第四十話 天衣無縫の刃
前回までのあらすじ!
人斬り侍がドラゴン嬢の涎を溜めて飲もうとしただけで変態扱いされ気の毒だ!
でも、それは紛う事なき変態行為だぞ!
さざ波の立つ湖面で朝日が輝いていた。穏やかな風が、褐色肌のダークエルフの髪を甘やかに揺らす。
ライラは後ろ手を組み、昨夜までの態度が嘘だったかのように優しい視線をおれたちへと向けていた。
おそらくはこちらが本当の彼女だったのだろう。
歪んだのだ。アラドニアに裏切られ、ハイエルフに利用され、本来の己を徐々に失っていった。
「おまえさん、ダークエルフってのは不老種族っつったか」
「ダークエルフに限らずハイエルフもだよ。でも、実際んとこはわかんないな」
「わからねえ?」
ライラがこくりとうなずく。
「うん。老衰で亡くなったエルフを、あたしはこれまで見たことがないってだけだからね」
「ほー」
そいつぁすげえや。
「亡くなる原因のほとんどは光の眷属との争いだよ。ハイエルフたちが住処を隠しているのもそういうことさ。ハイエルフは特に容姿が綺麗だから、男女問わず人間の貴族に高く売れるんだ。それで諍いが起こって死ぬやつが出る。だから隠れて生きてる。エルフは全般的に生殖能力が低いから、それで人口の均衡は取れてるけどね」
リリィが首を傾げた。
「ダークエルフはどうなのです?」
「売れないよ? 見ての通り醜いから。ほら」
ライラが両手を広げてくるりと一回転して見せた。
「常闇の眷属ってのは、ほとんどが見栄えはよくないんだ」
短衣の裾がふわりと浮いて、おれは嘆息する。
肉感的なリリィとは対照的な、細く長い足が美しい。
日本と違ってレアルガルド大陸では別段視線を逸らしたりする必要はなさそうだが、人生の大半を過ごした地の風習というものはなかなかに抜けない。
だからだろう。おれは視線を奪われた。褐色の脚部に。
「そうでもない気がするけどねェ」
特にあの巨大な胸はいい。
レアルガルドに来て見慣れねえうちは動くに邪魔そうだとばかりに思っていたが、リリィと接しているうちに魅力的に見えてきた。
これじゃあ変態だと罵られるも、致し方ねえってもんだ。
「へえ、オキタから見ればそうなのか。そりゃ嬉しいね。あんたが常闇の眷属を統べてくれるなら、あたしでよければあんたにいくらでも従うよ」
「ふぅむ……」
「……オキタ。鼻の下が伸びてますよ」
リリィが腰を曲げ、斜め下方からぎろりとおれを睨み上げてきた。
「阿呆。別に伸ばしてねえよ」
「では成長したのではないですかっ。鼻の下だけっ」
けったいなことを……。
ぷんすか怒りながら、リリィが両手を細い腰にあてた。
「だいたい、わたしは別にダークエルフの小娘が人間の貴族に売れるか売れないかを尋ねたわけではありませんっ。ライラはアラドニアとの戦役を経験したことがあるのか、という意図で問うたのですっ」
ぷいっとそっぽを向いて、リリィが吐き捨てるように付け加える。
「……そも、オキタの不老に対する質問も、それを聞き出すのが目的でしょうに」
「おお、そうだったそうだった」
脚見てすっかり忘れちまってた。
しかしリリィのやつ、ほんとにおれの心を読んじゃいねえだろうなァ。あまりに的確に言い当てやがるもんだから、たま~に不安になっちまう。
おれはため息をついて、指先で頬を掻いた。
「つーわけだ」
「……アラドニアとの戦役経験ならあるよ。あたしはまだ子供だった」
そっぽを向いたまま、リリィは視線だけをライラに向けた。
「今も子供では? 集落ではひどい駄々っ子でしたよ?」
「そうかもね。でも、幼体のあんたに言われたくないな」
ふん、とリリィが鼻を鳴らした。
巨大な胸を突き合わせて、リリィとライラがにらみ合う。おれは懸衣の襟首と短衣の襟首を手でつかんで引き離した。
「やーめーろ。どっちも餓鬼だ。勝手に喧嘩をおっ始めるなっての」
