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変態米連リクルート事情―大物5人組編―


「「「……」」」


 帝都江戸川区の葛西地区。

 文化住宅の一室に集まった者たちは終始無言であった。


 モルタル2階建ての壁は薄い。

 外からの騒音が入り放題であった。


 近所で祝賀行事が開催されているせいか、君が代や天長節の歌が容赦なく鼓膜を揺さぶってくる。仮に盗聴を試みたとしても、この状況では不可能だろう。


 史実の葛西地区は集合住宅が多いことで知られていたが、この世界でも似たようなものであった。集合住宅ではなく、文化住宅に置き換わってはいたが。


 この世界でも発生した関東大震災で江戸川区は灰燼(かいじん)と化した。

 焼け出された者たちを一刻も早く収容する必要に迫られた平成会が捻りだしたアイデアが史実の文化住宅であった。


 この場合の文化住宅は、関西発祥の各住戸に独立したキッチンやトイレを備えた集合住宅を指す。関西特有のレトロな木造物件の代名詞と化しており、史実21世紀においても現役の物件も珍しくない。


 関東では大正時代から昭和の時代に流行した和洋折衷でモダンな一戸建て住宅を文化住宅と呼称していた。それ故に、関西の文化住宅は単にアパートと呼ばれることが多い。


 平成会のモブたちの認識は文化住宅(イコール)関西であった。

 比較的低コストで急造出来るメリットは捨て難く、この世界の葛西地区は文化住宅のメッカと化していたのである。


「……で、どうする?」


 唐突にモブの一人が口を開く。

 その目線は卓袱台に置かれた書状に注がれていた。


「どうするも何も、同志トロツキーの指令は絶対だ! 我らはなんとしても目的を達成する必要がある!」


 対面に座るモブが卓袱台を叩いて()える。

 その目は血走っていて常人とは明らかに異なる雰囲気であったが、左巻きな連中には日常茶飯事と言えなくもない。


 6畳一間で卓袱台を囲んでいる者たちは中〇派モブであった。

 この文化住宅は一棟丸ごと彼らの非公然アジトであり、日本における活動拠点として機能していた。


「それはそうなんだが、これはいくらなんでも無茶過ぎないか?」

「そんな弱気でどうする!? 為せば成る!」

「同志トロツキーの願いを無償で叶えことこそ我らのレゾンデートルなのだっ!」


 トロツキー直筆の指令書が届いただけでテンション爆上がり。

 そんな彼らが今回の指令に関しては困惑していた。


『MI6に比肩しうる対外諜報組織を作れ』


 書状にはこれだけしか書かれていなかった。

 普段ならば多少なりとも補足があるのだが。


「とはいえ、同志トロツキーのご懸念も分からないでもない。合法非合法を問わずに国外で活動出来る情報機関は絶対に必要だ」

「国内の防諜はシークレットサービスが頑張ってくれてはいるが、対外諜報についてはブリカスにやられ放題だからな……」

「この場合の組織名はCIAになるのか?」

「KGBに決まってるだろ」


 しかし、赤いモブたちは情報組織の必要性は理解していた。

 史実冷戦時代のCIAやKGB、MI6の暗闘を知っていれば当然であろう。


「というか、この手の仕事が出来るのが少なすぎる。このまま先細りするようだとヤバイ」

「国外で活動出来るのって俺らくらいだからなぁ」

「同志トロツキーのためならば粉骨砕身、たとえ火の中水の中ではあるが。現状だとやれることにも限度がある」


 現状を憂う中〇派モブたち。

 現状の米連で国外で活動出来るエージェントは彼らだけという体たらくであった。


「あのリア充が余計なことをしなければよかったんだよ!?」

「まったくだ。優秀なエージェントが大量に捕まったのは痛手だった」

「いや、あれは俺らが関わりようも無かっただろ」


 現在は米連の国内防諜を担当しているシークレットサービスは、国外で非合法な活動に従事する部隊を保有していた。旧上層部の稚拙な部隊運用と、現地の人材コレクターのせいで根こそぎにされてしまってはいたが。


 元FBIで優秀なエージェントを確保出来なかったことは、中〇派モブにとっては痛手であった。彼らの半分でも確保出来ていれば、現状はだいぶ楽になっていたはずなのである。


「教会の連中は使えんのか?」

「国外だとアメリカ正教は警戒されているからな。神父さまも牧師さまも布教に良い顔をしてくれないんだよなぁ……」


 アメリカ正教会はシークレットサービスと同様に秘密警察的な運営をされていたが、こちらはトロツキーの私兵的な意味合いが強い。ヒューミントでの情報収集が主であり、最近は国外での布教にも乗り出していたが結果は芳しいものではなかった。


「というか、そろそろ体力的にもキツイんだよな……」

「分かる。生前だったら、バリバリ現役の年齢のはずだったんだがなぁ」

「世界法則ってヤツなのかねぇ?」


 さらに言うならば、彼らの年齢からくる体力の衰えもあった。

 これまでは若さに任せて無茶もしたものの、これから先もやっていける保証はどこにも無い。


「最近は新しい同志も久しく見なくなったよな」

「勧誘が足りんのじゃないか? もっと大規模にやれば……」

「上層部に、特にあのメガネにバレたらヤバい。俺は精神病院送りはまっぴらごめんだぜ」


 彼らも人材不足な現状を放置していたわけではない。

 新たな同志を見つけ出すべく、サークル活動を装って平成会内部のモブを常時勧誘していた。、


 しかし、あまり大っぴらにやると上層部に目を付けられかねない。

 中〇派モブたちは、過去に壊滅した革マ〇派の轍を踏むつもりもなかった。


「とどのつまりは、スパイ組織作りのノウハウに長けていて、かつ我々に協力的な人材を探す必要があるということか」

「聞いただけで、すげー無理ゲー感があるな」

「でも探すしか無い。我らではスパイ組織の起ち上げは無理だ」


 思い悩んで情報機関が生えてくれるなら苦労はしない。

 結局のところ、赤いモブたちは外部に人材を求めることにしたのであった。


「……史実のスパイ組織について知りたい?」

「あぁ、特に組織の黎明期について知りたいのだが」


 帝国図書館の片隅にある特別史料研究室。

 部屋の主は、赤いモブ(来訪者)たちの質問に困惑していた。


 史実の帝国図書館は国立国会図書館の前身であった。

 この世界では平成会が介入した結果、史実より早期に大規模な国会図書館として運営されていた。


『そういうことならば、アナリスト業務をお勧めします』

『えっ、でも、この世界だと史実の歴史なんて役に立たないのでは?』

『歴史が変化したとしても、同種の事件が起こらない保証は無いのです。史実知識があれば、回避出来るかもしれないので重要な仕事ですよ。特に近代史を専攻している人間は希少ですし』


 部屋の主は平成会のモブであり、生前は近代史を専攻していた。

 図書館に集められる情報を分析して、今後の世界情勢を予測することが現在の仕事であった。


「史実ではCIAにKGB、MI6にモサドだってあった。しかし、この世界ではイギリスMI6の1強状態だ。この状況は好ましいものではないだろう」

「今後は列強でも同様の情報機関が整備されていくはずだ。それが我が国に牙を剥かないと誰が保障出来る?」

「史実における列強の情報機関の設立の次第を知ることが出来れば、カウンターを仕掛けることが出来るかもしれない」

「なるほど……」


 中核派モブの適当な理屈に心底納得してしまう。

 史実の日本がスパイ天国だったことを知っていればこそであろう。


「そういうことならば、史実CIAの黎明期をお話しましょう。あれは第2次大戦時の戦時情報局が前身で……」


 流石は『動かない近代歴史資料書』呼ばわりされるだけのことはあり、近代史専攻モブの知識は大したものであった。押し掛けた中〇派モブたちは事態打開のヒントを聞き逃すまいと、ひたすらに傾聴し続けたのである。







