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レオン・アークウェルの非日常  作者: タラレバ


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第六話『執筆せよ、退職届!』


 背中を寒気が走り抜けた。

 怖気と見紛うそれに、迷いなく背後を振り向くけれど、そこに寒気の正体は無い。


 ……というか、うん。本当に尋常じゃなく嫌な予感がした。


「あ、ありがとうございますっ! ありがとうございます!」


 つい先程、王都内に出現していた最後の魔物を討ち取ったところだった。

 襲われていた八百屋の男が、何度も頭を下げて感謝の言葉を口にしている。


 感謝されるのは好きだけれど、何度も繰り返されると色々と受け取り辛くなってしまうので勘弁願いたい。


「美味い野菜が食えなくなるのは困るからな。次買いに行った時に、サービスでもしてくれ」


「は、はい! とびっきりの上物をご用意しておきます!」


 何か誤解されそうな言い回しも勘弁願いたい。


 煌々と輝く視線をこうも向けられては、そんな文句も突き出せなかった。

 ヒラリと手を振って、


「おう、期待してるぜ」


 と、そう返すのが手一杯だ。


 八百屋の男は鬱陶しいくらいの笑顔を浮かべて、もう一度だけ礼を述べてから走り去った。

 その背中を見届けてから、深く瞼を閉じる。

 

――王都内に魔物の気配は既に無い。


 感じ取った気配の元は全てこの手で消滅させた。

 とりあえず、事態は収拾しただろう。

 だが、解決(・・)はしていない。

 

 王都カーヴェルンを囲む結界内で自然的に魔物が生まれるなんてことはあり得ない。今回の事件は、確実に何者かの思惑に則って引き起こされた王都襲撃。

 その犯人探しまでは、流石に俺の領分ではない。ここは分を弁えるのが最良の択と、そう判断すべきだろう。


 というより、そう判断しなければ妙な事に巻き込まれる気がする。


「……なーんか、最近物騒なんだよなぁ」


 魔物の活性化と言い、今回の件と言い――薄暗い陰謀の匂いがぷんぷん香る。

 厄介事に首を突っ込むつもりは無いというのに、何故俺の身の回りでばかりこういった面倒事が起こるのか。


「……呪われてるのかな?」


 うん、早く退職しよう。


 ◇


 件の王都襲撃から、数日が経った。

 王都の混乱も今や過ぎたものとなり、魔物の出現などまるで無かった事のように平穏な日々が流れている。


 けれど、起きた事は事実として残る。

 一部の市民は傷を負い、それを守ろうとした騎士達も負傷した。

 傷は治る事はあっても、消える事は無い。


 王都に残った傷は、そのまま不安要素となって瘡蓋(かさぶた)のように世に留まっている。

 市民は知ってしまった。王都の平和は絶対ではないと。

 騎士は知ってしまった。護り手たる己の力がどれだけ頼りないものなのか。


 傷は消えない。故に、人は学ぶのだ。

 もう二度と傷を負わないように。次に備えて、人は意識を高めていく。

 そうして学び、適応する力こそが人間の築き上げた繁栄の秘訣なのかもしれない。


「――うし! ザッとこんなもんだろ」


 という訳で、俺も適応する事としよう。


「退職届なんて初めて書いたが、案外スラスラと書けるもんだ」


 いや本当に、これまで碌に手紙すら書いた事の無い俺が、不思議なくらい記す内容に迷わなかった。

 ……ん? 手紙を書くことが無いってそれは、暗に俺の友好関係の無さを示しているのでは――いやまさか、そんな。誰だって大人になったらいちいち手紙なんて書かないもんさ。


