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変態紳士の変態事情―3年分の利息その他まとめて返済編―


「はぁ……」

「艦長、またですか。今日だけで5回目ですよ」


 空母『ヴィクトリアス』の艦橋(ブリッジ)。

 副官は目の前の上官――ラクラン・ドナルド・マッキントッシュ海軍大佐にツッコミを入れていた。


 クイーンエリザベス級大型空母はロイヤルネイビー期待の新戦力であり、就役間もないヴィクトリアスはその4番艦であった。艦長に任命されたマッキントッシュの喜びもひとしおであったことは想像に難くない。


『さ、流石にそれは国際問題になりかねないのでは……?』

『そこは高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処してもらう必要があるかな』


 しかし、その喜びも日本への親善航海が決定するまでであった。

 マッキントッシュは、ヨーク公直々の個人的なお願いを断ることが出来なかった。


 ヨーク公――アルバート・フレデリック・アーサー・ジョージ海軍元帥は史実のジョージ6世であるが、この世界では長兄エドワードが王位を継いだために海軍畑を歩んでいた。


 スコットランドのハイランド地方に伝わるマッキントッシュ氏族(Clan Mackintosh)の第29代当主であるマッキントッシュは、英国王室に頭が上がらない。ヨーク公の個人的な依頼を断る選択肢など最初から存在していなかった。


「……考えていても埒(らち)が明かんか。いざとなったら上に丸投げしよう。艦を東京湾へ進入させろ。作戦開始だ!」

「「「アイアイサー!」」」


 起こり得るであろう面倒ごとのオンパレードを脳裏から振り払うマッキントッシュ。どんな命令であろうとも、一度受けた命令は最大限の努力をもって遂行するのが軍人なのである。


「よーし、機体を押せーっ!」

「「「おおおおおおっ!」」」


 マッキントッシュが憂鬱なため息をついていた頃。

 ヴィクトリアスの航空甲板の一角が騒がしくなっていた。


 機体にクルーたちが貼りついて、大急ぎで発艦の準備が整えられていく。

 航空機に詳しい人間が見れば、その機体が米連の中型旅客機であるDC-3に匹敵するサイズであることは一目瞭然であった。


 この時代の艦上機としては破格の大きさと断言出来る。

 小さく見えてしまうのは、ヴィクトリアスが巨艦過ぎることによる相対的なものでしかない。


「メインローターを展開するぞ!」

「危ないから離れろっ!」


 小さく見えても機体の印象が薄いことを意味しない。

 直径30mを超えるローターの展開作業は、なかなかに見応えのあるものであった。


「主翼展張急げーっ!」

「ロックがかかったか、ちゃんと確認しろよ? 飛行中に翼がたたまれたらシャレにならんぞ!」


 ローターの展開が終わると同時に主翼の展張が始まる。

 翼幅18mに迫る主翼の展開作業は、なかなかに以下略。


「コンフォーマルタンクの装着急げ! 燃料も入れ忘れるなよ!?」

「ランチャーの装着はまだか!?」

「弾頭を間違えるなよ? 今回は全て煙幕弾だけで良いからな」


 同時進行で燃料と弾薬の補充も行われる。

 その様子はF1のピットイン作業の如し。まさにプロの手際であった。


「……チェックリスト読み上げ頼む」

「アイアイサー!」


 外でクルーが修羅場っているのと同時刻。

 機体のコクピットでは機長が副操縦士(コ・パイロット)にチェックリストを読み上げさせていた。


「機長、フライトプランが来ました」

「どれどれ……なんじゃこりゃあ!?」


 フライトプランに目を通した機長は思わず絶句していた。

 ただならぬ機長の様子にコ・パイもフライトプランに目を通したものの、同じく絶句することになった。


「コンボイ1(ワン)よりコントロール。このフライトプランは正気か? 何かの間違いじゃないのか?」


 思わず確認を入れてしまった機長を誰が責められようか。

 それほどまでに、今回のフライトプランは非常識極まるものであった。


『コントロールよりコンボイ1へ。気持ちは分からんでもないが、これは正規のミッションだ。認めたくは無いがな……』


 しかし、返事は無常なものであった。

 こうなったらやるしかない。機長とコ・パイに出来たのは手を動かすことのみであった。


「電源接続。モータリング開始」


 ギュイーンと、甲高い音が機内に侵入してくる。

 モーターで圧縮機が回されることによって、耳障りで独特なサウンドが発生する。


「定常回転数到達しました。イグニッション!」


 コ・パイが点火スイッチを入れる。

 耳障りだった音と入れ替わるように硬質な高周波音が広がっていく。


「1番始動確認……よし、2番エンジンも始動したぞ」

「回転安定。アイドリングを維持。油温は正常範囲内です」


 主翼に装備された2基のターボプロップエンジンの騒音がヴィクトリアスの航空甲板に響き渡る。プロペラは回ってはいるものの、ゼロピッチなので推力は発生していなかった。


「機長、ゲスト2名の搭乗を確認しました」

「マジでやるのか。気が進まないがなぁ……やるしかないか」


 機長は腹をくくるしかなかった。

 ここまで来て、やっぱり止めますなんて言えるわけがない。


「ガスジェネレーターにクラッチ接続!」

「ラジャー! ガスジェネレーターにクラッチを接続します」


 機長の命令でコ・パイがクラッチを接続する。

 プロペラの回転が落ち、メインローターの翼端に装備されたチップジェットからガスが噴出し始める。


「ジェネレーター出力上昇中」

「いいぞ、そのまま上げろ!」


 主翼に装備されたロールスロイス タイン2基1万馬力もの大出力が、ガスジェネレーターに注ぎ込まれる。チップジェットから爆発的に発生したガスが噴出されることでメインローターの回転数が上昇していく。


「メインローター、定常回転数へ到達」

「ピッチ上げ。飛ぶぞぉ!」


 機長がピッチ操作をすると機体がふわりと浮き上がる。

 中型旅客機に匹敵するサイズの機体が垂直に上昇する様子は、ある種異様であった。


『コントロールよりコンボイ1へ。現在、本艦の周囲100km圏内に機影は存在しない』

「ラジャー! コンボイ1発艦する」


 ヴィクトリアス上空でホバリングするコンボイ1――フェアリー シー・ロートダインは、ゆっくりと旋回しながら速度を上げていく。


「速度はどうなっている?」

「現在40kt(ノット)です」

「よし、巡行モードへ移行。クラッチを切るぞ」


 シー・ロートダインは、速力を上げるためにクラッチを切る。

 ガスジェネレーターへの動力がカットされたことでガスの供給がカットされる。


「機体が沈むぞ。パワーを上げろ!」

「ラジャー!」


 クラッチを切ったことで、エンジンパワーが純粋にプロペラを駆動させる。

 メインローターから発生する揚力は補助的なものとなり、主翼の揚力による飛行がメインとなった。


 フェアリー シー・ロートダインは、時速300キロ以上で高速飛行が出来る。

 これは回転翼機としては画期的な性能であった。


 逆の言い方をすれば、固定翼機としては鈍足極まり無い。

 機体規模とエンジン出力からすれば、倍以上の速力を発揮出来てもおかしくはないのだから。


 ヘリコプターとしては高速でも固定翼機としては鈍足。

 双方の長所を得ようとして双方の短所を抱え込む典型例であり、V/STOL機(垂直/短距離離着陸機)の宿命とも言える。


 V/STOL機が有用なのは間違いない。

 だからこそ、史実ではあらゆる形態が研究された。その大半は実用化されずに終わってしまったのであるが。


 垂直上昇してから前進する、あるいは前進中に垂直に着地する。

 V/STOL機の開発で問題になるのは、飛行中のモード変更における安全性の確保に尽きる。


 しかし、機体制御だけが実用化を阻んでいたわけではない。

 試作機で終わったものの、性能だけなら実用レベルに達した機体はいくつもある。これらの機体は機体制御の困難さ以外の要素を解決出来なかった。


 機体は機体制御の困難さ以外の要素とは何か?

 いくつかあるが、筆頭に来るのは採算性であろう。


 飛行機というものは安い買い物では無い。

 プライベートジェットならともかく、商業目的ならば採算性は無視することは出来ない。


 V/STOL機というメリットがあっても、ライバルである固定翼機に速度も航続力も大幅に負けてしまっては採算性も何もあったものではない。史実のロートダインも騒音と運航費、操縦の難しさもあって旅客機市場に食い込めなかった。


 史実21世紀においても実用化されているV/STOL機はハリアーとオスプレイしかない。


 しかも、これらは軍用機であるので採算性はある程度無視出来る。

 V/STOL機の開発の難しさを如実に物語っていると言えるだろう。


 とはいえ、史実よりも20年以上早く実用化されれば話は違ってくる。

 この時代のヘリよりも高速で、この時代の旅客機と比してそこまで遅いわけでもない。


 V/STOL機でありながら、DC-3と同等の機体規模で同等以上の人数と貨物を乗せられる。この時代においては、何よりも代えがたい性能であることは間違いない。


 もっとも、機体の取得コストとランニングコストはけた違いで採算性など取れるはずも無いのであるが。結局のところ、V/STOL機が生き残るのは軍用機しか無いのかもしれない。