リリィとライラが同時におれを見て半笑いを浮かべる。
「マスターが一番年若いくせにっ」
「おこちゃまは黙ってなよ。どうせまだ三十年も生きちゃいないだろ」
おふぅ……。
こいつら、おれのことをやっぱりそんな目で見てたんだぁ……。切ねえよォ……。
なんとも言えない雰囲気になって、三者三様に黙り込む。
静かな水音の響く波打ち際に、木の葉で作った舟が浮かんで揺れていた。
やがてライラが語り出す。
「あたしは一族最後の子供だったんだ。だからアラドニアの魔術兵たちのダークエルフ狩りから、仲間のダークエルフたちが盾になってあたしを守ってくれた」
何事かを言いかけて、リリィは口をつぐんだ。
おそらくは思い出したのだろう。黑竜“世界喰い”との戦いの日のことを。リリィとライラは立場を同じくしている。
リリィが意味ありげな視線をおれへと向けてきた。
『……聞くべきではありませんでした。判断はマスターにお任せします』
念話だ。
おれの体内にある銀竜の血液を介して、リリィの念話はおれに伝わる。だが、念話を使えないおれの思いはリリィには伝わらない。
「あ~……常闇の眷属ってのはダークエルフやマジンとやらの他にもいるのかい?」
「あ、うん。蜥蜴人間のリザードマンや、女だけの戦闘民族アマゾネス、羽根を持つハルピア、あとは魔人の始祖と言われてる魔族かな……。他にもいるかも」
「へ~。そうかい」
正直なところ、おれはどうやって断ろうかとばかり考えていた。
冗談じゃねえ。そんなもんになっちまったら、常闇の一族に悪人を見つけたって斬るに斬れねえじゃねえか。
『ちなみに古竜種は常闇の眷属ではありません。神に対する信仰は皆無ですが、古竜もまた信仰の対象ですので』
おいおい。それって眷属じゃあなくて神に近い存在ってことかい。つくづくとんでもねえな、こいつ。
おれが視線を送ると、リリィがにこっと微笑んだ。
『ふふ、わたしに祈ってもいいですよ? 通じるかもしれません』
そうかい。だったら今すぐここから飛び立ちたいね。厄介ごとはご免だ。
むろん、聞こえるわけがない。おれは念話を使えないのだから。
が、その直後のことだ。リリィの赤い懸衣が光となって散ったのは。
「ぬぉ!?」
おれは目ン玉をひん剥き、とっさにライラの全身を抱えて飛び退いた。
「――ライラ!」
「へ、きゃっ! い、い、いきなり何さっ!?」
波打ち際の石を弾き飛ばして着地した瞬間、巨大な衝撃波を発生させて湖畔の石や湖の水を吹っ飛ばし、リリィが銀竜シルバースノウリリィへと竜化する。
おれに空色の視線を向けながら、リリィは白銀の翼で空をつかんだ。
『行きますよ~』
「お、お、えぇ?」
戸惑ったのは一瞬だ。
おれはライラをその場に残し、リリィの首に手を掛けて背中へと跳び乗った。
「え、ちょっと、オキタ!?」
ライラがあわててリリィの足につかまろうとした瞬間にはもう遅い。大風を巻き起こしてシルバースノウリリィは中空へと浮上する。
「悪ィなァ、ライラ! ハッハ! さっきの話はお断りだ! 誰かのために刀ァ振るのはよ、もう二度とご免なんでねェ!」
黒髪をなびかせる大風を両手で防ぎ、ライラが顔を上げた。
「わ、わかった、今回はわかったから! せめてこんなところに置いていかないで!」
「心配すんな! 湖に流れ込む川を上流に向かって歩け! 木の葉舟が湖面にまだ浮いてるってことは、そう遠くはねえところに街か村があるはずだ!」
ライラの長い耳が垂れ下がる。
「そ、そんな~……。――あ、あたしは絶対あきらめないからなぁっ!」
おれが首を一撫ですると、リリィは白銀の翼でさらに上空の空をつかむ。
そうしておれたちは風をつかみ、気流に乗って空へと舞い上がった。
ドラ子の雑感
イーッだ! オキタはわたしのものなんです~!
処す! 置き去りの刑に処します!




