表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/128

第百二十七話 願い ~第五部完~ (最終話)

前回までのあらすじ!


狂王を討った人斬り侍。

しかし狂王は最期の瞬間、隠されていた真実を口にした。

 首都ラドニス中央区、ラドニス廃城――。


 静かだった。不思議と鳥の声も風の音もない日だ。

 おれは片膝を立てて灼け焦げた瓦礫に腰を置いたまま、視線を上げた。そこにはルシアを連れたゲイルが立っていた。

 おれは頭を左右に振って眠気を飛ばす。


「……すまねえ。微睡(まどろ)んでいた」

「疲れているのだろう。少し休むといい。私の屋敷であれば好きに使ってかまわんぞ」

「いや。それより首尾は?」


 ゲイルが躊躇うような素振りを見せた後、声を絞り出した。


「はじまりの研究所に残っていた魔素の残滓を使って、魔導放送を行った」

「魔導放送?」

「簡単に説明すれば、こちらの声を一方的に民の持つ機器に届ける機械だ」

「そいつぁ便利だなァ」


 少し笑ったおれとは対照的に、ゲイルの表情は固い。


 おれがゲイルに頼んだことは一つ。

 どんな方法を使ってもかまわない。一月以内にラドニスの民をすべて、この首都から追い出せ、というものだ。残ったものは斬る、という条件付きでな。

 むろん、納得する民はいないだろう。


 だが、はじまりの研究所という魔素を生み出す絡繰りを失い、魔導文明の構造(インフラストラクチャ)が徐々に失われ、ラドニス城がこうして廃城と変わり果てた姿をさらしている以上は、おれの言葉を完全に無視することもできないはずだ。

 おそらくラドニスの民はおれを討つため、ラドウィス湖の残党魔術兵とともに討伐隊を組むだろう。


「……本当にいいのかね? これで」

「いいさ。ラヴロフはおれと自分はよく似ていると言いやがったが、ご免だね。おれはラヴロフ・サイルスにはならねえ」


 ゲイルが頭を振った。


「私は別に狂王を――はじまりの研究所を継げと言っているわけではないぞ。魔導文明を滅ぼすことに異議はない。キミはキミのやり方で黑竜を討てばいい」

「……ご免だねェ。一千万の悪を放っておくつもりはねえ」


 一つだけ、ラヴロフに共感できたことがある。


 あいつは言った。人間は醜悪である、と。人間の本質は悪である、と。


 アラドニア一千万の民をゆるし、受け入れろだと? 近隣国家の餓鬼どもの命が、他種族の命が利便性を生み出す原動力と知りながら目を逸らし、甘んじてこの魔導文明を受け入れ発展させてきたようなやつらを?


