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第五十五話 世界の天秤

前回までのあらすじ!


この中に一人痴女がいる!

 おれは惑うことなく、白刃を放った。


 斬撃疾ばしで消耗した分の体力は、長い会話の間にある程度まで回復した。

 レーゼがどれほどの腕を持つ存在かは知らねえが、この距離、この間合いでなら、おれの踏み込みからの一閃を防げる人間は、そう多くない。

 驚愕し、目を剥いた頃には、すでに手遅れだ。


 菊一文字則宗の刃が、レーゼの細い頸へと迫る。


 稀にではあるが、達人級ともなればなんの動揺も見せず、受け止め切ってしまう輩もいる。新撰組には特に多かった。さらに極稀には、己の命を捨てて斬撃を返してくる輩もいる。これは散々斬ってきた人斬りや辻斬りに多い、もっとも厄介なやつらだ。


 レーゼ、おまえはどれだ?

 驚いてくたばるだけの弱者か。見事おれの太刀を止める達人か。それとも、死をも厭わぬ殺人者か――!


「~~ッ!?」


 リリィが息を呑む。

 が――。

 レーゼはおれの想定するそのどれとも違っていた。

 微笑みを崩さぬままに視線を菊一文字則宗の刃へと向け、それでいて一切身を固くすることなく、さりとて剣を抜くこともなかったのだ。


 ッか野郎――!

 おれは己の腕をすんでのところで押しとどめる。

 びゅうと風が吹いた。

 菊一文字則宗の刃は、レーゼの頸の皮一枚のみを斬り裂き、そこで止まっていた。

 レーゼは微笑んだまま、おれに尋ねてきた。


「なぜ、止めたの?」


 おれはその面を見て吐き捨てる。


「仏かよっ」

「ホトケ……とは……?」

「日本で信じられてる、まあ、本来はちょいと違うがレアルガルドふうに言やぁ、慈悲の神さんみたいなもんだ」


 毒気を抜かれ、おれは菊一文字則宗を再び鞘へと納めた。

 レアルガルドに来て命を取り留め、誓ったことはただ一つ。悪人以外は斬らねえ。つまり、今のところおれにレーゼを斬ることはできない。彼女のほうから牙を剥いてこない限りは。

 レーゼが質問を重ねてきた。


「オキタの信じる神の名前でしょうか」

「おれぁ、神も仏も信じちゃいねえよ」


 そんなもんがいるなら、おれはとっくに罰せられて地獄行きだ。それがこうして無様にまだ生き延びてられるあたり、そんなもんは存在していないか、さぞや人間なんぞに興味のないやつらなんだろう。


「そこらへんで信用のおけるやつってのはぁ、この後ろで控えてる銀竜くらいのもんさ。で、どうするね、聖女のレーゼさんよ」

「どう、とは?」


 レーゼが不思議そうに首を傾げた。


「とぼけんな。アリアーナの啓示が下ったんだろ。おれを殺せっていうな」

「なぜそう思うの?」

「おまえさんがアラドニアの軍用飛空挺を沈めたからだ」


 レーゼはしばらくおれを見つめ、首を左右に振った。


「天秤の神アリアーナは世界の均衡を保つ役割を担っているわ」

「あん?」

「つまり、わたくしはこう考えたのです。アリアーナ様の啓示がもしもアラドニアの軍用飛空挺の進化を示されていたのだとしたなら、アラドニアは今後恐るべき早さでレアルガルド大陸を席捲することになるでしょう」

「ただでさえここ数十年で勢力を急速に伸ばし始めてきたのに、さらなる力をつかむ恐れがあったから沈めた、でしょうか」


 リリィの言葉に、レーゼがうなずいた。


「ええ。そしてそれは、世界の均衡の崩壊を意味しているわ。アリアーナ様は力による世界の統一を望まれてはいないの。ゆえにわたくしは軍用飛空挺を沈めたのです。アラドニアに対する警告の意味で」