「……」


 傘をさしたまま無言で(たたず)む男が一人。

 その日のロンドンは雨模様であった。


「……どちらまで?」

「ベイカーストリートへやってくれ」


 やがて、やってくる黒塗りの車。

 男は会話もそこそこにロンドンタクシー(ブラックキャブ)に乗り込む。


 タクシーの車窓からはテムズ川の対岸が見える。

 そびえ立つ重厚なシルエットの建物――MI6ビルは、かつての職場であった。


 将来を嘱望され、幹部間違いなしと言われていた男は突然左遷された。

 大学時代に共産党員として活動したことが露見したことが理由であるが、それは表向きの理由に過ぎない。


 確かに大英連邦内では共産主義は悪魔の思想扱いされていた。

 しかし、男が左遷された理由は生前のやらかしが原因であった。


 史実では超有能な人材だったので、円卓は男が共産主義に染まらないように密かに監視していた。結局、無駄に終わってしまったのであるが。


 円卓の強硬派からは、この時点で殺害する意見が多数出た。

 しかし、この世界のチョビ髭が順調に更生している最中だったので見送られることになった。


 すったもんだのあげく、男は下部機関に強制的に出向させられた。

 未だにMI6に籍を置いてはいるものの、事実上の飼い殺し状態であった。


(この男……)


 タクシードライバーの後ろ姿に感じる違和感。

 その違和感を突き止めるべく頭脳をフル回転させる。


(アジア系か? いや、有り得ないな)


 頭髪と肌の色から判断すると黄色人種である可能性が高い。

 しかし、それは彼の常識からは有り得ないことであった。


 その理由はロンドンのタクシー運転手の資格取得の厳しさにある。

 1865年から導入された資格試験は、史実21世紀においても世界一の超難関と言われるほどで道半ばで脱落する者が後を絶たない。


 『Knowledge of London』(ロンドンに関する試験)と呼ばれる試験は、面接、口頭試問、筆記試験、実技試験で構成されている。特に難しいのが、ロンドンのA地点からB地点までの最短ルートを地図無しで答えるというもの。


 使用する道路の名前や交差点の全てを知らなければ、試験突破は不可能なことは言うまでも無い。さらには、現在通行止めや工事中になっている場所も知っておく必要がある。全ての試験をパスするのに平均3年、合格率3割というのも納得出来る数字と言えよう。


「……見ない顔だね。新入りかね?」

「あっ、はい。最近なったばかりなんですよ」


 このような試験であるから、合格出来る人間は生粋のロンドンっ子が多い。

 仮にアジア系のタクシードライバーが誕生しようものなら、ニュースにならないはずがない。疑念は深まるばかりであった。


(いつものルートじゃない。こいつは……)


最短ルートを叩き込まれたロンドンタクシーのドライバーが道を間違えるはずがない。で、あるならば目の前の男は騙りである可能性が非常に高い。思わず懐に手が伸びたのであるが……。


(こいつ、ひょっとしてジャパニーズか?)


 護身用の拳銃を取り出すのを辛うじて自制出来のは、ドライバーが日本人であることに気付いたからに他ならない。着こなしや丁寧な所作は他のアジア系とは明らかに一線を画していた。


 史実21世紀において、海外に出た日本人は好意的に見られることが多い。

 それは裏を返せば、現地民が日本人の判別法を知っていることを意味する。


 この世界でも事情は似たようなものであった。

 ロンドンには世界中の植民地や自治領から来たアジア系が多く住んでいたが、日本人を見分けるのは比較的容易だったのである。


(だが、何故? ジャパニーズがわたしに近づく理由が分からん)


 男は困惑していた。

 日本人がタクシードライバーを装って自分に接近してきたのは明白であったが、その理由が分からない。


(ひょっとして、こいつもエージェントなのか?)


 日本は英国と対等な同盟国であるから、表でも裏でも人材交流は盛んであった。

 MI6に籍を置いている以上、日本の諜報機関からの接触も有り得ないことではない。


(別に重要な情報など持っていないのだが。ひょっとして人違いか?)


 男が人違いを疑ってしまったのも、ある意味当然と言えた。

 MI6本部勤め時代ならともかく、左遷された現在の自分に用があるとは思えない。


(このままでは埒があかんな……)


 このままだと拉致られるか、適当なタイミングで仕掛けられるかの二択であろう。ならば、そうなる前に行動を起こすしかない。


「……君、ちょっといいかね?」


 信号待ちを見計らって、男はドライバーに声をかける。

 同時に懐からウェブリー・リボルバーを取り出す。


「なんです? って、うわぁ!?」


 後ろを見たタクシードライバー(?)は驚愕することになった。

 それはそうだろう。イケメンなおっさんが拳銃を構えていれば誰だってビビる。


「後ろを見るな。そのまま運転しろ」

「は、はいぃ……」


 信号が青になり、タクシーが走り出す。

 車内の修羅場を交差点に居た人々は気付くことが出来なかった。


「で、目的は何かね? わたしとしても手荒なことはしたくないのだが?」

「ちょ、撃たないでください!? 僕はタダのメッセンジャーボーイなんですよっ!?」


 突き付けられた455ウェブリーのおかげで、寡黙だったタクシードライバー(?)の口もだいぶ滑らかになった。


 史実のシカゴで活躍した実業家が『優しい言葉に銃を添えると良い結果が得られる』という言葉を遺しているが、この場合は間違いなく真実と言えよう。


「うぅっ、本当はタクシーを降りたときにさりげなく、かっこよく渡す予定だったのに……」


 わけの分からない戯言(ざれごと)を無視して、男は手渡された書面に目を通す。

 罠の可能性も考えて、いつでも銃を撃てるようにしておくことも忘れない。


(こ、これは……!?)


 書面の内容は非常に魅力的なものであった。

 最初は警戒していたものの、気が付けば夢中になって読み進めていた。


「じつに魅力的なリクルートだ。断る理由がない。いや、是非受けさせてくれ!」

「そうでしょうそうでしょう! でも、食いつき過ぎというか……少しくらい疑ってくれてもよいのですよ?」


 ドライバー(?)は、どアップで迫るおっさんの顔に焦る。

 断わられるとは思ってはいなかったが、ここまで食いついてくるのは完全に予想外であった。


 有能な人材であるほど飼い殺しにされることを嫌う。

 新天地で思う存分に能力を振うことを願うのは当然のことだろう。


「詳細な話を詰めたいところだが、今のわたしは監視されていてな。何とかならないか?」


 しかし、男は監視されていることに気付いていた。

 このまま話を進めようものなら、自分だけでなくリクルート主にまで迷惑をかけてしまう。


「そういうことならば、うってつけの場所があります。MI6の監視が届かない場所です」

「この地上に、しかも本国にそんな場所が存在するのか!?」


 かつてMI6本部で勤務していただけに、他の情報機関の追随を許さないワールドワイドな諜報能力は理解していた。それ故に地球上にMI6の目が届かない場所があるなど想像することすら出来なかった。


「……まいどありー。またのご利用を」

「あぁ。またな」


 ブラックキャブは何事も無かったように走り去る。

 男も何事も無かったかのように、自宅の玄関を開けるのであった。


 男にコンタクトしたのは中〇派モブであった。

 史実CIA設立の経緯を知った彼らは、破格の好条件でリクルートを仕掛けていたのである。







「久しぶりだな。達者にしていたか?」

「おまえこそ! 最近は名前も聞かなかったからな。心配したぞ」

「おいおい、俺もいるぞ?」

「俺も俺も!」

「おまえら相変わらずだな……」


 ロンドンのパディントン駅。

 大勢の地元民や観光客行き交う構内の片隅で、5人の男たちが旧交を温めていた。


「……」


 その様子を離れた場所から監視する男。

 黒スーツに黒いボーラーハットに加えて、サングラスまでかけていた。


「……ここで立ち話もなんだ。まずは切符を買おう」


 リーダー格の男が、首を動かさすに目線だけ動かす。

 黒スーツの悪目立ちぶりは、5人組からも見えていたのである。


「……全ハウンドへ。こちらハンター。対象が行動を開始した。気取られるなよ。以後の通信は緊急時以外は禁止する。返信も無用だ。オーバー」


 しかし、駅構内のベンチに座って新聞を読んでいた男には意識が向かなかった。

 黒スーツは5人組の意識を向けるための、ただの案山子に過ぎない。彼こそが追跡部隊の隊長であった。


「「「……」」」


 隊長からの無線を受けた部下たちは5人組の追跡を開始する。

 こちらは案山子な黒スーツとは違い、地元民と見まがうような地味な服装であった。


(さて、やっと息抜き出来るな)


