第六十二話 飛空挺内後部下層
前回までのあらすじ!
人斬り侍は三歳児並みの忍耐力だった!
リリィを従え、堂々と軍用飛空挺のほうへと突っ切ってゆく。
数名、おれたちに視線を向けてくる巡回の兵士もいたが、結局のところ怪しんで話しかけてくるまでには至らなかった。
できもしない変装で潜入することには少々不安もあったが、これなら物陰をこそこそと移動するよりは遙かに楽で早い。
離発着場の入口にある詰め所の魔術兵に見様見真似の敬礼だけして、軍用飛空挺へと近づいてゆく。
「よくもまぁ、あんな簡単に通してくれるもんだ」
「堂々としてますからね。案外ばれないものです」
軍用飛空挺は、基地中央の整備された小型の湖のようなものに浮かべられていた。
なるほど。リリィがかつて言った通り、船底にごちゃごちゃした砲塔などがないわけだ。そんなもんがあったら、あっという間に浸水しちまう。
「ふ~む」
水か。水場がなければ離発着できないとするなら、無敵の軍用飛空挺にも色々と運用の穴が見えてくる。たとえば、自治領内の集落をぶっ壊してでも前線基地を造る必要性など。
つまり、アラドニア本国からアリアーナ神殿までの航続距離を、現時点では軍用飛空挺は往復できないということだ。
「タラップがくっついたままですね。簡単に入り込めそうです」
「たらっぷ? なんだそりゃ?」
聞き返すと、リリィがいつものように蔑んだ瞳をおれに向けた。
いや~、慣れたわ。この生塵を見るかのような視線。散々向けられてきたせいで、もう痛くもかゆくもねえ。
おれが平然としていたためか、リリィがおもしろくなさそうに舌打ちをした。
なんだよ……。舌打ちとかするなよぅ……。
「ほら、船の入口って地面よりずっと上のほうにあるじゃないですか。人が乗り込むための足場です」
「ああ、舷梯のことかい」
おぼえておこう。もはやおれの世界は日本じゃあない。レアルガルドに慣れていかねばならないのだから。
おれたちは階段状になっているタラップを上がり、ぴったりと吸い付くように閉ざされたままの開閉口の前に立つ。
「どうやって開けんだ、これ?」
「う~ん……。魔素認証か、それとも鍵があるのかしら……」
リリィが鉄でできた開閉口に手をついて、色々探っている。
「だめですね。力尽くで開けましょうか? 鉄板くらいでしたらこじ開けられますが」
本気で言っているらしいところが恐ろしい。鉄だぞ、鉄。鉄でできてんだ。古竜種にとっては人類の叡智など、児戯にも等しい小細工なのだろう。
だが、力尽くでこじ開けるとなると、大きな音を響かせてしまうことになる。そいつはさすがにいただけない。
「いや、斬ろう」
おれは菊一文字則宗を抜刀すると、細い刀身を開閉口の隙間上方へと差し込んだ。そのまま静かに、けれども素早く刃を足もとまで下ろす。
途中、かちんという小さな手応えを感じた後、ぷしゅぅと空気の抜けるような音がした。
「これで開くといいが。やってみてくれ」
「はい」
リリィが片手で開閉口をつかみ、横にずらす。
「開きました。さすがですね。立派な小悪党になれそうです」
「ひっひ、生業にできそうだなァ」
リリィが不満そうに呟いた。
「……皮肉が通じない……」
「……通じてるよ莫迦野郎……」
抜き身の刀を肩に担ぎ、おれは一歩踏み込む。魔法の明かりだろうか。通路には夜の闇ではなく、黄昏時のような薄明かりが灯っていた。
しんとしていて、空気は冷え込んでいる。
リリィがあとに続き、後ろ手に開閉口を閉めた。といっても、錠前部分をぶっ壊したせいで、ちょいと力を込めればすぐに横にずれるようにはなっちまったが。ま、見かけが無事ならそうそう発覚しやしねえだろう。
