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A級一位は遂に退職を志す  作者: タラレバ


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第五話『赤い世界』


 少々、見縊っていた。

 はっきりと侮っていたと、そう自らを諫める程度には。


 一瞥したところ、大通りに現れた魔物は精々が数にして12か13程度だった。

 その中に強者たる魔物は見受けられず、故に一振りで全て仕留められると誤認した。


「凄いな。キマイラより硬いとは」


 感嘆が漏れる。


 そこに隙を見た石の巨兵が、大きく拳を振り上げた。

 大岩と見紛う掌が、丸く固められ地へ落される。

 狙いの中心は、最早説明するまでもなく。


「――来いよ」


 自然、頬が緩む。


 巨兵に反応は無い。

 感情の無い石の人形は、当然意志を持たぬ機械に他ならない。

 そこには虚しさも、儚さも存在せず。

 あるのはただ、指示の通りに動く石の塊だけ。


 そこには誇りも無く、気高き魂も無い――


「空っぽの拳じゃ、俺は砕けねぇ」


 重い衝撃が、脳天から足元を突き抜ける。

 踏み込む足が地面を割った。足元が陥没し、足裏に伝う感触は石畳のものではなく、まごう事なき土の柔らかさ。


 されど、この身体に痛みは無し。

 咄嗟に十字に交差した腕のガード。

 ガードの上から巨兵の拳は叩き下ろされた。

 つまり、防御は形になっている。


 ならば、ガードが機能するのは当然の事。

 苦痛が身に走る道理は無い。


「オ、ラァ――!」


 頭上を覆う巨拳。

 それを打ち割る様に、垂直に拳を打ち上げる。


 踏み込む足が、そのまま地面を蹴り上げた。

 身体が宙に浮くと同時、打ち上げた拳が真上の巨拳と衝突する。


 瞬間、巨拳が割れた。


「――――」


 石の巨兵に痛覚は無い。

 故に、拳を割られた程度で悲鳴を上げることも無い。

 淡々と、眼前の情報を処理した巨兵は、すぐさま二撃目を放とうとして、


――キンッ。


 と、一閃の下にその身体すら分かたれた。












「……横やりは感心しないな。それも不意打ちとは、無粋にも程がある」


「緊急事態でしたので、お見逃し下さい」


 斬撃の出所は、一人の赤毛の騎士だった。


 若い。それが第一印象。

 直後に、年齢に見合わない練磨された剣気が目についてしまう。


 やはり何度見ても、この少年は()慣れない。


「で、これは一体全体どういう事態なんだ? 騎士ロゼッタ」


 これ以上顔を向き合わせていると、目が疲れてしまいそうだった。

 王都四方から感じる気配に目を向けるように、赤毛の騎士から目を逸らす。

 自然、空を仰ぐ体勢になる。彼は上官に向けるような堅苦しい口調で、先の問いに答えた。


「ハッ。現在王都の四大通り中央箇所にて、多数の魔物の出現が目撃されております。状況からして、召喚魔法による犯行が予測されますが、副団長によれば調教師(テイマー)の命令による魔物の暴走も考えられるものと」


 どうやら、騎士団は完全に後手に回ってしまっているらしい。

 王都中の気配から察知してはいたので、驚きは無い。


 赤毛の騎士――ロゼッタの言う通り、これは人為的な魔物召喚による王都襲撃。

 ここは鉄壁の王都カーヴェルン。外側の守りが強固である事など自明の理。


 従って、硬い外から攻めるより、甘い汁で満たされた内側から破壊する。

 実に合理的で、当然とすら言える策。

 そこを事前に対策しない王国騎士団ではあるまい。


「……内通者か。嫌だなぁ、そういう悪意の見えるやり口は」


 関門を通らない王都内への侵入は、不可能だと言っていい。

 王都カーヴェルンを囲むように張られた二重の結界。


――第一の結界。『アインブルッフ』


――第二の結界。『フレヴェンツィオーン』


 前者があらゆる存在の侵入を感知し、後者がそれを防止する。

 関門以外にこの結界の抜け道はなく、その関門における入都審査も厳重だ。

 刃物や魔道具、果ては個人の持つ魔力に至るまで。危険と思われる全ての要素が暴き出され、やがて丸裸となって潔白の身となった者だけがカーヴェルンへ足を踏み入れる事を許される。