 部下たちがいなくなったことで、隊長は思いっきりだらけてしまう。

 読みかけの小説を読み始めるあたり、完全にやる気が無い。


(大学時代の同期が旅行に行くだけだろうに。上の連中は何を警戒しているんだか)


 隊長は5人組の生前のやらかしを知らされていなかった。

 仮に知っていたら、もっとやる気を出していただろう。


 しかし、それは出来ない相談であった。

 彼は円卓メンバーではないタダのモブだったのであるから。


 上層部は追跡部隊の指揮を円卓のメンバーを任せるつもりであったが、生憎と投入出来る人材がいなかった。これは単にタイミングが悪いとかでなく、現場レベルの人材そのものが払底していることに原因があった。


 円卓のメンバーは通常のモブよりも待遇面で優遇される。

 所属する組織によって多少なりとも差はあるが、初期配属や出世スピードに大きな違いがあった。史実日本の国家公務員のキャリアとノンキャリアと考えれば分かりやすい。


 円卓メンバーには、集合知として生前の知識を提供する義務がある。

 貴重な史実知識の断片を持った人間が現場で簡単に殉職されても困るわけである。


『……エマージェンシー! こちらハウンド2! 奴らドーセット行きのチケットを買っています!』

「おわぁっ!?」


 突然、隊長の鼓膜に緊急呼び出しが突き刺さる。

 思わず本を投げ出してしまい、ついでにバランスを崩してひっくり返ることになった。


「全ハウンドはドーセット行き列車のホームへ急行しろ。ただし、捕縛は命令あるまで禁ずる。オーバー!」


 この時代にスマホのような文明の利器は存在しない。

 トランシーバーを放り出した隊長は、最寄りの電話ボックスに向かって走ることになった。


『こちら秘密情報部本部。外部からはおつなぎ出来ない決まりになっております。おかけ直しください』


 事務的な対応に腹が立ったが受付嬢に罪はない。

 内心の怒りを押し殺しながら、可能な限り冷静に用件を伝える。


「今は緊急事態で外からかけている。長官におつなぎしてくれ!」

『シークレットコードをお願いします』

「緊急事態って理解してんのか!?」

『規則は規則ですので』


 コメカミの血管がぶち切れそうになったが、ここで押し問答している時間は無い。必死に頭を働かせて、事前に取り決めたシークレットコードを思い出す。


「ハウ、アンクル、ナンシー、タイガー、イージー、ロジャーだ! 急いでくれ!」

『確認しました。しばらくお待ちください』


 受付嬢の声が途切れるとメロディが聞こえてくる。

 受話器を保留用オルゴールに置いたのだろう。


 隊長がMI6長官に指示を仰いだのは、ドーセット領の特殊性(ゆえ)であった。

 かの地は、世界最強のMI6の目が届かない特殊な場所だったのである。


 過去にMI5やMI6は幾多もの腕利きエージェントをドーセット領に送り込んでいた。しかし、誰一人として戻って来なかった。


 この世界のドーセット領は史実の薩摩飛脚の如しであった。

 原作と違って、こちらは全員生存しているが。


 捕縛された元同僚たちが、テッドの三顧の礼に抗うことは不可能であった。

 現在は超ホワイトな職場で、かつての同僚を手ぐすね引いて待ち受けていた。


 こちらの手口を知り尽くした元同僚たちが敵に回ることほど恐ろしいことはない。いくら送り込んでも寝返るだけだと悟ったMI5とMI6は、ドーセット領にエージェントを送り込むことを止めていた。


 手口を知り尽くしたかつての同僚を相手にするだけでも厄介なのに、領内で下手に動けば世界最強の治安を誇るドーセット警察を敵に回しかねない。さらには、ドーセット公爵家のメイド部隊や私設SP部隊も加わってくる。


 ドーセット領内を闊歩(かっぽ)出来るのは、マスタースパイと謳われた現MI6長官のシドニー・ライリー海軍大将のみ。それ故に、MI6長官に直接連絡して指示を仰いでいたのである。


『……お待たせいたしました』


 軽やかなオルゴール音は、たっぷり10分は続いた。

 その間にも隊長の血圧は上昇し、お財布は軽くなっていた。


「やっとか!? 長官に代わってくれ!」

『いや、それが……』


 先ほどまで事務的対応に終始していたのに、妙に歯切れが悪い。

 リーダーは猛烈に嫌な予感が止まらなかった。


『……長官は現在行方不明です。後ほどおかけ直しください』

「なんじゃそりゃぁぁあああああああ!?」


 思わず絶叫した隊長を誰が責められようか。

 公衆電話に八つ当たりして警察を呼ばれてしまったのは、さすがに同情は出来なかったが……。


(捕縛命令はまだか!? このままだと出発してしまうぞ!?)


 ホームの柱に寄りかかっている青年――ハウンド2は焦っていた。

 周辺に潜んでいる他のハウンドも心境は同じだろう。


 懐に忍ばせたトランシーバーは未だに沈黙していた。

 件の5人組は既に車内で雑談に興じており、事態は一刻を争う状況であった。


『10時30分発、ドーセット行き特急列車はまもなく発車致します。お乗りの方はお急ぎください』


 時計を見れば、出発まで残り5分を切っていた。

 このまま目標を取り逃がすのか、それとも命令違反を承知で捕縛するのか。決断する時間はあまりにも少なかった。


(あいつらを追って、落ち着いたら連絡を入れれば良いだろう。最悪、責任を取らされるのは俺一人で済むはずだ)


 ハウンド2が決断したのは、列車のドアが閉まろうとした瞬間であった。

 ギリギリのタイミングで列車内に滑り込む。


 この時のハウンド2が知る由は無かったのであるが、なんとハウンド全員が列車に乗り込んでいた。全員が同じ考えで任務を遂行しようとしていたのである。


 全員が同じ考えに至ってしまったのは、彼らが真面目で若くて責任感のある優秀なエージェントであったことの証明だろう。某人材コレクターなら絶対に欲しがる人材であることは間違いない。


 案の定と言うべきか、ドーセット領へ向かったハウンドの全員の消息が途絶えることになった。5人組の追跡は大失敗に終わってしまったのである。


 ちなみに、駅構内でトラブルを起こして警察に捕縛された隊長は訓戒処分で済まされた。任務に失敗したうえに部下を全員失ったにしては軽すぎる処分と言えなくもない。


 本人からも軽すぎるとして、処分の見直しを求める異例の事態となった。

 いたずらに部下を失い、自分だけおめおめと生き恥を晒すのをよしとしなかったのであろう。部下たちは全員死んではいなかったし、ハニトラ――もとい、美人な嫁さんをもらってハッピーな生活を送っていたりするのであるが……。


『ドーセット領に逃げ込んだだと……見なかったことにしよう』

『公を怒らせると資金を全部引き上げてしまうかもしれん。そんなことになったらうちの会社がつぶれてしまう……』

『前任のMI6長官のようにはなりたくないぞ。自業自得とは言え、今の境遇には同情してしまう』

『触らぬ神に祟りなしですな』

 

