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第十九話 腹切り

前回までのあらすじ!


ドラ子が既成事実を作ろうと必死だった!

 丸太の門をくぐる。

 門から大通り一本。集落を挟んで遙か遠方ではあるが、かろうじて向こう側の城壁が見えている。左右に視線をやっても微かに城壁が見えていることから、この国は本当に新興の小国なのであるとあらためて思い知らされた。


 それでも食い物があるには違いない。

 振り返ると、女はまだ門番と何かを話していた。


「どうしたよ、早く行こうぜ」


 こちらをちらりと一瞥し、門番に頭を下げてから小走りでやってくる。


「それは嫉妬ですか?」


 おれはあからさまに顔をねじ曲げて言い捨ててやった。


「そうだよ? 夫以外の男と親しくするなんざよぅ?」


 無論本気で言っているわけじゃない。ただの皮肉だ。


「駄々っ子のようなことを言わないでくださいませ。仕方がないではありませんか。あの場で兄妹や友人であると言えば、長く足止めをされそうでしたので」

「なんだ、一応考えてたのか」


 わずか。女はほんのわずかに唇を尖らせ、不機嫌そうな声色で。


「マスターがお腹を空かせているようでしたので会話を早く切り上げるようにです。居残っていたのは、食堂と宿の場所を尋ねていました」


 ばつが悪くなって、おれは頭を掻く。

 この女、どうにも思っている以上に頭が切れる。


「そりゃぁ……どうも。……ありがとよ」

「どういたしまして!」


 ぷんすか怒りながら、おれの前を女が歩く。どすどすとブーツの足音を響かせて。


「お~い。着物でそんなふうに歩くもんじゃあないよ」


 キッと振り返り。今度は誰が見てもあきらかな不機嫌な顔で。

 おれは口をつぐむ。


「存じ上げておりますっ!」

「すまん」


 扱いの難しい女だった。

 おれは足早で彼女に並び、銀色の頭にぽんと手を置く。


「ありがとう」


 今度は嘘偽りなき心からの礼だ。


「……い、いえ……」


 女が気勢を削がれたかのように口籠もって立ち止まった。自然、おれも足を止める。

 強い風が吹いて、女の長い銀髪を乱した。女は乱れた髪を片手で掻いて背中に下ろし、拗ねたような口調で呟く。


「マスター。マスター・オキタ。あなた以外の殿方は、どのような些事(さじ)もわたしに命じることはできません。そのことだけはどうかお忘れなきよう」


 そんな表情でさえ、見惚れるほどの美しさだ。このまま一枚の絵画に収めたなら、どれほどの値がつくのか見当もつかない。


「そうだな。悪かった。とりあえず腹を満たすか」

「はい。ところでマスター、貨幣はお持ちなのでしょうか?」


 ブーツの一歩が砂の地面で大きく鳴った。立ち止まる。


「……」


 女がおれの情けない表情を見て、空に視線を上げてから両手で顔を覆った。


「……どうなさるおつもりだったのですか……っ」

「や、ほら、なんか用心棒とかの仕事もらえねえかねェって」

「はあぁぁ~~~~~…………」


 艶やかな唇から、あからさまなため息が飛び出す。目を半眼にし、首は一切動かさずに人間と生塵(なまごみ)の区別もついていなさそうな視線をおれに送ってきた。


「なんか、すまん」


 女が周囲を見回す。陽が沈んできたこともあってか、丸太門の広場には集落民の姿はほとんどない。

 そうして己の長い髪を左手で一束つかみ、右手の人差し指をそっとあてた。


「これっきりですからね」


 そう言って、人差し指をそっと引く。頭部から繋がっていた髪の束が、すぅっと流れて女の左手にしなだれた。

 切った。刃もないのに。

 いや、銀竜から人間の女性体に変態できている時点で、己の肉体を刃とすることも可能と見るべきなのか。

 だが。


「髪なんざ売れるのかい? たしかにおまえさんの髪は綺麗だが」

「まさか。売れませんよ、いくらなんでも。ただ、この髪はわたしの鱗です。そして銀竜の鱗は銀鉱石と同質の素材です」


 もう一度誰もいないことを確かめてから、女は左手の髪束の上へと右手を置いた。その直後、光の粒が散って目が眩む。

 おれが目を開けると、女の左手の上には銀貨らしきものが沢山あった。右手を振って光の粒を散らし、花柄赤の着物に合わせた巾着袋を創り出す。

 女が銀貨を巾着袋に入れている間、おれはぽかんと口を開けて呆けていた。


「どうかいたしましたか?」

「いや。ああ、さっきの光の粒が魔素ってやつなのかィ?」

「いいえ。あれは魔素を他の物質へと変換する際に出る副産物です。なので魔術的素養のないマスターのような愚物にも可視できるのです」


 凡骨から愚物まで下がったか……。

 おれは女の髪に手をやって、静かに囁く。


「すまねえ。二度とこんなこたぁさせねえと約束する。こいつぁ盟約だ。破るようなことがありゃあ、おれは腹を切る」

「え……あ……、……はい……。…………え!? 腹を切る!? え?」

「腹切りっつってな、侍は矜持をどうしようもなく曲げられたときに、自らの刀で自らの腹を切ってくたばることを選ぶんだ」


 女が目を見開いて、眉根を寄せた。


「……そ……そのような特異な戦闘民族、初めて耳にしました……」

「銀竜の盟約と変わらんだろう」


 おれは苦笑いを浮かべる。そうして命令形で付け加えた。


「だから頼む。今後てめえ自身の手で身を削るときは、まずおれに相談しろ」

「はあ……。あの……盟約を……締結しました……」


 女が気まずそうな表情で頭を掻く。


「マスター。わたしも言い過ぎました。えっと……」


 唇に手をあて、視線を逸らし。


「その、さっきのは本気で言ったわけではありませんから……」


 おれは無言で女の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「ひゃっ」


 少しだけ頭を下げた女は別段頬を赤らめるでもなく、上目遣いでおれを観察するかのように見上げてきた。


「別に怒ってねえよ。それほど的外れな話でもねェ。おれは愚物だ。時代に置き去りにされたときにそう思い知らされた。世界に必要とされなかったってな」

「そのようなこと――」

「けどまあ、こうして生き残っちまったからにゃあよ、少しはまともに生きられるように頑張ってみるさ。……が、今回だけ甘えとく。奢ってくれ」


 おれが歩き出すと、女が小走りで寄ってきて――。


「……はい、喜んで」

「ははっ、生きてるってなァ、いいなあ?」


 肩の触れ合う距離。先ほどまでよりも、幾分か近い距離で歩く。

 日暮れの集落に、二人分の足音が響いた。


ドラ子の雑感


下げて~、持ち上げて~、下げる~……どーんっ!

……でも最後に上げられちゃったぁ……。

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