 なるほど。アリアーナの役割は、罪の重さを天秤にかけて天国行きと地獄行きに分ける閻魔のようなものだと思っていたが、どうやら勢力同士の均衡を保つ天秤でもあるということらしい。

 リリィが興味深げな表情で尋ねる。


「アリアーナにとっても、アラドニアは厄介な存在だったのですか?」

「もともとアリアーナ神殿の立ち位置としては、これ以上アラドニアが勢力を伸ばすようなら、武力で以て阻止する方向で動いていたのよ。神殿国家の領地とアラドニア領も、すでにそれほど距離があるわけではないのだから」

「ところがもう一人、軍用飛空挺を沈めやがった侍が同じ場に存在した、かい?」

「ええ。アリアーナ様の啓示が何を意味していたか、恥ずかしながらわたくしは読み違えていたようね。まさかレアルガルド大陸を揺るがすほどの大いなる力が、たった一人の人間とたった一体の銀竜を指し示していただなんて」


 おれはこれ見よがしに顔を歪めた。

 おいおい。おれが何をしたってんだ。おれたちは神さんにも睨まれてんのかィ。冗談じゃねえや。買いかぶりにもほどがある。こちとら小さな島国一つ、ろくすっぽ救えなかった侍だってのによ。


「おれたちのことと決まったわけでもあるまいよ」

「それは……そうなのだけれど」

「で、さっきの質問に戻るが、どうするんだい? ――死合うかい?」


 リリィの緊張が微かに伝わってくる。だが、問題はないはずだ。

 レーゼが如何に雷を操ろうとも、先ほど彼女自身にも示した通り、この距離この間合いでおれがレーゼに敗れることはない。もっとも、先ほどはあきらかにレーゼのほうに殺る気が見られなかったから、必ずしもそうだとは思っちゃいないが。

 剥き出しの力を持つギーや、驚くべき技術を秘めていたライラとも少し違う。

 レーゼは力の底を覗くことさえさせてくれない。


「安心して、オキタ。今のところその気はないわよ」

「今のところ……ねェ。安心できねえなァ」


 微笑みですべてに蓋をして。

 長い黒髪を指先で耳にかけ、レーゼはおれに背中を向けた。


「わたくしが読み違えたように、啓示は一つだけれど解釈はいくつもできるの。わたくしの解釈では、オキタ、それにシルバースノウリリィ、あなたたちは力を手にしても(いたずら)に世界の均衡を破壊するようには見えなかったわ。……神殿がそう解釈するとは限らないけれど」


 黙って去りゆく背中に、リリィが問いを投げかける。


「聖女の判断が神殿の判断ではないのですか?」

「残念ながら。だから、敵対することがないとも限らない。そのことだけはおぼえておいて」


 羽馬に跨がり、レーゼが再びこちらに視線を向けた。

 まわりくどいのは嫌いだ。敵味方ははっきりさせておいたほうがいい。寝首を掻かれなくて済む。

 だからおれは宣言する。


「レーゼ。おれたちの大きな目的はアラドニアと黑竜“世界喰い”の両方を斬ることだ」


 今度は本気で驚いたように、レーゼが微笑みを消して目を見開いた。


「教えろ。アリアーナ神殿にとって、それは天秤を狂わせる行為か?」

「……わからない。啓示が下り、神殿が解釈をするまでは……」


 歯切れが悪くなったな。これまでは淀みなく話していたのに。


「そうかィ。こちとら片方で必死なんだ。アリアーナ神殿まで敵に回らないでいてくれると助かるんだがねェ」


 おれが肩をすくめて見せると、レーゼが口もとに手をあてて笑った。

 仮面の微笑みではなく、大人の女の持つ甘やかな仕草だ。


「ええ。頑張ってみるわ」


 そうして手綱を振り、レーゼはいつの間にか晴れ渡っていた空へと飛び立った。



ドラ子の雑感


いけない……!

無理にでも会話に交ざらないとこの二人の世界ができてしまう……!

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