 現在の円卓上層部はテッドが絡むと及び腰であった。

 メンバーのほぼ全員が何らかの形で弱みを握られていれば、そうもなろう。


『なんで俺が減俸になるんだ!? サボ……ゲフンゲフン! ちょっと早めのランチに出ただけだろう!?』

『長官の放浪癖に今更どうこう言うつもりはありませんけど、出かけるときは行き先と時間を秘書のわたしに伝えてくださいよ!?』

『行き先を告げたら放浪じゃないだろう?』

『あああああああ!? この人はぁぁぁぁぁぁぁ!?』


 MI6長官の減俸3か月が唯一目に見える形の処罰となった。

 こちらも軽すぎる処分ではあったが、本人は毛ほども反省していなかった。


『うむ、殉職した部下たちの仇をとってやらねばならんな。というわけで、ちょっとドーセットへ行ってくる!』

『止めてください!? 誰か長官を取り押さえてっ!』

『なんでだよ!? ちゃんと行き先は言っただろうが!?』

『そういう問題ぢゃないんです!』


 それどころか、フットワークの軽さに磨きがかかっていた。

 こんな状態でも組織の立て直しはちゃんとやっているので、始末に負えなかったのである。







「おぉ、なかなかに雰囲気が出ているな」

「これって貴族用じゃないのか? 俺ら庶民にはちょっと敷居が高いような気が……」

「まぁまぁ。あちらさんのご厚意に甘えようぜ? こんな機会滅多に無いんだからな」

「図太いですね……」

「神経太くないと、やっていけないお仕事やってますから」


 思わず感嘆の声を上げる5人の男たち。

 豪華な内装は、コテージというよりは貴族向けの貸別荘に見えなくもない。


 彼らが案内されたのは、州都ドーチェスターの旧市街と新市街を隔てるフローム川沿いであった。風光明媚(ふうこうめいび)な場所で昔からキャンプ地として人気があり、現在は高級リゾート地として多数のコテージが建てられていた。


「来ていただきありがとうございます。わたくし、ここドーセットの日本領事館で領事館補をしています〇〇です」


 出迎えたモブが、そう言った瞬間。

 これまで喜色満面だった5人組の顔色がさっと変わる。それはもう劇的なものであった。


「やっぱり罠か!?」

「俺の人生もここまでか……」

「畜生!? 東洋の諺でうまい話には裏があるってのは真実だったのか!?」

「とりえず弁護士を呼んでくれますか? まだ何もしていないですよ?」

「黙秘権を行使しますよ!」


 パニックに陥いってはいたが、それでも表面上は辛うじて取り繕っていた。

 さすがは上流階級の出身というべきであろうか。


「落ち着いてください! 日本領事館は日本大使館とは一切関係がありません! あなた方の懸念するようなことはありませんよ!?」


 日本は英国の同盟国であり、英国における日本の窓口が駐英日本大使館となる。

 領事館は大使館の下部機関というのが一般認識であるから、5人組が警戒するのは当然のことでだろう。


「……さっきも言いましたが、日本領事館は大使館とは無関係です。そもそも、ドーセット公の私的な目的で日本領事館は設立されたのです」


 領事館補モブは嘘は言っていない。

 当時、平成会との窓口を任されたテッド・ハーグリーヴスの要請によって日本領事館がドーセット領に設置されたのは事実なのであるから。


(円卓や平成会の存在を明かすと面倒なことになるから言わないほうが良いだろうな)


 嘘は言っていないが、本当のことを全て話すつもりもなかった。

 目の前にいる史実の大物スパイたちに真実を話せば、どんな厄介ごとが起きるか分かったものではない。


「私的な目的とは? 大使館があるならそっちを使えば良いだろうに」

「表沙汰に出来ない人材や技術交流です。わたしたちも全容を把握しているわけではありませんけどね」


 中〇派モブは平成会の中でも下っ端なので、全てを知りうる立場にはなかった。

 だからこそ、好き勝手動けているのであるが。


『これを通さなきゃいかんのか。全権を任されてるからなんとかなる……といいなぁ』

『ドーセット公にはご苦労をおかけしますが、うちらも必死なんです』

『それは分かるけど、しかしこれは……』

『いくら21世紀の知識があったとしても、それを実現する基礎技術が無いと絵に描いた餅なんです』


 ちなみに、極秘の対日技術援助は1921年から開始されていた。

 山のように積みあがる平成会からの要望書を見た当時のテッドは、ため息をついたと言う。


 以後20年以上、有償無償を問わずに多数の技術が領事館経由で平成会に渡っていた。とはいえ、英国も無条件で技術をくれてやっているわけでなかった。流石のテッドもそこまでお人よしではない。


 スリーブバルブやデルティック、ノーマッドなどの英国面満載な技術を優先的に供給していた。くれてやっても惜しくないし、日本側で魔改造してくれれば成果を手に入れることも出来る。どっちに転んでも損はない。


「私的な目的で運用されてはいますが、公的な日本の外交使節でもあります。この建物も領事館の保養施設なので、地元警察も簡単に手が出せません」


 大使館や領事館内にはウィーン条約――この場合は『外交関係に関するウィーン条約』が適用される。治外法権や外交特権など国家間の外交関係の基本ルールを定めた条約であり、史実日本は1964年に批准している。


 この時代にウィーン条約は存在しないが、常駐外交使節に関する規則は古くから国際慣習法として確立していた。ウィーン条約はそれを成文化したに過ぎない。


「ここはMI6の目が届かないし、現地警察も手が出せないわけか。これ以上に密談に最適な場所はないな」

「まさか本国に、しかもロンドンからほど近いところにこんな場所があったとは。普通にスクープだろ!?」

「車窓から見ただけだが、建物や彫刻のデザインのセンスが良い。担当者と話してみたい」

「MI6の目を気にしなくて良いとか、外交官からすれば天国のような場所ですねぇ」

「気持ちは分かりますよ。僕も仕事柄、MI6の連中には迷惑をかけられてますからね……」


 結局、領事館補モブは5人組を納得させるのに30分もの時間を浪費することになった。口は(わざわい)の元とはこのことであろう。


「さて、具体的な話に移る前に、まずは自己紹介をお願いしましょう。わたしはともかく、ここに居る同志たちはあなた達を知りませんのでね」


 5人組に自己紹介をお願いする領事館補モブ。

 彼らは一瞬顔を見合わせたが、口々に自己紹介し始める。


「キム・フィルビーだ。一応MI6所属だ。左遷されたがな……」

「ガイ・バージェスだ。BBCでプロヂューサー業に邁進中だぜ」

「アンソニー・ブランド。王室の美術顧問をやっている」

「ドナルド・マクリーンです。外務省で勤務しています」

「ジョン・ケアンクロス。WROで仕事をしています」


 彼らは史実ではケンブリッジ・ファイブと呼ばれていた。

 なお、名称の由来は5人全員がケンブリッジ大学で学んでいたことに因んでいる。


 彼らは史実の戦間期から1950年代にかけて英国で活動したソ連のスパイ網であり、そのリクルートは外国情報機関によるもっとも成功した例とまで言われた。それほどの大物スパイたちが、何故中〇派モブの招聘に馳せ参じたのか?


 中〇派モブはキム・フィルビーだけにリクルートしていた。

 しかし、これを好機と見たフィルビーは他のメンツにも声をかけていた。


 円卓はフィルビーだけでなく、残りのケンブリッジ・ファイブも危険視していた。そのような状況に不満を溜め込んでいた4人が、フィルビーの誘いを断るはずもなかった。


「……ところで、アメリカ連邦という国はどのような国家なのですか? 外務省には情報が少ないのです」


 外務省米国課で働くドナルド・マクリーンの疑問は当然のことであった。

 米国課は旧アメリカ合衆国の情報は持っていたものの、米連の情報はほとんど持っていなかった。これは英国外務省だけでなく、他国の外務省も似たり寄ったりであったが。


 現在の米連と国交を樹立しているのはアイスランド王国のみ。

 その国情を知ることは、史実北朝鮮並みに難しいと言っても決して過言でない。


 唯一の例外が、テッドであった。

 彼は独自の情報源を用いて米連の情報を積極的に収集していた。


『先に行っておくけど断ってもペナルティは無いよ? 今のアメリカは安全とは言えないからね』

『あんたが望んでる情報を俺が手に入れられるとは限らないんだが? 手に入れても隠してしまうかもしれないぞ?』

『情報の取捨選択は君に任せるよ。そのうえで情報を提供して欲しい。重要な情報なら高く買い取るから』


 史実ではゾルゲ事件で有名な朝日新聞記者の尾崎秀実(おざき ほつみ)も情報源の一つであった。

 現在はフリージャーナリストとして妻のアグネス・スメドレーと米連国内を取材しており、国内状況を『尾崎レポート』として時折送り付けていた。


『我々DCIAは、この領内で誰よりもステイツについて詳しい集団だ。だからこそ、このレポートの違和感に気付くことが出来ると信じる』

『了解です。ただちに分析に取り掛かります!』

『頼むぞ』


 テッド直属の情報機関であるドーセット中央情報局(DCIA)は元FBI長官ジョン・エドガー・フーヴァーと腕利きの元FBI捜査官多数から構成される組織であり、米連に対する情報収集を強化していた。