「……計算頼むぞ。あまり時間はかけられんからな」

「ラジャー! といっても、この距離じゃ迷いようが無いですけどね。目標が目標ですし……」


 ヘリコプターの常識を超えた速度でシー・ロートダインは東京湾上空を飛行する。針路を北に取ると、わずか10分ほどのフライトで目的地に到達したのである。







「英国全権大使テッド・ハーグリーヴスです。中佐、英国大使館へようこそ」


 駐日英国大使館の執務室。

 テッド・ハーグリーヴスは、帝国陸軍カナダ遠征軍の作戦主任辻正信(つじ まさのぶ)陸軍中佐の表敬訪問を受けていた。


「……なるほど。お話は分かりました。しかし、この場での回答は控えさせていただきたい。後ほど文書でお伝えしましょう」


 辻は表敬訪問をするためだけに大使館に顔を出したわけでは無かった。

 イギリス・カナダ合同司令部の長である第6代ゴート子爵ジョン・スタンディッシュ・サーティーズ・プレンダーガスト・ヴェレカー陸軍大将からの親書と、自ら立案した計画の概要を持参していた。


(なかなか面白そうな案件だけど。勝手に引き受けるわけにはいかないからね)


 テッド・ハーグリーヴス――もとい、ジャスパー・マスケリンは内心でため息をつく。少なくても罰ゲーム(マスケリン視点)でやらされていた白頭山(はくとうさん)周辺の除染作業よりも面白いのは間違いない。彼自身は引き受ける気満々であった。


(影武者じゃなければなぁ)


 しかし、現在のマスケリンはテッドの影武者に過ぎない。

 雇い主の意向を無視して勝手に決めるわけにもいかなかった。


(投げ出せるなら投げ出したい。でもメイド長は怖いし、僕の弱みを握ってくるし……)


 マスケリン自身は影武者を辞めたかったが、テッドには30万ポンドもの借金を清算してくれた恩がある。影武者稼業に不満があっても投げ出すわけにはいかなかったのである。


「……?」


 辻が未だに退出していないことに気付くマスケリン。

 てっきり話は終わったものと思っていたのだが。


「その、無礼を承知でお聞かせ願いたいのですが……」


 先ほど自慢げに自分の作戦を説明していた時とは打って変わって、妙に歯切れが悪い。その様子にマスケリンは焦(じ)れてしまう。


「小官がそのように思っているわけではないのです。ただ、今の永田町で流れている噂が噂なもので……」


 なかなか本題に入ろうとしない辻。

 それが計算であることをマスケリンは気付けなかった。


「それで?」


 マスケリンは続きを促す。

 そして、大いに後悔することになった。


 辻は何の準備も無しで表敬訪問したわけではない。

 入念な下調べをしたうえで対面に臨んでいた。


『ドーセット公は既に亡き者になっており、嫡男が成人するまで影武者で誤魔化している』


 作戦参謀たる者、現地で情報収集の一つや二つ出来ないのではお話にならない。

 辻は永田町の議員たちの間で囁かれる不穏な噂を掴んでいた。


 コネも何もない一介の陸軍軍人が議員の噂話を把握する。

 普通にあり得ないことであるし、この世界の辻の有能ぶりを示す事例とも言える。


「小官としては噂の出所も真偽もどうでも良いのです。しかし、この噂でいろいろと不利益を被る者も出てくるでしょう。噂を否定するためにも、ご協力いただきたいのですが?」


 言葉こそ丁寧ではあるが、内容は脅し以外の何物でもない。

 目上の人間にこのような態度を取れるのは流石と言うべきか。世界線を違えても辻正信は辻正信であった。


(さぁ、どう出る?)


 噂を入手した辻は情報の裏取りを行った。

 そこで判明したことは、ある時期を境に急激に露出が少なくなったことであった。


 駐日英国大使館は大使の動向を毎月発表している。

 ドーセット公がこれまで参加していた国内行事やイベントは、1943年の6月以降は参加を辞退するか代役を立てていた。これは何を意味するのか?


 1943年6月というワードで辻が思い出したのは、ドーセット公が領地に帰還した際に交通事故に遭ったことであった。事故の後遺症に苦しんで外部への露出を避けているのであれば、一応筋は通る。


 当時の新聞では、事故による骨折のリハビリは順調と報道されていた。

 それから3年も経てば完治してないほうがおかしい。


 火のない所に煙は立たない。

 マスケリンが影武者として表に立ったころから、周囲の人間は無意識に違和感を感じていた。


 影武者としてマスケリンが無能というわけではない。

 ピンチヒッターとしてならば、超一流のなりすましと言っても過言ではない。


 しかし、頻繁(ひんぱん)に表舞台に立つとなると話は違ってくる。

 事情を知らない国内外のテッドの知人たちは、マスケリンと接触すればするほど微妙な差異を感じていた。


 微妙な差異でも3年間も積み重なれば、漠然とした違和感になるには充分過ぎる。ぽっと出の荒唐無稽としか思えない噂が未だに燻(くすぶ)り続けているのは、それなりの理由があったのである。


「……ウォッチガードセキュリティ特務班マジックギャング」

「えっ? それはいったい……」


 マスケリンの口から呟かれる言葉。

 小声だったために、辻は思わず聞き返す。


「君たちが私兵呼ばわりしてくれた集団の正式名だよ。協力を頼むなら名前くらいは正しく呼んだらどうなんだ!?」

「あっ、いや、それは……申し訳ないです」


 凄(すご)むマスケリンに、辻は問答無用で謝罪に追い込まれてしまう。

 ぐうの音も出ない正論であった。


(しくじった……!)


 脅したはずが謝罪させられてしまった。

 傾いた空気が一気にイーブンに戻されて辻は内心で歯噛みしたのであるが……。


「別に協力しないとは言ってない。ただ、今すぐは無理だ」


 しかし、続く言葉で俄然色めき立つことになった。

 協力の言質を取れた。これだけでも訪問した価値はある。


「協力してくれるのですか!?」

「現在の任務が終わればね」


 マスケリンは嘘は言っていない。

 白頭山周辺の除染作業は既に終わってマジックギャングは朝鮮半島で待機状態ではあったが、特務班長自らが影武者として任務に就いているのだから。


「任務は何時終わるのですか!?」

「それは雇い主の意向次第なのだけど……ん?」


 カタカタと震える窓に気付く。

 次第に聞こえてくる重低音が胃を震わす。


「もしもし? 今取り込み中なんだけど?」

『―――!?』


 唐突に鳴りだす内線を迷惑そうな表情で取るマスケリン。

 受話器から漏れ出る内容を辻は聞き取ることは出来なかったが、相手が必死な様子だけは理解出来た。


「いや、それをわたしに言ってどうするのさ。マニュアルどうりに対応してくれとしか言えないよ?」

『―――!?』


 罵声らしき声を無視して、マスケリンは内線を切る。

 そして、辻に向き直る。


「中佐、事情が変わった。マジックギャングは近いうちに協力することになるだろう。ここから逃げてくれ」

「それはいったいどういう……」


 辻は困惑するしかなかった。

 あまりにも状況が急展開過ぎて理解することが出来ない。


「もうすぐ、いや、もう現在進行形で戦場になっているか。事が公になった場合、君がこの場に居たことが不利に働くかもしれない。ほら、行った行った!」


 マスケリンは辻を強引に玄関まで追いやる。

 大使館内は騒然としており、訪問時にやたらと見かけたメイドたちとは遂に一人も出くわさなかった。


「正門まで振り返らずに走れ! 時間が無いぞ!」


 目の前で玄関の扉が閉じられる。

 辻に出来たことは、言われた通りに脱出して口を噤むことのみであった。







『それでは次のニュースです。親善航海中の英海軍の空母ヴィクトリアスが、横須賀鎮守府へ寄港しました。現地では日英海軍関係者たちの交流が行われ……』


 タンスの上に置かれたラジオから、アナウンサーの声が木魂する。

 アガサ・ルブラン――もとい、本物のテッド・ハーグリーヴスは自室のベッドで惰眠を貪ろうとしていた。


 見た目は金髪ツインテールロリっ娘であっても、中身はおっさん。

 休日の過ごし方も中身相応であった。


「ったく、さっきから煩いなぁ……」


 思わず愚痴(ぐち)がこぼれてしまう。

 空気を震わす騒音のせいでラジオが聞こえにくいし、寝ることも出来やしない。


(ん……!?)


 オリ主チートな聴覚が何かを捉える。

 テッドには、かすかに聞こえる争うような物音が聞こえたような気がした。


 ラジオを消しても大して変わらない。

 騒音にかき消されてしまう。


「げぇっ!?」


 ならばと、窓から外を見やったテッドは絶句することになった。

 黒づくめな二人組に殺到するメイドたちが、ちぎっては投げちぎっては投げ(物理)されていく。


「あぁっ、メイド長が!?」


 死屍累々――もとい、メイド累々な状況で果敢にもメイド長が迎え撃つ。

 二人組を相手によく戦ったものの、大きい方の黒ずくめにワンパンで退場させられてしまった。


『ここまでモロいはずないのだけど。日本での生活で鈍ったのかしら? 全員ブートキャンプ送りね』

『わたしでもあっさり倒せてしまうのは問題ですね。お姉さま』


 そんな声が聞こえたような気がした。

 この距離で聞こえるはずは無いので、テッドの妄想でしかない。


『それよりもテッドよ。ぐっちょぐっちょにしてやるわ』

『前と後ろでサンドイッチするのも良さそうですよね。お姉さま!』


 そんな声が聞こえたような以下略。

 この距離で聞こえるはずは無いので以下略。


「やばいっ!? どうする!? どうしよう!?」


 しかし、テッドはそうは考えなかった。

 あの二人ならばやりかねない。


「とぅっ!」


 タンスに飛び乗り、天井板をずらす。

 そのまま天井裏に身体を滑り込ませる。天井板を元に戻すのも忘れない。


「よっ、ほっ!」


 天井裏は柱やパイプが林立するジャングル状態であったが、今のテッドには苦にならない。小柄な少女の身体は狭い隙間をするすると抜けていく。


(あと少しで戻れそうなんだ。それまで二人から全力で逃げる!)