 この審査をすり抜ける術はない。

 S級冒険者の盗賊(シーフ)であっても、正攻法では不可能だ。


 よって、予測されるのが内通者の実在、という話である。

 物理的隙間が無いのなら、人為的に作り出せばよい。

 入都審査が他ならない人間の手で行われている以上、関門に立つ人間の中に間者が紛れ込んでいたなら、暴れ者のカーヴェルン入都も可能だろう。


「我らが騎士団に、そのような悪辣な誘惑に乗る者が居るとは思えません」


 俺の呟きに反発するように、ロゼッタは瞳を燃やして言う。


「俺だって思っていないさ。でも、魔法か、或いは洗脳か。手段はともかく、何らかの方法で傀儡となってしまっていた場合も考えられる。そうなると、例え騎士であっても犯人の思惑通りに動いてしまうだろ」


 そう、関門に立つ騎士の中に間者が居るとは限らない。

 例えば、王都内に屋敷を構える貴族達。その中に内通者が居る可能性だってある。


 というより、確立としてはそちらの方が高いだろう。貴族という人種は、得てして欲深く飢えている。誘惑に釣られやすいのは、むしろああいった連中だ。


 貴族であれば、魔法使いくらい金で雇える。

 きな臭い裏事情に気付いたとしても、金払いが良ければ素直に依頼を受けるような魔法使いなんて、冒険者の中にもごまんといる。

 騎士団に所属する人間一人捕まえて、暗示をかけるくらい、造作も無いだろう。


「とまぁ、これくらいお前等んとこの副団長様ならとっくに考え付いてる筈だろうけどな」


 言いながら、ロゼッタの様子を覗き見る。

 相も変わらず年不相応の闘気を纏う若き騎士は、珍しく年相応に表情を歪めていた。


 だが、その気に乱れはない。

 彼はただ混乱しているだけであり、動揺は微塵もしていない。

 犯人さえ分かれば、ロゼッタはそのまま対象を斬りに行ける。そういう状態だった。


 ……おっかない。


「……心当たりは無しか?」


「――えぇ。残念ながら」


 分かりやすい嘘だった。

 声が僅かに震え、今度こそ彼の気は僅かに流れを乱した。


 故に、気づかないふりをする。


「そうか。まぁ、そんなすぐに見つかったら訳無いか」


 面倒事には関わらないに限る。

 特に、お国の政治柄に関わる件は真っ平ごめんだ。


 今回ばかりは騎士団で何とかしてもらわなくては困る。

 王都は守れても、一冒険者でしかないこの身では王都内の癌までは除去できない。


「それじゃ、俺は他のところに行くとする。後3箇所程度なら、解決に10分もかからない」


「了解しました。市民の避難は、我等騎士団にお任せください」


 ピシッと背筋を伸ばし、ロゼッタは敬礼の姿勢をとった。

 心臓のある位置、左胸中央に手を添え、若い炎の灯る瞳を真っ直ぐに向けてくる。


 やめてほしい。こちとらそんなに偉い人間ではないのだ。

 ぶっちゃけ、田舎村の平民だし。


「ああ。頼んだぜ、騎士団期待の星!」


 揶揄うように言うと、ロゼッタはくすぐったそうに目尻を下げた。

