第五十七話 正気と狂気の狭間
前回までのあらすじ!
とりあえずの目的を魔導大国アラドニアの国崩しに決定!
そうと決まれば空飛ぶ仲間集めだ!
汚えボロ布や獣の皮をまとったやつらだった。
手には錆びた斧や剣、ひどいやつになると石斧なんてもんを持ってるやつもいる。年齢はばらばらだが、概ね青年以上の男どもだ。
およそ二十名といったところか。
そいつらはおれたちを取り囲むなり居丈高に言い放った。
「命が惜しくば金と武器を置いていけ」
だからおれは菊一文字則宗を抜き放つなり言い返してやった。
「うるせえ! てめえらこそ命が惜しくばなんか食わせてくださいお願いします!」
「オキタァ~……」
リリィがおれに同情の視線を向けてきた。
やめろい。そんな目で見るない。こちとら人間だぞ。古竜種と違って魔素を栄養素に変質させるなんて器用な真似はできねえんだ。
事の始まりは、天秤の神アリアーナ神殿の聖女レーゼと別れた日から五日目。
西へ西へと飛んできた空路を、東方にある竜騎国家セレスティを目指してまんま東に引き返すと、いくつかの国の上空を飛ぶことになってしまう。
アラドニアが、飛空挺墜としの犯人であるおれたちの居場所を知ってリザードマン族の集落を訪れたとするのなら、情報源は間違いなく上空を越えてきたどこぞの国だ。
だとするならば、東へ戻るにしても、同じ空路を使えば再び足がつく恐れがある。
だからおれたちは、アリアーナ神殿領に近いやや南方を経由して東に進路を取ったのだが、これが仇となっちまった。
海はもちろん、湖や森さえねえのさ。ほとんどが砂漠。
つまり、食い物がなかった。
結果として五日目、おれは空腹のあまり足の五指に力が入らず、銀竜シルバースノウリリィの背中から落っこちた。
空に投げ出されて舞う褌のようにひらひらと風に煽られ、再び三途の渡河に挑んだおれは、例によって新撰組と思しきやつらに石をぶつけられて河原で立ち往生しているうちに、旋回してきたリリィに地面すれすれで拾われて救われたわけだ。
そして、もはや背中に乗るのは危険と判断したリリィは、女性体となっておれを背負いながら砂漠を歩き続けてきてくれた。
ちょいと胸を揉みしだいたら投げ飛ばされたが、それはまあ大した話でもない。
恥だ。ここがレアルガルドでなければ切腹も辞さないほどの恥だ。だが迷いの森でもすでに掻いた恥。今さらどうこう言えるわけもなく。
武士は食わねど高楊枝? 違うね。持論や経験では、腹が減っては戦ができぬ、のほうが遙かに正しい。
ところが半刻もしねえうちにこの有様よ。
どうせ野盗山賊の類だろうし、最悪ぶった斬ってやりゃあいい。とにかくこいつらのねぐらさえわかりゃあ食い物は手に入る。幸い、一戦ならやってやれねえこともない。
そんなことを考えていると、心を読んだようにリリィがぼやいた。
「これではどちらが野盗なのだか……」
聞こえなかったふりをした。
ところがどっこいだ。
意外なことに、野盗どもはのんきに互いの顔なんざ見合わせて相談なんぞを始めちまった。どうする、どうする、とか言いながら。
おいおい。本気で助けてくれる気かよ。世の中にゃ、情の深え野盗団もいたもんだ。
ちょいと急かしてやるかね。
「おい、さっさとしろィ。死合うなら死合う。与えるなら与えるで、とっとと決めろ。……わかってんのかァ? じゃねえと今この場でおれが飢え死にする、な~んてこともあり得るんだぜェ?」
「オキ……タ……?」
リリィが空色の瞳を見開いて、ものすごい顔でおれを見ていた。
あれ? おれ、言ってることだいぶおかしい……?
野盗どもが一斉に首を傾げている。どいつもこいつもリリィと同じような目でおれを見ていた。
「? ……?」
「――?」
薄汚え格好の男が、恐る恐るといった具合におれに尋ねてきた。
「なんか……よくわからんが、おまえは腹が減っているのか?」
「ああっ!? 減ってるなんてもんじゃねえだろ! てめえの目玉は石ころか馬糞か! これ見てみろィ!」
おれは横向きになって、差し迫る腹と背中を見せる。黑竜病と極度の空腹で、我がことながら痩せ衰えた身体に驚く。
「腹の皮と背中の皮がくっつきそうになってんだろうが! すぐに助けろィ!」
「お、おお……」
しばらくの後、おれはリリィに背負われたまま武装した野盗どもに囲まれ、やつらのねぐらと思しき洞穴へと連れて行かれていた。
そこは――。
おれたちは目を見開く。
そこには、ボロをまとった多くの女と、小さな子供らがいた。
リリィがおれに念話を飛ばす。
『女子供をさらってきたのでしょうか』
「……」
おれは周囲にいる野盗どもを警戒して声には出さず、首を左右に振った。
たぶん違う。多すぎる。野盗の数は二十名ほどだが、女は五十名を超えている。人質にしてもこれじゃあ手に負えねえ。それに、性の捌け口に使うにしては子供はおろか老婆までいやがるときたもんだ。
人身売買も疑ったが、彼女らはもちろん子供らも繋がれているわけじゃあない。砂漠とはいえ、逃げようと思えば逃げられないはずもない。
さらに言えば。
「おかえりなさい!」
小さな子供。おれたちを連行してきた野盗の男に抱きついて。
あんな笑顔、他人に見せるかねェ。
野盗を生業として成り立ってきた一族かとも思ったが、それにしても男の人数の少なさが気になるし、それに先ほどの様子を思い起こす限りは戦闘慣れもしていなさそうだ。
わけあり……か……。
ドラ子の雑感
あぁん、オキタの正気が日に日に失われていくぅ~……。