 チートスキルを使用すると副作用とクールタイムが発生する。

 スキルを何度も使っているうちに、テッドはクールタイムの終わり際が感覚的に理解出来るようになっていた。


 副作用=(イコール)クールタイム。

 それすなわち、クールタイムが終われば元の姿に戻れることを意味する。


(クロウリー(爺さん)から聞き出したんだろうなぁ……)


 偉大なる黒魔術師アレイスター・クロウリーが二人にどこまで話したかは分からない。しかし、このタイミングで二人がやって来たのはそれ以外に理由が考えられない。


 今まで自重していたのは、これまでの手法が通用しないと思いこんでいたからに過ぎない。少女形態では搾(しぼ)ることが出来ないのだから。


「ひぇっ!?」


 唐突に背後から聞こえてくる破砕音らしき大音響。

 テッドは悲鳴をあげつつ、手近な柱にしがみついた。


『いないわね……』

『おかしいですね。この部屋のはずなのですが』


 天井越しに聞こえてくる声はくぐもっていたが、聞き間違えるはずがない。

 正妻のマルヴィナと愛人の伊藤チヨのものであった。


(どうする!? どうしよう!?)


 柱にしがみついたまま、テッドは打開策を考える。

 絵面的には間抜けであるが、当の本人は必死であった。


 メイド長をワンパンで退けたマルヴィナの戦闘力は尋常なものではない。

 何時の間にあれだけの実力を身に着けたのか、おチヨもメイドたちを瞬殺していた。今の二人に捕まったら尊厳破壊エンドは確実だろう。


(考えてみれば、マルヴィナの図体だと天井裏に入って来れないよな。おチヨさんでもキツイだろうし)


 先ほどまでの深刻な表情は何処へやら。

 テッドは少女の肉体に感謝しつつ、天井裏を移動していく。


 頭上からの騒音は足音を消すのに好都合であった。

 おかげで、テッドは物音を気にせずに天井裏を一気に移動することが出来たのである。


「……」


 天井に耳を当てて物音がしないか確認する。

 しかし、未だに続いている騒音で判別することは出来なかった。


 止むを得ず、天井板をずらして下方を覗き見する。

 確認出来る範囲で人影は確認出来なかった。


「よっと」


 バーティツのマスタークラスであれば、天井からの高さでも余裕で受け身が取れる。分厚いカーペットは少女の落下を音も無く吸収してくれた。


(さて、まずは1階を目指さないと)


 メイド寮は3階立てなので、脱出するには1階を目指す必要がある。

 そろりそろりと、テッドは周囲を警戒しながら移動していったのである。


「テッド~? 大人しく出てくれば、お仕置きは多少マイルドにしてあげるわよ?」

「百合の間に挟まる男は犯罪ですが、今のテッドさんならセーフです。仲良くサンドイッチしましょう!」


 無人と化したメイド寮に、マルヴィナとおチヨの声が響き渡る。

 相変わらずの騒音にも関わらず、不思議にもテッドに聞こえていた。


(見つかるのが早過ぎる!? なんでバレた!?)


 咄嗟(とっさ)に飛び込んだベッド下で息を潜めるテッド。

 ここまで早く見つかるのは流石に想定外であった。


『お姉さま、見てください。ここのカーペットが露骨に凹んでいます!』

『天井の板もズレているわね。間違いない、テッドはここに降りたのよ』


 とはいえ、これは自業自得に過ぎないのであるが。

 現場の証拠隠滅を怠ってしまったテッドが全て悪い。


「この部屋にもいないわねぇ……」


 ズンズンと無遠慮な振動が、ベッド下で息を殺す少女の肉体を舐めまわす。

 身長196cm、体重130kg超えのマルヴィナが部屋で動けば床の揺れを嫌でも体感出来てしまう。


(行ってくれたか……)


 遠ざかっていく振動にテッドが安堵した瞬間。


「……なんてね」


 突如、踵を返したマルヴィナは力任せにベッドを跳ね上げた。

 固定用の金具がメキメキと悲鳴をあげる。


 しかし、テッドも同時に動いていた。

 両手が塞がっているマルヴィナの脇を掠めるようにダッシュする。


「なっ!?」


 慌(あわ)ててベッドを手放すマルヴィナ。

 咄嗟に繰り出した剛腕は、テッドを捉(とら)えることが出来なかった。


「おチヨ、テッドに逃げられたわ。時間を稼いでちょうだい」


 すぐさまトランシーバーでおチヨをコールする。

 逃走を許したというのに、マルヴィナの表情には未だ余裕があった。


『分かりましたお姉さま。でも、仕留めちゃっても良いんですよね?』


 トランシーバー越しに聞こえてくるのは、濃厚なフラグ臭が漂うおチヨの声。こういう事態を想定して二人は別行動を取っていたのである。







「テッドさん。どちらへ行かれるのですか?」

「げっ……」


 メイド寮1階のエントランス。

 テッドは出口を目前にしたところで、おチヨとエンカウントしていた。


「おチヨさん、手荒なことはしたくないから道を開けて欲しいのだけど?」


 見た目だけは金髪ツインテールロリっ娘が黒髪の大和撫子に凄む。

 なんともシュールな光景ではある。


 おチヨに手をあげるのに心理的な抵抗はあったが、既にそのような状況ではない。マルヴィナに追いつかれれば挟み撃ちは必至なので、それまでに決着させる必要があった。


「ふふっ」


 テッドの状況を理解しているのか、おチヨは余裕の表情であった。

 当然であろう。ここで立ち話をしているだけでも勝ち確なのであるから。


「いきますよテッドさん!」

「んなっ!?」


 しかし、最初に動いたのはおチヨであった。

 予想外の動きにテッドは後手に回ってしまう。


「うわわわっ!?」


 怒涛(どとう)の如きラッシュは、あのメイド長よりも速かった。

 あっという間にテッドは防戦一方に追い込まれてしまう。


「あらら、自信あったんですけどね……」


 たまらず間合いを取って仕切りなおそうとするテッド。

 それを追撃しない余裕を見せるおチヨ。


(嘘だろう……)


 テッドに冷たい汗が流れる。

 少女形態だからリーチの差は致し方ないにしても、パワーもスピードも負けたのはテッドにとって衝撃的であった。


「テッドさん、わたし頑張ったんですよ? お姉さまにお願いして鍛えてもらったんです。それはもう地獄でした……」


 時間稼ぎなのは分かっていたが、迂闊(うかつ)に飛び込めない。

 先ほどの攻防のこともあるし、何よりも得体のしれない迫力がテッドの動きを止めてしまっていた。


『愛人だからと言って、守られるだけの女になりたくないんです!』


 おチヨが強くなることを決意したのは16年前のこと。

 自分のせいでマスコミに叩かれるテッドを見てしまい、その無力さに歯噛みしたことがきっかけであった。


『良くぞ吠えたわ。わたしがテッドの横に立つに相応(ふさわ)しい女に鍛えてあげる』


 おチヨの思いを汲(く)んだマルヴィナは過酷なトレーニングを課した。

 ドーセット公爵家のメイド必修のマルヴィナ・ブートキャンプが温く思える程のカリキュラムは、一般人が耐えられるようなシロモノでは無いはずであった。


 しかし、おチヨは鬼の如きしごきに耐え続けた。

 毎日ぶっ叩かれて血反吐を吐き、筋トレで血尿を流すような日々をテッドに一切悟(さと)らせなかったのだから恐れ入る。それもこれも全て、テッドへの狂的な愛が為せる業(わざ)であった。


「……わたしたちを放っておいて、3年間怠(なま)けていたテッドさんでは勝ち目はありませんよ? というわけで、降伏してくださいっ!」


 言うが早いか、おチヨの右ハイが飛ぶ。


「おっと」


 テッドは最小限の見切りで避ける。

 テレフォンパンチならぬ、テレフォンキックがヒットするはずもない。


「おわっ!?」


 しかし、おチヨの本命は右ハイを振り切った後の左足の後ろ回し蹴りであった。

 死角から飛んでくる蹴りを、身を投げ出すようにして躱す。


「!?」


 テッドに怖気(おぞけ)が走る。

 これまでの戦闘経験によるものなのか、はたまたチートオリ主としての特権か。とにもかくにも、この場を離れろと肉体が叫んでいた。


「うおおおおっ!?」


 四つん這いの状態では咄嗟に動けるわけもなく。

 無様に地面を転がって間合いを取る。


「あらら、これも躱(かわ)しちゃいますか……」


 残念そうな表情を隠そうとしないおチヨ。

 右手には銃らしきものが握られており、銃口(?)から伸びているワイヤーの先端はテッドが寝転がっていた位置に突き刺さっていた。


「テーザーガン!? でも間合いを取ればそんなもの……ってぇ!?」


 襲い掛かる危機に身体が無意識に反応する。

 背後からの剛腕を辛うじて回避する。


「はぁい、来ちゃった」

「お姉さま!」


 前門(ぜんもん)の虎(とら)後門(こうもん)の狼(おおかみ)ならぬ、前門の愛人後門の正妻とでも言うべきか。出口を目前にして、テッドは挟み撃ちされることになった。


「まだだ、まだ終わらんよ!」


 その様子は某木星帰りとピンク髪のヤンデレに絡まれた金髪グラサンの如し。

 絶体絶命のピンチではあったが、主人公(笑)らしくテッドはあきらめていなかった。


(この身体じゃ二人の連携は凌(しの)げない。ならばっ!)