 この時、今日俺の前に現れてから初めて、ロゼッタは笑った。


 おやめください、と。

 照れ臭そうに返すロゼッタを見守った後、思い切り地面を蹴る。


 肉体を阻む空気抵抗を突破して、俺は王都の上空に浮かんでいた。

 俯瞰で見る現在の王都は、分かりやすいくらいにパニックを引き起こしていて、少し面白い。

 魔物の出現場所とされる3か所の位置はすぐに分かった。元々気配でも辿れていたのに、時間がかかる筈もない。


 身体が落ち始める。

 同時、膝を折り、大気を蹴った。


「さて、目指すは5分で殲滅だな」


 凄まじい速度で迫ってくる王都に見惚れつつ、自ら設定した目標時間を口にした。

 王都で問題を起こされるのは困る。故に、今後二度と王都で暴れようなんて思わないくらい、迅速かつ徹底的に混乱を解消する。


 数少ない冒険者生活における安住の地。

 そこに手を出されてしまうのは、やはり気に食わなかった。


 ◇



 流れ星でも見ているかのようだった。


 何もない空を蹴り、王都上空を跳んで魔物の発生区域に急行するレオンを見届け、ロゼッタは視線を現実に戻す。

 通りの混乱は既に収まっていた。


 無秩序極まりない現場の空気を一新させた英雄は、既に他の現場へと飛んで行ってしまった。

 碌にお礼もできていない事を歯がゆく思っていると、共に避難誘導に当たっていた騎士の男が駆け寄ってきた。


「副隊長! お怪我は――」


「ある訳ないだろ。足止めしかしてないんだから、当然だ」


 気遣わし気に顔色を伺ってくる男の視線が、妙に鬱陶しかった。

 見れば、事態の収拾を感じ取った人々が歓喜と安堵を互いに分け合っていた。

 オークに捕らえられていた子供も、特に外傷なく母親の下に返されたらしい。


 頬を濡らして、瞼を閉じた子供を抱く女の姿が目に入る。


――不愉快だ。


「避難再開。市民の安全を第一に、騎士団の駐屯地付近まで誘導して」


「ハッ! 了解致しました!」


 早く視線から解放されたくて、適当な命令を下す。

 騎士の男は命令に敬礼を返した後、ロゼッタの言葉通りに市民を先導していく。


 人々が離れていく。

 弱く儚い王都の市民が、ロゼッタから遠ざかっていく。


 そうして、やがて人波の最後尾が見えなくなるまで見届けて。

 ようやく、ロゼッタは安堵の息を吐いた。


「……クソ」


 人混みから離れた安堵は、途端に屈辱に塗り替えられた。

 鞘に納まる剣の柄。それを握ると、世界が真っ赤に染まっていく。


 斬って、斬って、斬って、斬って。

 

 幼い頃から、何物をも斬ってばかりだった。

 母からは、刃物の扱いが巧みで料理向きの特技だと褒められた。

 父からは、剣の才能があり、騎士になれる素質があると見込まれた。


 やがて、父から剣を教わることになった。

 どうやら、父も若い頃は騎士を目指していたことがあるのだという。

 父は、あろうことか自分の息子に己が夢を託そうとしていた。


 当時、父から向けられた期待の視線にロゼッタの胸は熱くなった。

 