 執筆の功労者、ペンを労わるように優しく机の上へ置く。

 この退職届を書く為だけに購入した万年筆。質が良い事が分かっていたが、まさかここまで書きやすいとは。

 炭で字を書くのとは大分具合が違ったが、慣れるまで時間はかからなかった。


 やれやれ、流石にお貴族様が使うようなペンは次元が違うな。


 ……そういえば、風の噂だが今王都にはある侯爵家が没落した、などという噂が流れている。

 根も葉もない、世間話にすらならない噂だが、火のない所に煙は立たないとも言う。少なくとも、その侯爵家とやらに何かあったのは間違いないのだろう。


 お貴族様の問題に首を突っ込むつもりは無いし、巻き込まれたくもない。そんな俺の耳にまで届くお貴族様のバッドニュース……うん、デマだな。

 流石に上流階級の黒い噂が市民の末端まで浸透する訳がない。つまり、これは市民の誰かが退屈凌ぎに考えたデマだ。


 分かる分かる。俺もたまにやる。

 退屈と平穏は違うのだ。退屈は毒であり、平穏という癒しには成り得ない。


「なんだかんだ、この10年も悪くなかったかもな」


 窓の外、もう何百回眺めたか分からない王都の景色を瞳に映す。

 

 ここは俺が王都へやってきた時からずっと借りている安宿であり、新人冒険者御用達の宿でもある。

 正直に言えば、A級冒険者の稼ぎならもっと良い宿に泊まれるし、そもそも家だって買える。が、どれも総じて高い。こちとら田舎育ちの庶民なのだ。そういう高い出費にはどうしても身構えてしまう。


 安く済ませられるなら、何だって安い方が良い。

 食事くらいは偶にの出費は大目に見れるけれど、それが毎日となると美味を堪能した喜びを浪費のストレスが上回る。使ってきた金を省みて、その金額に愕然としてしまう時がいつか来る。


 だから、安い方が良い。いや、正しくは――お金は、大切にした方が良い。しなきゃいけない。


 人類の築き上げた文化圏において、お金は生きる上で全人類共通の必需品。貯金が尽きれば焦りが出るし、大金を稼げれば余裕が生まれる。

 人間の生活及び精神状態にすら多大な影響を与える生活の根幹を握る概念――それが“お金”だ。

 

 故に、その重要性を見誤ってはいけない。

 また稼げばいいのだから、と無駄遣いをしてはいけない。グチグチ悩むのは嫌いだから、と自分の中で精査せずに適当な品を買ってはいけない。

 慎重に、丁寧に。生活の上で当たり前に使用するものだからこそ、当たり前だと考えてはいけないのだ。


――と、俺は親から教わった。


 ケチになれ、って事かと当時は思ったが、今では割とその考えには賛同できている。

 というか、一気に大金を使うのは単純に怖いのだ。自らの安全を脅かされているような気がして。


「……そういや、金も随分貯まったな」


 手元には数枚の金貨しかないが、両替商に預けている金貨枚数はとっくに万を超えている。もしかしたら、下手な貴族よりも大金持ちとなってしまったのではないだろうか。

 とは言うものの、正直通帳に記載された金額が自分の物だという実感は薄い。大金持ちだという自覚もだ。お陰で、未だこうした庶民派感覚が抜けていないのは、幸運なのか不幸なのか。


 金持ちの思考というのは、未だに良く分からない。

 冒険者として昇り詰めると、お貴族様から直接依頼を受ける事も増えてくる。そうした理由で上流階級の皆様方とお会いする事もあったが、これがまぁ気が合わない。


 口を開けば始まるのは自慢話と探り合い。日々(まつりごと)に勤しんでいるからだろう、彼等はまず人を疑い観察することが習慣化しているようだった。

 彼等の政治の下で暮らす庶民としては頼り強い事この上なかったが、向き合って話してて楽しいと思える相手ではなかった。元より、彼等は初対面の相手との会話に面白みなど微塵も求めてはいないのだろう。


 求めているのは、情報と人柄。それらを見極めて、彼等の中にある何らかの基準を超えて初めて、ようやく話し相手として認められる。

 うん。会話のハードルが高すぎる。そこから友達になるまでに、はたして何年かかるのだろうか。


 ……やはりというべきか、改めて実感すべきだろう。

 片田舎から王都へとやってきて、早10年。随分としがらみが増えた。

 A級となってからは英雄候補だのなんだのと持て囃され、半ば道化のように貴族の催すパーティーに呼ばれる事もある。まるで客寄せパンダのようだと、そう苦笑したのははたしていつだったか。


 別に、それが嫌という訳ではない。

 ちやほやされるのは悪くない気分、どころか心地よい。田舎村で生まれ育った庶民が、よくもまぁここまで成り上がれたものだと自画自賛したくなる程だ。

 