 テッドはおチヨに向かって突進する。

 不意を打たれた彼女は一瞬反応が遅れてしまった。


「きゃっ!?」


 フェイントをかましてから足払いをかける。

 不意を打たれた彼女は派手にすっ転ぶことになった。


(よしっ!)


 出口までのルートはクリア。

 あとは駆け抜けるのみ。そのはずであった。


「どこに行くのかしら?」


 その瞬間、マルヴィナが動いた。

 縮地(しゅくち)の如き動きで、あっという間にテッドの前に立ちふさがる。


「くっ」


 身長差45cm、体重差80kg以上。

 もはや抵抗するだけ無駄な体格差であった。


「きゃっ!?」


 それでもテッドはあきらめない。

 背後にいたおチヨに再び体当たりを敢行(かんこう)する。


「もらいっ!」


 接触した瞬間にテッドの手が閃(ひらめ)く。

 現役のスリ師顔負けの技術で、テーザーガンを奪い取る。


「食らえっ!」


 テッドは躊躇(ちゅうちょ)無くトリガーを引く。

 目の前にいる褐色爆乳筋肉妻(マルヴィナ)への最終手段だったのであるが……。


「ちょっと、ピリっとしたわね」


 撃った瞬間にテッドは絶望に叩き落された。

 彼女の圧倒的な筋量は、テーザーガンの威力を殺してしまっていた。


「このぉっ!」


 最後の1発を撃ち込むも、マルヴィナは微動だにしなかった。

 トリガーを引き続けても甲高い高周波音が空しく鳴り響くだけであった。


「さて、テッド。好き勝手やってくれたのだから、わたしが何もしないというのは不作法というものよねぇ?」

「ひ、ひぇぇ……」


 マルヴィナが一歩踏み込むだけで、少女の肉体が震えてしまう。

 伸びてくる褐色の剛腕にテッドは対抗する術(すべ)を失っていた。


「ひゃあっ!?」


 マルヴィナはテッドの足首を片手で無造作に掴(つか)む。

 そのまま力任せに地面から引っこ抜かれてしまう。


「は、離せぇぇぇぇっ!?」


 マルヴィナの人外染みた筋力によって、テッドは逆さまで宙づりにされてしまった。ジタバタと手足を動かすも、この状態ではどうにもならない。


「そーれ、いくわよぉっ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 テッドの片足を掴んだままぶん回す。

 ジャイアントスイングとは違って、回るのは本人だけで回転に限界が無いのがじつにエグい。


「……」

「あら? もう少し頑張れると思ったのだけど……」


 20回ほどぶん回したところで、テッドは気絶してしまった。

 マルヴィナは残念そうな表情で少女の身体を肩に担ぐ。


『こちらコンボイ1! レイダー応答してくれ!』


 トランシーバーが鳴ったのは、その時であった。

 おチヨは慣れた手つきで送信ボタンを押す。


「はい、こちらレイダー2です。どうしました?」

『周囲が騒がしくなってきた。そろそろ限界だぞ』

「分かりました。予定した場所で合流しましょう」


 マルヴィナとオチヨは空から侵入していた。

 大立ち回りを繰り広げている間も上空待機させており、おかげで大使館は頭上からの騒音に悩まされることになった。


「お姉さま。お迎えの人が焦れてます。早く来いと」

「ちょっと時間をかけ過ぎたわね。急ぎましょう」


 メイド寮からピックアップポイントの大使館の中庭までは200mも無い。

 正妻と愛人とおまけの少女は道のりを一気に駆け抜けたのであった。







「……また増えたな」

「もう数えるのも飽きてきましたねぇ」


 英国大使館上空。

 空母ヴィクトリアスから発艦したシー・ロートダイン――コンボイ1は、高度を維持したままホバリングしていた。


 大使館の敷地は治外法権であるが、敷地の上空はその限りでは無い。

 基本的に上空は現地の主権下となる。


 だからといって、空中にいる機体をどうこう出来るわけがない。

 間違って大使館の敷地に墜落しようものなら国際問題待った無しである。


「もう無線切っても良いか?」

「そんなことをしたらピックアップが出来ませんよ。あきらめてください」


 コンボイ1のコクピットは騒音と無線で満たされていた。

 機長がイラつくのも無理もない。


『こちら飛行244戦隊。貴機(きき)の目的を知らせ。繰り返す、貴機の目的を知らせ!』


 コンボイ1の近くを戦闘機がフライパスしていく。

 先ほどから周辺を飛び回っているだけで、時折警告を入れてくる。鬱陶(うっとう)しいことこの上ない。


『瑞穂新報です! これはイギリス海軍の正規の作戦ということでよろしいのでしょうか!?』


 大使館の敷地ギリギリでホバリングしている新聞社のオートジャイロも忌々(いまいま)しい存在であった。質問攻めにするだけに飽き足らず、こちらにカメラを向けてくる。


(機体を撮影されたから艦長は質問攻めだろうな。かわいそうに……)


