第十七話 魔物襲来
前回までのあらすじ!
初めてドラゴンの背に乗って空を飛んだ侍!
大興奮だ!
歩き出そうとした瞬間だった。
「あ、その前に――」
女がおれの足に視線を向けた。
むろん裸足だ。雪駄は置いて来ちまった。今考えれば、冷てえのを我慢して懐に忍ばせておけばよかったか。
「右足を少し持ち上げていただけますか、マスタ-?」
「ん?」
足を持ち上げると、女が両手に光の粒を発生させた。そのまま雪と泥に汚れたおれの右足を両手で包み込む。
ふうわりとした暖かさが伝わってきた。
直後、光の粒が収束し、おれの右足へとまとわりつく。眩しい光が消えた頃、おれの右足は動物の皮らしきものでできた膝まである長い履き物に覆われていた。
「おお……? なんだこりゃ?」
女が得意げにおれを見上げる。
「魔素でブーツを編みました。マスターが先ほどまでお召しだったサンダルよりは、踏破性に優れています」
「さんだる? ありゃあ雪駄ってもんだ」
ふと気づけば、先ほどまで裸足だった女の足にも、少々形状は違うもののブーツとかいう履き物が装着されていた。
「不本意ではありますが、人間社会では裸足ですと目立ってしまいますので。さ、左も」
「おお、すまねえな」
促されるままに左足を上げて、両足にブーツを履く。
「どうでしょうか?」
何度か跳躍し、具合を確かめてからおれは女に笑いかけた。
「いいねェ、これ。雪駄よか動きやすいし、頑丈で保温性にも優れてるときたもんだ。気に入ったぜ。ありがとよ」
「どういたしまして」
女が瞳を細めた。
褒められると本当に嬉しそうな顔をしやがる。
斬って、斬って、斬って。殺して、殺して、殺して。そんな血塗られたおれの人生とはまるで違う途を、生きてきたのだろう。
無意識だった。おれもまた無意識に、女に呼応するように瞳を細めていた。
眩しい……ねェ……。
「どうかいたしましたか?」
「なんでもねえよ。行くかねェ」
「はいっ」
そうしておれたちは森へと向けて歩き出した。
見たこともねえ常緑樹がそこかしこに生えていて、木漏れ日の落ちる地面は岩だらけ、それもことごとく苔に覆われている。鳥の声や小動物の気配がそこかしこにあって、おれたちが進むたびに茂みががさがさと揺れる音がした。
生命力に溢れた、いい土地だ。
苔生した岩から飛び降りて女に手を差し出すと、女は少し躊躇ってから顔色一つ変えずに素っ気なく呟いた。
「平気です。見かけほどか弱くはありません。竜ですから」
「そうかい? 女の特権なんだ、甘えたっていいと思うがね」
「……あ、相手は、……自分で選びます……」
おれは苦笑して肩をすくめる。
そりゃそうだ。この手はずいぶんと血で汚れているのだから。
女が岩からひょいと飛び降り、ブーツで静かに着地する。確かに身のこなしを見る限り、足を滑らせるようなヘマはしなさそうだ。
おれは女に背中を見せて歩き出す。
数歩遅れて追従してくる足音が聞こえた。
「空からはよくわかんなかったが、結構深い森だったんだねェ」
「そうですか?」
高い樹木を見上げて、女が首を傾げた。
「あ~、おまえさんは常に空から見下ろしてるからねェ。地べたを這う生き物の考えに共感すんのぁ、ちぃっとばかし難しいかもしんねえな」
「そのようなものでしょうか」
「だと思うよ。気づいてるだろ?」
「何にです?」
立ち止まって背後を振り返ると、女がきょとんとした瞳でおれを見てきた。
「後ろだよ、おまえさんの後ろ」
「?」
銀色の長い髪を揺らし、首を傾げた女の背後で、茂みが微かに揺れた。
「ああ、魔物が捕食のためについてきていることですか?」
やっぱり気づいてやがったか。
すべての生物の頂点に位置する銀竜にとって、背後から魔物に迫られるなど、気まぐれに餌をくれてやった子犬がついてくるような感覚なのかもしれない。
おれは半笑いで告げてやった。
「その感覚だよ。おまえさんにとっては取るに足らないことかもしれねえが、人間にとっちゃあ生死にかかわるんだぜ」
「マスターは魔力の素養もないのに、わたしを力で調伏なさったではありませんか」
魔物に背を向けて歩き出す。
「まあ、そうなんだが、洞穴の中じゃなかったら難しかったとは思うぜ。飛べねえし」
がさがさ、茂みの揺れる音が徐々に近づいてきている。
女は気にも留めず、おれの後をついてきた。
「それを言うなら、マスターだって死にかけていたではありませんか。半死半生の状態であれでしたら、今はもう少しお強いのでは?」
「謙遜しなさんな。おまえさん、なんで自分を弱く見せようとしてんの」
赤い着物を揺らして女が立ち止まり、むくれた顔をした。
「女は殿方に守られるものだと、母に教わりましたから」
「箱入りだねェ」
瞬間、茂みの中から黄金色の怪物が飛び出した。
狼か? いいや、違う。
――ガアアアァァァァーーーーッ!!
咆吼。上顎から伸びた短刀のような二本の牙を女の首筋へと突き立てるべく――!
「ハコイリ? なんですか、それは?」
けれども牙が突き刺さる直前、女は振り返りもせずに右手で魔物の牙をつかむ。
――ガ……ッ、……ガフ……ッ!?
想定外の出来事に魔物は硬直した。
女は己の身の倍はあろうかという体長を持った黄金色の魔物を高く持ち上げると、まるで丸めた紙くずのようにポ~ンと放り投げた。
「世間知らずってことだよ」
おれは菊一文字則宗を抜刀し、手首を返す。
そうして空中で弧を描いて背中から落ちてきた魔物の頸を狙い、刀の峰で打ち払った。
――ギャウ!?
肉の弾ける鈍い音がした後、苔生した地面に落ち、シダ植物を圧し潰しながら転がった魔物は白目を剥いて痙攣した。
殺してはいない。気絶させただけだ。
おれは刀を鞘へと収めて女に尋ねた。
「これ、食える?」
「剣歯虎は肉食ですので臭いですよ。わたしは食べられますが、人間であるマスターには少々厳しいものがあるかと」
「……んじゃいいや」
鹿でも狙うさ。
おれが踵を返して歩き出すと、女が小走りで寄ってきて、おれの真横に並んだ。
「そのようなことより、わたしが世間知らずとはどういう意味ですかっ」
「まだ言ってんのかよ。もういいだろ、その話ィ」
女が不満そうに唇を尖らせる。
けれども会話を楽しむように、後ろ手を組んで上体を揺らしながら。
ドラ子の雑感
ああああぁっ……手を繋ぐチャンスだったのにィ……わたしのばかぁ……。