 MI6日本支部長を兼ねるテッドが独自の情報源を欲したのは、当時のMI6長官スチュワート・メンジーズ陸軍少将との確執が原因であった。日本支部は掃除済みであったが、本部から偽情報を掴まされたらたまったものではない。


『国際問題にするつもりはない、ということか。一国の政府が僕に名指しで脅しをかけてきた時点で十分に国際問題なんだけど』

『済まない。本当に済まない……!』


 これに加えて、当時のデイビス政権に喧嘩を売られたというのもある。

 隠ぺい工作でうやむやにしたものの、次に同じようなことが起きたら隠ぺい出来る保証はどこにもないのである。


「……とにかく、スターリンは共産主義の邪道です! 真なる共産主義者は同志トロツキーに他なりません!」

「結論付けるのは早計ではないか? なにぶんにも共産主義は若いのだから……」

「自国民を虐殺する指導者なんぞ邪道以外の何があるというのかっ!?」

「むぅ……確かに……」


 領事館所有のコテージでは連日に渡って共産主義に対する討論が行われた。

 肝心の討論の中身であるが、中〇派モブが最初から最後まで圧倒することになった。


「アメリカは資本主義の旗手たる国家だ。如何に同志トロツキーが優れた為政者だとしても、共産主義が機能するとは思えないが」

「マルクス主義が機能する大前提は、市民が資本主義の弊害を理解することにあります。裏社会に牛耳られたアメリカはディストピアとなった。共産主義が浸透する余地は充分過ぎるほどにあります!」

「そういう意味では、ソ連はスタートラインにすら立っていない! 農奴だらけで資本主義がまともに根付いていないのですから!」

「た、確かに……その通りだ」


 史実では超有能なケンブリッジファイブが中身パヨクな中〇派モブに圧倒されたのは、共産主義に対する理解度の違いであろう。ある意味、カンペを見て試験に臨んでいるようなもので決してフェアではない。


 この時代には共産主義の弊害は理解されていなかった。

 史実20世紀末には共産主義の問題が社会的に認知されていた。


 この違いが、ケンブリッジファイブと中〇派モブの討論を決定付けたと言える。

 脳内お花畑に、多少現実を知った脳内お花畑が勝利するという世にも珍しい光景が繰り広げられることになった。


「じつに実りのある会談だったな」

「そう言っていただけると幸いです。今後も話し合いを続けていきましょう」


 双方を代表して、フィルビーと領事館補モブが握手を交わす。

 最初の緊張したムードが一転して、完全に意気投合してしまっていた。


 なんだかんだ言ったところで、双方共に共産主義者。

 両者の思想には近しいものがあった。


『では、この内容で合意ということで』

『『『異議無し!』』』


 討論後には協力体制についての協議が実施された。

 双方が合意に至るまでに、さしたる時間は要しなかったのは言うまでも無いことであった。







「……フィルビー君。調子良さそうだね?」

「いえ、それほどでもないですよ」


 上司の質問に素っ気なく返答するフィルビー。

 一見すると、その様子はいつもと変わらないように見えた。


(そんなわけないだろう。いったい何があった……)


 しかし、それなりに長くフィルビーを見ていた上司は見抜いていた。

 勤務態度は別段変わっていないが、行動の一つ一つにキレがあるように見える。


「じゃあ上がります。お疲れ様でした」

「あ、ああ……」


 勤務時間が終了した瞬間に、フィルビーはいそいそと帰り支度をする。

 これまでも定時上がりが常であったから別段おかしくはない。妙にウキウキしているのが気になるが。


「そうそう。週末は旅行に行ってきます。お土産を期待していてください」

「旅行? 君にそんな趣味があったのかね?」


 フィルビーの発言に上司は驚いてしまう。

 これまで自宅と職場を往復していただけの男とは思えない。


「友人から紹介されまして。ロンドンから大して離れていない場所に、あんな場所があったなんて思いもよりませんでしたよ」

「そ、そうか……」


 行先をフィルビーは告げなかったが、上司には旅行先が分かっていた。

 週末にロンドンから行けるリゾート地なんて一つしか存在しない。


「……」


 フィルビーが退室したのを確認すると上司はデスクの引き出しを開ける。

 中にはダイヤルの無い電話機が置かれていた。


『何かあったのかね?』


 受話器を持ち上げると自動的に発信される。

 数回の呼出音で相手が電話に出た。


「……フィルビーが週末に旅行に行くようです」


 受話器に手を当てて、最小限の声音で話す。

 オフィスは既に無人だったが、周囲を確認するのも忘れない。


『場所は……っと、これは聞くまでもなかったな』

「えぇ、ドーセットで確定でしょう。週末に行ける場所はあそこしかありません」


 この世界のドーセット領は、ロンドンから日帰り出来る観光地として人気があった。パディントン駅とドーセット中央駅を結ぶ特急が通常編成されるほどであり、週末に観光に行くのは珍しいことではない。


『分かった。後はこちらで対応する。ご苦労だった』


 有無を言わさない口調で通話が切れる。

 誰も居ないオフィスで上司はため息をついたのであった。


「おい、あいつは……」

「あぁ、間違いない」


 週末のパディントン駅。

 観光客で賑わう駅構内で、二人の制服警官がフィルビーを目撃していた。


「どうする?」

「上からは報告だけしろと言われてる。時間と服装をメモしておこう」


 彼らはロンドン警視庁(スコットランドヤード)所属であった。

 上司からパディントン駅に行くように命じられていたのである。


「すみません、トイレはどこでしょう?」

「トイレはここから真っすぐ行ったところに案内板がありますよ」

「切符はどこで買えば?」

「特急チケットはそこの販売所でどうぞ」


 良くも悪くもスコットランドヤードの警官は目立つ。

 最近は駅案内ばかりやっているせいで、すっかりパディントン駅の構造に詳しくなっていた。


「おい、あそこ」


 相棒が小声で袖を引っ張ってくる。

 何事かと見やる先には、見覚えのある顔があった。


「……アンソニー・ブランドだな。間違いない」

「これで二人目か。メモしておこう」


 二人が上司から命じられた任務は、パディントン駅の監視であった。

 彼らだけでなく、駅周辺にはかなりの数の制服警官が投入されていた。


「しかし、いったい何なんだろうな? こいつらは犯罪者というわけじゃないんだろ?」

「見つけても手を出すな。報告だけしろってのもなぁ」


 リアル版ウ〇ーリーを探せをやらされ続ける警官たちの不平不満は高まる一方であった。5人探す必要があるので、原作よりも難易度上がっているのも状況に拍車をかけていたのである。


「副総監殿、ブレード・ストリートでジョン・ケアンクロスの目撃情報がありました。これが写真と状況資料です」

「あぁ、そこに置いておいてくれ」


 制服警官が顔写真を添えた書類を置いて退出していく。

 スコットランドヤードの庁舎の端の端、関係者からは島流し場所と呼ばれる部署には警官が頻繁に出入りしていた。


「はい、こちら特命課」


 書類を確認している最中にデスクの電話が鳴る。

 アーチボルド・ウィットフォード副総監は、嫌々ながらも電話に出ざるを得なかった。


『駅構内でガイ・バージェスが目撃されました。如何しましょう?』

「あとで報告書を上げてくれ。緊急案件じゃないのだから、この程度で連絡を寄越さなくて良いぞ」


 アーチボルドは受話器を放り投げる。

 しかし、思い直したのか受話器をきちんと元に戻した。


 電話が繋がらなかったら直接やってくるだけであろう。

 正直なところ電話も出たくないのであるが、直接応対するよりはまだマシと言えなくも無い。


「あぁもう、やってられるかぁ!?」


 朝から馬車馬の如く働かされてアーチボルドの体力も限界であった。

 普段はぐーたらしているはずの彼が激務に陥っているのは何故なのか?


