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001 スライム

俺、柏木湊(かしわぎ みなと)は、会社をクビになった。


上司が起こした致命的なミスの責任をすべて押し付けられ、自主退職に追い込まれたのだ。


元々コミュ症気味の口下手で、弁明の余地すれも与えられなかった。


心身ともにすり減りし、疲れ果て、その日は帰宅と同時にベッドに倒れ込んだ。




翌朝。


重い体を起こして、狭いベッドの上でため息をつく。


今日からどうしようか。とりあえず失業保険を申請して、ハローワークで職探しか……憂鬱だ。


どんよりとした気分のまま、食料を買いに行こうとアパートを出た。


そこで、異変に気づく。




隣の空き部屋。ずっと入居者がいなかったはずのその部屋の扉が、なぜか重厚な木製のドアに変わっていたのだ。


どうしても気になって、そっと扉に手をかけると抵抗を感じることなくスッと開いた。

「……何だ!?」


六畳1Kがあるはずの空間は、石造りの壁とステンドグラスに囲まれた、まるで小さな教会のような場所になっていた。


そして祭壇らしき場所の前に立つ無表情の神官が、こちらを見て口を開いた。




「ようこそ、迷える子羊よ」


それと同時に、俺の目の前にウインドウがブオンと浮かび上がった。


呪文を覚える

毒の治療をする

呪いを解く

お祈りをする


「何だこれ!?」

「ようこそ、迷える子羊よ」


「えっと、質問……」

「ようこそ、迷える子羊よ」


「あっ……だめだ……」

「ようこそ、迷える子羊よ」


こちらの言葉をまったく意に介さない、まるでNPCみたいだ。どうやら決められた定型文しか話せないらしい。


「『お祈りをする』をお願いします」


俺は空中に浮かぶウインドウの文字を指差してコマンド選択する。


就活の時は、散々企業からお祈りされたけど、今回は俺がお祈りする側か。なんだか皮肉な話だ。


どこからともなくパイプオルガンのような神聖な感じの音楽が流れ、目の前のウインドウがスッと消滅した。

セーブ?が完了したということだろうか。




「……これで終わり?」

「ようこそ、迷える子羊よ」


神官の声と共に、再びウインドウが現れる。話しかけたつもりは、無かったんだけど。


「『呪文を覚える』をお願いします」


項目をタップすると、ポンという軽快な音と共に、新しいウインドウが現れた。


小・ヒール……100G

浄化……200G

……


「100G?」


小・ヒールをタップすると、ブッブーという不正解音が響き渡りウインドウが消えた。


「……(失礼しました)」


俺は微動だにしない神官に向かって心のなかで返事をして、黙って外に出た。






教会でお祈りをした俺は、本来の目的である食料の買い出しをしに、近所のスーパーへと向かった。


その道中のことだ。住宅街の一角にあった空き地に、目を疑うような光景が広がっていた。


「マジかよ、あれ……」「動画! 動画!」


朝っぱらから多くに野次馬たちが群がっている。彼らの視線の先には、ゲームでしか見ないような岩肌剥き出しの『洞窟』がぽっかりと口を開けていた。


「はいはい、下がって! ここから先は立入禁止ですよ!」


お巡りさんが黄色の規制テープを張り、スマホを構えて大騒ぎする群衆に睨みを利かせている。


少し見物していきたいが空腹には勝てず、そそくさとスーパーへ急ぎながら、俺は内心で首を傾げていた。


アパートの隣の空き部屋にできた謎の教会といい、あの突然現れた洞窟といい、一体何が起こっているんだ?






