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第二十五話 父と娘 ~第一部完~

前回までのあらすじ!


深夜にこっそり抜け出した侍!

だが浮気ではなく、ただ単に人を斬殺していただけだった!

ドラ子一安心v

 そして女は――。

 そして女は、おっさんを睨み付けながら、その言葉を口に出す。


「アリッサが襲われていたのに? マスターは――オキタは彼女を救ったのですよ?」


 おっさんは何もこたえない。

 おれはさらに女の肩を押した。だが、女は頑として動かなかった。


「いいさ、別に」

「よくありません!」


 剣幕。その剣幕たるや、おれが一瞬怯んじまったほどだ。

 そもそもだ。おれはこの女に純粋な筋力では絶対に敵わない。引きずって連れ出すなんざできるはずもない。なんたってこいつの正体は銀竜なのだから。


「いいから。ほら、行くぜ」

「自分の娘が穢されようとしてるのを、指を咥えて見ていたのですよね? 危険な音が消えてから来たのですよね?」


 おれは額を押さえてため息をついた。

 言っちまいやがった。


「……お……父さん……?」


 アリッサの声が震えて揺れた。

 おっさんは肩を振るわせて泣いていた。


「……仕方ないじゃないか……。この国は……」

「それ、もう聞き飽きました」


 女に表情はない。端正に整った無表情と、抑揚の少ない声だ。

 けれど、女が激怒しているのがおれにはわかった。


「戦おうともせず、逃げようともせず。自分の娘を差し出していかによい条件で従うかを模索するような卑怯者に、我が主を責める資格がありますか?」

「……力が……あれば……魔術が使えれば……私だって……」

「魔術? オキタはそんなもの使えません。それに、たとえ彼らを撃退するだけの力があなたにあったとしても、あなたはこの国のために何もしないのでしょう?」


 アリッサは父親にしがみつき、言葉もなく泣いていた。

 大声で、子供のように。父親に見捨てられたことを知って。

 己の置かれた立場が理解できぬほどには幼くはない。それでもアリッサは、おっさんにしがみついて泣いていた。

 つまりはそれがアリッサの出したこたえだ。裏切られても裏切れない。どんな屑でも、てめえの親だから。

 それでも女は、静かに言葉を紡ぐ。


「わたしの父と母は黑竜“世界喰い”に立ち向かい、わたしを逃がして死にました。種族のみんなが殺されて最後の一体になっても、愛する妻の命を奪われても、あれには敵わないと知ってさえ、父は“世界喰い”に立ち向かうため翼を広げました」


 おっさんが息を呑むのがわかった。

 女の正体が竜族であることに気づいたのだろう。

 だがそれはもう大した問題じゃあない。どのみちおれたちは、今日この地を去って二度と戻ることはないのだから。

 悪人のいねえ町に長居なんざするもんじゃあない。おれのような人間は特にだ。


「あなたは同じ父親なのに、何も選ばないのですね」


 声を荒げるでもなく、諭すでもなく。ただ淡々と。失望と軽蔑を口にする。


「あなたのような卑怯者に、我が主を、わたしのオキタをバカにされたのが悔しいです」


 だから――。

 だからだ。なおも唇を動かそうとした女に、おれは命じた。


「やめろ。もういい。行くぜ」


 女が歯がみした後、悔しげに吐き捨てる。


「…………盟約を締結しました……ッ」


 女の背中を押して先に追い出し、おれは立ち止まる。


「アラドニアの本隊が来るのは明後日っつったか。丸一日あるんだ。戦うか逃げるかは、あんたらで勝手に相談して決めりゃいい。じゃあな」


 立ち去りかけたおれに、弱々しい少女の声が届く。アリッサだ。


「オ、オキタさん、は、一緒に……一緒に戦って、くれないの……? たす、たすけて……くれないの……? ……あ……あんなに……つ、強いのに……?」

「勘違いするな、アリッサ。おれはおまえを助けたかったんじゃあない。おれはおれの事情で悪人を斬って回ってるだけだ」

「そ、んな……っ」


 嗚咽混じりの泣き声に、おれは振り返って歪な狂人の笑みでとどめを刺す。


「親子そろって何も選べねえ愚図(ぐず)なら黙って死ね。だがまあ、安心しろ。あんたらが殺されたら、殺したやつはおれが斬ってやる。そいつは間違いなく悪人だからねェ?」


 視線を廊下に戻して一歩踏み出すと、おっさんの鋭い声が追ってきた。


「もうお終いだ……ッ! 私たちはただ平穏が欲しかっただけなのにッ、あんたたちが来たからッ!! 悪人はッ、あんたたちのほうじゃないか――ッ!!」


 おれは足を止めず、歩きながら外連味たっぷりにこたえる。


「そうだよ? 善人にでも見えたかィ?」


 背後からおっさんの慟哭が響く。

 おれは廊下で女と合流すると、その手にあったブーツに足を入れて歩き出した。蝋燭の明かりの揺れる無人の階段を下りて食堂を抜け、スイングドアをくぐる。

 宿の前には、女に投げ落とされたアラドニア兵は転がっていなかった。おそらく逃走の際、仲間が拾って逃げたのだろう。


「あ~あ~、結局宿無しになっちまったな。すまねえなあ、おまえさん」

「そういう旅なのでしょう? 承知の上です。それより、どうするのです?」


 女が小首を傾げた。


「ん~……。やつらの言っていた軍用飛空挺ってのは、どんなもんだい?」

「アラドニアの空飛ぶ船です」

「……飛んでんの!? 船がっ!?」


 女が事も無げにうなずく。


「はい。魔導技術(テクノロジー)の結晶、大型魔導機関(エンジン)で大量の魔素を浮力と推進力に変換し、高高度を高速で走ります。最大定員数は三〇〇名ですが、実際の操船に必要な人数は一〇〇名。砲門はおよそ五十で、装甲は金属製なので頑丈です」


 どうにもこりゃ、黒船の比じゃねえなァ。


「単純な戦闘力では、ほとんどの古竜種よりも高いですね。推進力では大型魔導機関(エンジン)ごときに負ける気はしませんが」


 空か……。

 やつらが到着するのは二日後、いや、もう明日か。


「オキタ?」

「くっくっ、そいつは是非とも近くで見てみたいねェ?」


 女がほんのわずかに額に縦皺を寄せた。

 困惑の表情だ。よく見なければわからない程度の変化だが。


「あの……まさか……、……や、やるつもりですかッ!? ちょっとマスター! 正気ですかっ!?」

「何言ってやがる。これ以上ねえくらい正気だっての」


 おれは菊一文字則宗を肩に担いで歩き出す。

 最低人数で一〇〇名もの悪人の詰まった空飛ぶ(はこ)。こいつを見逃す手はない。


 ――こうしておれたちは一人と一体で軍事大国アラドニアに喧嘩を吹っ掛け、軍用飛空挺を撃墜したってわけだ。


ドラ子の雑感


ハゲ、きらい……。

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