だがそれ以上に、おれ自身のためでもある。おまえさんがいなきゃ、この不便極まりねえ身体は明日の朝日もろくすっぽ拝めたもんじゃあねえからな」
わざわざ不要な言葉を付け加えてやったというのに、リリィは幸せそうに微笑んだ。口角を少し上げ、瞳を細め、頬を少しだけ染めて。
「……えへへ……ありがとうございます……」
「なんだそりゃ。礼を言われるこっちゃねえなァ」
おれは指先で頬を掻いて、リリィから視線を背ける。
どうにも眩しくていけねえや……。
「ま、やれるだけやってみるかね」
おれは抜き身の菊一文字則宗を上段にかまえ、すぅっと息を吸って止めた。
両断はかなわずとも、いくらかは抉れるだろう。
だが、その瞬間だった。
リリィが長い銀髪を振って、凄まじい勢いで背後を振り返ったのは。
ドラ子の雑感
わかってないなぁ。
あなたが生きていることが、わたしの一番の望みなのに。




