第二十六話 かわいい老人
前回までのあらすじ!
侍とドラ子がアラドニアに喧嘩を吹っ掛けた理由が判明したぞ!
軍事大国上等、かかってこんかい!
重い瞼を持ち上げる。
とく、とく……。
耳もとで心音が響いていた。銀竜女、シルバースノウリリィだ。リリィの大きな胸が、おれの頬の上にあった。
おれは眼球を動かす。
どうやらリリィの膝と胸に挟まれて眠っていたらしい。隙間から見える景色は夕暮れ時の草原だった。
軍用飛空挺を名もなき国の領地寸前のところで撃墜することに成功したおれたちは、草原に不時着して――たしかおれはリリィの膝枕で眠りについたはずだ。
それがこの体勢になっているということは、どうやらおれが眠っている間に、こいつも寝こけてしまったらしい。
「リリィ」
「……すー……すー……」
起きねえ。
頬にあたる感触は役得ではあるが、それも反応あってこその楽しみだ。眠っている間ってのは実につまらない。
おれは手を伸ばし、うなだれた状態で眠っているリリィの銀髪を撫でた。もう一度、声をかける。
「リリィ」
「……ふぁ……ぅ?」
リリィが大あわてで口もとを拭いながら身を起こす。しばらくぼうとした表情で周囲を見回し、おれに視線を落として空色の瞳を大きく開けた。
「も、申し訳ありません! 眠っていたようです!」
「謝るこっちゃねえさ。こっちもおまえさんのおかげでよく眠れた。それに、なかなかの役得だったしな」
「?」
おれは笑いながらリリィの膝から上体を起こした。
長く、白く。肉感的で温けえ脚にゃあ、少々名残惜しいものがあるが、いつまでもこうしてはいられない。日が落ちちまう。
墜落した軍用飛空挺の起こした延焼は、まだ続いているようだ。レアルガルドでも太陽は東から昇って西へ沈むのだとしたら、南方の空が赤く染まっている。
名もなき国にまで到達してなきゃいいが――。
立ち上がり、おれは首を左右に倒す。ごき、ごき、骨の音が響いた。
「はて、これからどうするかねえ? おまえさん、黑竜はルナイス山脈を滅ぼした後、西へ飛び去ったって言ってたよな?」
「あ、はい。ですがもう二〇〇年も前の話ですので、現在はどこにいるか……」
続いて腕を十字にして腰を回していたおれの動きがぴたりと制止した。
「……あ?」
「ですから、それは二〇〇年前の話です」
「莫迦言え。そしたらおまえさんは齢いくつなんだよ」
リリィがさも当然のような表情で口を開く。
「二一七ですが」
「…………あぇ?」
「?」
銀色の髪が傾く。
いや、いやいや、いや。うん?
「おま、おまえさん、年上なの?」
「人間の寿命を常識的に考えれば、そうなりますね」
どうしよう。これからどう扱おう。
いっぱしの保護者気取りでいたおれは、思わず頭を抱えた。
「あの、わたしの扱いにお困りでしょうか?」
「無駄に鋭いねっ!?」
リリィがにっこりと微笑む。
「ご安心ください。古竜としてはまだまだ幼体です。マスターがいくつかは存じ上げませんが、御身は小さくとも人間としてはすでに成人なさっているのでしょう?」
おい、余計な一言を混ぜるんじゃあないよ……。日本人は小せえんだっての……。
「おうよ。元服はもうとっくに済んでるぜ」
「ふふ、ならばそれでよいではありませんか」
この、掌で転がされてる感よ……。
言葉とは裏腹に、リリィの微笑みは優越感を顕著に映し出している。年上の余裕というやつだ。
肉体はともかくとして、餓鬼みてえな面してやがるくせに。
「あなたはわたしのマスターなのですから、堂々としてくださいませ」
「ああ、今さらなんだが、そのマスターってのはなんのことだィ?」
とたんに表情が変化する。例の人間と生塵の区別がついていなさそうな目だ。
突き刺さる視線に胸が痛い。
「……言っとくが、おれはレアルガルド大陸に来てまだ三日目だかんな? 頭悪くて物を知らねえってわけじゃねえからな?」
「ふ……」
鼻で笑いやがった。
「マスターというのはご主人様のことです」
「だったら態度あらためてっ!? なんか傷つくから!」
「それは盟約ですか?」
「そういうわけじゃねえが……」
リリィがぷいっとそっぽを向いた。
「でしたらお断りします」
なんだと、こんにゃろ~ぅ……。
「……楽しいのです。マスター・オキタと話していると、とても。まるで、まだ他の銀竜たちや父様や母様が生きていた頃に戻ったようで。ですので、あなたとの会話は可能であれば縛られたくはありません」
少し照れたようにうつむき、銀色の長髪を揺らして。ほんのわずかに、頬を染めてはにかみながら。
「それもオキタの胸先三寸ですが。でも、ふふ。わたしはマスターを信じております」
楔のつもりかどうかは知らねえが、そういうことは口に出すもんじゃあねえよ、と言いかけて、ああ、と気がつく。
二〇〇年は、長寿である銀竜にとっても長かったのだろう。瘴気によってすべての命の絶えたルナイス山脈で、たった一体で生きていくには、あまりにも長すぎた。
あてもなく、誰かが訪れるのを待つだけの寂しい二〇〇年だ。
道理で、おれのような得体の知れんやつを救っちまうわけだ。莫迦なやつ。
「オキタ?」
「なんでもねえよ」
視線を逸らして数秒。おれは大きなため息をついた。
本来なら口になんざ出したくもねえことだが。どうやらおれもやきが回ったらしいや。
「……おれはおまえさんに“ずいぶんと待たせちまったな”って言えばいいか?」
頭を掻き、視線を逸らせながら吐き捨てたおれの言葉に、リリィが空色の瞳を大きく見開いた。
「マスターはお優しいのですね。……ならばわたしはオキタに“あなたでよかった”とお伝えします」
「あ、阿呆! そいつぁ無粋ってもんだろがィ!」
不覚にも顔面を火照らせちまったおれに、リリィが口もとに袖をあてて幸せそうに瞳を細めた。
「ま、安心しろ。おれは必要以上に盟約でおまえさんを縛るつもりはねえ」
一転、リリィが怒った顔をする。
「もう! 言ったそばから! …………はぁ、盟約を締結しました」
「なぬっ!? あ!」
「ふふ、安心させられました」
くすくすと、大きな胸に手をあてて。だだっ広い草原の中央で、風に銀色の髪と着物の袖を揺らしながら。
どうやらおれは、からかわれたらしい。やはりこの女に転がされている気がする。
ほんの一瞬だ。ほんの一瞬だけ、おれは悪を斬る以外の生き方を想像しちまった。
だから、ふたりして笑った。くだらねえ想像を笑い飛ばした。
ドラ子の雑感
なんか胸のあたりがきゅんってなった……。
これって…………肋間神経痛!?
※召喚ハゲ無双! ~剣と魔法と筋肉美~
http://ncode.syosetu.com/n0082ct/
冷徹なる侍とは正反対、熱き男の物語も書いております。
異世界転移したあきれるほどに紳士な中年ハゲリーマンが、毛生え薬として使用するためにエリクサーを求め、プロレス技で魔物も魔人も人間もぶっ飛ばしていく物語です。
完結間近ではありますが、よろしければ覗いてみていただけると幸いです。