 冗談じゃねえ……。冗談じゃ……ねえんだよ……。

 おれはラヴロフ・サイルスほど優しくはなれねえ……。


「やつらは悪だ。斬る」

「そのようなことをすれば、キミはこのレアルガルド大陸に居場所を失うぞ! アリアーナ神権国家やリリフレイア神殿まで敵に回す気かね!?」


 レーゼやメルの顔を思い出し、ちくりと胸が痛んだ。


「ああ。かかってくるなら、斬る。世界を敵に回す覚悟はできている」

「ダークエルフ嬢もそこまでは望んではいないのだぞ!」

「ああ。知ってる」


 命の意味だ。

 おれは生きている。あの時代を超えて、アラドニア戦を超えて、未だ生き恥をさらしている。

 生きている以上は、悪を斬らねばならない。悪として、悪を断たねばならない。そいつが終わるときは、おれが死ぬときだ。


 旅の終わりは、死だ――。

 誰かがおれを殺してくれるまで、おれは殺し続ける――。


「私は友に死んで欲しくないと――ッ!」 

「――ゲイル。もう賽は投げられたんだ」


 ゲイルの叫びを遮って告げると、やつは歯がみしてうつむいた。


「おまえはここまでだ。今すぐルシアを連れてアゼリアへ帰れ。もう小型飛空挺の魔素も底を尽き運行が止まる。だから、その前に……帰ってくれ」


 くだらない戦火に巻き込みたくはないんだ。

 言葉は続かない。だが、どうせ伝わる。ゲイル・バラカスは優れた頭脳を持っている。おれはもちろん、リリィよりもずっと。


 そうして。ゲイルはルシアの手を握り、おれに背中を向けた。


「……そのような言葉を、まっすぐな笑みで告げるんじゃあない……」


 声が震えていた。一歩ずつ歩き出す。


「らしくねえか。かかっ、せいぜい顔は歪めとくぜ。――じゃあな、ゲイル」

「……それでも、私は待っているよ。美しき我が国アゼリアで。馬の小便の封を切らずにね……」


 その背中が見えなくなってから、おれは小さく小さく、届かぬ声で告げた。


「……ありがとよ、ゲイル……」


 柱の陰から、静かな女の声がした。


「いいのかい?」

「いたのか、ライラ」


 気づかなかった。

 ライラの隠密技術は、おれの経験を遙かに凌駕しつつある。気配も物音も、体温でさえもどういうわけか察知できない。

 もう迷いの森で戦った頃の、未熟なダークエルフではない。


「いいさ。おれがゲイルとルシアにしてやれることなんて、な~んもねえからな。せめて巻き込みたくはねえや」

「山岳国家アゼリア王としての誇りを取り戻させた。それで十分だろ。だからあの変態伯爵はおまえを友と呼んだんだろ」


 ふん、と鼻で笑った。


「そんな貸しなんぞ帳消しになるくらいには借りちまったよ」

「だったらせめて約束を守ってやりな」

「……」


 ライラが柱の陰から出て、おれを睨んだ。


「……おまえ、死ぬ気じゃないだろうな」

「組まれる討伐隊の数によっちゃあ、そうなるかもなァ。おまえさんは付き合わなくてもいいぜ」


 一千万の民のうち、どれだけの数が牙を剥いてくるか。

 ライラがおれの隣に腰を下ろし、遠くの市街地に瞳を細めた。夕刻近くであるにもかかわらず、魔術光は見えない。きっともう、見ることはないだろう。

 アラドニアの首都ラドニスに、もはや魔素を生み出す忌々しい装置はないのだから。


「……どこへ行けって言うのさ」

「迷いの森に頭下げてこいよ。ハイエルフのエトワール公の偉大さは、おまえさんもわかってるんだろ」


 七英雄の生き残りだ。おれが尻尾巻いて逃げたって仕方がねえ相手だったさ。


「冗談! リリィがあの様だ。あたしは残るよ。そしておまえも死なせない」


 リリィは――。

 リリィは、目覚めなかった。だが、呼吸も鼓動もある。


 ゲイルは言った。銀竜の体液はエリクシル。ならば魔素を吸収し続ければ、いつかは体内にエリクシル成分が満たされ、欠損を修復して目を覚ますはずだ、と。

 けれどゲイルとルシア、そしてライラがどれだけ魔素を注いでも、リリィは目覚めなかった。きっと足りないのだろう。


 あの絡繰りには。はじまりの研究所の天井にあった絡繰りには、まだ生首から吸い上げた魔素が大量に残っていた。けれど、あんなもので目覚めることはリリィだって望まないはずだ。だから結局、あの研究所はおれとゲイルで燃やした。溜め込んでいた魔素ごと、燃やしたんだ。

 何が正解なのか、今となっちゃもうわからねえ。だが、死んでなきゃいつかは目覚めるはずだ。

 だから――。


「や、おれも死なねえよ? 死ぬ気なんざ一切ねえし」

「ええ!? 嘘くさいなあ、おまえが前向きなことを言い出すなんてさあっ」


 顔をしかめてライラが吐き捨てる。

 ひでえ言われように、おれは思わず笑っちまった。


「ほんと、死なねえって。あいつが目ぇ覚ましたときにおれがいなきゃ手ぇつけらんねえだろうがよ」

「う~……? 本当ぉ?」

「ほんとほんとぉ」

「じゃ、怒るなよ?」


 ライラがぴこぴこと耳を上下させ、おれの頬に人差し指を突き立てる。


「何を?」

「風精を使って、ハルピア族の長とリザードマン族の戦士長に今回のことを報せた。我ら常闇の王がいよいよ事をかまえるって」


 ティルスとギー・ガディアか!


