第五十一話 いつも空腹
前回までのあらすじ!
死は一人と一体を別てない。
リザードマン族の集落から程近く。
さりとて集落には戻らず、山の森に身を潜めておれは空を見上げる。
あれから二日。そろそろ来るはずだ。悪人をたんまりと乗せた筺。
アラドニアの軍用飛空挺が。リザードマン族の集落を焼き払うために。
「焼けましたよ~」
「ん、ああ」
リリィが巨大な骨付き肉を一本、おれに差し出してきた。おれはそいつを受け取り、息を吹きかけて冷ましながら囓り取る。
ちなみにリザードマン族は、二日前にギー・ガディアが宣言した通り、あっという間に支度を調えて翌日にはもう集落を捨てたようだ。東の方角を見つめていたリリィの空色の瞳には、その様子が映っていたらしい。
「はふ……ふ……だぁっ熱っ……!」
「んぐ、ん。おひふひへふははひ」
「落ち着いてるよ。おまえさんこそ、口にものを入れてもごもご言ってんじゃあないよ。行儀が悪ィぞ」
「は~ひ、ひをふへはふ」
「おう。気をつけろィって言ったそばから、おめえ……」
空を支配する種族ってのは目がいい。おれにゃ、ここから東の岩山を眺めたところで、リザードマン族の姿はおろか集落でさえかろうじて見える程度だ。
ギーにはちと不義理な真似をした。
だがあの夜、万に一つの可能性でも酒を酌み交わしている最中に軍用飛空挺が来たらと思えばこそだ。
「来ませんねえ」
「んだなあ」
まあ、二日経った今も軍用飛空挺は現れちゃあいないが。
その間、おれたちは仕留めた鹿の肉やそこら中に生えている野草を喰らいながら、こうして集落を遠くから見張ってたってわけだ。
しかし互いにいまいち食指が伸びていねえ。
味だ。味つけがねえ。味噌や醤油ってな贅沢は言わねえ。せめて塩くらいは欲しい。
「は~……」
「はぁ……」
ため息が重なった。
リリィが半分ほど囓った骨付き肉を差し出して口を開く。
「食べます?」
「いらね」
しばらく骨を持ってぶんぶん振っていたリリィだったが、あきらめたように再び囓り出した。
おれは茹でただけの青臭え野草を貪る。
魔素から栄養素を採れる銀竜のリリィとは違い、人間のおれは栄養面にも気を遣わなければならない。
地獄だ。ここが地獄だよ。
リリィがふいに背筋を伸ばして顔を上げた。
「あ、そうだっ! リザードマン族の集落まで戻れば、もしかしたら調味料くらいは残っているかもしれませんよ!」
「お、おお……っ」
リリィがうきうきした表情で立ち上がる。
「だがそいつぁ、火事場泥棒ってやつにならねえかィ?」
「アラドニアが来たらどっちみち焼かれちゃいますって」
リリィが腰に片手をあてて人差し指を立てた。
「それにですよ、散々人を斬っといて何を今さら善人ぶっているんですか」
……自分で言うのはいいんだが、他人に言われるとわりと傷つくな、これ。
「でもよぅ、侍が一度立ち去った手前、戻るってのもよぅ」
「また矜持ですか。誰も見ていませんってば」
おまえが見てんだよぅ。腹減らした無様でかっこ悪いおれをよぅ。
もちろん口には出さない。どうせ言ってみたところで「あてくしに吸い付いて乳飲み子みたいにちゅうちゅう血を吸う姿を見せておいて、今さら何を言っているんですか」的なことを言われるから。
恥だ。
おれはそっと両手で自分の顔を覆った。
「もうリザードマン族の集落はもぬけの空です。これなら切腹しなくてもいいでしょ。ほら、早くっ、早くっ!」
リリィが両足をぱたぱたと動かす。
仕草が餓鬼みてえだが、でけえ胸が上下に揺れている。あれはいいものだ。
「早くっ、早くっ」
「わかったよぉ。ったく、しゃあねえなァ」
己の膝を勢いよく叩き、おれは立ち上がる。
ぱぁっと花が開くように、リリィが笑顔を浮かべた。
「ついでだ。調理台も借りて骨スープでも作ってみるかね」
「わあっ、それはとても素敵な提案です、オキタ!」
この食いしん坊め。ま、無理もねえか。うまいものが食えるんだ。
「では、竜化いたしますね!」
「おう!」
おれがリリィから距離を取ると同時、赤い懸衣が光の粒子となって散り、リリィの姿が銀竜シルバースノウリリィへと変貌する。
おれがありったけの生肉を持ってその背中に駆け上がると、リリィはいつものごとく白銀の翼を大きく広げた。
『ではでは、行っきまぁ~す!』
「おお、上機嫌だねェ!」
『オキタこそ!』
「そりゃあおまえさん、ぐふ、ぐふふふ」
『えへへへ』
浮かれ気分で返事をした直後、白銀の翼が空をつかむ。轟と暴風が吹き荒び、毛皮のみとなった鹿と焚き火が一気に吹っ飛んだ。
浮かぶ。巨大な白銀の竜が。
再度、翼が空をつかむ頃には、山深くの大樹すらも飛び越えて、おれたちは遙か上空にいた。
何度味わっても爽快だ。こんなに気分のいいものはねえ……が、おれたちの眼前に広がった光景は――。
『え……嘘……』
「ぬおッ!? ちょい待――っ」
軍用飛空挺が旋回しながら、およそ五十門ある砲門の半数をリザードマン族の集落へと向けているものだった。
まずった。話に夢中で空の監視を怠っていた。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!! 待て待て待て待て待てっ!」
『やめてええええぇぇぇぇぇぇぇっ!!』
声、虚しく。
砲門が轟音とともに一斉に火を噴き、簡素な柵で囲われたリザードマン族の集落へと橙色の砲弾が次々と着弾した。
大爆発に、そこかしこから黒煙が立ち上る。
「おれの塩ォォォォ~~~~ッ!!」
むろん、木造の小屋みてえな家だ。塵も残らねえ。調味料も、調理器具も。
『ああ……わたしの調味料が……おいしい……お食事が……』
「おれの……栄養……」
脱力。止め処なく溢れ出す涙とともに、おれの手から骨付きの生肉が森の中へと落下していった。
だが、次の瞬間には憎しみがおれたちへと燃え盛るような激しい戦意を与えてくれていた。
「あ・い・つ・らァ……ぶった斬る……っ! ――行けッ、リリィィィ!!」
『はいっ!!』
白銀の翼が大きく空をつかむ。
ぐんと身体が背後に持って行かれるような感覚のあと、おれたちは凄まじい速度で軍用飛空挺へと迫るのだった。
ドラ子の雑感
ぷっつんきたぜー。