 機長は上官に同情してしまう。

 自分たちのような下っ端ならばともかく、艦長という立場では逃げたくても逃げようが無いのだから。


「おい、まだ来ないのか!?」

「もうすぐのはずですが……」


 コンボイ1とて、好き好んでこのような場所にいるわけではない。

 荷物を回収しないことには離れることが出来なかったのである。


「この、ミラノ風ドリアを頼もうか」

「はい、少々お待ちくださいませ」


 同時刻。

 半蔵門が見える場所に立つファミレスでは、大使館から逃げ伸びた辻がランチを注文していた。


『……英国大使館周辺は報道陣と野次馬で大混雑しています! オートジャイロが未だに上空を占拠していますが、その目的は全く不明です!』


 設置されたラジオからは、レポーターの緊迫した声が流れてくる。

 それを聞いた辻は、忠告に従って逃げておいて良かったと心底安堵していた。


 窓から外を見やれば、道路を走るのはパトカーと軍用トラックばかり。

 上空は陸海軍の戦闘機とブン屋らしきオートジャイロで埋め尽くされていた。


「おっ、このミラノ風ドリアとやらは美味いな……」


 香ばしい香りが食欲をそそる。

 オーブンで焼き上げられた表面のチーズは軽くカリッとしており、スプーンで崩す楽しさがある。


「人気なのも頷ける。これほどの味がこれほどの値段とは。ファミレスとやらは侮れんな……」


 クリーミーなホワイトソースと牛肉と野菜の旨みが詰まったコクのあるミートソース。これに相性抜群なターメリックライスが付いてくる。まさに至福の味であった。


「それにしても事態が動かんな……時間は無限にあるわけでは無いのだが」


 食後のコーヒーを飲みつつ、辻は事態の推移を見守っていた。

 それしかすることが無かった、というのが正解であるが。


『中佐、事情が変わった。マジックギャングは近いうちに協力することになるだろう。ここから逃げてくれ』


 事ここに至っては、英国全権大使(?)の言葉を信じるしかない。

 すぐに動けるように英気を養う必要があるだろう。


「コーヒーお代わりくれ! ミルクと砂糖マシマシで!」

「はーい、ただいまお持ちします!」


 事態が動いたのは、3杯目のコーヒーをお代わりした時であった。

 ラジオから聞こえてくる声が絶叫に変わり、大使館周辺の動きも激しいものになる。


 だからといって、辻が何をするわけでも無かったが。

 彼は忠告を守って傍観に徹することにしたのである。


「……来たっ! 来ました。レイダー1とレイダー2、荷物もあります!」


 英国大使館の中庭。

 コンボイ1はゲスト二人と荷物を視認していた。


「先に荷物を回収する。ホイストを降ろすぞ!」

「ラジャー! 機長、操縦をお願いします」


 コ・パイがホイストを操作して地上に降りていく。

 彼はホイストマンの技能持ちであった。


「頼むわね?」

「ラジャー!」


 ホイストが上昇し、気絶したままのテッドを機体に収容する。

 コ・パイは引き続きホイストを操作しようとしたのであるが……。


『ホイストでちんたら上げていたら時間が無いわ。縄梯子を降ろしなさい』


 コクピットに飛び込んできた無線に機長は思わず耳を疑った。

 ヘリとリギング・ラダー(縄梯子)は映画では定番の組み合わせであるが、実際の運用では非常に危険で難易度が高い。


「正気か? これから激しく動くんだ。振り落とされてしまうぞ?」

『やわな鍛え方はしていないわ。それにやりたいこともあるし』


 念押ししたものの、マルヴィナを翻意(ほんい)させることは出来なかった。

 で、あるならば機長のやることは一つしかない。


「おい、ホイストをしまえ。リギングを降ろせ!」

「正気ですか機長!? 危険過ぎますよ!?」


 コ・パイが機長に食って掛かる。

 訓練された人間でも危ないのに、素人に使わせるとかあり得ない。


「あちらさんがお望みなんだ。それに時間も無い。急げ!」

「ら、ラジャー!」


 しかし、今は口論している時間すら惜しい。

 すぐさま縄梯子が投げおろされる。


「おチヨ、先に上がりなさい」

「はい、お姉さま」


 訓練は受けてないはずなのに、二人はするすると登っていく。

 鍛え上げた身体能力の賜物であろう。


「ま、待てぇっ……その子を何処に連れていくつもりだ!?」


 死屍累々ならぬ、メイド累々な状況で立ち上がったメイドが一人。

 誰あろう、英国大使館のメイドを束ねるメイド長であった。


 トレードマークのメガネは吹き飛び、メイド服も土埃にまみれていた。

 それでもなお、両目に宿る闘志は失われていなかった。


「……お姉さま、わたしがお相手して良いですか」

「時間が無いから手短にね」


 マルヴィナの了承をもらったおチヨは、縄梯子から飛び降りる。

 2階と同等の高さからの落下であったが、接地すると同時に前転して完全に衝撃を殺していた。


「うおおおおおおっ!」


 普段の瀟洒(しょうしゃ)さをかなぐり捨てて殴りかかる。

 右のロングフックは乱雑ではあったが、スピードとリーチは充分であった。


「あっ……」


 しかし、おチヨは完全に見切ってカウンターで顎(あご)を打ち抜いていた。

 脳震盪(のうしんとう)を起こして倒れかかるメイド長を抱きしめる。


「そう、貴方はあの子が好きなのね。好きな子のために強くなるのって立派なことですよ」


 意識が朦朧(もうろう)として動けないメイド長。

 おチヨは彼女を優しく地面に横たえる。


「執念が人を強くします。次会う時はもっと強くなっていてくださいね」


 縄梯子を掴むと同時に機体が上昇し始める。

 しかし、おチヨは意に介することなく縄梯子を登っていく。


「お待たせしましたお姉さま」


 どういうわけか、先に登ったはずのマルヴィナは縄梯子の中ほどで待ち受けていた。別段トラブルが生じたわけではなく、最初から示し合わせたことであった。


「では、やりましょうか」

「はい!」


 縄梯子に掴まるマルヴィナとおチヨ。

 二人は大きく息を吸いこむ。そして……。


「「このメイドはいただいていく。わたしたちの若さの再興のために!」」


 周囲の騒音に負けない大音声(だいおんじょう)。

 倒れ伏すメイドたちに圧倒的勝利者として勝ち名乗りを上げたのであった。


(動け……動け……なんで動かない!? あの子が……あの子がっ!?)


 メイド長は意識があったが、身体を動かすことが出来なかった。

 悠々と引き揚げていく襲撃者を見送ることしか出来なかったのである。







『作戦の成功を祈っている。じゃあな』


 機長の言葉と共にコンボイ1が高度を上げていく。

 おそらく母艦へ帰投するのだろう。


 大使館から全速飛行すること20分足らず。

 コンボイ1は千葉県の銚子市近郊に到着していた。


 付近の道路に着陸したコンボイ1は、機体後部のクラムシェルドアを開放。

 搭載していた車を降ろして今に至るというわけである。


「ここからは先はわたしたちだけよ。おチヨ、運転頼むわね?」

「はい、任せてください!」


 二人の前に鎮座する自動車は、オースチン ミニのライトバン仕様であった。

 ボディカラーは如何(いか)にも商用車然とした安っぽいホワイト。車体の後部には大手外資系企業のロゴがペイントされていた。


 ミニ――いわゆる旧ミニであるが、この時代には存在しない。

 例によって例の如く、3年前の大規模召喚で顕現(けんげん)していた。


 旧ミニが召喚リストに加えられたのは、伊達や酔狂では決して無い。

 早い段階で国民に小型自動車の良さを教え込むためであった。


 今のうちに小型自動車に慣れてもらえれば、将来のロンドンの渋滞を多少なりとも解消出来るかもしれない。地獄のロンドン渋滞を知る円卓メンバーからすれば、旧ミニの召喚と早期量産は喫緊(きっきん)の課題だったのである。


「あ、お姉さまは荷室にお願いしますね」

「なに言ってるの!? 長時間のドライブで女性を荷室に押し込む気なの!?」


 可愛い妹分の言い分であっても、承服しかねると言わんばかりのマルヴィナ。

 字面だけ見れば、まったくもってその通りであろう。絵面的にはおチヨの言い分が全面的に正しいのであるが。


「いや、さすがにお姉さまの体格だと助手席は……」

「こうすれば良いのよっ! ふんっ!」


 バキっという音がしてから、数秒後に何かが落ちたような音。

 目の前の車は筋肉的リフォームを成し遂げていた。


「長時間の移動になりますから、その姿勢はきついです。まだ荷室のほうが良いと思いますよお姉さま」


 運転席に座ったおチヨは、可哀そうなものを見るような目で見つめる。

 体を丸めて助手席側に座るマルヴィナの姿は、見るからに窮屈そうであった。


「……」


 はっきりと言われてしまい、しょんぼりしてしまうマルヴィナ。

 無言のまま、のそのそと荷室へ移動していく。


「ふふっ、今こそテッドさん仕込みのドラテクを披露するとき! 飛ばしますよーっ!」

「ちょ、待ってぇぇぇぇぇ!?」


 ハンドルを握ると性格が変わる人がいるが、おチヨもその類(たぐい)であった。

 急発進してしまったせいで、荷室のマルヴィナと楽器ケースがもみくちゃにされたのは言うまでも無いことである。


「……お姉さま、標識番号(ナンバープレート)が青い車がやたらと走ってますけど?」

「青色は外交官ナンバーよ。影武者のヤツしくじりやがったわね」


 千葉東合流点(ジャンクション)から帝都高速に入る。

 都心部を走る道路では、青いナンバープレートを付けたロールスロイス ファントムⅢを見かけることが多くなった。


「疑われてませんよね?」

「大丈夫よ。この車は営業車に擬装しているから疑いもしないわ」


 車体にペイントされているN・M・ロスチャイルド&サンズ日本支社は、輸入専門の大手商社として知名度が高い。企業ロゴを日本中で見かける程度には市民権を得ているし、元々が英国企業なので大使館からの追っ手に疑われるリスクも少ない。なりすますには最適な企業と言えた。


「ところでおチヨ。時間のほうは大丈夫なの?」

「正直厳しいです。渋滞でだいぶ時間を消費してしまいましたし……」


 三郷合流点(ジャンクション)から常磐高速道を経由、さらに桟橋まで下道(したみち)を走ることまで考慮すると1時間以上はかかってしまう。搭乗手続きにかかる時間を考慮すると、これ以上の時間ロスは容認出来るものでは無かった。


「かまわないわ。飛ばしなさい」

「分かりましたお姉さま!」


 おチヨは床を踏み抜かんばかりにアクセルをベタ踏みする。

 1275cc直4エンジンが轟然(ごうぜん)と吠える。


 白い弾丸と化したミニは、渋滞の隙間を抜けていく。

 小さい車体はこういった場面では実に有用であった。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 その分、荷室は地獄と化していたが。

 楽器ケースを抱えたまま、マルヴィナは激しい振動と騒音に翻弄(ほんろう)されることになった。


 史実の旧ミニの乗り心地はお世辞にもよろしくない。

 これはサスペンションにラバーコーンを採用していることに起因している。


 金属バネの代わりにゴムの塊をスプリングとして使用するので小刻みに跳ねるような独特な固さがある。その結果、地面からの突き上げがダイレクトに伝わってしまう。現在の車と乗り心地を比較するだけ無駄と言える。


 遮音材(しゃおんざい)も皆無なので、高速走行時のロードノイズもシャレにならない。

 地面からの突き上げに急ハンドルによる横G、さらに騒音によるトリプル攻撃はマルヴィナにダメージを与えていたのである。


「ふぅ、生き返るわねぇ……」

「そうですねお姉さま……」


 常磐高速道下り方面の谷田部東(やたべひがし)停車場(パーキングエリア)。

 マルヴィナとおチヨは駐車場で解放感に浸っていた。


「だいぶ時間は稼げました。ご飯を食べるくらいなら問題無いですよお姉さま」


 おチヨが運転する車は見た目こそ旧ミニのライトバン仕様に過ぎないが、積んでいるエンジンはクーパーSの仕様が再現されていた。最高速度はじつに160キロに達しており、まさに羊の皮を被った狼な車であった。


「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ!」

「「わぁ……」」


 10分後。

 二人はテーブルに運ばれてきたメニューに目を輝かせることになった。


「これは美味しいわね! まろやかなジンジャーと豚肉のコンビでご飯が止まらないわぁ!?」


 マルヴィナは生姜焼き定食をがっつり喰らい。


「この辛さがたまりません! 味噌ラーメン最高です!」


 おチヨは辛口ねぎ味噌ラーメンを夢中で啜(すす)る。

 大使館脱出後に食事を摂っていなかった二人は、その後もお代わりや別メニューに手を出していったのである。


『疲れたら美味いものを食うのが一番だろう』

『どうせなら史実のPAのご当地メニューを再現しようぜ!』

『地産地消にもなるし、ブランド化も期待できるな』


 ちなみに、食堂のメニューは史実の谷田部東パーキングエリアの人気メニューが再現されていた。平成会のモブの仕業であることは言うまでも無いだろう。


 帝都高速の建設構想が持ち上がった際、地方へ接続する高速道路の整備も同時に進められた。そこで問題になったのが当時の自動車の信頼性であった。


 この時代の自動車にトラブルフリーを求めるのは夢物語でしかない。

 プラグかぶりや電極摩耗劣化は当たり前で予備のプラグを車載工具といっしょに常備しておくのが常識だったのであるから。


 すぐに駆け付けられるロードサービスも皆無なので、自力でのプラグ交換や応急処置をする必要があった。その程度の信頼性で高速道路を長距離移動したら故障が頻発(ひんぱつ)することは想像に難くない。


