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第六十一話 潜入成功

前回までのあらすじ!


ドラゴン嬢のセクハラ攻撃を人斬り侍が華麗に躱したぞ!

 詰め所横、網状の塀の途切れた、入口らしき場に差し掛かる。

 当然のように黙って通り過ぎるつもりだったが、赤ら顔の男が詰め所の窓から声をかけてきた。


「音、なんだったぁ~?」


 酒臭い息だった。

 数歩は離れているのに、ぷんぷん臭いやがる。ほんっとに、アラドニアにはぼんくら兵しかいねえらしい。


「……さっきの音のことかい? ただの落石だねェ。やたらと尻のでけえ岩が転がってたよ」

「……」


 おれは顔を背けたままこたえ、そのまま入口を通りすぎようとすると、赤ら顔の男が再び口を開けた。


「あれ~? あんた誰だっけ?」


 内心で舌打ちをする。

 酔うなら酔うで、昏睡するまで飲んでろって話だ、糞ったれめ。さくっと斬り刻んでやりたいところだが、潜入はまだ序盤も序盤。忍耐が必要だ。

 仕方なく振り向いて、おれはにこやかな笑顔で言ってやった。


「おいおい、飲み過ぎんなよ。任務中でしょうが」

「あ~、へへ……。………………ん~?」


 赤ら顔が頭髪の薄くなった前髪をがりがりと掻き毟る。


「んぁ~……。さっきそんなん持ってたっけ?」


 視線の先は、おれの腰。つまりは菊一文字則宗だ。

 拙いな。


「ああ。どうにもでっけえ剣ってのァ、性に合わなくてなァ。魔導銃もろくすっぽあたりゃしねえし、おれにゃこれっくらいの武器が合うんだ」

「そんな細っこい剣じゃあ、刃同士かち合ったらす~ぐに折られるぞ~?」


 なんだとこのぼんくら野郎。

 てめえの目玉は石ころか呆け。おれの菊一文字則宗は銘刀中の銘刀だ。力と重さで叩き潰してるような、てめえらの不細工な丸太と一緒にすんじゃねえよ。こちとら技と速さで華麗に斬るもんだ。


 もちろん口に出してなど言わない。おれはそこまで餓鬼じゃあない。大人の余裕というやつだ。

 赤ら顔がにやつきながらおれを指さす。


「娘っこみてえな細え腕してるから、そんな棒きれみたいなもんしか持てないんだ。もっと肉を食えよ、肉をさあ」


 うるせえ糞莫迦野郎。

 食えるもんならたらふく食ったるわ、だぼが。こちとら昨夜食ったら三日食えねえような旅生活を続けてんだ。たらふく飯かっ喰らって、酔うまで酒飲んでるような輩に言われたかねえわ。


「そんなだから背も伸びないんだぜ、おまえは。まるで子供じゃないか」


 殺すぞてめえ。

 それは人種の差ってやつだ。おれが小せえわけじゃねえ。もっとよく見ろこら。肌の色も髪の色も瞳の色も、レアルガルドじゃとんと見かけねえ色してんだろうがよ。


「なんだよ。言い返してもこないのか。気まで小さいんだな、おまえ。剣なんて持つのやめて、魔導銃だけにしとけよ。じゃないと怪我するぜ、()()()()()?」


 ふぎぎ……ッ! くきぃぃ……!

