第十八話 小国家
前回までのあらすじ!
魔物? いたっけ?
半刻とかからぬうちに人工の城壁が見えてきた。
城壁と言っても、世辞にも大したもんじゃあない。江戸城本丸の石垣程度のものでしかなく、ちょいと鍛えりゃ餓鬼にだって乗り越えられる高さだ。
もっとも、ぐるり一帯を囲っている長さだけは評価できる。
「粗末なもんだ。魔物対策かねェ」
「人間種はいつも自分以外の人間たちと争っていますから、そちらの対策ではないでしょうか」
事も無げにこたえた女を横目で見て、おれは苦笑いを浮かべた。
「お恥ずかしい限りだね。ま、おかげで飯の種にゃ困らねえってもんだが」
二人分の足音を響かせて、おれたちは城壁門らしきものへと近づいてゆく。
城壁もお粗末なものだが、城壁門はもっとひどい。丸太を横に並べて縄で縛り、開門のための動力源はどうやら門番の仕事らしいときたもんだ。
「魔導技術とやらはどこへやら。江戸のがよっぽど栄えてたぜ」
「アラドニアなどの都市国家群ではすでに大きく実用化されていますが、この規模の小国ですとこのようなものです」
聞き慣れぬ単語に、おれは眉をひそめた。
「アラドニア?」
「昨今、他の国家を侵略して急速に勢力を伸ばしてきた軍事国家です」
「へえ。世はまさに戦国時代って感じだな」
城壁門の横には詰め所らしきものがある。おれたちの姿を見るや否や、詰め所から剣や槍で武装した五人の男らが出てきた。全身鋼で作られた鎧は初めて見たが、あんなものを着込んでいて動けるのが不思議だ。
民族の差や性別の差だろうか。どいつもこいつも、おれや女よりは頭一つ分ほど背が高かった。胴回りの太さも、痩せっぽちのおれとは歴然だ。
だが。
「止まれ。何者だ?」
勇ましい言葉とは裏腹に、彼らには武具を抜く様子はなかった。おれが帯刀しているというのに、だ。
意味ねえなァ、こんな門番じゃ。それとも、おれが矮躯ゆえに気を抜いてやがるのか。
女がおれの耳もとで微かに囁く。
「……魔術師ではありません。彼らからは魔力を感じません……」
おれはにこやかな笑顔を心がけ、戦う気がないことを示すために両手を挙げた。
「やあ、どーも。旅のもんなんだが、二人分の入国許可ってもらえるかい?」
門番たちは顔を見合わせている。
しばらく眺めていると、槍を持った兵士が近づいてきた。だが穂先を向けられるようなこともなく、さりとて槍の間合いで立ち止まることもなく。そいつは無防備に刀の間合いまで踏み入ってきて、おれの目の前で立ち止まった。
あきれたね。民兵か。もしくは建国以来争いがなかったか。いずれにせよ、こんな門番じゃいてもいなくても同じだ。
門番の男は女を一瞥してからおれに顔を近づけ、尋ねてきた。
「あんた、アラドニアの人間か……?」
「おれかい? おれは江戸の人間だ」
「エド……」
門番の男が無防備にもおれに背を向けて、他の門番たちと再び顔を見合わせた。表情を見る限り、誰も江戸に心当たりはないらしい。
ちっぽけな島国の都ではこんなもんか。開国もやむなしだったのかもしれねえな。
門番が再びこちらを振り返る。
「アラドニアの人間ではないのだな?」
「違うねェ」
「そっちの女性は? あんたと一緒で見慣れない服装をしているが、エドの女性か?」
門番が女に視線を向けた。女は表情を変えず、空色の瞳で男を見返す。まっすぐに。
森の木々を縫って流れた風に、花柄の赤い懸衣の袖が揺れた。
しばらく。女が門番から目を背け、おれに視線を向けてきた。
どうしましょうか?
たぶんそんな具合だ。まさか銀竜だなどと言うわけにもいかない。だが、江戸の女と言い張るには、おれとは目の色も髪の色も肌の色も違いすぎる。
おれはとっさに思いついたことを述べることにした。
「こいつぁ、おれが七つの頃に古戦場で拾った孤児だ。おれはもちろんのこと、本人でさえ出身国なんざ知らねえ。親の顔も本当の名前もな。だから、あまり酷いことを尋ねてくれるな」
一か八かの嘘八百。
人間種は常に他の人間たちと争っている。さっき女が言った言葉だ。戦があるなら孤児が出るのはいつの世も同じはず。
おれの口八丁も、なかなかのもんだろう。
門番が尋ねる。
「呼び名は? 本名はなくとも仮の名ならあるだろう?」
「呼び名!? な、名前はよ、そりゃあ――」
まずった……おぼえてねえ……。た、たしか……そう、汁婆ナンチャラ……? く、なんてこった、おれの莫迦……。
ひやりとして適当な名を口に出そうとした瞬間、女が口を開いた。
「シルバースノウリリィと申します」
「つうわけだ。ああ、おれはオキタだ」
視線を戻すと、門番どもは全員がおれではなく女を見ていた。顔を真っ赤に染めちまってな。
やれやれ、仮の姿だってのに物好きなやつらだ。
門番の男が熱を抑え切れぬ声色で呟く。
「銀雪に咲く純潔……なんと美しい名か。……や、貴女にぴったりです……」
「ありがとうございます」
女はにこりともせずに真顔のまま心ない礼を述べ、言葉を続けた。
「この名はオキタにつけていただきました。――まったく、あなたは。ご自身で名付けておきながら、恥ずかしくて口に出せないなんて」
「や、ええ……? す、すまねえ……」
機転の利く女だ。
「あなたとオキタの関係は、その……夫婦なのですか?」
「……ッ!?」
義理の兄妹だと言おうとした瞬間、女がやや早口で呟いた。
「はい。正式にはまだですが、救われた命をとして彼に尽くそうと考えております」
「――ッ!?」
ややあって、門番たちの熱が徐々に収まっていくのがわかった。
どうやら夫持ちということで、いくらか気分が沈んじまったようだ。だがその一方でおれ自身ときたら、己の嘘がとんでもねえとこに着地しちまったことに動転していた。
「そう、ですか」
槍の門番が大きなため息をついた。
「いや、根掘り葉掘り失礼しました。この国の民は今、少しばかり過敏になっているのです」
「過敏? どういうことでしょうか」
女が尋ねると、門番はうつむいて首を左右に振る。
「私の口からは。――入国許可は出しますが、国内にいるアラドニアの人間にはくれぐれも失礼のないよう、気をつけてください」
ちりりと、首の毛が逆立つ気がした。
ドラ子の雑感
めお……め、夫婦! 夫婦ですっ!