 車の信頼性だけでなく乗り心地も問題になってくる。

 この時代の大衆車で長時間高速走行するのは相当な苦行であった。


 普及している自動車の少なくない割合が軽自動車なのも状況に拍車をかけていた。遮音材は皆無でサスペンションも未熟。こんなので高速道路を走行すれば容赦のない振動と騒音に見舞われるわけで、もはや拷問でしかない。


 上述の理由で、史実よりも短い間隔でパーキングエリアが設けられていた。

 併設された修理工場に車を持ち込んでから休憩することが常態化していたのである。


『あの、お客さま? さすがにその大きさは手荷物には……』

『これはわたしの商売道具なのだけど。荷物室にあずけて何かあったら弁償してくれるの?』

『失礼しました。どうぞお通りください』

『良かったですね。お姉さま』


 日英直行便の最終便が霞ヶ浦から飛び立ったのは、さらに3時間後のことであった。楽器ケース――もとい、少女、いやさ、テッド・ハーグリーヴスは3年ぶりに英国の地を踏むことになったのである。







「な、なんじゃこりゃーっ!?」


 恥も外聞も無く絶叫するテッド。

 最悪の気分で目覚めたら、ベッド上でへそ出しセーラー服を着せられていた。何を言っているんだか以下略。


「しかも、拘束されてる!?」


 ジャラジャラとした音に気付いてみれば、両手両足が鎖で繋ぎ止められていた。

 長さには余裕があるものの、当然逃げることは不可能であった。


「おぉ、目が覚めたか」


 ノックも無しに入室してくる髭面の大男。

 その姿を見たテッドは驚愕することになった。


「ら、ラスプーチン!? って、ことは……」

「うむ。ここは儂(わし)の娼館じゃよ」


 だいぶ白くなった髭を弄(いじく)るグリゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチン。

 テッドが拘束されていたのは、彼が支配人をしている高級娼館『ラスプーチン』の一室であった。


「少女になったと聞いた時は信じられなかったが……なかなかにそそるのぅ」


 服越しに存在を主張する股間のもっこり。

 齢(よわい)80近いというのに、彼のビックマグナムは健在であった。


「ひぃっ!?」


 思わず悲鳴をあげるテッド。

 拘束する鎖が伸びきっても必死にラスプーチンから距離を取ろうとする。


「冗談じゃ。先約済みの商品には手はつけんよ。それくらいの分別はある」

「ほっ……」


 あんなのを突っ込まれたら間違いなく裂けてしまう。

 テッドが心の底から安堵したのは言うまでも無いだろう。


「それにしても、へそ出しコスチュームがこれほどそそるとは思わなんだ」

「おい、ちょっと待て。これってラスプーチンの趣味なのか!? まさか……」


 その瞬間、テッドの脳内で髭面の大男と少女の絡みがイメージされてしまう。

 意識の無い少女を脱がして着替えさせるとか、リアルでやったら犯罪行為確定だろう。


「安心せい。着替えさせたのはお主の妻と愛人じゃよ」


 意識が無かったとはいえ、ラスプーチンに裸体を好き勝手されるとか悪夢でしかない。テッドが心の底から安堵したのは以下略。


「お主が気絶しているうちに風呂に入れて全身を奇麗にしておったぞ。いやぁ、あれはなかなかにそそる光景じゃった。レズもの3Pというのも悪く無いのぅ」

「うわぁぁぁぁぁぁ!?」


 しかし、続くラスプーチンの言葉で絶望することになった。

 エロゲシチュならそそる場面ではあるが、自分がなりたいとは決して思わない。


「というか、なんで知ってるんだ!?」

「うちはセキュリティとスパイ対策で、そこら中に隠しカメラとマイクを仕込んでいるからのぅ」


 高級娼館ラスプーチンは史実のサロン・キティをモデルにしていた。

 全ての部屋で盗撮と盗聴が行われており、これまでにも重要な情報をテッドにもたらしていた。


 一番安いコースは比較的リーズナブルな値段に設定されているが、高級なコースはとんでもなく高額。幅広い職種や地位に就く人間を集めるためであることは言うまでもないだろう。


 ちなみに、最上階のロイヤルスイートだけは全てのカメラとマイクが切られていた。これは宿泊客から頼まれたわけでなく、ラスプーチンが自主的に行っていることであった。


「それと、その服をレンタルしたのはお主の愛人じゃぞ」

「知りたくなかったよそんなこと!? というか、レンタル衣装なのかこれぇ!?」


 テッドが驚いたのは当然だろう。

 この時代にへそ出しルックなど普通はあり得ない。


「儂の知り合いの日本人が是非にと勧めてくれてのぅ。最初は半信半疑じゃったが、いざレンタルしてみるとイメージプレイでウハウハなんじゃよ!」


 余計な入れ知恵をしたのは常連客の日本人――それすなわち、ドーセット領に居付いた平成会の元過激派モブであった。足繁(あししげ)く娼館に通っているうちに知己を得た彼は、生前の風俗通いの経験を活かしてラスプーチンに助言をしていた。


「利用者の体格を想定した多数のサイズを用意する必要があるのが金がかかるのが難点じゃが、レンタル料で軽く元は取れる。地元のテーラーに注文を回しているから感謝もされるし一石二鳥じゃよ」


 ハードなプレイが想定されるので、レンタル衣装は丈夫であることが求められる。破損前提で工場に発注して数を揃える手もあるが、最低ロットにしても必要数とはけた違いで現実的ではなかった。紆余曲折の末、レンタル衣装は地元のテーラーに発注することになった。


『こんな破廉恥なデザインの服を作れというのか!?』

『こんなの水着じゃねーか!?』

『うちは地元じゃ由緒あるテーラーなんだぞ!? 娼館の注文なんぞ受けられるか!?』


 当時の常識とはかけ離れたデザインに地元テーラーからの反発は大きかった。

 娼館からの注文と知って露骨に門前払いしたテーラーすらあった。


 しかし、割りの良い仕事なのは事実であった。

 代金は言い値で払ってくれるし、一度受注すると定期的に補修の仕事も入ってくる。


 日々の経営に苦しむ個人経営の零細テーラーからすれば、干天の慈雨(かんてんのじう)であったことは間違いない。最近は製品に店のタグを付けないことを条件に注文に応じるテーラーが増えていた。


 当然というべきか、レンタル衣装の利用者の大半は平成会のモブであった。

 クリーニング代も含まれるので利用料金は安く無かったが、それでも根強い需要が存在していた。


 一部のモブは自分がデザインした衣装をレンタル衣装に加えることを要求してラスプーチンを困らせた。しかし、お試しで作ったら好評で正式にラインナップに加わるケースも稀(まれ)によくあることであった。