なんにせよ、曲がりなりにもアラドニア兵どもの視線から逃れることができたおれたちは、ようやっと安堵の息をついた。
「さて、大型魔導機関はどこかねェ」
左右を見回しても、通路が長すぎて想像もつかねえ。それに、鉄製の扉も無数にある。一つ一つ開けて調べてると、さすがに朝を迎えちまいそうだ。
「重量から推測するに、おそらく下のほうにあると思いますよ。上のほうが重いと、飛行時にバランスが取れなくなりますから」
「んじゃ、階段を探すかね」
歩き出すと、二人分の足音が廊下に響いた。
それにしても。
おれは左右を見回しながら歩く。
「すげえなァ。名もなき国やリザードマン族の集落からは考えらんねえ。まるで未来、別世界のもんだな、こりゃあ。人間にこんなもんが造れる日がくるたぁ、思いもしなかったぜ」
こんな羽根もねえ巨大な鉄の塊が空を飛び、大砲をばかすか撃ってきやがる。それも馬や竜とは違って、操縦者の思いのままに動かせるときたもんだ。
「最新鋭の魔導技術ですからね。わたしもあまり詳しくはありませんが、……と、そこから降りられそうです」
発見した階段を下ると、今度は大蛇のような鉄の管や、異国の数字が書かれた計器類などが無数に張り巡らされている通路があった。
壁中が絡繰りの塊だ。薄気味悪ささえ感じる。
「うぇぇ、なんだこりゃ……」
「大型魔導機関から伸びる燃料パイプや冷却水の――」
「ああ、いいやいいや。絶対理解できねえ自信がある。そんなことよりよ、ここらへんのもんを適当にぶっ壊せば魔導機関は停止させられるのかィ?」
リリィが難しい顔をした。
「おそらく中枢を叩かなければ、すぐに修復されてしまうかと。中枢はここよりずっと複雑な構造になっているので、よほどの専門家でもない限りは手を出せません」
コア、ね。なんのこっちゃわかんねえが、訊くまでもなく重要な部分なのだろう。
おれは頭を掻き毟り、ため息をつく。
「どうにも面倒だねえ。後のことを考えなきゃ、基地ごと斬撃疾ばしで吹っ飛ばしてやりてえところだ」
そのときだ。薄闇の中から叩きつけるような殺気と、鋭い声をかけられたのは。
「――貴様ら何者だ! 夜間は一般兵の飛空挺への立ち入りは禁止されている! 所属を述べろ!」
おれとリリィの視線が同時に後方へと向けられる。
そこにはすでに魔導銃をかまえた魔術兵らの姿があった。数は七名。
舌打ちをする。あまりの光景に気配を読み忘れちまっていた。
正直なところ、ここではあまり殺り合いたくはない。
狭いんだ。斬り合いならば問題ない。魔導銃の弾丸を一つ二つ斬る分にも困らないが、それ以上となれば避けるための場がほとんどない。
「あ、ああ? しょ、所属ぅ……? ――おい、所属だってよ」
小声でリリィに囁くと、リリィが目を閉じてしかめっ面をした。
「……知りませんよ、アラドニア軍の構成なんて……」
「だよなァ……」
七人同時に撃たれてみろ。さすがにおれだって、刀一振じゃ到底捌けたもんじゃあない。ましてやリリィを守るとなればなおさらのことだ。
守る必要性があるかどうかはさておき。
せめてやつらとの距離が、もうちぃと近けりゃなァ……。しょうがねえ……演技でもしてみるかね……。
おれは無抵抗を示すため、ゆっくりと両手を広げて口を開けた。
「おいおい、誰に向かって口を利いてやがる! てめえらこそ所属を言いやがれ! おれたちゃ本国から視察にきた伯爵のゲイルと魔女ルシアだ! 予定では明日の到着のはずだったが、ちょいと手違いで――」
その直後のことだ。
先頭の魔術兵が持っていた魔導銃が、情け容赦なく火を噴いたのは。
ドラ子の雑感
わたしの口撃にオキタが悶えてくれなくなりました……。
純粋だった頃のオキタを返してください……。