 それはアーチボルドが円卓に関する案件を専門に担当しているからに他ならない。ケンブリッジ・ファイブ監視は円卓上層部からの特命なので断ることは不可能であった。


 特命課課長――これが現在のアーチボルドの立ち位置であった。

 史実では存在しない部署であり、スコットランドヤードの内部部局に直接所属していない独立した部署となっていた。


 上層部の押し付け合いの結果の産物なのであるが、アーチボルドは今の立場を気に入っていた。平常時は仕事を押し付けられることもなく、快適なオフィスで適当に仕事をしていれば高給なサラリーがもらえるのだから。


 週末はドーセットで合コン出来るし、平日でも出張と称してドーセットへ足を伸ばせる。とんでもない不良警官ぶりであるが、仕事はきっちりやっているので文句を言われる筋合いはない。


「こんなのを続けたら体を壊してしまうぞ。何か良い案は……」


 デスクに足を投げ出したアーチボルドは、煙草に火をつける。

 天井を見ながら紫煙を思いっきり吐き出せば、少しだけ疲れが取れたような気がした。


 昔は若さに任せて体力で押し切ったが、もう若くない。

 こんなことを続けていたら、いざ合コンのときに女性にもてなくなってしまう。


 アーチボルドは、これ以上の出世は望んでいなかった。

 若いころは立身出世に燃えていたが、出世欲などとうに枯れてしまっていた。


 階級だけなら副総監にまで出世することが出来た。

 部下はいないお飾りではあっても、これより上の階級は警視総監しか存在しない。


 もう充分稼いだし、さっさと退官してセカンドライフを送るつもりだった。

 現在はドーセットで適当な土地と建物を物色中であり、バーのマスターになるべく仕事の合間に勉強までしていた。


 しかし、アーチボルドは円卓からの出向している立場なので自分から辞めることは難しかった。若いころに怒りに任せて辞表を提出したことがあったが、周囲から強く慰留されて握りつぶされてしまった。


 ならば、定年まで待つしかない。

 あと3年で定年なので、それまでは無難に過ごしたいというのがアーチボルドの本音であった。


「……そうか、任せてしまえば良いのか!」


 跳ね起きたアーチボルドは、タイプライターで書類を作り始める。

 その内容は上申書であり、円卓上層部に充てたものであった。


『確かに、現状ではロンドンで監視する必要性はないな』

『奴らがドーセットで何をしているのか調べる必要性がありますな』

『この件に関してはMI6は役立たずだ。地元警察を活用する必要があるだろう』

『円卓の特命という形にすれば、ドーセット公も協力してくれるでしょう』


 アーチボルドの上申は円卓上層部から支持された。

 円卓からテッドへの特命という形で、ドーセット警察が監視に乗り出すことになったのである。







『駅前より本部』

『駅前どうぞ』

『手配中の人物発見の報あり。警戒を要す』

『本部了解』

『本部よりコール発した。駅前、どうぞ』

『駅周辺で署外活動中の全PMへ。キム・フィルビーを発見したらPSまで最優先で電話願いたい。以上、駅前』


 週末のドーセット中央駅前周辺は表向きはいつも通りであった。

 制服警官たちの動きがいつもと違ったが、地元民でも気付けるかどうかといったレベル。当然ながら、外から来た大多数の観光客が気付けるはずもない。


「はい、手配中のキム・フィルビーです。5分ほど前に目撃しました」


 ドーセット中央駅前の電話ボックスで通話する制服警官。

 彼は警察無線の指示どおりの対処を行っていた。


 ドーセット警察は世界に先駆けて署活系の警察無線を導入していた。

 これは警官個人が所有する無線機であり、史実の日本警察よりも30年以上早い導入であった。


『去った方角は分かりますか?』

「川沿いに去っていきました」

『了解。引き続き警戒を続けてください』


 電話を終えて数分後。

 肩に装着した無線機が鳴りだす。先ほどの電話の内容を受信した制服警官たちは、周囲の警戒をより一層強めるのであった。


(あれは……!?)


 フローム川沿いに巡回していた警官を思わず目を剥いた。

 よりにもよって、先ほどの警察無線の人物が歩いて来たのである。


(どうする……?)