「そういえば、日本(イポーニャ)の娼館には母乳プレイや妊娠プレイなるものもあるらしいのぅ。今度来たら詳しい話を聞こうと思っておるよ!」


 ラスプーチンは件(くだん)のモブから史実日本の特殊風俗の情報も仕入れていた。

 元皇帝一家相手に普通のプレイはやり尽くしたラスプーチンであるから、特殊風俗に興味を抱いてしまったのも残当と言えよう。


 史実21世紀の日本の特殊風俗は母乳プレイや妊娠プレイに留まらない。

 悪徳整体師プレイや生理中の女の子とのプレイ、潮吹きチャレンジなどディープ過ぎるプレイが山ほどあった。


 モブとラスプーチンは、史実日本の特殊風俗の再現に尽力することになる。

 NTR通話プレイやスーツ美女セクハラプレイなど、時代の先を行き過ぎたプレイは利用客から好評をもって迎えられたのである。


「おぅ、来たようじゃな」


 ドアがノックされたのは、ちょうどその時であった。

 ガチャリとドアが開くと、二人の女性が入ってくる。


「んなっ……!?」


 それを見た瞬間、テッドは二の句を告げなくなった。

 目の前にいたのは、女王様コスチュームに身を包んだマルヴィナとおチヨであった。


「なんじゃ、儂のより小さいのぅ」


 コスチュームの股間を見たラスプーチンが鼻を鳴らす。

 彼の基準がおかしいだけで、付いているモノは標準サイズは優に超えていた。


「じゃあ、しばらく借りるわね」

「うむ。無期限で貸すから終わったら言ってくれ」

「ちょ、待って……!?」


 テッドが必死に手を伸ばすも、ドアは無情にも閉められた。

 室内に残されたのは3人だけになったのである。


『あぎっ、そんなの入らない……!?』

『大丈夫よ。ちょっとならせば入るはず』

『えへへ、テッドさん。後ろから失礼しますね』


 高級娼館『ラスプーチン』の地下2階。

 最近になって改装された集中管理室は見渡す限りモニターだらけであった。


「うむ、やはりレズものも悪く無い。ケーキとワインが進むのぅ」


 ラスプーチンは集中管理室の一角を占拠して酒盛りを始めていた。

 勤務しているスタッフは『またか』という表情にはなるものの、誰も注意しようとはしない。なんのかんの言っても、彼は部下には慕(した)われていた。


『ほら、咥(くわ)えなさい。ゆっくりとね』

『力を抜いてくださいテッドさん。切れるのは嫌でしょう?』

『あうううう……』


 目の前のモニターには3人の絡みが放映されていた。

 リアルタイムで録画しているのは情報収集のためであって、決して疚(やま)しいこと目的ではない。


『うぅ……もう許して……』

『その表情とてもそそるわぁ』

『レイプ目ってやつですね。以前読んだ同人誌に載ってました!』


 3日後。

 相も変わらずモニターは3人の絡みを映しだしていた。


「いやぁ、大した体力じゃ。若いって羨ましいのぅ……」


 朝食のブリヌイを頬張りながら、ラスプーチンは感心していた。

 トイレ休憩以外は食事も睡眠もこの場で取っていたが、モニターから音声が尽きることは無かったのだから。


「んんっ?」


 画面が一瞬光ったような気がした。

 ラスプーチンは思わずモニターをのぞき込むが、特に異変は見受けられなかった。


「うおおおおっ!?」


 その瞬間、画面がホワイトアウトする。

 いきなりのことに、ラスプーチンはひっくり返ることになった。


『ようやく来たわね』

『これで元に戻りますね』


 機器の故障を疑ったが、二人の音声は流れてきている。

 単にカメラだけ故障した可能性もあるのだが……。


『終わったわよ。服を持って来てちょうだい』


 唐突に始まった画面のホワイトアウトは唐突に終わった。

 モニターには元の姿に戻ったテッドが映し出されていたのである。






以下、今回登場させた兵器のスペックです。


HMS ヴィクトリアス


排水量:53000t(基準) 63000t(満載)

全長:281m

全幅:56.1m

水線幅:37.0m

吃水:10.2m

機関:アドミラルティ式3胴ボイラー8基4軸推進  

最大出力:202000馬力

最大速力:32.5ノット

航続距離:20kt/6200浬

乗員:2750名

兵装:56口径40mm連装機関砲10基 

  :4連装シーキャット発射機1基

装甲:舷側100mm(機関部) 

  :飛行甲板80mm(最厚部)

レーダー:262型1基

    :988型1基


ロイヤルネイビーの虎の子とも言える大型空母の4番艦。

同形艦は『クイーンエリザベス』『プリンスオブウェールズ』『アークロイヤル』


史実では計画で終わってしまったCVA-01級航空母艦を再現したものである。

計画では妥協された速力も特別仕様の超高圧缶と4軸推進化によって32kt超えを達成している。


特筆すべきは、この世界初の個艦防空ミサイルを搭載したことである。

史実のシーキャットに準じる性能ではあるものの、特定の条件下ではレーダー誘導のみで命中させることも可能であった。



※作者の個人的意見

史実のCVA-01級航空母艦を弄ったらミッドウェイ級になっちゃいました(;´∀`)

今後も改装を重ねて末永く現役に留まることでしょう。






フェアリー シー・ロートダイン


全長:19.67m  

全幅:2.46m(主翼除く) 

翼幅:17.22m 不明(折り畳み時)

全高:7.06m(ローターパイロンまでの高さ含む)

ローター径:31.72m 不明(折り畳み時)    

機体重量(自重/最大):13100kg/26500kg   

最大速度:310km/h

航続距離:750km 1500km(コンフォーマルタンク装着時)

上昇限度(実用/限界):4500m

武装:旋回式20mm機関砲(機首) 多連装ロケット弾発射機(主翼)

  :兵員57~75名 or 貨物(9t)

エンジン:ロールスロイス タイン 軸出力5250馬力×2 + ガスジェネレーター×4(チップジェット用)

乗員:2名


ロイヤルネイビーで制式採用されている複合ヘリコプター。

ウォッチガード・セキュリティが試験的に運用していた機体を運用データを元に再設計した量産タイプを海軍向けにさらに再設計した機体である。


艦上で運用するために着艦装備と航法装置の刷新、メインローターと主翼の折り畳み機構、航続力延長のためのコンフォーマルタンクの採用、エンジンの出力向上などがはかられており、原型機であるロートダインとは別物と化している。


艦隊間の連絡機、物資輸送、上陸支援など多岐な任務に投入されているが大型過ぎて運用出来る艦は実質クイーンエリザベス級大型空母のみである。そのため、駆逐艦や巡洋艦でも運用出来る小型で安価なヘリコプターの開発が進められている。



※作者の個人的意見

ロートダインの量産型(ロートダインZ)の仕様を再現してみました。

この時代に大型V/STOL機が実用化出来れば戦術戦略の幅が大いに広がることになるでしょう。


ちなみに、海軍向けのロートダインは史実でも計画だけは存在しています。CH-53 シースタリオンの計画時にロートダインの発展型が提案されてました。なんでこっちを採用しなかったんだよ……(´・ω・`)






Axon TASER X3


種別:テーザーガン

全長:178mm

全高:89mm

最大幅:64mm

重量:900g

弾数:3発

射程:10.6m(最大)


史実米国のAxon社(旧Taser International社)が開発したテーザーガン。この世界では、テッドの2度目の大規模召喚で顕現した。


スタンガンと違って安全な距離から攻撃出来るテーザーガンであるが、外した際のリスクや複数犯への対応が出来ないなどの欠点があった。TASER X3は3連発にすることでこれらの欠点を軽減することに成功している。


TASER X3は多種兵器研究開発部(DMWD)で解析された後に量産化された。

オリジナルは、テッドの愛人であるおチヨの所有物となっている。



※作者の個人的意見

外したら終わりだと思っていたテーザーガンですが、こんなのがあるのですね。

これからはカートリッジの小型化で多弾化が進むんでしょうねぇ。そのうち6連発とか出てきそう。






オースチン ミニ・ライトバン(クーパーS仕様)


全長:3.30m  

全幅:1.41m  

全高:1.346m  

重量:640kgt  

速度:160km/h

エンジン:A型直列4気筒OHV+ツインSUキャブレター 76馬力

変速機:6速マニュアルミッション (フルシンクロメッシュ)

乗員:2名+荷物


テッドの2度目の大規模召喚で召喚した旧ミニクーパーSをオースチン社の技術陣が解析して量産化したモデル。今回の作戦に投入されるにあたって、オリジナルのクーパーSのエンジン(1275cc)が移植されている。


その結果、馬鹿っ速の凶悪ミニサイズライトバンと化してしまった。

帝都高速では異次元の速さを見せて並みいる車をぶっちぎっている。



※作者の個人的意見

旧ミニのエンジン回りって面白い構造していて、サブフレームごと外せるのでエンジンを乗せ換えることが簡単に出来るのです。史実だとホンダのVTECを積んだ化け物旧ミニがサーキットで暴れまわっていました。


同じミニならサブフレームごとエンジンを差し替えることだって不可能じゃありません。なので、オリジナルのクーパーSのエンジンをライトバンに載せちゃいましたw


マルヴィナさんが旧ミニに乗ったらめっちゃ窮屈でしょうねぇ。

シティハンターで海坊主が旧ミニにめっちゃ窮屈そうに乗っていましたが、体格的には似たり寄ったりですし。






ロールスロイス ファントムⅢ


全長:5.41m  

全幅:1.95m  

全高:1.80m  

重量:3500kgt  

速度:137km/h

エンジン:7.3リッター 60度V型12気筒エンジン180馬力

変速機:4速マニュアルミッション (1速のみノンシンクロメッシュ)

乗員:5名


駐日英国大使館の公用車としてかなりの数が輸入されている。

帝都高速で警戒中に不審な小型車を発見して追跡したものの、まったく歯が立たずに置き去りにされている。



※作者の個人的意見

じつはこの時代に外交官ナンバーは存在していなかったりします。

管理に不都合なので、この世界では内閣調査部が提言して後藤内閣時代から青ナンバー制度が始まっています。

というわけで、テッド君が3年ぶりに元に戻りました。

ちょっと酷い目に遭ってしまいましたが、育児疲れしている妻と愛人を3年放置して好き勝手やってたんだからむしろ穏当では無いかと思いますw


相変わらずリアルが立て込んでいまして、今年いっぱいくらいは更新が遅れ気味になると思います。読者さまにおかれましては、拙作を引き続き応援していただけますと幸いですm(__)m


>ラクラン・ドナルド・マッキントッシュ

中国の天津生まれの英国海軍軍人。

2つの世界大戦に参加して駆逐艦、軽巡、空母の艦長を歴任して武功を挙げています。


>『そこらへんは高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処してもらう必要があるかな』

フォーク戦術乙。


>ヨーク公――アルバート・フレデリック・アーサー・ジョージ海軍元帥

この世界だと国王ではなく海軍の重鎮です。

同人に理解のある嫁さんをもらって子供も二人(女子だけど)いる幸せ家族生活を送っています。


>マッキントッシュ氏族(Clan Mackintosh)

スコットランドハイランド地方(インヴァネス周辺)を起源とする伝統的なハイランド・クラン(氏族)です。この世界だと王妃がハイランドの大貴族サザーランド公爵家の娘ローズマリーなので、いろいろと苦労しているようです。