 落ち着け。ただの酔っ払いの戯言だ。

 深呼吸。深呼吸だ。

 苛つくが、おれも一端(いっぱし)の大人。まだまだ未熟なリリィに背中を見せる必要もある。ここは大海より広い心でグッと堪えて我慢ってぇやつよ。


 よし、落ち着いた。

 一息ついて、おれは晴れやかな気分で男を見上げる。


「はぁぁぁ~ン!? 試してみるかこの野郎? なますにすんぞこの糞呆けがァ!」


 無理だ。

 気づけばおれは、目ン玉ひん剥いて赤ら顔に顔を近づけていた。

 後頭部に軽い手刀が振り下ろされる。


「痛っ、ンだよ!?」

「……」


 空色の瞳に睨まれて、おれは表情をねじ曲げた。


「わかってるよッ」


 赤ら顔に向き直り、吐き捨てる。


「用向きがそんだけならもう行くぜ、この酔っ払いが」

「はっは~、お疲れさん」


 赤ら顔がにやにやしながら、おれに砕けた敬礼をした。おれは顎をしゃくり、唾を吐き捨ててこたえてやる。


 顔はおぼえたからな。あとで三枚に卸してやる。

 あからさまに舌打ちをして、おれはリリィを従えながら歩き出す。

 が、赤ら顔が再び口を開けた。


「……ん? ちょっと待て。あんた、……女か……?」


 声色に不審の色が浮かぶ。

 リリィが顔をしかめた。


「そうですが、何か?」


 おれは菊一文字則宗の柄へと静かに右手を重ねる。

 アラドニア兵に女はいない。少なくとも、おれはまだ女のアラドニア兵に遭遇したことがない。

 わかっていたからリリィの銀髪を上衣の背中に押し込んだが、やはりあのでっけえ胸は隠せなかったか。


「……魔女……様?」

「はぁ、まあ。魔女と呼べなくもありません。あなたたちのように魔導機関(エンジン)に頼らずとも、多少は使えますので」


 詰め所の窓から覗く人数に二桁はない。

 仕方ねえ、後々、ちょいと厳しくなるが。

 殺るか――。

 鞘に添えた左手親指で鍔を弾き上げようとした瞬間、赤ら顔が突然窓から這い出してきて地べたを転がり、地面に額を擦りつけた。


「す、す、すみませ――や、やや、申し訳ありませんでした!」


 呆気に取られ、おれとリリィが顔を見合わせる。


「ゲイル伯爵と魔女ルシア様とはつゆ知らず、とんだ口利きを――! ど、どうか、どうかこのことは本国への報告書には……ッ」


 よくわからんが、どうやらおれを誰かお偉いさんと勘違いしているらしい。そしてそのお偉いさんとやらは魔女を連れているようだ。

 黙って見下ろすおれに、赤ら顔――いや、酔いのすっかり抜けた蒼白顔は、訊いてもいない情報をべらべらと語ってくれた。


「し、しかし、お二方のご到着は明日と聞き及んでおりましたが……」

「てめえらが酒飲んで酔っ払って遊んでねえかをたしかめるために、本国から抜き打ちで来たんだよ、この莫迦野郎が!」


 よくわからんが、話に乗ってみた。


「ひ――っ、も、申し訳ありません!」


 効果は覿面(てきめん)のようだ。

 だが、あまり騒いで詰め所奥のやつらまで引き寄せるわけにはいかない。そのゲイル伯爵とやらがどんな人物かは知らんが、そいつの顔を知っている兵士がいたらすぐに偽物であることがわかってしまう。

 小便ちびるまで脅してやりたかったが。


「……ま、いいや。今回のこたぁ忘れてやる。通させてもらうぜ」

「あ、で、では、落石の様子を見に行った二人組は……?」


 蒼白顔が面を上げて尋ねてきた。

 今頃は鳥獣の餌か虫の餌になっているだろう、が。


「とっくに戻ってんだろ。べろんべろんに酔っ払ってるから、ンなこともわかんなくなんだろうがよ。奥のやつらにも伝えとけ。程々にしとけってな」


 平伏。どうやら土下座ってのは万国共通らしい。

 おれは蒼白顔を置き去りにして後ろ手を振り、軍用飛空挺のほうへと足を踏み出す。


「――じゃねえと、とんだ悪党がどこから潜入してくるか、わかったもんじゃあないぜ」


 悪辣なる半笑いを浮かべながら。

 潜入は成功だ。



ドラ子の雑感


オキタは短気だなぁ~。

ここは年上のわたしがしっかりしなくちゃ!


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