 ここで変な動きをすると警戒されかねない。

 一瞬思い悩んだ警官であったが……。


「こんにちは。観光ですか?」


 警官は目の前の男をスルー出来なかった。

 可能限り、自然を装って声をかける。


「えぇ。ここには良く来ますけど、良いところですね」


 如何にも観光に来ましたとばかりのカジュアルな服装。

 目の前の男は警官に笑顔で対応する。


「キム・フィルビーさん、ロンドンに御住みなのですね」


 警官はそのまま職務質問に移行する。

 多少なりとも情報を取れれば御の字くらいに考えていた。


「質問に質問で返すのは失礼だとは重々承知はしているのだが。ここの警官はこういうことをよくやるのかね?」

「これは職務質問と言いまして、ドーセットの警察では良くやることなのです」


 気分を害したと思い、警官は慌てて弁解する。

 しかし、フィルビーは彼の予想を超えていた。


「職務質問? ロンドンの警察はやってこなかったな。どのような目的があるのかな?」

「主な目的は犯罪の予防と早期発見ですね」

「つまり、わたしは犯罪者予備軍ということかな?」

「お気を悪くしたら申し訳ない。これは外部の人間に対する儀式のようなものでして。それに強制ではありません。あくまでも任意ですので……」


 警官は慌てて謝罪する。

 彼はフィルビーに、からかわれていることに気付けなかった。


「悪気が無いくらい分かっているよ。むしろ、職務に忠実で素晴らしいことじゃないか」

「そう言ってもらえるとありがたいです」


 心底ほっとする警官。

 下手な対応をして、目の前の男がやらかさないか不安でしょうがなかったのである。


「キム・フィルビーの行先が判明しました。フローム川沿いに建っているコテージです」


 ドーセット警察本部に設置された特別対策室。

 領内に居ると思われるケンブリッジ・ファイブの情報がリアルタイムで集められていた。


「当然、所有者は洗ったんだろうな?」

「それが……」


 室長の質問に部下は言葉を濁す。

 その様子に嫌な予感を禁じ得ない。


「……コテージの所有者は日本領事館でした」

「なんだと!? 国際問題待った無しじゃないか!?」


 室長は思わず頭を抱えてしまう。

 領事館の扱いは大使館に準じる。こうなると手も足も出せない。


「止むを得ん。キム・フィルビーは後回しだ。他の連中は?」

「そ、それが……」


 またしても部下は言葉を濁す。

 その様子に室長は以下略。


「全員が日本領事館所有のコテージに入り浸っている、か……」


 キム・フィルビーだけなら偶然とも考えられたが、全員となると日本領事館の関与は否定出来ない。こうなると特別対策室の権限では対処することは不可能であった。


「室長、どうしましょう?」

「どうしたもこうしたもあるか! 本部長に指示を仰ぐ。現状待機だ!」


 特別対策室の室長は憂鬱な表情で部屋を出ていく。

 重い足を引きづりつつ、向かう先は本部長室であった。


「アガサちゃん、お手紙が届いてるわよー?」

「あっ、はーい!」


 駐日英国大使館のメイド寮。

 アガサ・ルブランは寮長から手紙を受け取っていた。


「毎度毎度思うのだけど、アガサちゃんって何者なの? こんな上等な紙を使ったお手紙をもらうとか、じつはお貴族さまだったりするの?」

「えっ、そんなことないですよ!? それではっ!」


 寮長の鋭い指摘にアガサは脱兎のごとく逃げ出す。

 会話をこれ以上続けていたら、どこからボロが出るか分かったものではない。


「まったく、直接手紙は送るなと言ってるのに……」


 ぶつぶつと文句を言いながら、アガサ――テッド・ハーグリーブスは廊下を歩く。自分の部屋に戻ると、誰も入って来れないように施錠する。


 人の気配が無いことを確認することも忘れない。

 以前はメイド長が潜んでいて、とんでもない目にあった。


「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!?」


 手紙の内容に、テッドは思わず叫んでしまった。

 周囲にメイドがいなかったことは幸いだったと言えるだろう。


『ケンブリッジ・ファイブは日本領事館に入り浸っているので、これ以上の捜査は不可能。指示を求む』


 手紙の内容はケンブリッジ・ファイブに関することであった。

 円卓からの特命で、テッドは嫌々ながらもドーセット警察を動かして彼らを追っていた。


 領事館は大使館に準じる扱いを受ける。

 この時代ならば敷地は治外法権となる。


 今回のケースは領事館そのものではなく、所有する保養所であった。

 しかし、大使館の保養所は外交特権の対象となる。


 当然ながら、領事館の保養所も同等の扱いとなるだろう。

 ドーセット警察が及び腰になるのも無理もない。


 とはいえ、領事館と言えど平成会の管轄に過ぎない。

 その気になれば、テッドの意向でどうとでもなる。


 内閣調査部に一声かければ、ケンブリッジ・ファイブに協力しているであろう領事館の職員を根こそぎ更迭してくれるだろう。テッドがまともな状態ならば、だが。


 現状のテッドは金髪ツインテールロリッ娘に過ぎない。

 このような状態で平成会に接触することなど出来るはずもない。


「どうしよう? どうしたらいい!?」


 ベッド上で転げまわるテッド。

 傍からみればロリッ娘なので、とても愛らしい。


「……何をしているのですか騒々しい」

「め、メイド長!? 鍵をしたはずなのに!?」


 唐突に開け放たれるドア。

 飛び込んで来たのはメイド長であった。


「あなたみたいなアバズレは何をしでかすか分かりませんからね。当然合いカギは作っています」

「ぼ、わ、わたしのプライバシーは!?」


 さらっと、とんでもないことを宣うメイド長。

 メイド寮に居る限り、テッドのプライバシーは無きも同然であった。


「下っ端メイドに人権などありません。さぁ、来なさい。今日という今日は真のメイドたる行いを身につけさせてやります!」

「ちょっ!?」


 問答無用で襲い掛かるメイド長にテッドは焦る。

 それでも避けてるあたりは、流石と言えるだろう。代わりに攻撃を受けた手紙が酷いことになってしまったが。


「甘いっ!」

「きゃっ!?」


 怒涛のようなメイド長の攻撃をかわして背後に組み付く。

 体格差はあるが、完全に羽交い絞めが決まった――はずであった。


「捕まえた!」

「うわぁっ!?」


 さらに後ろから別のメイドに羽交い絞めにされてしまった。

 意識が完全にメイド長に向いていたので、テッドは抵抗すら出来なかった。完全に詰みである。


「ナイスです。いい動きでしたよ」

「そんなことないです。メイド長が上手く誘導してくれなかったら捕まえられませんでしたよ!」

「ゴキブリ並みにすばしっこいこの子を捕まえるには、これが一番手っ取り早いですからね」


 メイド長は最初からテッドを捕まえるつもりは無かった。

 可能ならば捕まえたいと思っていたが、やっぱり無理だったので囮役に徹していた。


「まったく、毎回毎回手を焼かせてくれますね……」

「でも、将来有望ですよこの子。ひょっとしたら副メイド長くらいにはなれるんじゃ?」

「い、いやぁぁぁぁぁ!?」


 問答無用でメイド長たちに引きずられていく。

 この騒ぎのせいで、テッドは手紙どころではなくなってしまったのであった。


「まったくもう散らかしてあの子は……」

「またメイド長絡みらしいわよ?」


 嵐が過ぎ去った後にやってくる二人のメイド。

 彼女らは本日の掃除当番であった。


「なにかしらこれ? 手紙?」


 メイドの片割れが床に落ちた紙片を発見する。

 それこそが、メイド長の奇襲を受けてボロボロになった手紙であった。


「床に捨ててあったんだし、ボロボロなんだから良いんじゃない?」

「そうね。捨ててしまいましょう」


 捨てられていなければ、まだ思い出すことが出来たかもしれない。

 逆に言えば、手紙が無ければ思い出せないとも言うが。結局、テッドはこのことをきれいさっぱり忘れてしまったのである。







「……間違いありません。日本領事館には例の5人組だけでなく、米連の人間が出入りしています」


 ドーセット中央情報局(DCIA)本部の会議室。

 報告しているメガネの若者――副局長補の表情は深刻そのものであった。


 1944年7月以降、DCIAはドーセット領内に不審な人物を察知していた。

 DCIAが監視している米連の人間を領内で発見したことが事の発端であった。


「ドーセット警察も、このことは掴んでいるはずだが……踏み込まないのは、やはり治外法権が原因かね?」


 副局長のクライド・トルソンの表情も暗い。

 ドーセット警察は逮捕出来るだけの証拠は握っているはずなのに、それが出来ない理由に思い当ってしまったのである。


「ドーセット公ならば、こういった政治的案件にも対応してくれるのですが……」

「連絡は無いのか? 日本に手紙を出したはずだろう?」


 ドーセット領の窮状を記した手紙はテッドに届いてはいた。

 しかし、トラブルに巻き込まれて捨てられてしまったことを二人は知る由も無かった。


「……諸君、今こそDCIAの原点に立ち返るべきだろう。我らは何ために存在している?」


 局長のジョン・エドガー・フーヴァーの言葉に、消沈していた二人に生気が戻る。彼らはDCIA設立の経緯を思い出していた。


「それはもちろん、ドーセット公の障害になりそうなものを排除することです」

「我らの存続のためにドーセット公の存在は欠かすことが出来ません。あの方の敵は即刻排除するべきでしょう」


 二人の言葉にフーヴァーは満足気に頷く。

 当のテッドは、DCIAが外部からの脅威に対しての鳴子になってくれれば程度にしか考えていなかったのであるが。いつの間にかに設立の経緯が歪められていた。


「もはや事態は一刻を争う。我々は早急に行動を起こす必要がある」


 フーヴァーの言葉に頷く二人。

 行動を起こすことは確定事項であった。


「やはり事故を装いますか?」

「それが無難だろう。足が付かない機材と人員を用意せねばならんな」


 その日は夜を徹して計画が詰められた。

 テッドに仇なす不埒者たちに対して鉄槌が下されようとしていたのである。


「ちっ、無灯火だと危な過ぎるだろ……」


 深夜の新市街(ニュードーチェスター)を走行する1台のタンクローリー。

 深夜にもかかわらず、無灯火走行で怪しいことこの上ない。


「くそっ、真っすぐ走れよ!? この野郎!?」


 タンクローリーの運転手――DCIAのエージェントは、助手席から運転するという無茶ぶりを発揮していた。深夜で無灯火で曲乗りまでやってのけるのは、はっきり言って神業であろう。