>米連の中型旅客機であるDC-3に匹敵するサイズであることは一目瞭然であった。

作中だと海外路線向けにDC-4は出しましたが、DC-3は出してないような気が。機会があれば、そこらへん書いてみようかなぁ。


>その様子はF1のピットイン作業の如し。まさにプロの手際であった。

F1のピットイン作業を時代順で見ると、とんでもない進化をしていることが分かります。タイヤ交換時間が30年で1/4になっているのは、さすがに唖然としましたよ……(;´∀`)


>フライトプラン

飛行経路に自分の国の大使館があったら、ビックリして聞き返しちゃいますよねぇ。


>コンボイ1

輸送機ということで安直に付けちゃいました。

この手の作品で機体のコールサインでカッコいいのを考えられる人は凄いと思っています。


>メイド長は怖いし、僕の弱みを握ってくるし……

メイド長『細いし短いし右曲がり』


>罰ゲーム(マスケリン視点)でやらされていた白頭山(はくとうさん)の除染作業

ひたすら地味で単調な作業になるので罰ゲーム呼ばわりも致し方ないというか。

全ては水爆の威力を見誤ったテッド君が悪いのですw


>テッドには30万ポンドもの借金を清算してくれた恩がある。

自援SS『変態世界格闘技事情―バーティツVS日本武道編―』参照。

テッド君の名前を出して、ホイホイと借金した挙句に興行を失敗させているので全く同情出来なかったりします。


>『ドーセット公は既に亡き者になっており、嫡男が成人するまで影武者で誤魔化している』

本編第118話『テッド・ハーグリーヴス待望論再び』参照。

モブが酔っぱらって余計なことを言わなければねぇ。

とはいえ、噂が信ぴょう性を帯びてしまうくらいは不信感を持たれていたのは事実です。


>微妙な差異でも3年間も積み重なれば、漠然とした違和感になるには充分過ぎる。

影武者って普通は身代わりに使うものなのですけどね。

やむを得ない事情があったとはいえ、表に露出させ過ぎたのは問題でしょう。疑われていることに気付いて引っ込めたけど時すでに遅しでした。


>問答無用で辻は謝罪に追い込まれてしまう。

協力を要請する相手に対して私兵呼ばわりは確かに失礼でしょう。

とはいえ、ウォッチガードセキュリティ自体が極秘に近いのに、さらにその中の特殊部隊となると名前なんぞ分かりようもないわけで。


>マジックギャングは近いうちに協力することになるだろう。

マスケリンは計画全てを打ち明けられてわけではありませんでしたが、何らかの動きが近々あることだけは伝えられていました。


>ちぎっては投げちぎっては投げ(物理)されていく。

ヤクザ虐めをすることしかない平和な日本ではメイドの戦闘力も鈍って当然なのです。


>『ここまでモロいはずないのだけど。日本での生活で鈍ったのかしら? 全員ブートキャンプ送りね』

実際に日本大使館のメイドは総入れ替えされることになります。


>『わたしでもあっさり倒せてしまうのは問題ですね。お姉さま』

愛人が強くて何が悪い(作者談


>おチヨが強くなることを決意したのは16年前のこと。

時系列だと本編第84話あたりになります。

当時はゴーンが話題だったので、迷わず楽器ケースを登場させてしまいましたw


>マルヴィナ・ブートキャンプ

モットーは『町娘を立派なアサシンに』です。

ここで鍛えられると、腹筋バキバキになります。


>毎日ぶっ叩かれて血反吐を吐き、筋トレで血尿を流すような日々

日本の若手レスラーのしごきですかね?(滝汗


>その様子は某木星帰りとピンク髪のヤンデレに絡まれた金髪グラサンの如し。

この場合、ジオがマルヴィナさんでキュベレイがおチヨさんで百式がテッド君になるのかしら?(白目


>ジャイアントスイングとは違って、回るのは本人だけなので回転に限界が無いのがじつにエグい。

リアルだとさすがに無理でしょう。

でも絵面優先で描写しちゃいましたw


>飛行244戦隊

史実だと3式戦から5式戦へ機種変した部隊でB-29への体当たり攻撃でも有名。


そういえば、この世界の3式戦どうしようかなぁ?

ドイツからDB系列仕入れるのは絶望的だし、大人しく平成飛行機の和製マーリンもどきを供給してもらうか……3式がスピットになっちゃうなぁ(; ・`д・´)


>ミラノ風ドリア

もちろん元ネタはサイゼリア。

内閣調査部の福利厚生であるファミレスでは、サイゼリアメニューの積極的再現をしています。


>「執念が人を強くします。次会う時はもっと強くなっていてくださいね」

フラグが立った?

地獄のトレーニングを積んだメイド長が復権する話が……書けるかなぁ?


>「「このメイドはいただいていく。わたしたちの若さの再興のために!」」

ふざけているようですが二人とも必死です。

3年間の育児疲れその他のストレスで生じた目元の小じわとか、ハリ艶を失いつつある皮膚を取り戻す必要があったのですから。


>機体後部のクラムシェルドアを開放。

ロートダインは客席を撤去すれば、広大なカーゴスペースになります。

機体後部の観音開き式のドアを開放すれば、そのまま車両を出し入れ出来ました。旧ミニなんか余裕で搭載出来ます。


>将来のロンドンの渋滞を解消出来るかもしれない。

ロンドンの渋滞は社会問題化しているので、それを知る者からすれば今のうちに打てる手は打っておきたいというのが本音でしょう。この世界で早期に旧ミニが普及したら将来は日本の軽自動車がライバルになるかもしれませんね。


>バキっという音がしてから、数秒後に何かが落ちたような音。

海坊主と旧ミニでググるとヨロし。

ちなみに、外れたのはドアじゃなくて助手席でした。不法投棄良くない(・A・)イクナイ!!


>「ふふっ、今こそテッドさん仕込みのドラテクを披露するとき! 飛ばしますよーっ!」

自援SS『変態紳士の領内事情―モータリゼーション編―』参照。

ドリフトをかましたり、ポルシェ博士と一騎打ちしているようにテッド君のドラテクはじつは高水準だったりします。


ちなみに、二人ともドーセットの自動車学校で免許を取得しています。

マルヴィナさんは、あの体格なので滅多に運転しませんけどw


>N・M・ロスチャイルド&サンズ日本支社

初出は本編第32話です。

以後もちょくちょく出てきていますが、日本全国に支社を持つ外資系では最大手の企業だったりします。


>「青色は外交官ナンバーよ。影武者のヤツしくじりやがったわね」

史実だと外交官ナンバーが始まったのは戦後のウィーン条約からですが、この世界の日本では内閣調査部の提言を受けて後藤内閣の頃から始まっています。


それと本人の名誉のために書きますが、マスケリンはちゃんと仕事をしています。

方々に根回しして事態の拡大を防いでいます。


『あの子を助けないというつもりですか!?』

『いや、だから。ちょっと、落ち着いて……』

『わたしの知っている全権大使さまは、たかがメイド風情でも見捨てる御方ではありません。この状況ならば万難を排して救出せよと言うはずです』

『いや、だから……』

『追跡隊の指揮はわたしが執ります。よろしいですね?』

『アッ、ハイ……』


怒れるメイド長は止められなかったのですけどねw

大使館の公用車であるファントムⅢがあちこちに走っていたのはこれが原因でした。


>常磐高速道

史実の常磐自動車道です。

モブたちは名前も同じにしたかったのですが、多数決で負けて今の名前になっています。


>生姜焼き定食

>辛口ねぎ味噌ラーメン

どちらも常磐自動車道の谷田部東PAの名物料理です。

この世界でも史実のオリジナルメニューが多数再現されているのでPAの人気は高まるでしょうねぇ。


>普及している自動車の少なくない割合が軽自動車なのも状況に拍車をかけていた。

史実の軽自動車を知っているモブたちが自動車関連の法整備を急いだ結果、この世界では戦前に軽自動車が生産されています。スバル360はもちろんのこと、キャロルや水中眼鏡やその他諸々の360cc軽自動車が普及しています。これで高速を走るのは拷問以外の何物でも無いのですけどね……(;´Д`)


>服越しに存在を主張する股間のもっこり。

リアルのラスプーチンのブツはあんなもんじゃなかったりします。


>サロン・キティ

史実1930~1940年代にかけてドイツの首都ベルリンにあった高級娼館です。親衛隊情報部が経営を乗っ取って諜報目的で運営していました。


>最上階のロイヤルスイートだけは全てのカメラとマイクは切られていた

さすがに王位継承権を持つ大貴族のプライベートを覗くわけにはいきませんし。


>リアルタイムで録画していることは言うまでも無いだろう。

必要部分は編集して正妻愛人コンビに譲渡、魔法発動の瞬間はクロウリーの研究資料になります(酷


>ブリヌイ

ロシアの伝統的な朝食で見た目はクレープのようなパンケーキです。

旧ソ連時代は忘れ去られていましたが、崩壊後はファーストフードとして復権しています。

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― 新着の感想 ―
嫁との戦いが怪獣大決戦なのですが、果たしてこれでいいのか?
 まあしょうがないか。生まれたばかりから幼稚園位までの息子をほったらかして地球のド田舎の山奥で木こりっぽい事をしつつ夜中こっそり鍛えるって奇行に走ってたキン肉星大王張りの不義理だものな。
テッドの初めてを正副(制服)で貰った(奪った)のか
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