 まずは素振りから、と父から木剣を渡された。

 初めて握る剣の柄が、不思議なくらいピッタリと手の中に納まった感触を覚えている。


 そうして、父に言われるがまま剣を振った。


――その日からずっと、視界は真紅に色付いている。


「――――」


 ……命令を、遂行しなければ。


 赤い世界の中、おぼつかない足取りで行先へ向かう。

 上から指定された極秘任務。ロゼッタが王都の巡回兵士と共にこの通りで魔物と戦闘をしていたのは、この通りが任務地への道中だったからだ。

 お陰で、碌に戦闘経験もない兵士と市民を守りながら戦う羽目になった。


 剣の柄を握っていると、視界が次第に赤黒さを増していく。

 だが、その赤い風景に違和感を感じない。むしろ、感じるのは安心感と充足感。

 これで思う存分に剣を振れるのなら、不足など世界に存在しない。


 だから、二度と手から剣が離れぬよう、強く強く握り締めた。


 手から剣が離れると、途端に息苦しくなる。

 足が地面から浮いているような、自身が世界から認知されていないような、そんな風に自身の存在が薄れていくような錯覚を覚える。


 ……そうすると、もう本当に我慢できなくなる。


「――――」


 気づけば、上から知らされた任務地に辿り着いていた。

 豪邸と言って差し支えない、立派なお屋敷を前にして尚、胸の内には羨望も嫉妬も浮かばない。


 何しろ、この屋敷の主の命はもう終わる。

 それが分かっていて、どうして憐れみ以外の情を抱けるのか。


 鍵のかけられた鉄柵の門。

 切り裂いてその役目を終わらせることは、然程難しい事でも無かった。


 残骸と化した鉄柵を乗り越え、次に絢爛たる装飾の施された両扉がロゼッタを出迎えた。

 斬るのに惜しい美術品と言ってもいい木製の扉は、しかし赤い視界の下にあっては返って醜くすら見えた。


 故に、斬る。


 細々とした木片へと様変わりした扉。

 扉によって妨げられていた内と外とを分ける境界線。それを、パキッとしか乾いた音と共に踏み越える。


 屋敷の中は目が痛くなるくらいに赤い(・・)

 きっと、明かりの光量が強いのだろう。

 天井を見上げると、案の定大きなシャンデリアが吊るされていた。


「あら? 来客のご予定なんてあったかしら」


 品の良い声が耳に入る。

 顔を向けた先には、美麗なドレスに身を包むご婦人の姿があった。背後には、数人の使用人を引き連れている。


 大方、茶会にでも出発するところだったのだろう。


「えぇと、騎士様かしら? 主人に何か御用?」


 日の下の最中、大っぴらに帯剣しているからだろう。

 ロゼッタの腰へ視線を向けた後、ご婦人は首を傾げて無警戒に近寄ってくる。

 

 それを、どこか冷めた目で眺める。


――嗚呼、やはり視界が紅い。


「ぇ――」


 婦人の首筋に一線、赤い糸が刻まれた。

 そう認識した直後、婦人だったモノの頭部と胴体が泣き別れる。

 舞う血飛沫が、さながら噴水の様だ。


「ひっ――」


 強張った使用人たちの表情。

 悲鳴を上げられるのは困るが、複数人の命を一度に奪うのは難しい。

 故に、まず声を出させない事を第一に考えた。


 喉元を狙う刺突、それを人数に合わせて――五度放つ。


「ゴポ……ッ!」


 使用人の口から吐かれた血が紅いカーペットを濡らしていく。


 いや、この目には元より赤色しか入らぬのだから、カーペットの元の色など分からない。

 そして、彼等の血の色が本当に赤いのかすら、分からない。


 剣から手を離せばわかる。

 剣から解放されたなら、視界はまた色彩溢れた灰色の現実を受け入れる。


 けれど、そんなものよりも鮮烈で強烈な赤い風景こそが、父を斬ったあの日からの日常だった。

 この赤い世界から離れるなんて、そんな恐ろしい事はもうできない。


 柄を握る手が、余計に固く閉ざされた。


「な、なんだコレは!?」


 酷く狼狽えた声が屋敷のロビーに響く。

 声は斜め上から聞こえた。ロビーの少し奥へ進むと、2階へ続く階段が目に入った。


 その階段途中に、肥えた男が身を硬直させて立っていた。

 額に脂汗をかく男の目が、ロゼッタの姿を映し出す。


 ガタガタと震える指先を、男は向けてきた。


「お、お前がやったのかっ!? い、一体何の目的で――」


 男の紡ぎ出す言葉を待つまでもなく、お返しとばかりにロゼッタは剣先を男へ向ける。

 ピタリと、男の言及は止まった。その代わりに、男の身体の震えが次第に強くなっていく。


「王都に魔物召喚士を迎え入れたのは、貴方ですね。リーングレッド侯爵」


 ピチャ、ピチャ。

 水溜まりの上を歩いているかのように、足を前に出していく度に音が鳴る。

 