食パンと安いインスタントコーヒーを買ってアパートへ帰った俺は、トーストをかじりながらスマホを開き、情報収集を始めた。


ニュースアプリのトップも、SNSのタイムラインも、完全に狂っていた。


『世界各地の空き地や空き店舗に謎の建造物が出現!』

『新宿にダンジョン!? 警察が封鎖中』

『近所にファンタジー風の武器屋できたんだがwww』


どうやら、隣の部屋が教会になったのも、近所の空き地に洞窟ができたのも、局地的な現象ではないらしい。




昨夜、日付が変わると同時に、世界中でダンジョンやら謎の教会やら怪しげな店やらが、空き地や空き店舗を埋めるように一斉に出現したのだ。


「はぁ……こんなことになってたのか……」


俺は深いため息をついた。

眠っている間に世界が天変地異に見舞われていようとは……。


だからといって、俺が理不尽に会社をクビになったという事実は変わらない。


先行きが見えない現実に、余計な疲労感がのしかかってくる。




――ぺったん、ぺったん。


その時だ。


窓の外、猫の額ほどもない小さな庭から、何かが着地するような奇妙な音が聞こえてきた。


「何だ……?」


野良猫にしては変な音だ。

訝(いぶか)しみながら窓に近づき、カーテンの隙間からそっと庭を覗き込む。


そこには、青みがかった半透明の水風船のような物体がいた。自らの体を伸縮させながら、狭い庭の雑草の上をぴょんぴょんと無邪気に跳ね回っていた。






スライム。

ゲームでお馴染みの最弱モンスターが、俺の家の庭にいた。


小さな庭は、塀(へい)に囲まれ周りからは完全に死角になっている。

俺は意を決して玄関からビニール傘を持ち出し、ぴょんぴょん跳ねるスライムを先端で突っついてみた。


ぷにぷにとした不思議な感触がある。何度か執拗に突き刺していると、スライムは「ぷしゅぅ」という気の抜けた音ともに、光の粒子になって消え去った。


そして後には、キラキラと金色に輝く小さなコインが1枚だけ残されていた。


「金貨!?」


俺は慌ててそれを拾い上げ、陽の光にかざしてみる。ずっしりとした重みがあり、明らかに本物の金属だ。




換金すればいくらになるだろうか。いや、待てよ。こんな得体の知れない金貨、どこでどうやって手に入れたか根掘り葉掘り聞かれたら絶対に面倒くさいな。警察に届け出るのも気が進まない。


俺が金貨の処遇に頭を悩ませていると、足元から再び「ぺったん、ぺったん」と嫌な音が聞こえてきた。


視線を落とすと庭に、新しいスライムが出現して跳ねている。


「ポップするのか……」




そこから俺の、スライム狩りが始まった。


呪い殺したい上司の顔を思い浮かべ、ストレス発散も兼ねて、現れたら傘で突く、現れたら傘で突く。


何十匹か倒したところで、突然、頭の中に「タララタッタッター♪」という軽快なファンファーレが鳴り響いた。


「もしかしてレベルアップ? ……こういう時は、ステータスオープン。なんて――うお!?」


冗談半分で呟いた直後、目の前の空間にウインドウがふわりと浮かび上がったのだ。


強さを見る

装備

呪文

道具

所持金




完全にRPGのコマンド画面だ。俺は逸る気持ちを抑えながら、まずは一番上の『強さを見る』を選択した。


柏木湊

レベル2

筋力  :11

身の守り:11

素早さ :11

魔力  :11

運の良さ:11

ボーナスポイント:10


基準値が10だと仮定すると、それぞれ1伸びているようだ。そしてボーナスポイントは、おそらく好きに振り分けることができるのでは、ないのだろうか。




続いて『装備』の項目を開いてみる。

しかし、ウインドウの中は空欄のままだった。俺は右手に持っていたビニール傘を見つめる。どうやらこのシステムでは、傘は武器として認識されないらしい。




「さて、『呪文』は?」

残念ながら呪文のウインドウも空欄だ。お金が溜まったら隣の教会に呪文を教えてもらいに行こう。




次に『道具』を開く。これも見事に空欄だ。

「傘とか入るか?」と思い、ビニール傘をウインドウに向かって突き出してみたが、ウインドウをすり抜けるだけだった。


「訳が分からん」




小さく毒づきながら、最後に『所持金』の項目をタップする。


画面には「0G」と表示されていた。俺はポケットの中でジャラジャラと音を立てていた金貨を取り出し、試しに一枚をウインドウへ近づけてみる。


シュッ。


金貨がウインドウに触れた瞬間、吸い込まれるように消え、画面の数字がチャリンという音と共に「1G」に変わった。

残りの金貨もまとめて近づけると次々に吸い込まれ、最終的な表示は「29G」になった。


「おお!」


俺は少し感動して声を上げた。これなら金貨をジャラジャラ持ち歩く必要がなくてめちゃくちゃ便利だ。


ふと思いついて、自分の財布から百円玉を取り出しウインドウに近づけてみたが、すり抜けて地面に落ちたのだった。






ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

もしよろしければ、『ブックマーク』と『★評価』をしていただけると、ものすごく嬉しいです。

これからも頑張って更新しますので、引き続きよろしくお願いいたします!


ストック尽きるまで、7:00・12:00・18:00・20:00に投稿予定。

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