 しかし、その代償に俺の言動や振る舞いに制限が出てきているのは事実。

 イシュアからも度々口酸っぱくして言われているが、俺は王都における冒険者の代表のような立場になってしまった。

 俺が下に見られ、舐められれば、王都で活動する冒険者全てが侮られる事態となりかねない。


 それ故に大仰に喋り、時に傲慢な態度を取る事だってある。

 そういう自制を余儀なくされている事は、やはりストレスだった。


「田舎者にやらせる事じゃないよなぁ」


 単なる田舎者で在れたなら、ここまで貴族達に近づくことも無く、彼等の性質に肌で触れることも無かった。

 

 結局は、分不相応なところにまで成り上がってしまった、という事なんだろう。

 自分が心地よいと思える居場所から、大分離れすぎてしまった。

 

 そりゃあ、疲れもするさ。


「退職したら、母さん達に顔見せなきゃな」


 書き終えた退職届の文面をなんとなく目で追いながら、独り言ちた。


 冒険者になってからは忙しすぎて、故郷に手紙を送る暇もなかったからな。これまで不出来な姿ばかり見せてきた分、今度は親孝行してやるべきだろう。

 

「――おう、入っていいぞ」


 コンコン、と部屋のドアをノックする音が響いたのは、その直後だった。


 失礼します! と威勢の良い声と共に開かれたドア。建付けが悪いからか、キィーという音が鳴ってそれが何とも子気味いい。

 子供の頃は、こういう変な音がするものが好きだったな。


「お久しぶりです! レオンさん!」


「なんだ、ブラッドか。最近B級に上がって忙しいんじゃなかったか?」


 透き通るようなブロンドの髪。

 体格のいい男に似合わない長髪にして、透き通るような髪質は、しかし何故か男の外見を崩さない。


 ブラッド・クロッセウス――元貴族の冒険者。この王都においても珍しい来歴の持ち主。


 品の良い紳士的な笑みを浮かべて、彼はドアの前に立っている。


「はい! 結構忙しいです」


「だろうな。昇級したての冒険者には依頼が回されやすい。組合の見定めとやらも、期間が長すぎるってもんだ」


 冒険者の階級上昇には特に試験のようなものは無く、これまでの実績に応じて組合側が判断し、組合側から冒険者に対して昇級の打診をする。

 階級が上がれば、その分受けられる依頼の幅も増える。昇級とはつまり、単純に難易度の高い依頼を受ける資格を得たという事なのだから、当然だ。


 しかし、昇級していきなり好きなように高難易度の依頼を自分で選んで受けられる、という風にはならない。冒険者組合からすれば、せっかく昇級した有望な冒険者が意気込んで高難易度の依頼を受けた結果、いきなり死亡してしまう、というような事態は全力を以て避けたい悪夢だ。

 故に、昇級してからしばらくの間は組合によって吟味された依頼が昇級したての冒険者に回される。


 この時に回される依頼は、総じて危険度はそこそこ、しかし達成難易度は高い。という印象のものが多いが、ぶっちゃけ俺はあまりこの説を信じていない。


 だって俺がA級に上がった時なんて酷かったぞ? 依頼先ではイレギュラーが起こるし、そもそも始めに聞いていた依頼内容と現地で聞いた情報が食い違っている事だってあった。

 俺の中で冒険者組合に対する信頼度が明確に下がっていったのはあの時からだ。


「期待されているという事ですから、私に不満はありません! まぁ、ほんの少し手応えが無いのはちょっぴり残念ですが」


「……そうかい。ま、ちょっとの辛抱だろ。休息期間だとでも思えばいいさ」


 キラキラと零れるブラッドの笑みが今はちょっと癪だった。というか、結構妬んだ。


 なんですかコレ? 贔屓ですか? 贔屓なんですか組合さんヨォ!

 仮にも管理業やってんだから物事は公平に見極めんかい! ボイコットするぞマジで! いや、その前に退職するんですけども!


「はい! ところで、ちょっと頼みがあるんですけど――」


 あ、いやな予感。



「前みたいに、また手合わせしていただいてもよろしいでしょうか!?」



 嫌どす。



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