 ゆっくりと、悠然と。

 ロゼッタは男へ向かって――リーングレッド侯爵へ向けて、歩み寄る。


「金でも積まれたか、悪魔にでも洗脳されたか。理由はどうあれ、魔物召喚士を王都に呼び込んだのは貴方だ。先日、貴方が雇っていた魔法使いがそう自供しました」


 そんな馬鹿な――リーングレッド侯爵は、ロゼッタの言葉を心底から信じられないと訴えるような表情で、呟きを漏らした。


 実際、彼に雇われた魔法使いの口は堅かった。

 騎士団に捕らえられ、独房にぶち込まれ、そして筆舌にし難い拷問に晒されて尚、彼は簡単には自らの雇い主の名を口にしなかった。


 そこには、確かに裏社会に生きる者としての矜持があった。

 だが、それでも自らの肉体が元の3分の一程度になってしまうというのには耐えられなかったのだろう。


 最後には醜く泣き喚きながら、魔法使いはリーングレッド侯爵の名を漏らしていた。

 一緒に何か別のものも漏らしていたようだが、当時のロゼッタは控えていた拷問官に教えられるまで気づけなかった。


「貴方は誇り高き血脈を誇る身でありながら、王国の中心足る王都を混乱へ陥れる一助を担った。加えて言うなら、貴方の領地で行われている麻薬製造も立派な法令違反です。尤も、あくまでリソフ連邦に対しての密輸が殆どで、国内での流出は避けていたようですから、これまで見逃してきた訳ですが」


 リソフ連邦――大陸西側に位置する新興国。


 その名を出すと、リーングレッド侯爵の肩が跳ねる。

 驚愕に染まった顔はある人が見れば愉快に思うのかもしれない。


 生憎と、ロゼッタにそういった感傷は浮かばなかったが。


「なぜ、そこまで……」


「騎士()ですから。隠密調査に秀でた部隊はとっくに設立されています。公表はされていませんが」


 水音は既に止んでいる。

 ロゼッタが向けていた剣先は、リーングレッド侯爵の喉元にまで辿り着いていた。


 リーングレッド侯爵が息を呑む。

 すると、その振動に喉仏が揺れ、少し肌が切れた。


「ッ……」


「痛いですか? しかし、此度の魔物による王都襲撃ではそんな傷など比べ物にならないくらいの怪我を負った騎士が既に数名。市民に至っては、数十名という単位で報告されているのですよ」


 騎士であれば、本来怒りを抱いて然るべきなのかもしれない。

 騎士は市民を守る者。そして、貴族は市民を導く者だ。互いに役割は違えど、民を想う心は同じ。

 

 故にこそ、騎士は貴族に礼を払う。

 全ては、時に民を想い、時に民を憂う同士だからこそ。


 その鉄則を、目の前の男は容易く破った。

 それを許していい筈がない。


 なのに――胸の内に湧く感情は、歓喜だった。


「私に下された命はただ一つ。リーングレッド侯爵、貴方を――抹殺する」


 そう言葉を発すると同時、ロゼッタの剣先がリーングレッド侯爵の喉元を貫いた。


 ビクビクと痙攣するリーングレッド侯爵の肉体に、ロゼッタは恍惚とした目を向ける。


――右腕を斬った。


 リーングレッド侯爵は、既に経験したことも無い激痛によりショック死している。

 彼の肉体は、最早ただの肉体と化していた。


――左腕を斬った。


 最早、痙攣もない。

 生きたまま切り刻んだからか、動脈から噴き出る血液はやはり物理法則を逆流する噴水のように美しい。


――右足を斬った。


 もう、血液が勢いよく迸る事は無かった。

 生命活動が停止しているからだろう。心臓というポンプから供給される血流が成り立っていなければ、動力は生まれない。


――左足を斬った。


 つまらない。

 まるで料理でもしているかのようだ。牛肉や豚肉をミンチにしている時と同じ、ただの作業。


――ならば、止めてしまえばいいのに。


 頭部を縦に割った。眼球をくり抜いた。右手の指を関節ごとに斬り落とした。左足の膝小僧を削り取った。右足のかかとを切り取った。股関節を分離させた。皮を剥いだ。


 止まらない。止められない。

 何度斬っても収まらない、何度斬っても満たされない。


 斬りたい。斬って、斬って、斬って――嗚呼。


 ふと、この赤い世界の中で、唯一金色に光り輝くあの人が脳裏に過った。


「あの人を斬ったら、満たされるだろうか」

 

 飢えた獣の呟きが、血と共に落ちる。



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