「……あれかっ!? 見つけたぞ!」


 ターゲットを視認して快哉を叫ぶ。

 ハンドルを固定すると、ドアのロックを解除する。


「どこの誰だか俺は知らんが、あばよっ!」


 ものを言わなくなった男を一瞥すると、エージェントは車外に飛び出した。

 土手を転がり、勢いを殺せずにフローム川の水面下に沈んでいった。


「ぶはっ!?」


 水面に飛び出すと熱風と衝撃波が突き刺さる。

 深夜のはずなのに、周囲は昼のように明るくなっていた。


「おいおい、どんだけ爆薬積んでたんだよ……」


 あまりの破壊力にエージェントは絶句する。

 これだけの爆薬とドライブしていたことを知って、背筋が寒くなる思いであった。


「っと、ここに居たらヤバイ。さっさとずらかなれねば……」


 遠くから聞こえてくるサイレンで男は我に返った。

 逮捕されるわけにはいかないので、さっさと現場を離れたのであった。


「こ、これは……」

「テロか!? テロなのか!?」

「信じられん。コテージが完全に倒壊しているぞ……」

「あああああ……あそこには大量の資料が置いてあったのに……」

「あの様子じゃ無理だ。あきらめろ」


 爆破されたコテージの前でケンブリッジ・ファイブの面々が茫然としていた。

 こっそり飲みに行こうと、深夜に外出したらこんなことになっていたのである。


「皆さん、無事でしたか!? 早く乗ってください!」


 急停車した車から出て来たのは領事館補モブであった。

 焦った様子で全員に乗車を促す。


「領事館に手が出せるはずがないと調子に乗り過ぎていました。まさかあんな強硬手段に出てくるとは……」


 ハンドルを自ら握る領事館補モブは青ざめていた。

 一歩間違えば、自分も死んでいたかもしれないだから当然だろう。


「皆さん、着きましたよ」


 深夜の道路を走ること30分。

 彼らは港町ウェーマスにたどり着いていた。


「こっちです」


 朝が早い港町とはいえ、深夜だと人気は存在しない。

 暗闇を懐中電灯だけを頼りに歩いていく。


「これは……」


 フィルビーが見たものは、懐中電灯に照らされたモーターボートであった。

 領事館補モブに促されて、次々と乗船していく。


「出しますよ。手近なものに掴まっていてください!」


 古臭い外見にもかかわらず、モーターボートは急加速する。

 やがて見えてきたのは、巨大な船影であった。


「……」


 領事館補モブが懐中電灯を点滅させると、船からも懐中電灯が点滅される。

 モーターボートを近づけると、船から縄梯子(なわばしご)が卸された。


「皆さん、行ってください」

「あんたはどうするんだ?」

「わたしは後始末がありますので」

「そうか……また会おう」


 ケンブリッジ・ファイブは縄梯子を上っていく。

 その様子を領事館補モブは黙って見守ったのであった。


 翌日はコテージ爆破テロ事件で大騒ぎになった。

 新聞やラジオでは連日の特集が組まれたのは言うまでも無い。


『なんだこれ? 何かの資料か?』

『ん……MI6って書いてあるぞ!? なんで日本領事館にこんなものがあるんだ!?』

『ひょっとしてこれ全部か? MI6から人間を呼んで確認してもらえ!』


 捜査関係者も大騒ぎであった。

 建物が破壊されたら治外法権もあったものではない。被害確認のために足を踏み入れたドーセット警察が見たものは、MI6の極秘資料であった。


『領事館の保養所がテロに遭うとかどうなってんだ!?』

『領事館の人間が地元警察に事情聴取を受けた!? なんで!?』

『地元の報道では米連の関与が疑われる!? まったくわけわからん!?』


 平成会のモブたちは大騒ぎであった。

 どちらかというと野次馬根性ではあったが。一方的な被害者と信じ込んでいたからこそであろう。


『現地で確認した資料は本物でした。本部から持ち出されたものと思われます』

『持ち込んだのは、おそらくケンブリッジ・ファイブだろうな』

『日本領事館とケンブリッジ・ファイブが密接な関係を持っていた可能性がある』

『日本領事館はドーセット公の意向で設置されたとのことです。であれば、ドーセット公とも関係があるということなのでは……?』


 MI6側は日本領事館とケンブリッジ・ファイブの関係を疑っていた。

 裏で糸を引いているのは、テッドではないかとすら考えていた。


 ドーセット警察、日本領事館、MI6はお互いに疑心暗鬼となってしまった。

 必死の捜査が進められたものの、決定的な証拠は出ることはなかった。


 この一件はお互いに深い禍根を残すことになった。

 後々まで尾を引くこととなり、将来の協力関係に悪影響を及ぼした。


 なお、散々に周辺を引っ掻き回したケンブリッジ・ファイブは米連に亡命することに成功していた。彼らは米連版KGBとでも言うべきCSS(Committee for State Security)を起ち上げることになる。

ついに登場ケンブリッジ・ファイブ!

史実の英国はこいつらに煮え湯を飲まされましたが、この世界ではどうなるでしょうねぇ?乞うご期待?


>神父さまも牧師さまも布教に良い顔をしてくれないんだよなぁ……

神父さまがカトリックで、牧師さまがプロテスタントです。


>史実の日本がスパイ天国だったことを知っていればこそであろう。

スバイ防止法に反対するやつはスパイです。

早く可決してくれないかなぁ…( ´Д`)=3


>この世界のチョビ髭が順調に更生している最中だったので見送られることになった。

本編第35話『ヘッドハンティング』参照。

テッド君がヒトラーを引っ張ってこなければ、ケンブリッジ・ファイブは早々に消されていた可能性があったのです。


>日本人を見分けるのは比較的容易だったのである。

外見や立ち振る舞いでけっこう分かってしまうみたいです。

Youtubeの動画を見て納得しちゃいましたw


>『優しい言葉に銃を添えると良い結果が得られる』

アル・カポネの言葉です。

いや、それって脅しですよね?(; ・`д・´)


>パディントン駅

本編第46話『帰郷』参照。 

この世界だとドーセット直通の特急が出ています。


>「ハウ、アンクル、ナンシー、タイガー、イージー、ロジャーだ! 急いでくれ!」

ここらへんのやり取りはハガレンからパクッてきました。

原作と違って死なない優しい世界。ヒューズ中佐…/)`;ω;´)


>保留用オルゴール

昭和の黒電話時代に受話器を置いて通話の保留音を相手に聴かせるためのレトロな便利グッズです。じつは日本の発明品なのですが、おいらは見たことが無いです。


>州都ドーチェスターの旧市街と新市街を隔てるフローム川沿いであった。

史実のフローム川は網の目のようになってますが、この世界では大々的に治水されて普通の河川になってたりします。


>ちなみに、極秘の対日技術援助は1921年から開始されていた。

本編 第44話『持ち出しが多過ぎるビジネス』参照。

平成会が調子に乗って、テッド君に山のような技術要望書を積み上げてますw


>英国面満載な技術を優先的に供給していた。

おかげで平成飛行機が英国面呼ばわりされる未来は確定しましたし、新型戦艦にもデルティックが積まれちゃいましたね…(ノ∀`)


>ウィーン条約

お隣が銅像設置のバカ騒ぎを未だにやっているようですが、その都度出てくるのがウィーン条約です。明文化されたのは戦後ですが、国際慣習法として19世紀には既に機能していました。


>ケンブリッジ・ファイブ

こいつらのせいで史実の英国が被った損害はシャレになりません。

拙作では今後も登場することになるでしょう。


>「はい、こちら特命課」

元ネタ当然アレです。

相棒はいませんけどw


>アーチボルド・ウィットフォード副総監

もう出さないって言ったな?

あれは嘘だ( ー`дー´)キリッ


いやもう、さすがに打ち止めです。

ドーセットのバーの店主として活躍するアーチ―の今後にご期待くださいw


>あと3年で定年なので、それまでは無難に過ごしたいというのがアーチボルドの本音であった。 

設定だとアーチーの現在の年齢は62歳です。

初登場した時ははタイロッケンコートの似合う伊達男だったのにねぇ(´・ω・`)


>『駅前より本部』

無線のやり取りはwikiからパクッてます。

なお、wikiではこち亀ネタに走っていたり。無線で両さんを呼び出していますw


>メイド長

最近のイメージはドリームジャーニです。

ドSな表情で思いっきり責められてみたい……(;゜∀゜)=3ハァハァ


>土手を転がり、勢いを殺せずにフローム川の水面下に沈んでいった。

FBIの訓練に列車から安全に飛び降りる項目があるって昔聞いたんですけど、どうやらガセっぽいです(´・ω・`)


>こっそり飲みに行こうと、深夜に外出したらこんなことになっていたのである。

最近のYutubeには、深夜にコンビニ行ったりとかラーメンを食べに行く外人の動画が山盛りですよね。

あれと同じノリです。この世界のドーセットが史実日本並みの治安を誇るからこそ出来ることと言えます。


>CSS(Committee for State Security)

KGBをグーグルで英語に変換したら出来ちゃいました。

なんとなく語呂が良いので採用しています(オイ

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― 新着の感想 ―
文化住宅www いやこの時代だと確かに最先端なんだけどw >「同志トロツキーの願いを無償で叶えことこそ我らのレゾンデートルなのだっ!」 きめえ(真顔) >近代史モブ まさか再登場するとはwww 確…
 秘密を守らなきゃならんってのは解るにせよ、メイド長には伝えといた方が良かったんじゃ? めちゃめちゃ裏目ってるよ。  まあ伝えてようが伝えていまいが、相手が手紙持ってるのを認識した上で襲い掛かって手…
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