「手勢を連れてすぐに駆けつけるってさ。ハルピア族は羽根があるから速いけど、リザードマン族のほうはちょっと時間がかかるかもね。残党討伐隊が来るまでに間に合ってくれればいいけど」

「ははっ、そいつぁいいや。賑やかな晩餐になりそうだ」

「晩餐って。戦うために呼んだんだからな?」

「わぁ~かってるよぅ。楽しみだねェ」


 楽しく酒を酌み交わし、うまいもんを食ってりゃ、リリィもそのうちひょっこり顔を出すかもしれねえ。よだれ喰って寝てる場合じゃねえ~! ……ってな。


「しっかし、どういう心境の変化だよ。てっきり嫌がると思ったんだけど」


 夕陽に照らされ、おれは瞳を細めた。


「ライラ。おれは生きるために常闇の王になるよ。もう、人間の側に戻れそうにねえんだ」


 おれはラヴロフほど優しくはない。

 やはり一千万の民を、ゆるせそうにはない。


 ライラが顔を歪めて、気が抜けたようにうなずく。


「あ……うん……え……」

「おまえさんにゃ、これからも働いてもらう。いいかい?」


 ライラが額に縦皺を刻み、調子が狂ったように頭を掻いた。


「め、命じろよ。王……なんだからさ……」


 おれは思わず噴き出しちまった。

 犬猿の仲のくせに、同じ事を言いやがる。リリィと。


「いいんだよ、これで。おれたちゃ、これでいいんだ。このほうがいい」


 気楽で。なぜなら、リリィとの旅は実に楽しいもんだったから。


「そう?」

「ああ。早速頼みがある。アラドニア近隣にある常闇の眷属の里を訪れ、仲間を募ってくれ。期限は討伐隊が組まれるまでだ。戦士だけではなく、部族単位でいい。住処は……そうだな。討伐隊との決戦を終え、人間たちの非戦闘員を追放した後に、首都ラドニスへの永住権を与えるってのぁどうだい?」

「わかった! 行ってくる!」


 ライラが跳ね上がるように立ち、瓦礫を蹴って階下へと飛び降りた。


「気ぃつけろよ」

「おう!」


 緑の風を足もとにまとい、ライラが外套をなびかせて一瞬でおれの視界から消えた。

 おれは胸に空気を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。そうして立ち上がり、人気のない廃城の奥へと歩いた。


 抜けた床を飛び降り、比較的崩壊に巻き込まれなかった城壁塔へと飛び移る。

 簡素なベッドには、赤の懸衣をまとった長い銀色の髪を持つ美女が、今も静かに眠っている。

 絶滅したと思われていた幻の銀竜シルバースノウリリィだ。

 おれは彼女の周囲を植物でいっぱいにした。植物や動物は魔素を生み出すものだと、以前にリリィから教えられたからだ。


「今はまだ、ここから動けねえ。けど、全部終わったら、また旅に出ようや。今度はおれたちの、(つい)の棲家を探す旅だ」


 植物に囲まれている場所がいい。

 海か湖があると、なおいい。

 動物たちが走り回り、鳥の鳴き声で目を覚ますんだ。

 そうして友らが、たまに顔を見せてくれりゃあ――もう言うこたぁねえなァ。


 楽しみだなァ、リリィ――。




ドラ子の雑感


楽しみですねえ♪

もう少しだけ、待っていてくださいね。


※09/14

魔王になった人斬り侍と、ドラゴン嬢の旅のお話はここまでです。

次回更新となる最終話はおまけですが、以降数年の歴史が判明されます。

是非、最後までお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