第五十八話 野盗業
前回までのあらすじ!
人斬り侍、空腹に負けて人格崩壊でござる!
はち切れんばかりに食い物をたらふく腹に詰め込んだあと、おれは己の言動を振り返り、ひげ面の野盗に土下座していた。
「すまねェ~……」
背中に突き刺さるリリィの視線がやけに痛え。
引き替え、ひげ面はおれの前に胡座をかいて苦笑いの様相だ。
「いいっていいって。頭ぁ上げなよ」
「あ、ああ。ああ、そうだ。リリィ、銀貨を支払ってくれ」
「……もうお支払いしましたが?」
リリィが眉根を寄せて上からおれを睨めつける。
やめて、その目。おれはまだ生塵じゃねえから。生塵になりそうだったところを助けてもらえたおかげで、まだ人間やってるから。
「おお、さすがリリィだ。気が利くねェ」
「……」
ぎりぃとリリィが奥歯を鳴らす。
粘つく嫌な汗を額に滲ませ、おれはひげ面に向き直る。
「あ~、おれはオキタってんだ。さっきは醜態をさらしちまったが、助けてくれて感謝する。ああ、えっと……」
「ナタクだ」
「ありがとよ、ナタク」
ナタクは長いあごひげをしごいて、人懐っこい笑みを浮かべた。
野盗にしてはずいぶんと人相がいい。いや、好すぎる。
おれはこの目を知っている。この目をしているやつら自身は、この目の価値を知らない。だが、おれは知っているんだ。
人を殺したことのないやつの目――。
皮肉なことに、人殺しをしたことのないやつは、てめえ自身がどれほど澄んだ瞳をしていようともそのことに気づくことはない。
だが、それも失えば気づく。
つまり一度でも誰かを殺してしまえばわかるようになる。言わんや、おれのように何百と斬ってきた人間からすれば、一目瞭然。
ナタクは人を殺したことがない。
そいつはナタクに限ったことじゃあない。周りの連中だってそうだ。みんな洞窟内を駆け回って遊ぶ餓鬼どもと変わらない目をしている。
だからおれのような日陰者にとって、ここはひどく眩しい。
「ナタク、どうしておれを助けた? おまえさん、野盗なんだろ?」
「あ~……。がっかりさせるようだが、あんたらを脅して金品を置いてってくれるなら、それはありがたくもらうつもりだったぞ。だから遠慮は必要ない。銀貨もそっちの綺麗なおねえちゃんから、いくらかはちゃんともらったしな」
ナタクが視線を向けると、リリィがぺこりと頭を下げた。
今の言葉が原因なのか、幾分斜めっていた機嫌が回復したようだ。
「なんだそりゃ。ふつう野盗ってのは、問答無用で殺して奪うもんじゃねえのかい」
それとも、日本の野盗とレアルガルド大陸の野盗では定義が違っているのか?
ナタクが困ったような顔をした。
「まあ、そうなんだが。なんだかなあ。誰かを殺して手にした金で、ガキどもを育てるってのも抵抗があるんだよな。いや、もちろん脅し取った金だって綺麗な金じゃあないんだが」
おれはざんばら髪を掻き毟る。
どうにも煮え切らねえ。
「おまえさんもしかして、野盗にはなったばっかりかィ?」
「わかるのか。あんた、大したもんだなあ。一年ほど前からだ」
なんてのんきな野盗だ。こいつの発言にはいちいちほんわかさせられる。
「なぜ野盗になんざ身を堕としたのか、訊いてもいいかい?」
「ああ。アラドニア兵に集落を乗っ取られちまったからだ。なんでもアリアーナ神権国と事をかまえる際の前線基地にするとかで、飛空挺の離発着場を……ん? どうかしたか?」
おれは大きなため息をつき、リリィは額を押さえてうつむいた。
やつらは行く先々に現れやがる。いや、やつらのいるところに向かっているのはおれたちか。
「……いくつか尋ねてもいいかィ?」
「いいぞ」
「この野盗団に男が少ねえのは、アラドニアに抵抗したからかい?」
「…………それもある。半分ほどは慣れない野盗業で命を落とした。俺たちはもともと農耕民族だったからなあ。鍬を剣に持ち替えて、うまくいくわけがない。せめて狩猟民族だったなら、もう少しはうまく野盗もできたかもしれないが。う~む、悩ましい……」
ナタクの野郎、どこまでおれを和ませるつもりだ。
リリィが顔をしかめて口を挟んだ。
「それも、もとを正せばアラドニアに住処を追われたからですね」
「まあ、そうなんだが」
逃げたのはいい判断だ。戦えねえなら遁走は正しい――が。
「なんで野盗なんざ選んだんだ」
「あんた、砂漠で植物が育つとでも思ってるのか?」
「……ごもっとも。だが、おれが言うのもなんだが、おまえさんたち、野盗になんざ向いてないぜ。これ以上犠牲を出したくなきゃ、砂漠を越えてアリアーナの国家領に逃げたほうがいい」
ナタクが腕組みをして小さくうなった。
おれとリリィで前線基地と化した集落を奪還するのは可能だ。だが、そこに留まることはできない。
現状、おれたちがアラドニアに対して先手を打てているのは、守るべき地を持たず自由気ままに高速移動ができているからだ。神出鬼没の利を捨てるとなると、剛力同士のぶつかり合いでは勝ち目などない。
奪還後、集落に留まれば軍用飛空挺は絶え間なく襲いかかってくるだろう。そうなればとてもではないが、防衛などできるはずもない。
「アリアーナ領に渡ることは、俺たちも考えた。だが、この人数だ。蓄えだけでは砂漠越えとて難しい。かといって北に移動しても、アラドニア領じゃ同じことが何回も繰り返される」
そうか。おれはリリィの背中に乗っているから距離感が狂っているんだ。たしかにこの砂漠越えは、適切な準備がなければ老婆や幼児には酷だ。
「それにうまくアリアーナ領に渡れても、農地を耕す道具もなけりゃ種も苗もない。これじゃあ新天地でも生きてはいけんよ」
準備か。砂漠越えの準備に、農地を耕す道具。
おれはリリィに視線を向けて考える。
前線基地と化した集落には当然あるものだ。
だが、ここまでうまくアラドニアをまいて飛んできたというのに、ここに来てやつらにおれたちのいる位置と向かう先をばらしてしまうのは、少々いただけない。
迷っているおれに、リリィがあきれたような念話を送ってきた。
『時間の無駄です。どうせ悪人は全員斬るのでしょう?』
あいかわらずだ。
おれの心を読んでいるかのような的確な意見に、おれは苦笑いを浮かべた。
ま、いいか。野となれ山となれ。なんとかなるさ。
「ナタク。ちょいと提案があるんだが、おまえさんたち、最初で最後の本気の野盗業ってやつをしてみねえかい?」
ドラ子の雑感
ナタク×オキタ……!
どっちがどっちなの!?




